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24話:あの歴史の生き証人---リー

***


 それはもう、遠い遠い昔のこと。

 かつて魔族と人間は共存していた。正確には、魔族が人間たちの目を避け隠れるように生きていた、が正しいのだが。

 自分たちが『人間』という種族と何かが違うことには気づいていた。彼らは二足歩行をし、言葉を話し、頭を使い両腕で器用に道具を使ってみせる。

 自分たちのように森を身一つで滅ぼせるほどの力や図体を持たないし、爪も牙もなければ鳴き声とそのトーンのみで意思疎通を行わない。

 だからこそ魔族は、彼らと関わることなく静かにひっそりと過ごすことを選択した。

 干渉もせず姿も見せず。窮屈で狭い暮らしではあったが、仲間たちと一緒にいることの楽しさが勝っていたため、これといって大きな不満を抱くこともなかった。

 しかしそんな平和な日々は、唐突に終わりを迎える。

 大きな得物を手に、武装した人間たちが攻め込んできたのだ。

 彼らは大事な仲間を嬉々として襲い、蹂躙し、一方的に虐殺していく。

 聞こえるのはつんざくような悲鳴、慟哭、命乞い。目の前でまた一人、また一人と血を流しては倒れていく。

 ……何が起きているのか。どうしてこの場所がバレた。何故、皆の命が奪われている。

 頭の中は真っ白で、上手く思考がまとまらない。それでも魔王は一人でも多くの同志たちを守るために、その力をがむしゃらに振るった。

 何人殺したのか、幾人の命を奪ったのか。死んだのは、果たして敵だったのか味方だったのか。それすらも分からないまま、無我夢中で襲いかかってくるものを排除した。

 しかしあと一歩及ばず、魔王は身を捕らえられてしまう。そして二度と自分たちの脅威にならないようにと、人間は巨大な氷像へ魔王の体を封じ込めた。


「――……な、ぜ」


 それが己の記憶にある、最後の言葉。

 どうしてこんなことになってしまったのか。

 我々が一体何をしたというのだ? 我らが其方らに危害を加えようと思ったことが、一度でもあっただろうか?

 ただ静かに何もせず、ひっそりと隠れて生きていただけなのに。

 悲劇の幕開けとなった理由もわからないままに、魔王は全身から力という力を手放した。


---


 深い深い奥底から、ゆっくりと意識を引っ張られるような感覚。誰かに細く脆い糸で手繰り寄せられているような感覚に、反射的に目を見開いた。

 相も変わらず肉体は氷漬けにされている。けれどそれがなんだという。

 こんな小細工など、目を覚ました今赤子の手をひねるよりも簡単に破壊できるものだ。

 魔王が指先に力を集中させれば、そこを起点に亀裂が走る。

 次の瞬間、魔王の体よりも遙かに大きかった氷像はいとも簡単に砕け散っていった。ついでに人間どもが身体に巻いていった鎖も引きちぎり、これにて完全に自由の身となる。

 酷く頭が重い。その上痛みもある。ズキズキと疼く患部を押さえながら、魔王は当てもなく歩き始めた。

 放浪の旅は困惑と疑念の連続だった。

 あの場所は、春になれば美しい花畑が咲き誇る場所だったはず。静かな湖畔の周りには緑が生い茂り、野生の動物たちが歩き回っていた。

 こっちには何もなかった。瓦礫と廃材ばかりが積み上げられ、子供たちには格好の遊び場だったと記憶している。

 それが今やどうだ。

 至る所に人、人、人。見たことのない建物に技術に文明。全て何もかもを、人間たちに支配されている。

 彼らは笑っていた。誰もかもが皆笑顔を浮かべていた。自分たちが我々魔族に何をしたかなんて、まるで覚えていない、といった顔で。


「……なんだ、この世界は……」


 魔王はただ愕然とし、その場に力なく膝を折った。

 あまりにも平和ボケしすぎている。

 自分の知っている世界とは何もかもが違う。

 血の臭いは、悲鳴は、燃えさかる炎は、耳障りな笑い声は何処へ行った?

