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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

雨中の指輪

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 雨。

 おそらく地球上で、生物が特に影響を受けた気象現象のひとつだろう。

 水の確保という重大事は、生命の維持に直結する。同時に水がもたらす災害による被害もまた計り知れない。

 この星が生まれてより、数えきれない命がはぐくまれたし、奪われてきた相手。今でこそ、ある程度は被害をおさえて過ごすことはできていても、あくまで大勢たいぜいに影響が出ないほど。個々人レベルであれば、いつだって事件につながる恐れを含んでいるかもしれない。

 最近、またつぶらやくんが気に入りそうな、不思議なネタを仕入れてきたんだよ。雨関連でね。よかったら聞いてみないか?


 うちの姪が教えてくれたものなんだが、「雨中の指輪」というものだ。「うちゅうのゆびわ」といっても、スペースなほうじゃなく、レインのほうだな。

 彼女の通う学校でささやかれる七不思議のひとつで、この指輪は雨の中でのみ見ることのできるものなのだという。

 怪談の中には尾ひれがついた派生形がいくつか生まれ、伝わっていくことは、つぶらやくんもよく知っていよう。この雨中の指輪もバリエーションがいくつもあるのだが、その広がりようはいささか不思議で、学年どころかクラスごとに聞く話がいろいろ異なるらしいのだ。

 誰からその話を聞いたか? と尋ねていくと、いくらかの人を経てループする場合さえある。誰かがウソをついているのだろうが、こうなるのもまた七不思議のひとつといえるかもしれない。

 とにかく姪のクラスに伝わっている話は、次のようなものだ。


 仮にヒョウカさんとしておこうか。

 彼女は姪が過ごすクラスに十数年前に在籍していた、女子生徒だという。

 ヒョウカさんは目立つか目立たないかというと、後者のほうであったらしいが、たいていのことはそつなくこなしてしまうから、という面が強かったらしい。

 トップクラスにできるわけじゃないが、馬鹿にするのははばかられるような、クラスの四番手、五番手あたりをあらゆるジャンルでキープしていたらしい。それに気づける者のみが、ヒョウカさんを評価する、というわけだな……。


 と、オヤジギャグをはさんだところで、本題だ。

 ヒョウカさんはひとりで帰ることが多いが、たまには友達と帰ることもある。

 その雨の日はヒョウカさんは、クラスメートの女の子と二人で帰っていたという。

 女の子のブルーの傘に対し、ヒョウカさんは黄色の傘を差していた。黄色のもの、というとどこか子供っぽく思えないかい? おそらくランドセルのカバーの色がそうであることが多いように、相手へ危険であることが伝わりやすいようにしているのが、己がつたなさを宣伝しているように見えるためかな?

 そうして青と黄の傘が並ぶ交差点で。

 ふと横殴りの雨が二人を襲った。並んで立つ二人のうち、クラスメートの子のほうがヒョウカさんの影に立つ形となった。

 風雨をもろに受けたヒョウカさんは、普段のすました顔からはとうてい考えられないほど、濁った声を一瞬漏らし、その場にうずくまってしまったんだ。

 驚いて抱え起こそうとしたクラスメートは、ヒョウカさんの右手の中指の根元に真っ赤な輪が浮かんでいるのを見たらしいんだ。けがをしたのかと、とっさにハンカチで縛ってあげようと目を離した、次の瞬間にはヒョウカさんの指から輪は消えていたらしいんだ。

 すくっと立ち上がったヒョウカさんの顔に、先ほどまでのような苦悶の表情はすでになく、いつもの凛としたものに戻っていたらしい。

 けれども彼女は、そばにいるクラスメートのことを、まるでいないかのように振舞ってそのまま去っていったしまったんだ。


 それからのヒョウカさんは、いつものように振る舞いつつも、室内ならば窓の外を、屋外ならば頭上をふと見やる回数が増えたという。

 見とがめた人が、ヒョウカさんの視線を追って見てもそこには何もないけれど、右手の指の根元に赤い傷のようなものがうっすら浮かぶこと。そして、その仕草をしたあとには長短の差はあれど、かならず雨が降ることは共通したのだそうだ。

 クラスメートの子は思う。あのときにヒョウカさんが右手の中指に得た指輪らしきものが、作用しているのではないかと。

 調べてみると、右手中指の指輪は直観力や邪気を退ける力を持つとされる。ひょっとしたら、あの雨の中で受けた指輪にその効果があるのかしら……と。


 しかし、それからしばらくして。ヒョウカさんは行方不明になってしまったというんだ。例のクラスメートの前でね。

 一緒に帰ったその日もやはり雨降りで、ヒョウカさんとクラスメートはまた例の交差点にたどり着く。

 嫌でもあの日のことを思い出してしまう彼女の横で、ヒョウカさんは傘を叩く雨たちを降らせ続ける空を、ふと見やった。


「……来る」


 ヒョウカさんはそうつぶやき、「なにが?」と返したクラスメートのほうを向き、バイバイといわんばかりに右手を振った。

 今までよりも鮮明に浮かぶ中指の指輪。それを確かめるや、あのときと同じような横殴りの雨が吹き付ける。

 クラスメートの子は、目を見張った。風を受けたとたんにヒョウカさんは目の前からいなくなってしまったのだから。

 いや、厳密には違う。手を振る彼女の「上半身」だけだ。

 それが強い風に乗り、道路を横切ってガードレールを飛び越し、地面につかないまま横へ飛んでいく。

 彼女の身体が見えなくなるや、風向きが変わり、まったくの逆向きに。

 クラスメートの子の前には、ヒョウカさんの「下半身」が残っていたのだが、その断面はまるで粘土のように真っ平。あるべき血管、筋肉、骨格のすべてを失った平面があるばかりで、それもまた風によってかなたへ飛ばされてしまったとか。


 ヒョウカさんはそれ以来、学校の皆の前へ姿を見せることはなかったのだそうだ。

 雨中に授けられた中指の指輪。それが本当に邪気を払うものであったなら、それはヒョウカさんではなく、雨自身。彼女の身体を上下に分けてさらうのに、邪魔なものを退けるのに役立ったのかもしれない。

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