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15話:それでも罪は消えることはなく

 フルーツ飴を完食したエルミアたちは、何事もなかったかのように街歩きを再開した。相も変わらず下らないことを話しながら、ゆったりと練り歩く。

 特に人の往来が激しいこの場所は、うかうかしていたら迷子になってしまいそうだ。少し動くだけでも、前を行く人にぶつかってしまいそうなほどお互いの距離が近い。

 リアムもそれを承知しているのか、エルミアの隣をぴったりとくっついて離れなかった。


「……ねぇ、エルミアちゃん」

 

 その最中、彼が遠慮がちに質問を投げかけてくる。


「グレイシャとマーフィーに近づくのは、一体どういう意図があってなのかな?」

「グレイシャとマーフィー? ……ああ、テオとアンドリューのことか」


 エルミアはしばし考え込んだ後、彼が求めている人物らへとたどり着く。ファーストネームで呼ぶあまり、すっかり家名を忘れていた。

 時は遡り、アンドリュー騒動からしばらくした後のこと。彼本人から上の名前で呼んでくれ、と打診があったのだ。

 初めこそすれ遠慮していたが、例の”リンゴ芸”を再度見せられてしまえば従う他ないというもの。

 青ざめた顔で必死に頷くエルミアに対し、アンドリューはそれはそれは爽やかな表情を浮かべていた。

 そして驚くべきことに、彼は真面目に授業へ出席するようにもなる。見慣れたはずの空席が埋まることに対して、驚いていたのは生徒たちよりも教師の方であった。酷く繊細な者に至っては、泡を吹きその場で倒れるほどには衝撃的だったらしい。

 あれだけ嫌われていたのが嘘のように、二人は毎日好意的に接してきている。顔を見ればエルミア、エルミアと声をかけてくれる。懐かない猫がこちらを家族と認めてくれる瞬間の喜びって、こんな感じなのだろうか、とぼんやり考えた。

 だからと言って、”エルミア”の罪が帳消しになるわけではない。

 かつて彼らから向けられていた、殺意のこもった視線を思い出しながら、エルミアは口にする。


「彼らには取り返しのつかないことをしたからね。悪いことをしたら、きちんと謝って償わないといけないから」

「悪いこと? エルミアちゃんがいつ、二人に悪いことをしたっていうの?」

「……それは――」


 意味がわからない、と言ったように問いを投げかけてくるリアムから目線を外し、言い淀んだ。

 いつ……。そういえば、いつから”エルミア”は嫌われていたのだろう。

 彼女が何か手がかりになるようなものを残していないかと、部屋中を探し回ったこともあった。しかしそれらしきものが残されている様子はなく、静かに肩を落としたことは記憶に新しい。

 テオとアンドリュー、二人から嫌われている『理由』は聞き出せた。けれども、具体的な『時期』までは問うことは不可能であった。

 今彼らに質問したとすれば、答えてくれると思うけれど……。過ぎたことだ。下手に蒸し返して、関係を悪化させたくはない。

 心当たりがないからこそ、こちらを心配してくれる彼へ何も言うことができない。

 周囲の喧噪に似つかわしいほど押し黙ったエルミアに、リアムが人差し指を伸ばす。そっとエルミアの唇に乗った指先が、ふに、と微かに押し込まれた。


「言わなくていいよ。罪滅ぼしは、もう終わったんでしょう?」


 どこまでも甘く、さも暗示かのように優しくゆったりとした声色で投げかけられた問い。

 エルミアはまたしても、はっきりと答えることができなかった。

 実のところ、残る攻略対象の数がわからない。あと何人から好感度を取り戻せば、自分は死の道から逸れることができるのか。

 その上”エルミア”の罪は攻略対象だけには留まらない。周囲の人たちにも多大な迷惑をかけてきたことは、態度や扱いによって一目瞭然である。彼らにもきちんと誠意を見せ、心の底から生まれ変わったことを証明するべきだと思うから。

