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14話:これってデートみたいじゃない?

 期末テストを終えれば、あっという間に夏期休暇へと突入する。

 この時期の夏休みといえば夢に向けて勉強一直線、という大事な時間であったが、周囲に焦っている様子は一切見受けられない。それどころか、誰も彼もがのんびりとしているようだった。

 アンドリューやチェルシーもそのうちの一人。彼らは実家に帰省する関係で、しばらく会えないと伝えられた。

 そろいも揃って今生の別れのような雰囲気を醸し出していたが、一ヶ月後くらいには普通に会える。だから、なにもそこまで悲観しなくてもいいのに。

 そんな友人たちをよそに、エルミアは多忙な日々を送っていた。

 昼夜関係なくひたすらに勉強に打ち込む毎日。講師ルペシャも王宮に行くだのなんとかで、顔を合わせる機会も少なかった。一人机に向かい黙々と座学を、鏡の前で所作の確認等を行う。たったそれだけで、一日一日が息つく間もなく溶けていく。

 疲れた、私もどこかに行きたい。

 夜になるたびがっくり項垂れ、枕に顔を埋めては声にならない声を上げ続ける。

 すっかり意気消沈するエルミアを見かねたのは、リアムだった。夏休みも中盤にさしかかったある日、彼はとある提案を持ちかけてきた。


「明日九時頃に迎えに来るね。とびきり可愛くして、待っててほしい」


 とびきり可愛くとはなんだ、と小一時間ほど考えながら、エルミアは言われた通りお洒落をして当日に臨む。

 そしてリアムと二人、市街地へ訪れるのだった。

 ここに足を運ぶのは図書館に来たとき以来だろうか。

 老若男女が行き交い、商人たちは一人でも多くの客を呼び込もうと声を張り上げる。あの時とまるで変わらない町並みは、平和の象徴そのものと言っていい。

 活気に満ちあふれた人々の営みを目にするエルミアの頭をよぎったのは、あの不穏な予言のことだった。

 

『魔王復活せし時、聖女も生まれ出ずる』

 

 聖女は生まれた。地に足をつけ、最悪の未来を回避しながら生きながらえている。

 今のところ魔族が表立って行動している様子は見られず、そういった類いの話も聞いたことはない。それどころか、魔族の「ま」の字も出てこないので、あの予言さえ本当かどうか疑わしいほどである。

 彼らの生活を壊したくない。このまま何もなく、誰もが平穏無事に過ごせるといいのだけれども。

 未来へ一抹の不安を抱えながら、先ほど購入したレモネードを口に含む。おばちゃんの押し売りに負け渋々手にした物であったが、これがなかなかに美味しかった。

 ストローで吸い上げれば、口の中をほどよい酸味が駆け抜けていく。喉を通り抜ける度にパチパチと弾ける炭酸の刺激は、電流が走ったのかと錯覚さえするほど強い。最初こそびっくりしたものの、慣れてしまえば癖になりそうだ。砂糖は控えめなおかげか、ジュースを飲んだ後特有の喉の渇きを覚えることもない。

 うむ、悪くない一品。

 密かに満足していれば、歩幅を合わせてくれるリアムが小さく笑みを漏らした。エルミアの肩をつんつん突いてきたので、反射的にそちらを振り向く。

 彼はこちらをのぞき込むようにした後、きゅっと目を細めた。そのぷくぷくとした柔い頬を朱に染め、口を開く。


「ねぇねぇ。これって、デートみたいじゃない?」

「ごふっ」


 無邪気に放たれた言葉は予想だにしないもので、エルミアは飲み物を吹き出した。

 休日の昼下がり、若い男女が二人。仲睦まじいかと聞かれたらきっぱり返答はできないが、端から見ればそのような解釈も可能だろう。

 幸い、口から噴射されたものは地面へと垂れていった。乙女にあるまじき姿を見せてしまったことを後悔しながら、エルミアは口元を拭う。


「最近エルミアちゃんは、他の人と一緒にいることが多いからさ。今日は僕だけのエルミアちゃんだと思うと、すっごく嬉しいな」


 しかしそんな醜態すらものともせず、リアムは可憐な花びらのように穏やかな笑みを向ける。

 そんな彼の真っ直ぐな思いに、胸が締め付けられるようだった。

 転生してからのエルミアといえば自分のことばかりで、彼とまともに話をするときと言えば登校の時くらい。

 その上、ここに来られたのもリアムの気遣いあってこそだ。

 缶詰状態で気が滅入っていたこちらを見かねて、連れ出してくれたのだから。

 今日は余計なことは全部忘れて、目一杯リアムとの時間を楽しもう。

 エルミアたちは他愛のない会話をしながら町中を回った。

 あれが美味しそう、あの行列ができているところが少し気になるな、このお店のガラス細工はとても綺麗だね、だとかなんだとか。


「そこの麗しい嬢ちゃんと優しそうな兄ちゃん! よければこいつを食べていかないかい?」


 最中、露店のおじさんが気さくな声をかけてきた。丁寧に磨き上げられた禿頭と巨体が目を引く彼は、満面の笑みを浮かべエルミアたちを勧誘する。

 一体どんな物が売っているのか確かめてみようと、屋台へゆっくり近づいた。

 それはまるで、宝石箱の中のような光景だった。

 細い竹串へ数珠のように刺さる一口サイズの小ぶりな果実たち。水飴でコーティングされた色とりどりの宝玉は、おじさんの頭にもひけをとらないほどツヤツヤとした輝きを放っていた。

