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謁見

 数時間後——

 謁見の間へと続く大広間に、ニシミヤ家の一行は連れて来られていた。


 この大きな扉の先に、物語やゲームでしか見たことのない『魔王』と呼ばれる存在が待っている。現実感のない状況に、一家の顔にはそれぞれ違う色の不安が浮かんでいた。


「大丈夫ですぞ、ニシミヤ様方。魔王様はヒトを喰らうようなお方ではございません。当然、我らもそうです。どうかご安心を。では、参りましょう」


 ゲドーが両手で大きな金輪を持ち上げ、重々しく三度、扉を叩いた。

「魔王様。ニシミヤ様御一行をお連れしました」


「うむ、待っておったぞ。中へ通せ」

「只今。——ささ、どうぞ」

 次の瞬間、扉は誰の手も借りず、ゆっくりと自動的に開き始めた。


 目の前に広がるは、荘厳そのものだった。広大な空間に敷かれた絨毯や垂れ下がるカーテンはどれも一級品。黄金の装飾品やステンドグラスが、柔らかな光を反射してきらめいている。


 父・カイは部屋中を見渡して「おぉ……」と感嘆の声を漏らし、その装飾の精緻さに目を輝かせていた。

 兄・タケは「スッゲー、本当にゲームやアニメの世界みたいだ」と、興奮を隠しきれない。


 妹・スズは煌めく装飾品を見て「なにあれ……綺麗。高く売れそう!」と、どこか危険な輝きを瞳に宿している。

 一方で母・ミホだけは現実を受け入れきれず、口を閉ざしたまま足を止めていた。


「よく来てくれた、ニシミヤ家の方々よ。我がこのアーシア国の君主、魔王セイドーである。会えて嬉しいぞ」

 威厳をまとった声が響く。


 ゲドーは恭しく跪き「お待たせいたしました」と言い添え、その横でニシミヤ一家は横一列に並び、姿勢を正した。


 カイは、ただでさえ大きな魔王の体躯よりも、さらに大きな金色に輝く玉座の荘厳さに息を呑み、ミホは魔王の異形の姿に耐えきれず、そっと視線を逸らした。


 だがタケとスズは、ラノベやアニメで鍛えられた順応力のおかげか、圧倒的な存在感を前にしてもなお背筋を伸ばし、落ち着いていた。


 張り詰める空気の中で、一家の代表として挨拶をせねばと、カイは震える声を絞り出した。

「ど、どうも……初めまして。西宮戒と申します。そしてこちらが妻の美保、長男の建、長女の鈴でございます」


 名を呼ばれた三人は、緊張に喉を鳴らしながらも順に会釈をした。

「急にこのような場に呼び出してしまったな。国を代表して詫びよう」


 セイドーは堂々とそう言いながらも、どこか落ち着かずに片手をひざに置いたり玉座の肘掛けを触ったりしている。


「い、いえ! 魔王様が我らのような者に頭を下げるなど……どうかおやめください!」

「気を遣わせてしまったようだな。礼を言う」


 その様子を横目に、スズが兄に囁く。

「ねぇ……魔王って、もっと横柄でドンと構えてるもんじゃないの? ちょっとイメージと違うんだけど」


「フハハハハ! 我は威張り散らすことを好まぬのだ。……ま、まぁ、そもそも玉座も父の代から使っているものだし、我が選んで座っているわけではないのだ」


「あ、聞こえちゃいました? すみません……」

「良いのだ。我はお主たちを、この国の未来を変える存在と考えている。どうか力を貸してほしい。その代わり、お主たちの望みは可能な限り叶えてやろう」


 そう言われて、ミホがおずおずと声を上げた。

「……それでは一つだけ。私たちを、元いた場所へ帰して下さい」


「ふむ。至極真っ当な願いだ。だが——」

 セイドーは一拍置き、わざと玉座に深くもたれかかった。


「残念ながら、一度召喚された存在を元の世界へ戻すことは出来ぬのだ。すまぬ」

「そ、そんな……! 先ほど望みを叶えてくれると仰っていたではないですか!」


「我は”可能な限り”と申した。……そもそも帰還の術自体が、この世界には存在しておらぬのだ」

「そ、そんな……」


 ミホは愕然とし、その場に膝をついた。

 タケが慌てて母の肩に手を置く。


「母さん、気持ちは分かるけど、落ち込んでても仕方ないよ。今は受け入れるしかないんじゃないかな」

「どうして……どうしてそんなに楽観的でいられるの⁉ 目の前に、こんなバケモノがいるっていうのに!」


 魔王の前で口にするにはあまりに不敬な言葉。カイが慌てて止めにかかる。

「ミホ! ば、バケモノだなんて——」


「否、問題ない」

 セイドーは小さく息を吸い、静かに告げた。


「人族の目に、我らがそう映るのは当然のこと。だが見た目が異なるからといって、心まで異端であるとは限らぬ。我らとて領民とて、ただ穏やかな日々を望む存在なのだ」


 スズが恐る恐る手を挙げた。

「じゃあ……今は、安心して暮らせてないってことですか?」


「スズと言ったな、君はとても聡明なようだ。察しの通り、アーシア国は常に脅威に晒されておる。飢饉、疫病、内紛……そして勇者!」


「勇者……」

 カイが勇者という言葉に反応する。


「本当にいるのですか、この世界に勇者が……。まるでRPGの世界だ」

「アールピィジィ? はて、それは何だ」


「えっと……テレビゲームのジャンルのひとつです」

「テレビ? ゲーム? ……すまぬ、我の蒙昧(もうまい)が故、言葉の意味が分からぬ。もう少しわかるように説明してもらえぬか」


「すみません。テレビゲームというのは……、何て説明したらいいんだろう」

 説明に窮するカイを見て、タケが前に出る。


「実際にやってもらった方が早いんじゃないか」

「ああ、それもそうだな!」


「うちは家族揃ってゲーマーだから、全部のコンシューマー機が揃っているんですよ!」

 スズが誇らしげに胸を張る。


「コ、コン……シュー?」

「とにかく! うちに来て頂ければすぐわかりますよ!」


 ミホも少し落ち着きを取り戻したようで、急に現実的なことを口にしだす。

「でも、掃除もろくにしてないし、君主様をご招待できる状態じゃないわよ」


 タケが冷やかすようにミホに声をかける。

「お、母さん魔王様をうちに招待すること自体には反対しないんだな?」


「そ、それは……。もうこうなったら腹を括るしかないって、あなたが言ったんでしょ!」

「うむ、理解に感謝する」


 セイドーは小さく咳払いをし、言葉を整えた。

「ここで改めて約束しよう。ニシミヤ家の人々の帰還方法を、必ず探させると。我が直々に部下へ命じる」


 その言葉に、カイは深々と頭を下げる。

「ご厚情感謝致します」


 ミホも涙を浮かべながら「ありがとうございます」と頭を垂れた。

「良かったね、ママ!」


 タケも両親に倣い、真剣な面持ちで頭を下げる。

「魔王様、改めまして……よろしくお願いします」

「うむ。こちらこそ、よろしく頼む」

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