 故に、エルミアは曖昧に頷き返した。明確な回答が提示できない今、自分にはこの程度のことしかできない。

 そんな己がどこまでも憎くて仕方なく、それでいて歯がゆい。

 無言で苦悶の表情を浮かべるエルミアに対し、リアムは微笑を浮かべた。

 それはまるで、こちらの言わんとしていることを察しているかのような――。ざわざわと不安渦巻く、相手の心を落ち着かせる穏やかな笑顔だった。


「じゃあさ、エルミアちゃんは僕から離れていかない、よね?」

「当たり前だよ。リアムは私の大切な友達だから」

「……友達か、そっか」


 そう口にしたリアムの顔がわずかに歪んだ。まるで何かを諦めたかのように目を伏せ、ここではないどこか遠くに思いを馳せているかのようだった。

 少し寂しそうにも見えるのは、どうか気のせいであってほしい。大切な人に、悲しい思いをしてほしくはないから。

 だからこそエルミアは彼を元気づけるように、少々冗談めかして己の気持ちを伝えることにした。


「逆にリアムこそ、私を置いていかないでね。貴方のことは信頼しているから」

「そんなことしないよ。僕はいつだって、エルミアちゃんと一緒だもん」

「そういえばさ、リアムはどうしてこんなに私に優しくしてくれるの?」

「んー。僕が昔、エルミアちゃんに救われたからかな……?」

「え、私、そんなことしていたの?」

「やっぱり覚えてないよね。大丈夫、無理に思い出そうとしなくてもいいよ。僕ね、君が大好き。ずっとずっと、エルミアちゃんのことを考えてる」

「……ありがとう、リアム」


 人を傷つけてばかりのエルミアが、誰かの助けになっていた。

 残念ながら、”私”にその記憶はないから事実関係の確かめようがない。けれどリアムのことだ、彼がその場しのぎの劣悪な嘘をつくとは考えにくい。

 だから、私はリアムの言うことを信じることにする。

 一連のやりとりが彼の心を軽くしてくれたのだろうか、暗澹たる表情はいつもの和やかなものへと戻っていた。

 エルミアはほっと胸をなで下ろす。やはり、リアムは穏やかで落ち着いた顔がよく似合う。


「エルミアちゃん――」

「わ……っ」


 リアムが何かを言いかけた時、エルミアの足下からかすかに悲鳴が聞こえた。

 ぶつかったのは小さな子供だった。黒いサスペンダー姿の少年はその場に尻餅をつき、痛みに耐えるよう歯を食いしばっている。

 しまった。話すことに夢中で、周囲に全く気を配れていなかった。

 己の失態を悔やむと共に、エルミアはその場にしゃがみ込んだ。転がる彼に目線を合わせて、怖がらせないようおずおずと手を差し伸べる。


「ごめんなさい。怪我はなかった?」

「だ、いじょびです」

「だいじょび? ……ここは人が多いからね。気をつけて歩くのよ」

「ま、待って……! 待ってくれださい!」


 少年はエルミアの手を掴むと、緩慢な動作で起き上がった。どうやら今の衝突で彼が怪我を負った様子は見られない。

 彼の無事を確認したところで、忠告と共に立ち去ろうとする。それを感知したであろう少年が、突如として大声を出しエルミアを呼び止めた。

 焦りと恐怖の入り交じった叫びにエルミアはただならぬ様子を感じ取り、もう一度少年に向き合う。

 再び視線を合わせた彼は、胸の前で両手をぎゅっと握る。緩やかに垂れ下がった目元は真っ赤に染まり、今にも泣き出してしまいそうだった。

 意を決したように口を開いた少年は、エルミアたちにとある依頼を投げかける。


「ま……お兄ちゃんを探しやがってほしい!」

Xの方では触れていたのですが、ついこの間、リアクション?を初めていただきました!

わーいわーい!今後ともよろしくお願い致します~!!

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