第3話
「……予想していたよりも多い」
亜由美と一緒に同窓会の会場に踏み入れた茉里乃は、その出席者の多さに目が丸くなった。
立食パーティ形式の会場には多くの人が集まっている。
「ふふん。そうでしょ」
「亜由美が偉ぶるところじゃないでしょ。幹事さんの功績よ」
「そうだけどさ。これだけいれば、営業活動も期待できるわ」
「確かに」
辺りを見回してみれば、年齢が上の世代の人ばかりではないことに気づく。
「結構、若い人が多いね」
「ふふ、そうでしょう」
しかも、若い人が同世代で固まらずに、積極的に上の世代の人に話しかけて、名刺交換していることにも予想を裏切られた。
――これなら亜由美が邪魔者扱いされなさそう。
少し安堵していた茉里乃の目が一点に止まった。
「って、あの子たちは在校生じゃない?」
「ああ。あの子たち、ローカルアイドルとして地元で活動している子たちよ。ここでもアイドルとしてパフォーマンスを披露する、って。これも彼らの営業活動の一環ね」
「うわ。そうなんだ……」
いつの間にか、参加者たちのエネルギーに圧倒されていた。
――惰性で同窓会費を払っている私とは違うな。
――きちんと経費として有効活用しているんだ。
「ほら、茉里乃。あっちに食事があるよ」
「ちょっと、待って」
亜由美に引きずられていくが、その先で、
「「おー」」
二人して思わず感嘆の声を漏らしてしまった。ビュッフェ形式で用意された、美しく煌びやかな料理の数々に。
「流石、高級ホテル。スゴっ」
「映える。写真撮りたい!」
カナッペひとつ取って見ても、格の違いを見せつけられた。
周囲のことは忘れて、一気にテンションが高くなる。
「スモークサーモンはもちろん、イクラにキャビアに」
「飾りつけのセンスが段違いね」
とりあえず、目についたものを皿にとって、互いに写真を撮り合った後、
「うまっ」
「おいしい!」
おしとやかさの皮をかぶるよりも、食欲が二人して上回ってしまう。
あっという間に、皿に取った料理を食べつくしてしまい、茉里乃は2周目のために視線をめぐらす。
でも、同時に、ホテルのホームページに掲載されていたパーティープランの金額を思い出すと、
――とはいえ、ホテル支配人の卒業生の便宜はほとんどないわね。
今日の同窓会の参加費を計算して、そんな結論も出す。
――まあ、関係ないか。
――私は支払った分を取り戻せるように食事を楽しもう。
と、会場の入口がざわめいていることに気づいた。
「ほら、湯野川先輩だよ」
亜由美に言われるまでもない。育伸の姿を視界にとらえていた。
同時に、過去の嫌な記憶が鎌首をもたげようとしたから、踏みつける。
多くの女性たちに取り囲まれている。それにもかかわらず、簡単にとらえることができたのは、頭ひとつ分以上背が高いためだ。
「さすが、高校の時と変わらないイケメン。いや、むしろ、スーツ姿で大人の色気が加わって、魅力が増したね。あれは下手なアイドルよりも女が夢中になるわ」
――うん。良い目の保養。
心の中だけで亜由美の言葉に同意する。
戸惑いながらも取り囲む女性たちの対応をする育伸の姿に、時折、黄色い声も混ざる。
横を見れば、亜由美の視線も育伸に釘付け。
だから、ちょっと揶揄ってみる。
「実は亜由美も先輩狙いだった?」
「ノンノン。私の狙いは湯野川先輩狙いの人たち。普段、この会に出席しないけれど、先輩が来るからわざわざ出席した人たちよ」
躊躇なく視線を外した彼女から、あっさりと否定された。
「幹事の先輩も裏で湯野川先輩の参加情報を流して出席者を増やしていたし、敏い人は私と同じ目的で参加しているわ」
