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25話:護衛は倒れる

 ――カン! キィン!

 黄と橙の水彩絵の具を溶かしたような淡い夕暮れの下、金属が激しくぶつかり合う音が響く。

 学校内の施設の一つ、闘技場にて剣を交える二人の男子生徒がいた。

 心を入れ替え、騎士団を志すことにしたアンドリューは自身と同じ大きさの大剣を振るい、容赦なく攻撃を仕掛ける。

 対する相手は王太子殿下ディランの護衛、ルイス。彼はごく一般的な片手剣を握り、アンドリューの猛攻を受け流していた。


「腕を上げたなぁルイス!」

「マーフィー様も。以前に比べたら、格段に動きがよくなっておられますね」


 大口を開け豪快に笑うアンドリューに対し、ルイスはわずかに口角を上げるのみ。

 放課後、二人は自主練習を行っていた。その様子をテオ、リアム、チェルシー、そしてエルミアは安全な場所から観戦している。どの位置に座ってもよく見える階段状に設置された、観客席の最前線。すっかり二人の熱気に飲まれているのか、特にテオは絶えず歓声を送っていた。

 ルイスはエルミアを激しく嫌っているので、見学にあたり追い出されるものだと思っていた。しかし予想に反して、エルミアは今友人の野次や喧噪飛び交うこの場所に立っている。

 二人の戦闘を尻目に、エルミアはただぼーっと考え事をしていた。

 脳内の大半を占めるのは魔族のこと。リーの悩みや予言のこと、そして過去の真相。

 今更悔やんだところで過去は変えられない。もし魔王復活と聖女誕生の予言が第二の争いを示すのであれば、現実にならないよう動けばいいのだから。

 リーの要求は面会の許可。その仲介役を、エルミアに依頼してきた。

 現状エルミアと接点があり、なおかつ一番大きな権力を持つのはディランである。

 しかしどう伝えればよいものか。正直に伝えたところで、聞く耳を持ってくれるとは考えにくい。かといって遠回しで曖昧な表現も、結局は主題を見失ってしまう。

 その上彼とはほんの少し時間を共有した程度であり、気軽に話せる仲でもない。


「けれど、まだまだです」

「ぐぁあああっ!?」


 上手くまとまらない思考回路を断ち切るように、ルイスの涼しげな声が聞こえた。

 同時に上がるアンドリューの悲鳴。反射的に目を向ければ、彼の巨体が地面に倒れている。

 己よりも体格も身長もある存在に、圧倒的な力を見せつけ勝利を収めた。

 これが、現役護衛の実力……。

 エルミアはごくりと喉を鳴らす。かつてルイスに剣を向けられた経験が脳裏をよぎり、首筋がゾワゾワと粟立つのを感じた。

 あのときも彼がその気になれば、エルミアは声を上げるまもなく喉を掻き切られていたのではなかろうか。

 ゆっくりと起き上がったアンドリューは口元を拭った。その顔にはわかりやすく、悔しいと書かれていた。


「クソ。殿下様はともかくとして、今度こそテメェを追い越したと思ったんだけどよ……」

「ええ。あと少し届いていれば、オレとて敗北を味わっていたでしょう。しかし、あなたの剣筋は単純すぎます」

「あぁん!?」

「こーらアンドリュー、すぐ怒らない」


 淡々と繰り出された毒舌に反撃するアンドリューを、観客席からテオがすかさずたしなめる。


「ふふふっ。アンドリュー様もルイス様もカッコいいねぇ」


 手すりに肘をつき、隣で愛らしい笑顔を見せるのはチェルシー。彼らの戦いにすっかり魅了されたのか、つぶらな瞳はとろんと蕩け頬が微かに赤く染められている。

 しかしエルミアにそう思うだけの余裕はない。だからこそ、曖昧に笑って適当に相槌を打つくらいしかできなかった。

 話しについて行けない。というか今それどころじゃない。できれば早くここからいなくなりたい。部屋に戻りたい。

 焦りばかりが募るエルミアに追い打ちをかけるように、視界の一部が影を落とす。


「なあなあエルミア、俺頑張ったよな?」

「え?」


 声のする方を振り返れば、すぐ側まで来ていたアンドリューがこちらを見つめてる。

 彼は目を輝かせ、鼻先が触れあってしまうのではないかというほどまでに顔を近づけてきた。反射的に体を反らせ、なんとか距離をとる。

 

「ルイスには負けちまったけどよ。俺の活躍、その目でちゃんと見てくれてたよな? な?」

「え、えっと~……」


 エルミアは上に下に目線を泳がせる。

 正直心ここにあらずといった状態だったので、彼らの様子など事細かに観察していない。なんなら、隣に座るチェルシーの方がよく見ているのではなかろうか。

 そんな事情など露ほども知らないアンドリューは、なおもエルミアに熱い視線を送り続けている。

 だんだん、飼い主の言うことをきちんと聞いたのでご褒美をねだる犬のようにも見えてきてきた。しかし彼が期待しているだけの言葉を、生憎エルミアは持ち合わせていない。

 

