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騒動が少し収まった。
外の侍従や近衛たちが、中でまた何が起きているか不安げに様子を窺いに来なかったわけではなかった。
だが、今度は王自らが「後で説明しよう」と、短くかつ力強く告げたので、それ以上詰め込めずさりげなく引き下がった。
ようやく落ち着いた後、地球とトゥシタを往復できるということに気づいた天城は、確実に確かめようとさらに何回か行き来してみて、そこからいくつかの事実を見つけ出した。
まず、扉を呼び出すには、特別な呪文はいらないらしい。
試しに、「Soja, öffne dich(開け、大豆)」だとか、「Open Wheat(開け、小麦)」だとか、ふざけた呪文を唱えてみたが、それでも扉は難なく開けられた。
ならば、と思い、呪文でもない「えいっ」という掛け声だけで、『開け』と心の中で念じるだけでも、扉は現れたのだ。
たぶん、扉を呼び出すという意志があれば呼び出せるようだった。
次に、地球上での移動を試してみたが、これはできなかった。
いきなり公の場に移動できてしまっても、誰かに気づかれたら怪現象として通報されたり、SNSにあげられてバズったりして炎上する未来しか見えなかったので、まずはマンションの中での移動を試してみたが、扉は現れてはくれなかった。
その代わり、地球からトゥシタへ、そしてトゥシタからトゥシタへの移動は自由にできた。
どうやら、訪れたことのある場所なら移動できるようだった。
応接の間と取調室には地球から扉が開けて、二つの部屋の間の移動もできることを確認できた。
多分、さっきほどガルンデル達が悲鳴を上げていた廊下にも移動できるはずだが、あそこまで出入りを統制したり、扉を発生させたりしたら、さすがにことが大きくなりすぎるのでやめた。
もちろん、取調室には別命令があるまで誰も出入りしないよう事前に命令を下したうえで実験を行っていたため、ガルンデルたちの神経は、かろうじて平穏を保っていた。
一つ気になることは、地球とトゥシタの時系列が大きくずれているか、入り組んでいるらしいということだ。
最初はトゥシタの時間が地球に比べて何倍も早く流れるのかと思って当惑したが、往復を繰り返してみてそうではないとわかった。トゥシタでは頼れなそうなスマホの時計は諦め、マンションにあったアナログ時計をトゥシタに持ち込んだ。
それを使って何度か往復しながら実験してみた結果―――
自分が不在している方の時間軸が緩やかになるか、もしくは移動するときに既に経った時間を「遡る」のではないか、と考えが浮かんたが、さすがにそれは飛躍しすぎなんだろう。
ちなみに、時間の比率は1:8ぐらい、と推定できた。
この比率なら、地球で1日いっぱい過ごして来てもトゥシタでは3時間しか経っていないし、その逆も成立する。
「星間跳躍…というか、これがよくいう『時空転移』ってやつかな?」
これはSFの領分か、それともファンタジーの領域か。
もはや区別がつかない気がした。
生身で星間跳躍……というだけでも地球の科学者どもが泡を吹いて卒倒するに違いない。
それなのに、その上時間まで行き来する?