言われて、辺りを見回してみると、ひとつのことに気がついた。育伸を見る男性の目に2種類あることに。多くの女性に囲まれていることに嫉妬する視線と、客寄せパンダになっていることに同情する視線だ。
それから、もう一度辺りを見回してみて、自分たちへ向けられる視線に警戒すべきものがないかも確認する。
――今のところは、問題なし。
「だけど、湯野川先輩は会社の起業に成功して金持ちになったらしいよ。最近、経済誌で『今、注目の若手起業家』として取り上げられていたらしいし。なおさら女性には狙われるわねえ。つまり、先輩の周囲にいる若い女の子は玉の輿狙い、ってこと」
「ふーん。でも、起業に成功した金持ちの多くは、玉の輿狙いなら的外れだと思うけどなあ」
「そうなの?」
「そうそう。換金性の低い自分の会社の株が財産の大半を占めているから、実際はキャッシュ不足でいつも悲鳴を上げているって。私の会社の先輩が言ってた。|億ションを《1億円以上の高級マンション》持っていても、会社の運転資金を得るための銀行融資の抵当に入っていたら、経営に失敗した時、家無し金無しに転がり落ちちゃう」
「うわー」
「もちろん、会社の経営が上手くいけば、将来は本当の金持ちよ。つまりはハイリスクハイリターンってこと」
「やっぱ、ないわー。先輩を取り囲んでいる輪に入っていく気がちょっとだけあったけど、今の茉里乃の話を聞いて、ゼロになった」
「私には最初から縁のない世界よ」
周りの喧騒に反して、二人の間に束の間の沈黙が流れる。
悪いものではない。むしろ、居心地の良ささえ、感じていた。
その沈黙が破られる。
「さて。腹ごしらえもしたし、営業活動に行くか」
「行ってらっしゃい。私は亜由美の分も食べているわ」
「いいなー」
「ここから、ちゃんと亜由美の雄姿を見ていてあげる」
「見てるだけ?」
「……性質が悪いのに絡まれたら、助けに行ってあげる」
「うん。ありがと。私も茉里乃が絡まれていたら、助けに来るから」
グータッチを交わす。
「じゃ、行ってきます!」
「健闘を祈っているわ」
そして、力強く歩く亜由美の後姿が人混みの中に消えていくのを確認すると、
――さて、次、何食べようかな。
ここまでは良かった。
「シャンパンです。いかがですか?」
「ありがとう。いただくわ」
声掛けに答えた茉里乃が振り返ったら、思わず目を見開いた。
「!!」
ホテルの女性スタッフの頭から猫耳が生えていたから。
「どうかされましたか?」
再び声を掛けられて、我を取り戻す。
でも、彼女の頭には猫耳はない。少し釣り目の、猫耳のインパクトが尾を引いているために、猫っぽい印象を受ける若いスタッフだった。
「いえ。なんでもないわ」
「……もし、お加減が悪いようでしたら、遠慮なくスタッフにお声掛けください」
そう言い残して、スタッフは去って行った。
――こんなことは初めて。
カンスケという猫又の存在を知ってからも、もちろんそれ以前でも。
「亜由美、ごめん。今日の私は役立たずだわ。幻覚が見えるほど疲れているみたい」
だからと言って、このまま退席するわけもいかない。
手に持っているシャンパングラスに視線を落とすと、
――えい!
景気づけのために一気に煽り、飲み干す。
「あ。美味しい」
クリーミーなバニラとフレッシュな柑橘の香りが口いっぱいに広がった。
と、茉里乃が顔を戻すと、視線が育伸と絡んだような気がした。
優しい笑みを浮かべていた彼と。その笑みは周囲の女性たちに向けていたのとは全く違う。
思わず、顔が耳まで赤くなった。
――違う。違う。あれは私に向けられた笑顔ではない。
無意識のうちに彼の方向に目をやった可能性を打ち消す。
――顔が紅くなったのはアルコールのせい。
――幻覚を見たほど疲れているせい。
でも、顔の火照りは治まらない。