「はいはいそうやってすーぐエルミアに取り入ろうとしない」

「お言葉ですが、それ以上エルミアちゃんに近づかないでくれませんか?」

「なんでだよ」


 困り果てていれば、どこからともなく現れたテオとリアムがアンドリューの両腕を掴んでいた。彼らは息ぴったりに巨漢を引き剥がし、闘技場の真ん中へ連行していく。

 とりあえず助かった、と心の中で二人にお礼を述べながら、エルミアはため息をついた。


「ルイスー、俺は先上がらせてもらうぜ。テメェもそろそろ戻ろうや」

「承知しました。オレはもう少し鍛錬をしてから戻りますので、どうかお気になさらず」

「そーかよ。んじゃ、行こうぜ」


 片付けを終えたアンドリューを先頭に、観客たちは次々に退席していく。エルミアもそれに倣い、最後尾をついていった。

 闘技場の中心部に目を向ければ、ルイスがホログラム状の装置を起動させていた。タブレット端末ほどの大きさが宙に浮いており、慣れた手つきでコマンドを入力していく。

 周囲に機械音にも似たアナウンスが鳴り響けば、何もない空間から複数の敵が現れた。

 オオカミ、怪鳥、オーク、小型竜。様々な種類の仮想敵たちは大きな咆哮とともに、中心部に立ち尽くすルイスへ襲いかかる。

 魔物の鋭い爪が彼目がけて振り上げられた時。

 それまで微動だにしなかったルイスが剣を振りかぶり、襲撃者を一刀両断した。

 その後も彼は実に無駄のない、洗練された剣捌きで次々に怪物たちをなぎ倒していく。

 先日魔族と対面を果たした身であるエルミアとしては身の毛もよだつ光景だが、あれは偽物であり、実物とは何も関係ない、と言い聞かせ心を落ち着かせる。

 涼しい顔で声の一つも上げず、淡々と敵を切り伏せていくルイス。

 けれど気のせいだろうか。その腕はアンドリューと模擬戦を行っていた時よりも鈍り、心なしか切れが悪い気がする。

 とはいえエルミアは戦闘に関してはずぶの素人なので、今ここで余計な口出しをすることも得策ではないだろう。

 心にモヤモヤと燻る煙のようなものを抱えながら、エルミアは既に遠ざかった仲間たちの後を追いかける。


---


「あ」

「どうした?」


 闘技場から校舎に戻るまでの道中にて。エルミアの言葉に、アンドリューが足を止め疑問を投げかける。

 エルミアは胸元や腰を何度もポンポンと叩いて、終いにはポケットの中に手を入れる。

 そんな動作を不思議そうに見守る仲間たちへ、恐る恐る口を開き理由を明かした。

 

