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26話:引き合わせる

 倒れるルイスを介抱してから、二日後の昼休みのこと。

 温室に現れたルペシャは、視界に入った人物を捉えるなり目を丸くしていた。


「……何故、殿下がこちらにいらっしゃいますの?」


 瞬きを数度繰り返すその様は、まるで目の前の事象に対し深い疑念を抱いているようだった。

 ルペシャがいつも使用している白いチェアの一つには、彼女の婚約者であるディランが優雅に腰掛けている。彼は手にしていたティーカップを静かにソーサーへ乗せると、銀髪をなびかせる公爵令嬢に目を向けた。

 

「おや? 何故もなにも、君がここに――ああなるほど、そういうことか」


 ディランは一瞬驚いたような素振りを見せたものの、すぐに普段の薄ら笑いへと表情を戻した。そのつり上げられた口角からは、何かしらの隠された意図を感じ取ったようにも見えてくる。


「そうだね。ルペシャ、私が君をここに呼び出したんだ」

「それで、どういった要件でしょうか。用事がないのならば、わたくしはここで失礼致します」

「まあそう言わないでくれ」


 席に着こうともしないルペシャを、ディランが作り笑いで引き留める。その言葉に何を思ったのか、彼女は鋭い顔つきで周囲を見渡すと、深い深いため息とともに椅子へ腰掛けた。


「とりあえず第一関門はクリア。後は二人が順調に会話を続けてくれればいいのだけれど」

「アルネスト嬢。オレは今すぐにでもディラン様のお側へ馳せ参じたいのですが」

「静かにしてください動かないでください、見つかったらせっかくの計画が台無しです」


 到底婚姻関係を結んでるとは思えないほどギクシャクする彼らを、エルミアは低木の陰からこっそり覗き見していた。 

 隣に中腰で立つのは巻き込まれのルイス。彼は今にも舌打ちしそうな顔で、主人とその婚約者を見守っている。

 二人の疑問は最もだ。何故ならディランはルイスと、ルペシャはエルミアと温室でお茶会をする予定を取り付けていたのだから。

 つまりお互いにとって、自分の婚約者がこの場にいるというのは全くの想定外なのだ。

 エルミアがルイスに伝えた願い。

 それは、ルペシャとディランが二人きりで話せる場所と時間を用意してほしいというものだった。

 場所はこちらで用意できるアテがある。しかしスケジュールに関しては、エルミアだけで調整することが難しい。直接ディランを誘おうにも疑り深い男のことだ、見事な誘導尋問に引っかかり洗いざらい喋ってしまう未来が見える見える。

 そこで閃いた。従者であるルイスであれば、ごく自然な流れでディランに約束を取り付けることができるのではないか、と。

 初めこそ露骨に嫌な顔を隠さないルイスであったが、敬愛する主君のためとあらば首を縦に振ってくれた。

 そして、今に至る。

 肝心のルペシャが踵を返そうとしたときは非常に焦りを感じたが、ディランの機転でなんとか回避された。

 役者は揃った。あとは二人の出方を窺うのみ。このまま沈黙を保ち何事も起きないか、それとも関係性に変化が現れるのか。

 今後の命運は彼らに託された。

 エルミアは早る鼓動を押さえつけ、息を呑み居心地の悪い空間を見守り続ける。


「学校の方は上手くやっていけてるようだね。これも、エルミアのおかげかな?」

「……殿下には関係ございませんわ」


 先に仕掛けたのはディランだった。彼はエルミアやルイスへ接するように、軽い調子で話し始めた。

 一方のルペシャとはいうと、突き放すように冷たい調子で言い放つ。彼女はティーポットから紅茶を自分のカップに注ぐと、右手でゆっくり持ちあげた。中身は既に温くなってしまっているのだろうか、口をつけたルペシャの綺麗な眉がわずかに歪んだのを見逃さなかった。

 またも途切れてしまう会話。双方堅く口を閉ざし、お互いに視線すら交わそうとしない。

 幼少期より身につけてきた気品が骨の髄まで染みこんでいるせいか、お茶を啜る音や食器同士が擦れる音、一切の雑音すら耳に届かなかった。

 聞き耳を立てているエルミアや、ルイスの呼吸音の方がはっきりと聞こえるのではないかと錯覚しそうなほど痛い静寂が支配する空間。

 その中で、エルミアは自身の行いを後悔し始めていた。

 二人の仲がここまで深刻なものだったとは。

 冷めた関係性だとは聞いていたけれど、心の奥底では楽観視していた。エルミアのこれまでが何とかなっていったように、この二人も引き合わせれば解決すると思い込んでいた。

 それがどうだ。彼らは何も言わない、喋らない。

 一言二言交わすだけで何もかもを終わらせてしまった。

 この先があるとは到底思えない。

 もしかして、もう修復不可能な部分まで到達してしまっているのではないか……?

