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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

親友の花嫁道中に参加したら、素敵な人をみつけました!

作者: 藤白春



 私の名前はアルディリア・ラドロン。


 本日は親友のマンサナ・シャンレンの花嫁道中に参加しています。

 親友ですもの、隣国まで一週間の道のりを一緒に行くと決まっています!

 しかも、しかもですよ? 私の親友である花嫁のマンサナは、ゆるく波打つ金色の髪と垂れ目で紫色の瞳が可愛らしい女性で、ここでの話、男性の方々からは恋文が沢山送られてきています。そんな私の親友が! 手紙でやり取りしただけの見知らぬ男性のもとに嫁ぐのです!

 貴族やお金持ち間では政略結婚なんてよくある事。よくある事ですけれど、自由恋愛だって叫ばれているこの時代に! なんてことなのかしら!

 

 マンサナのご実家は砂糖の商いで財を成したシャンレン商会。我が国で砂糖といえばシャンレン商会! というくらい有名でしたが、それはマンサナのお祖父様までのお話。お父様は少々「失敗」をするたちで、いえこの際だからはっきり言いましょう、商才が全くなかったのです!

 砂糖の商いだけやっていれば、後継ぎであるひとり娘のマンサナ、そのあとの子どもの世代までなら食べていけるだろう。マンサナにご実家の財政具合を聞いた時の、十二歳頃の私はそう考えておりました。

 なのに、なのに! マンサナのお父様は、上手くいくと聞いた商売すべてに手を出し、すべて失敗したのです!

 マンサナの着ている服の質が妙な速さで下がっていくことに気づいた頃にはもう遅く。マンサナに「実は」と教えてもらった、日々増える借金の金額に驚愕しました。通常の商いくらいでは負わない程の借金。国庫を半年は賄えるほどの金額に頭が痛みました。

 あまりの金額に犯罪組織が多少なりとも絡んでいると睨んだ私は、マンサナに許可を得て捜査に乗り出しました。

 そして時間稼ぎの為、借金の負担をラドロン家でしようかと提案。

 私の家は代々王に仕える騎士の家系。どちらかというとお金には無頓着、騎士職で稼いだものは領民に分け与え余った分は貯めています。そして私も先代達と変わらず、稼いだものは領民に還元残りは貯金をしております。なので多少は自由の利くお金を持っている方なのです。

 

 ですが、マンサナは私からの資金提供を許してはくれませんでした。

 私は、マンサナには心から愛した人と一緒になり幸福な人生を歩んでほしいと考えていました。

 マンサナは言ったのです。


「お金を貰うのだから、それ相応の対価を差し出さなくてはいけないのよ。でもリアは親友だから返さなくてもいいと言うでしょう? 返す返さないで親友と喧嘩したくないのよ。わかってリア」


 マンサナの言うことはごもっとも。私のことをよくわかっているマンサナに何も言い返すことは出来ませんでした。

 時間稼ぎができないならば、早急に犯罪組織を捕まえ借金をなかったことにするしかないと私は頑張ったのです。

 でも、マンサナのお父様が騙されていた分は借金の半分ほど。残りは国が経営する銀行や裕福な男爵への借金等、すべて無かったことにすることは叶わなかったのです。いえ、時間があればイケたのですが、悔しい限りですわ。

 そうして、残りの借金をどうするのか問題が浮上しました。

 商会を売ればいいのか、いや売りたくない! 騒ぐマンサナのお父様の髪の毛を全て引っこ抜いてやろうかと思っていたところ、借金を肩代わりする代わりに婚姻を結びたいという隣国の貴族からお声がかかったのです。

 マンサナのお父様は当初「娘を売り飛ばすような真似、いくら私でもしない!」と叫んでいたのです。しかし、隣国は豊穣神の国と言われるほど土地が富んでおり、我が国は麦をはじめ多くの食料品を隣国から輸入しています。なので、国からの圧力があったのでしょう。マンサナのお父様は泣く泣く婚姻を許可しました。