「落とし物したかも。ハンカチがなくて……」

「さっきのとこで? 一緒に行こうかー?」

「一人で大丈夫。先に戻っててくれるかな?」


 チェルシーの提案を断り、エルミアは来た道を引き返した。

 こっそり闘技場へ足を踏み入れれば、ルイスが鍛錬を続けている最中であった。

 落とし物をしたというのは嘘。本当はあのとき覚えた微かな違和感がどうしても引っかかってしまい、こうして確認しに戻ったのだ。

 変わったことといえば、仮想敵の相手が魔物から人間に変わっていたことくらいだろうか。自分よりも背丈の大きい屈強な男たち相手に、ルイスは華麗な身のこなしを見せる。

 彼は、エルミアたちが戻った後もこの場でずっとずっと剣を振るい続けていたのだろうか。

 それは護衛としての責任感ゆえか、はたまたルイス自身のためなのか。

 もし前者だとしたら、ディランのためによくもそこまでやるものだ、と一切の嫌味もなく素直に感心する。

 エルミアが生へ必死になるように、彼もまた主人を守ることに命をかけているのだろう。

 けれどオーバーワークで倒れてしまえば元も子もない。時には休息だって必要なはずだ。

 とはいえ、ろくに対話もままならない男の心象など知る由もないのである。

 しばらくルイスの様子を観察していたエルミアは、やはり思い過ごしであったようだ、と結論づける。

 幸いあちらはエルミアに気づいていない。ならばさっさと戻って、皆に合流しよう。

 下手に見つかって、文句を言われるのはごめんだから。

 ため息とともに踵を返そうとするのとほぼ同時、ルイスの足下がわずかにふらついた。


「ちょっ」


 言葉よりも早く、彼は地面へと倒れ伏す。使用者の状態を検知する機能は備わっていないのか、無抵抗なルイス目がけて甲冑の軍団が押し寄せている。

 エルミアはルイスの元へ素早く駆け寄り、慣れない手つきで機能を停止させた。


「ガルシア様!」

「っ触らないでください、無礼者……」

「今そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!」


 エルミアはかけ声とともに正座すると、ルイスの頭を抱え上半身を起こす。膝上に彼を乗せると、首元や額に手をやり状態を確認した。

 唇が真っ青に染まり顔色が悪い。流れているのは冷や汗だ。

 憎まれ口を叩く余裕はあるようだが、呼吸は荒く肩を必死に上下させている。

 エルミアは右手をルイスの頭上へかざした。指先に意識を集中させ、回復魔法を唱える。白い光がルイスの全身を包み込み、彼の体力を少しずつ回復させていく。

 そのまま様子を見ていれば、汗が引き顔色が徐々に戻ってきた。

 とりあえず命に関わるような事態ではなさそうだ、とエルミアはほっと胸をなで下ろす。


「あくまでこれは応急処置にすぎません。後できちんと水分補給をしてください。それから、本日は戻って休まれることをおすすめします」


 エルミアが忠告をすれば、それまで閉じられていたルイスの瞼がうっすら開かれる。その奥に眠るサファイアの双眸は、こんな状況でも確かに警戒の色を宿していた。


「何が、狙いですか……」

「え?」

「また、そう言って……、オレや殿下に取り入ろうとしているのでしょう……」

「”死にたくないから”とあの方に言ったとき、貴方も後ろに控えてましたよね? それに、目の前で倒れてる人を放っておけません」


 聖女という肩書きを背負っている以上、苦しんでいるを無視するのはどうにも後味が悪い。それが例え、どんなにエルミアを嫌い疎んでいる人物だとしても、だ。

 ルイスは納得がいかないのか、それともまだどこか具合の悪いところがあるのか。顔にギュッとしわを寄せると、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。


「……どうして、そのような力がありながら、力を振るわなかったのです……」

「へ?」

「何故今更、このような真似をして回るのですか……」


 ルイスのうめき声ににも似た悲痛な叫びに、エルミアの胸がぎゅっと締め付けられる思いだった。

 きっと彼も”エルミア”の言動によって傷つけられた被害者の一人なのだ、と。

 ”エルミア”がルイスに何をしたのかはわからない。聞いたところで、この状況で教えてくれるはずもないだろう。


「もし……もしもですけれど。自身の行いのせいで近い将来、死ぬことが確定している。けれど今の動き次第では回避できるかもしれない。その場合、ガルシア様はどうします?」

「オレは殿下のために死ねるならば、本望です」

「そういう意味ではありませんて……」


 ルイスは自身の命すら投げ打っても構わないほどに、殿下を敬愛していることは十分伝わった。その上で、エルミアは先の問いに目を向ける。

 何故今更、なんて――。他の人の目にはやはりそう見えるものなのだろうか。

 けれども他者の目なんて、意見なんて求めていない。

 私は私のやりたいことを、やるべきことを行っているだけにすぎないのだから。


「ただ、私がしているのは、そういうことです。……ただ、それだけのお話です」


 そう語るエルミアを、ルイスはただ無言で見つめていた。

 今度ははっきりしっかりと。絶対零度のつり上がった瞳が、顔を刺すように訝しげな視線を送る。この様子だと、どうやら意識も体力も回復してきたらしい。

 ルイスがため息とともに上体を起こし立ち上がる。地面に滑り落ちた剣を拾い上げると、彼は深々と頭を下げた。


「助かりました。……しかし今後一切、オレたちには関わらないでください」

「お待ちください、ガルシア様」

「まだ何か?」

「貴方に協力していただきたいことがあります」

「見返りを要求するおつもりですか。オレが素直に要求を飲むと思っているのであれば、とんだ勘違いですね」


 ルイスは制服についた埃を払いながら冷たく突き返した。

 彼が色よい返事を寄越さないことは想定済みである。今の医療行為だって決して恩を売ったわけでもないし、見返りに力を貸せ、と申し出たつもりもない。

 それでも何故口にしたのか。

 この計画には、彼の協力が必要不可欠であると判断したからだ。


「ディラン殿下のことです。実は、彼ととある人物の仲を取り持とうと考えております」

「……伺いましょう」


 本命の名を出せば、ルイスはしばし逡巡した後、ため息とともに返答を寄越す。

 ひとまずは食いついてくれた、とエルミアは心の中でガッツポーズをする。

 彼の気が変わらぬうちに、エルミアは自身の作戦内容を話した。

 彼は何も言わなかった。代わりに、この女は一体どういうつもりなのか、といった視線を送るだけだった。

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