これがバレたら……
どこかの、コワい施設に拉致され、モルモット扱い。
挙句の果てに解剖……
『いや、要らない妄想はやめよう、今は目の前のことだけでいっぱいだ』
しかし、どう考えても、自分にとって都合が良すぎる。
一方で一日を丸々過ごしても、もう一方では3時間の空白しか生じないというのは、使い方次第では途方もないアドベンテージになるだろう。
……もっとも、寿命が8倍速で消耗しないという保障は、ないのだが。
今度は猫たちにエサをやったり、飲み水を変えてやったりで1時間以上地球に留まっていてからトゥシタに来てみたら、部屋の中にラシオンの姿が見えなかった。
「おや?ラシオンは?」
「仕事があって渋々引き上げました。『私の分のおやつ、残しておくように!』と言って。
本当、大人げない王で困りますもの」
愚痴とも、痴話ともとれるイーシャの話に、天城はそれはどうだろう、と思った。
束の間の観察だったけど王らしい姿はそれなりに見せてくれているし、あの逞しい巨体が「大人げない」といえるのかな。
「む?そういえばお前たち以外のフェリノイはまだ見ていないが…
フェリノイ男性の体格って、みんなああなのか?ノルガーが小さいほう?」
天城が聞いた瞬間、二人は「え?」と言いたそうな顔でこちらをみた。
次の瞬間、イーシャはクスクス笑いはじめ、ピンクだったノルガ―の鼻先が赤くなった。
怒りで興奮しているという証だ。
「そんなことないだろう!兄上の方が異様にデカいんだよ!」
「あ、やっぱそう?」
それもそのはず、ラシオンは前世からデカいというか、オス猫の平均体重5㎏の2倍はある巨大猫で、行きつけの獣医から「これは学会に報告したいぐらいですよ。ダイエットしてください」と言われるぐらいだったから。
でもただのデブ猫ではなく、体長も2倍はあった。
「あははは……お義兄様、怒らないでください。お父様がそう思われるのも無理ではないでしょう。
それにお父様も、お義兄様をあまりからかわないでくださいね。お義兄様だって、フェリノイの中では背のお高いほうですから」
さすがに、180㎝はありそうだから背が低いとは言えないノルガ―だった。
比較する対象が悪すぎただけ。
「あの可愛かったノルガ―が、こんなに立派な美青年に育ってくれたとはな。
父はうれしいよ?ほら、来なさい、抱きしめてあげよう」
「いやだ!気持ち悪い!」
親子がだらしないバカ騒ぎを起こしているそばで、イーシャ王妃はくすくす笑いながらまた一個、スティックの封を切った。先から一人でおやつを楽しんでいたアーシャ姫の前にはすでにいくつかの空きスティックが転がっていた。
「しかしな……気になるけど、それ、そんなに美味しいか?
正直、人間の味覚には合わなそうで味見したことさえないけど、どうなんだ?」
生臭い臭いがして、到底食欲をそそられる気がしないということは伏せておこう。
天城はそう思った。
あんなに美味しそうに楽しんでいるのに、人間の基準で臭いがどうとかで難癖つけるのは、アンテロの趣向を卑下することになりかねないから。
……実を言うと、昔味見してみた猫用おやつのマグロジャーキーは案外美味しかった…というのも伏せておくことにした。
これは逆になんか自分自身の尊厳に関わる気がしたからだ。
「転生しても忘れられない味、といえばお分かりいただけますでしょうか?
私たちフェリノイだけではなく、亜属のリオネアやフーラニ、レオパのみんなも、この味の前には抗えないと思います。」
また何か、聞きなれない名詞が飛び交っている。
『まあ。フェリノイの「亜属」と言ったからには、猫以外の猫科の獣人のことだろうな。』
天城はそう思うことにした。
トゥシタに往来していれば、そのうち彼らにもあえるだろうから、その時紹介してもらえば済むことだ。
「そうか。この城にはその…亜属の方々も、たくさんいるのか?」
「そうだよ。このフェリデリアはフェリノイとカニセイドが大勢をなしている国なんだからな。
さっき会っていたあのガルンデルがカニセイドで、副官のパヤルカがカニセイド亜属のフェネなんだ」
「へえ……そうか。
なら、犬ちゅ〜◯も彼らに受けるのだろうかな。
しかし、持ってきた1箱では足りないかったかもしれないな。