 マンサナが嫁ぐと決まり、私は「今なら逃げられるわよ」と伝えました。私ならマンサナを攫ってどこか別の国に行き、そのあとの生活だって援助出来ます。

 マンサナは「私の親友は強くて、格好良くて、それでいて素敵ね」と母親が子どもに言うような優しい口調で話した後、微笑みます。


「私、隣国のお方に嫁ぐわ。お金持ちだし、絵姿でみた笑顔がとっても素敵だったの。リア、祝福してくださるわよね?」


 親友を助けられなかった私は強くも、格好よくも、素敵でもありません。

 見知らぬ男に嫁ぐ自分を悲観することなく、覚悟を決めたマンサナの方が何倍も強く、格好良く、素敵です。

 

「もちろんよ、サナ。私の親友、結婚を祝福するわ!」


 「ありがとう、リア」マンサナは私抱き寄せてくれました。ふわりと香る優しいラベンの香りに心が落ち着き、私もマンサナを抱き寄せます。

 

「サナが好きな紫色のラベン花、隣国へ持っていけるよう手配しますわ」

「うれしい!」

 

 ラベンは北方に自生する花です。温暖な気候の隣国ではあまり馴染みがないでしょうが、暖かくても育てることは出来る筈なので準備しましょう。私ができるのはこれくらいしかないのが、悲しいですわね。

 

 そうして嫁ぐ準備と商会の立て直しをお手伝いする日々を過ごすうちに、いつの間にかマンサナ旅立つ日になってしまっていましたわ。

 もっと親友の為になにかしたいと考えた私は、道中マンサナが不安にならないよう、護衛として着いていくことにしました。

 どうせ結婚式には参加するのだし、時間の節約にもなるわよね!

 荷物にはちゃんと、ラベンも積みましたわ。念のため土と水も、水は腐らないよう魔法をかけていますのよ。


「サナ、このお菓子美味しいわよ。食べて!」

「あら、サクサクで美味しいわね。そうだわ、外の男性方にも差し上げましょう」


 走る馬車の窓を顔を出し、御者に停めるよう伝えるマンサナ。それを「お嬢様! はしたのうございます!」と止める侍女のマリーベルに私は溜息が出ます。

 外の男性方というのは、所謂用心棒と言う名の傭兵です。実は隣の国までの陸路はあまり治安がよくありません。そんな道中を心配したマンサナの未来の旦那様が雇いつけてくださったのです。

 

 時間があれば傭兵達の背後を調べましたのに、マンサナったら当日「護衛さんたちよ!」というんですもの。

 出発する前、皆様にご挨拶をしましたが、傭兵という名にふさわしく屈強な男という雰囲気でした。中でも団長と呼ばれていた方は上腕二頭筋どころか胸板も厚そうで、ふふふ、私の好みといういいましょうか。

 どうしても血筋の所為でしょうか。細身の優男よりも筋肉質な方を好む傾向があるようです私。

 いやいや、今は私よりもマンサナを第一に考えなくては!

 

 馬車から降りて皆様にお菓子を配るサナは女神様そのもの。

 そこの貴方、鼻の下を伸ばしているんじゃありませんわ!

 マンサナに変な事をしたら私が許しません!


 私は空を見上げ、太陽の位置を確認します。

 朝一番で出発してきたのですが、現在の時間はおやつの時間。所謂午後です。

 隣の国へは二日程で到着すると聞いていたのですが、長旅に慣れていないマンサナが乗っている馬車では無茶は出来ません。

 少々遅れているのは予想の範囲内。傭兵集団とマンサナから聞きましたが、要人の扱いが丁寧です。個々の動きも統率が取れ、マンサナや私への対応や所作も貴族そのもの。傭兵ではなく騎士団だと思います。私兵を持てる隣国の貴族。どなたなのかと、私はマンサナに尋ねましたが「貴族ということしかしらないの」困ったように微笑む姿は本当に知らないの証。

 私個人で調べようかと思いましたが、マンサナに「調べてはだめと言われたわ」と釘を刺されました。素直に言うことを聞くしかありませんですわね。

 なので騎士団ではなく、マンサナと同じく【傭兵さん】と呼ぶことにしましょう。

 

 現在地を確認したいわ。近くにいた若い二十代ほどの傭兵さんに私は話しかけることにしました。傭兵にしては少々筋肉が付き足りない方だなという印象は置いておきましょう。


「あの、現在地を教えていただけますか?」

「うん? あぁ、えっとねー、団長! ここどこでしたっけ!?」


 まさかわからないだなんて、報告連絡相談はどうなっているのかしら!