 エルミアの首元を、冷たく嫌な汗が伝い流れていく。


「ルペシャ、すまなかった」

「突然何を言い出すのですか?」


 どうしようもない不安感に苛まれていると、突然ディランが謝罪の口を言葉にした。彼は両手を膝の上に乗せ、あろうことか頭を深々と下げている。

 それでもなおルペシャは表情すら変えない。驚愕するわけでも動揺するわけでもなく、ただ冷淡に王太子殿下を相手取っている。


「エルミアに言われて気づいたのさ。私が本音を話さないのは、君のことを信用していないから、だとね」

「今更なお話ですわね」

「だからこれからは、君にも心の内を話していきたいと思うんだ」

「どういう風の吹き回しか分かりかねますわ」

「私がどのような人生を送ってきたかは、君も知るところだろう。その積み重ねが故に他者を信頼することができなくなっていた。私が唯一本音を話せるのは、今やルイスくらいだ」

「そこにわたくしが入らない辺り、あなたがわたくしをどのように思っているかがよく分かります」

「否定はしない。事実そうだったのだから。だから、この言葉は私が新しい道を歩むための決意表明と受け取ってくれ。――私は君を、ルペシャを大事にしていきたい」


 ディランが顔を上げる。真剣そのものを宿した双眸で、己の婚約者をただ真っ直ぐと見据える。

 ここを訪れて数十分が経過した今、ルペシャが初めてディランと視線を合わせた。銀色のつり上がった瞳は相変わらず鋭利さと凛冽さを感じさせる。


「……これは政略結婚です。存在するのは利害のみ。つまり、愛という抽象的な概念は存在しないも同義」


 彼女がおもむろに口を開き、俯いた。ルペシャは自身の二の腕をギュッと掴み、やがてぽつりぽつりと心の内を明かしていく。


「わかっておりました。あなたからそのようなものを頂けるなど、生涯あり得ないであろうと諦めておりました。けれどそれでもよかったのです。わたくしの責務は、この国の王妃となり民衆たちをよりよい方向へ導いていくことですから」


 その言葉を、ディランはただ静かに聞いていた。

 見守り空気に徹するエルミアもルイスも、何も言わず続きを待つ。


「しかし、あなたに愛を求めてもいいと、そう仰るのであれば」


 ゆっくりと頭が上げられる。

 彼女は鉄仮面を被りし冷徹な公爵令嬢ではなく、年相応の愛らしい少女の表情を浮かべていた。好物の甘いものを口にしたときのような、ふんわりと柔らかい可憐な笑顔でディランに問う。


「もうわたくしに、一切の隠し事をしないでくださいな」

「……ああ。喜びも悲しみも、楽しみも苦しみも全てを分かち合うと誓おう」


 エルミアは感動のあまり涙が零れ落ちそうだった。

 一時はどうなることかと慌てていたけれど、なんとか上手いことまとまってくれた。

 さて、あとはここから脱出する方法なのだが。彼らがこの場を後にするのを待つか。それとも、気づかれる前に退散する方が先だろうか。

 数秒悩んで後者にしようと決定づけた後、エルミアが温室の出入り口へと足先を向けた時だった。

 

「――これで満足かい? お二人さん」

「全く……。覗き見なんて、人が悪いですわよ」


 予想だにしない彼らの言葉にエルミアの身体が強ばった。

 満足? 覗き見ってどういうこと?

 いやいや、きっと気のせいだ。だってまさかばれているなんて、そんなわけない。

 今のは聞かなかったことにして、彼らが立ち去るまで身を潜めていればいい――。

 しかし事はそう上手く運ばない。

 隣で退屈そうにしていたルイスが、ディランの言葉を耳にするなり目の色を変えた。素早く立ち上がると、その場できれいに腰を曲げ謝罪を口にする。


「申し訳ございません殿下」


 エルミアは絶望した。そして怒りを覚えた。口をあんぐりと開けたまま、未だ丁寧な謝罪姿勢を見せるルイスを見上げる。

 ――この忠犬がぁあ!