 ――同胞たちの亡骸は何処へと消えた?

 そうだ……仲間は。あの時まだ生き延びていたはずの彼らは、一体どこで何をしているのか。

 必死に駆けずり回った末、魔王はついに自身を慕ってくれていた仲間に会うことができた。

 彼らは魔王のことを覚えていた。こちらの顔を見るなり騒ぎ立て、大号泣する皆を宥めるのに三日三晩かかったのを今でも記憶している。

 残念なことに、あの戦争を生き延びた魔族は片手で数えるほどしかいなかった。

 場が落ち着いた頃、生き残りたちから事情を聞く。

 ここは魔王が封印されて数百年後の世界であること。自身が封印された後、人間たちから奴隷のように扱われてきたこと。決起した魔族たちが脱走を企て、命からがら逃げ伸びたこと。

 そして、人間たちが魔族を侵攻するに至った動機や目的に至るまでも。

 魔王は激怒した。全身の血という血が煮えたぎり、今にも辺り一帯を灰燼に帰してしまいそうであった。

 脳裏に浮かぶのは道中に出会った人間たちの表情。何も知らず、幸福な顔を浮かべのうのうと生きている人間たちの笑い声や営み。

 こんな……こんな奴らに、我々魔族は滅ぼされたとでもいうのか……!

 魔族はその日のうちに拠点を地下へと移し、静かに生活を始めた。その裏では人間たちに報復を為そうと、残酷な計画をいくつも立てながら。

 そして魔王は「リー」と名乗り、この時代の人間たちを偵察することにした。

 攻め込むタイミング。使用する作戦。最適な機会を窺うために、一人で何度も何度も人間の街へと赴いた。

 こやつらが最も幸せの絶頂にいるときに、最も残忍で最悪な方法で壊し尽くしてやる。

 その最中だった。彼女――聖女エルミアに出会ったのは。

 自身の記憶が正しければ、あの時リーを封じ込めたのも聖女と呼ばれていた人間だった気がする。

 となれば、この女はその末裔か生まれ変わりか。

 今の聖女と呼ばれる人間は、どんなに愚かで醜悪な人間であるのだろう。

 彼女に興味を持った。そして見定める。

 もしかしたら、それは間違いだったのかもしれない。

 触れ合っていくうちに、接していくうちに気づいた。否、絆された、という方が正しいのかもしれない。

 リーはいつしかこう考えるようになっていたのだ。

 人間と魔族。争わずに共存する道を探す手立てがあるのではないか――、と。


「大将」


 コンコンとドアをノックする音、そして自身を呼ぶ聞き慣れた声に、意識を現実に引き戻された。どうやらエルミアに戦争の真相を伝えたことで、忌々しい思い出に耽ってしまっていたらしい。

 振り返れば、仲間のうち一人が立っていた。自分よりも一回り横に縦に大きく、筋骨隆々とした肉体を兼ね備える禿頭の男――ドミニク。

 エルミアには伝えていないが、彼もあの日の災禍を生き残った一人である。

 リーは彼の爬虫類のようにキュッとすぼまる小さな瞳を見返し、用件を問う。

 

「ドミニクか。どうした?」

「あんたの真意を問いに来た。さっきの話は本当か?」

「……ああ」


 静かな肯定を耳にしたドミニクの顔つきが険しいものになる。眉間にしわが刻まれこちらを鬼の形相で睨む姿は、小さな子供であれば泣き出してしまうであろう。

 さっきの話。

 リーはエルミアを送り届けた後、再び仲間たちを招集した。

 そして人間と共存するにあたって、平和的解決策に舵を切ることを決めたことを伝えた。彼が言及したいのは、そのことで間違いないだろう。

 ドミニクはドスの聞いた声で、到底上司に向けるとは思えないほどの殺気とともに自身の意見を口にする。


「それはつまり、俺たちに人間どもの奴隷になれと、そう言いたいのか?」

「要求は引き続きまとめていく。だが、できる限り対等な関係を築けるよう交渉するつもりだ」

「……あんたは信用出来るのかよ、あの聖女とやらを。本来ならば敵対する存在だろうが」

「其方の異論も最もだ。理不尽に命を奪われた同胞たちのためにも、我々は立ち上がるべきだろう」


 あくまでも冷静に、事を荒げないように。ドミニクは言い争いを目的にこの場を訪れたわけではない。しかし図星といわんばかりに、リーの胸元が見えない何かで締め付けられるような感覚さえ覚えた。