お前たちの分だけでも全然足りなそうだし。
後でもっと大量に買ってくる?でもさすがにあんまり大量に買うのも…
卸やにいってみるべきか…痛っ?」
大量に購入する方法を考えていた天城の指先に、チクッとするのを感じた。
静電気でも弾いたのだろうか……と思っていた天城の目に、先ほどまではなかった異様なものが入ってきた。
「あれ……?見間違い?まだ老眼は来ていないと思うが…
いや待て、何だあれ?」
「何ですの?」
「ノルガー、お前はさっき、確かに箱を1つだけ持ってきたんだろう?」
「?当たり前じゃないか。親父が持って来たのが1箱だけだから」
「私もそう思うがね…」
目を擦って見直しても、目の前の状況は変わらない。
「なんで、その箱の横に同じ箱がもう一つあるんだ?」
「え?」
「あら?」
「「「ええええええ?」」」
ちゅ〜◯の箱の横に、まったく同じ、いや、まだ封切りもしていない箱がもう一つ置いてあった。
***
仕事を終えて急いで応接の間に戻って来たラシオンは、天城が一旦地球に戻ったということと、ちゅ〜◯の箱がもう1個増えたとの報告を聞き、言葉を失った。
「増えた?」
「はい」
「父上は?」
「あちらの私たちの世話をしなければ、とおっしゃって一旦戻られました。
後日さらに色々と準備していらっしゃるから、それまであのおやつは食べてもいいけど、念の為1筒だけは残しておけとのことでした」
後日っていつのことだ、と思いながら、無意識の内におやつの方に伸ばしてしまったラシオンの手をー
-ペシ
ー容赦なく、叩くイーシャ。
「王妃?」
「もうすぐ夕食の時間です。我慢なさいませ、陛下」
「いや、これ一つぐらいは…」
イーシャの蒼い目じりが、吊り上がった。
「子供ですか!」
キリッ、とすごい剣幕で言い切るイーシャ王妃に、ラシオンは少しひるみながらブツブツ言った。
「やっぱり、あちらで一人で食べて来たことを…」
「あら、あんなことをされておいてまさか恨まれないとでも?」
「兄上、それはないと思うな」
普通、食べものの恨みは深いというが、この世界では手に入れられないと思ったあれだからさらに根に持っているようだ。
でもあれは仕方なかったじゃないか、行けたのは私一人だけだったし…と思うラシオンに追い討ちでも食らわすように、イーシャが言い放った。
「お・み・や・げ。
というのがありますでしょう?世の中には」
「勝手に読まないでもらおうか?ヒトの心をな」
「くだらない話はこれぐらいにして、もう行きましょう。
食事担当の皆さんをあまり待たせてはいけませんから。」
「でも姫はあんなに……」
「まあ!陛下は、まさかご自分の子供とおやつのことで争うようなお方ですか?」
「うぐ……」
これではぐうの音も出ない。
優雅な仕草でソファから立ち上がる王妃に、それ以上愚痴はいえなくなった。
しかし、それ以外に気になることを聞かずにはいられなかった。
「しかし、父上はいつ、どこに来るというのだ?
また誰かに見つかったら騒ぎになるだろう」
「『時間差を計らって、だいたい明日のこの頃、この部屋に来られるようにしてみる』
と、おっしゃっていました。この部屋は王家のプライベートの間だから、朝の掃除以外は他の出入りを控えるように指示しておきましょう。
こちらに着いたら、呼び鈴で合図することになっていますから、誰かに見られることはないと思います」
「でもあの親父のことだから、時間の計りを誤って掃除中の侍女と出会したり…」
「その時はその時のことですよ、ノルガーお義兄様?」
和やかに笑むイーシャの顔を見ながら、私の愛おしい妃は、実は自分より太々しい神経をしているのではないか…と複雑な気持ちになるラシオンだった。
***
次の日。
-りりりん、りん、りん、りん、りりりん
誰もいないはずの王家の応接の間の呼び鈴が鳴った。
普段なら怪奇現象か、非常事態なんだろうけど、今日に限っては王妃殿下からのお達しがくだされていたので、担当の侍従は命令された通り王弟殿下の元へ伝令を走らせた。
タイトルのモールス信号は、なんか信号らしいものを思い出せなかった天城がちょうど覚えていたのを使っただけで、別に本来の意味とは関係ありません。