 果物本来の鮮やかさを引き出すかのような煌めきと、わずかなズレさえ許されないほど真っ直ぐに整列された実たちは、まるで一種の工芸品を見ているかのよう。

 ガラス細工や飴細工で造られたかと見紛うほどの繊細と華やかさに、エルミアの中の子供心が刺激された。

 リンゴ、苺、ブドウ。こっちはミカンとキウイ。

 頭上に大きく展開される垂れ幕を見て、フルーツ飴のようなものだと理解する。

 その隣には、炭火で焼かれた分厚い肉を串刺しにしたものが数種類にわたって展開されていた。漂ってくる香ばしい匂いに腹の虫が騒ぎ出すも――、果物と肉ってどういう選出基準なんだろう、と疑問も浮かぶ。


「エルミアちゃんはどれにする?」

「どれも美味しそうだけど~……リンゴかなぁ。大きなのまるごと一個で、食べ応えがありそう!」

「奇遇だね。僕もそれにしようと思ってたの」

「初見でそれを選ぶたぁ、お目が高いね二人とも!」


 待ってました、と言わんばかりに彼は両手を強く叩いた。

 お代と引き換えに貰ったリンゴ飴に、エルミアたちは早速一口齧り付く。

 歯を立てた場所を起点にして、パキ、と飴が砕け散った。中から現れた生のリンゴはまるで獲れたてのように瑞々しく、咀嚼するたび甘い蜜が口内にじゅわりと広がっていく。


「お、美味しい……!」

「ったりめーだろ! マーフィー伯爵家って聞いたことあるか? そこから穫れたリンゴなんだからな!」


 思わず言葉を漏らしたエルミアに、おじさんは大声で笑い返答した。それを聞いたエルミアの心臓が嫌な音を立て、下腹部がきゅるきゅると律動するのを感じる。

 マーフィー伯爵とリンゴと言えば、どうしても目の前で握りつぶされたアレが蘇ってしまう。

 豆腐のようにいとも簡単に粉砕された堅い果実。大好物らしい彼は、いつも持ち歩いていたじゃないか。どうして言われるまで……とまで思い至って、考えるのをやめた。

 今日は余計なことを考えない。そう決めたばかりではないか。

 次に浮かんだのは、とある公爵令嬢の顔だった。

 ――ルペシャ様が食べたら、きっと喜ぶかな。

 最近わかったことがある。ルペシャは甘いものに興味がないのではなく、あえて手をつけようとしないのだと。

 理由はわからない。しかし、彼女はきっとスイーツが大好きであることに間違いはない。

 何故なら、食べているときの彼女はわずかに頬が緩んでいるのだから。

 鉄仮面のような表情を崩さないルペシャがスイーツを口にしたときの顔は、まさに女神の微笑みと言っても過言ではない。恐らく彼女は無自覚かつ、それでいて誰にも見せたことがないのであろう。

 あの顔を目にしてしまえば最後、冷酷無比なんて言わせない。思いがけないギャップに、人々は彼女の虜にならざるを得ないであろうから。

 そしてエルミアは閃いた。こちらの世界において、まだ見ぬ甘味を振る舞いたい、と。

 日頃お世話になっている彼女に感謝の気持ちを伝えたい。

 意図なんか汲まれなくとも、ただ普通に甘いものを召し上がってもらいたい。


「エルミアちゃん、ついてる」

「んむっ」


 すっかり奪われていた思考から現実へ引き戻すように、リアムが口元を拭った。白い指がエルミアの唇の端に触れ、ゆっくりとなぞる。

 人差し指についたリンゴの欠片を舌先で舐め取れば、彼は得意げにウインクをした。

 リアムはエルミアに一等優しい。というより、甘すぎて恋人同士かのような錯覚さえ覚えるほどである。

 嫌われの身であることを除外しても、男性に甘やかされるという経験はほとんどない。

 毎朝起こしてくれることも、変化を疑ってもなお味方でいてくれることも、何かと気にかけてくれることも。

 だからこそ、全身が熱を持ったように昂ぶりをみせ変な汗をかいてしまう。

 己のことで手一杯のせいか、彼をそういう目で見る余裕すら今はできない。

 けれど、ドキドキするのに変わりはない。

 こういうこと、されたときだって、何て言ったらいいのか分からずに沈黙してしまう。 やがて白桃色の煌めきを直視することが出来ず、エルミアは石畳の地面へと視線を下ろした。

 今、リアムは何を考えているのだろう。

 どんな気持ちで、私に接してくれているんだろう。

 おかしいな、今食べたはずの、フルーツ飴の味がもう思い出せない。

 周囲から聞こえるのは人々の喧噪。若い女性の笑い声に老婆の噂話、少年のはしゃぎ声や青年らの愚痴。

 全て全て、まるで遠い世界の出来事のように感じられる。


「エルミアちゃん……?」


 リアムが眉尻を下げながらこちらを見つめる。その心配そうな声色に、簡単な返事すらできないだなんて。

 そんな光景を見ていたおじさんが茶化すように口笛を鳴らすけれど、エルミアは右から左へと流していた。

季節の変わり目かなぁ、体調を崩しておりました。

皆様もどうかお気をつけください。

ところでガラス細工とか、飴細工ってなんか素敵ですよね

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