 わかっている。痛いほど理解している。

 目には目を、歯には歯を。理不尽に奪われたのならば、こちらも力を以て奪い返すのみ。

 そもそも人間たちが始めた行為なのだ。その報復を為したところで、我々魔族が糾弾される筋合いはない。恨むならば、自身の先祖を恨み呪うべきだ。


「だが……彼女はきっとそれを望まない」


 ゆるゆると首を振って否定する。たった数十時間にしか及ばない交流だが、彼女がどんな人間であるかくらいは理解しているはずだった。

 それを聞いたドミニクは腕を組む。面白くない、といった様子で上腕二頭筋あたりを指で叩き始め、質問を重ねた。


「聖女だけをこちらに引き込む、ってのは無理なのか?」

「彼女のことだ。あちらにも譲れぬものがある。そうなった場合……我々と相対することは避けられないであろう」


 数百年前の光景を脳裏に浮かべながら、リーは天を仰ぐ。

 エルミアは、リーの質問にきっぱりと答えを出した。大事な仲間たちを失うようなことは、到底許せない行為であると。

 そのきっかけをこちらから作ってしまえば、いくら優しい彼女といえどリーと剣を交えることは想像に難くない。


「故に我は……平和な道を模索することにしたのだ。争いさえ、争いさえないのなら……どんな手段もいとわない」

「……そうか」

「不満があれば聞こう。遠慮なく口にするといい」

「いんや、大将も色々大変だなって思っただけさ。邪魔したな」


 曖昧な笑みを浮かべた後、ドミニクが静かに部屋を後にする。リーはその後ろ姿を無言で見送った。

 それからどうして己は執務室にいるのだろうと疑問を浮かべてから、ああそうだった、と即座に自己解決する。

 部屋の隅に置かれた古びた机の上に、これでもかというほど積み重なった書類に手を伸ばした。

 目を覚まし、目の前に広がる世界を認識してから、わずか数時間ほどで書き上げた作戦書の数々。そこには確かに、人間への憎しみと破壊衝動が鮮明に綴られている。

 あのときはどのプランを、どのタイミングで実行するべきか好機をうかがってばかりいた。


「……これも必要なくなってしまったな」


 それが今や無用の長物と成り果て、全くもって異なる方法で現状を打破しようと考えているなんて。

 魔王とは名ばかりで実力が伴わない。寝ている間にすっかり腑抜け、甘ったれた精神の持ち主になってしまったようだ。

 けれどもこれでいいのだ、と自身を納得させるように言葉を反芻させる。最中、脳裏に浮かぶのは彼女の笑顔。周囲に花が舞い散るかのごとく可憐な微笑みは、いつしか不思議とリーの心を落ち着かせるものになっていた。

 彼女もまた、聖女という肩書きを背負う人間であった。本来であれば敵対し決してわかり合えることのないはずの者。しかし触れあってみればどうだ、彼女に敵意はないどころか無害な少女そのものであった。

 その彼女の心を肉体を、傷つけるなどあってはならない。

 ――傷つけたくないと、統率者にあるまじき感情が生まれてしまっていた。

 リーがパチンと指を弾けば、どこからともなく炎が現れる。火傷しそうなほど激しい熱を持った緋色の揺らめきは、分厚い紙束を一瞬にして消し炭に変えていった。

 これから己が歩もうとしている道が正しいのかだなんて、そんなものは分からない。未来を見通したところで、不確定要素が多すぎる中では見えたものが絶対とは言い切れないであろう。

 換気もされない部屋中に漂う白煙を鼻に吸い込みながら、リーはゆっくりと目を閉じる。

 彼女と力を合わせれば、理想を現実にできるだろうと儚い幻想を抱きながら。

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