 こうなってしまった以上、エルミアも姿を現さないわけにはいかない。

 ゆっくりと重い腰を上げては膝を伸ばす。恐る恐る立ち上がれば、薄笑いのディランと半目でこちらを見やるルペシャと視線が交差する。

 エルミアはあまりの気まずさに、苦笑いと共に声をかけた。


「ご、ごきげんよう~……」


 それを聞いたルペシャが文字通り頭を抱える。そして、肺の底から空気を絞り出すようなため息をついた。


「どうせあなたの発案でしょう。納得のいくように説明、してくださいますわよね?」

「よ、余計なお世話とは存じ上げておりますが……。実はお二人が喧嘩している場面を目撃いたしまして。そして、ルペシャ様のあのようなお姿を見ては、どうしてもそのままにしておけなかったのです」

「……エルミア」

「処分は如何様にも受けます。それから、ガルシア様はただの巻き込まれなので責任の是非を問われる立場にはおりませんこと、どうかご理解いただけませんでしょうか」

「怒ってなどいませんわ。相変わらず、奇天烈で突飛なことをなさるのと呆れていただけです」


 言い終えるなり、ルペシャがゆったりとした足取りで近づいてくる。華奢な腕がこちらへ伸び、エルミアの身体を優しく引き寄せた。

 ふわり、と香水をまとっているかのような華やかな匂いが鼻孔をくすぐった。密着している胸や腹は肉付きがよいせいかマシュマロのように柔らかく、そこからルペシャの高い体温がじんわりと伝わってくる。

 これが彼女なりの感謝の伝え方であることをエルミアは理解していた。

 その細い体に両腕を回し返し、彼女を抱きしめ返す。


「あー、盛り上がっているところ申し訳ないのだけれども。ルペシャ、その手をどけてもらっていいかな?」

「嫌です」

「それはまたどうして?」

「エルミアはわたくしのですわ」


 言葉とともにルペシャが抱きしめる腕に一層力を入れた。

 残念ながら、私はルペシャ様のものではございません。

 口には出さずとも小さく首を横に振っていれば、ディランの深海にも似た黒い瞳がスッと細められる。それが何か悪いことを考えている顔だと気づいたエルミアは、思わず喉から枯れた声が漏れそうになった。


「おや、彼女を君のものだと証明できるだけの証拠があるということだね。是非とも今この場にて提出願おうか」

「お断りしますわ」

「では正確な所有権の在処は有耶無耶ということだ。つまり、私にも入り込む余地がある」

「どうぞご自由に。殿下がつけ入る隙など、指一本で潰してさしあげますわ」

「あ、あの、お二方。私のこと、何だと思われてます?」


 物だの所有権だの不穏な単語がちらほら聞こえ始めたので、エルミアは流石に口を挟んだ。

 私にはやるべきことが山ほどあるので、誰か一人に縛られてなんて余裕はまるでないのである。

 それを面白くない、といった様子で見つめる人物がいた。

 ディランの従者にして護衛、そして本来のゲームにおいて攻略対象であるルイス=ガルシア。彼はずっと、空気に徹しながらもこちらへ冷ややかな視線を送っていた。

 その延長線上にいるのは勿論エルミアただ一人。今にも抜刀し、斬り伏せんばかりの殺気でこちらの背中を射貫く。

 エルミアは突き刺さる透明な刃物に気づかないふりして、今後の動向について思考を巡らせる。

 二人の仲を少しでもよい方向へ持って行くことで、ルペシャの失脚、そして自身が王妃になる可能性を断絶した。

 国母となるためこんなにも努力を重ねている彼女が、婚約破棄されるなど絶対にあってはならない。例えそうなったとしてもエルミアへ声がかかることは万一にもあり得ないだろうが、ディランは冗談とはいえ誘いをかけている。天地がひっくり返ってもお断りなので、ついでにこちらも潰させてもらった。

 彼らは考え込むエルミアを余所に、またも言い争いを続けていた。言い争いといっても可愛いもので、そこにはお互いの今まで口にできなかった本音が見え隠れしている。

 この様子を見るに、ディランとルペシャの方は当面問題なさそうだ。しかし人情というのは実に繊細であり、変化し崩れやすいもの。それとなく気にかけておくことは必須だろう。

 残る人間はあと一人。彼から好感度を取り戻すことは至難の業だろうが、当たって砕けるしかない。

 それどころか、彼は好感度なんてものが小さく見えるくらいの問題を抱えているのだから。

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