 答えられなかった若い傭兵さんのかわりに呼ばれて来た団長様が「馬鹿かお前は! さっき話したろ!」と若い傭兵さんの頭を殴る。「すみません! お菓子が美味しすぎて聞いてませんでした!」素直に答える方もどうかと思うが、元気なのはいいことね。

 若い傭兵さんの頭を掴み頭を下げさせる団長様は、若い傭兵さんを持ち場に戻らせた。


「部下が大変失礼しました。現在地は南の国境付近となります」

「深窓の谷の手前ですか。ならば、少々速さを上げた方がいいと思います。夜までに谷を抜けたほうがよろしいかと」

「しかし、お嬢様方のご負担を考えるとあまり速度は……」

「ご安心ください。マンサナ様は幼少時より乗馬等に長けております。侍女も馬車には慣れておりますし、少し手荒く進んでも大丈夫ですわ」


 それよりもこの谷は危険ですので早めに抜けましょう。団長様に伝え、傭兵さんたちと笑って話しているマンサナを馬車に乗せた。

 花嫁道中が再開されたが、日暮れ前にせめて谷を渡ってしまいたいという私の希望は通らず。太陽が沈んだ後谷に差し掛かってしまった。

 さて、どうしたものか。私が思考を巡らせているのに気付いたマンサナは微笑み「大丈夫よ、強い味方がいるのだから」と本を読み始めます。サナの言う通り強い味方、傭兵さん達はいるのですが、この谷は旅人達から【深窓の谷】と呼ばれる谷です。

 大昔、深窓の姫と呼ばれていた女性が嫁ぐ際この谷を通過した際「嫁ぐのが嫌だ」と谷底に向かって自ら身を投げたことに由来している。

 また、多くの旅人が何故かこの谷に落ちている事故が多発しているらしい。噂では姫が寂しくて谷に引きずり込んでいるのではということです。レイスならば冒険者が対応可能なのでこんな噂は流れないはず。不思議ですわね。


 なんにしてもです、日暮れ前に谷を抜けられなかったのですから、傭兵さん達にはがんばっていただきましょう。

 ただ、マンサナとマンサナの侍女マリーベルを守るために傭兵さんが二十人という大所帯。

 どこの小隊でしょうか。せめて分隊程度、少なくても六から七人で事足りると思うのですが……それほどマンサナを切望している男性と考えておきましょう。あまり人数が多いと目が届かないので、隊長の方をメインに見ておきましょうか。


 何事もなければいいのですが。考えていると、残念ながら傭兵たちの声と剣が固いものに当たる音等が沢山聴こえはじめます。のんびり屋のマンサナも本から視線を上げ「あらあら」と困ったように微笑みます。そして再び本を読み始めましたが、私の隣に座っているマリーベルは青い顔で「アルディリア様……!」と私に縋り付いてきます。

 それもそのはず。気を使ってのんびり動いていた筈の馬車が今にも横倒しになるのではという勢いで走っているのです。

 

「かなり揺れているのによく読めるわね、流石サナだわ」

 

 今にも吐き出しそうになっている、真っ青な顔のマリーベルに「大丈夫よ。私もマンサナもいるじゃない」と落ち着かせ、酔い止めの魔法をかけてあげる。ホッと息を吐きだすマリーベルの両肩をポンポンと軽く叩いて防御魔法もかけておく。出発前にかけておいたのだけど、マリーベルは心配性なのよね。のんびりなマンサナにはちょうどいいのだけれど。

 大きく揺れる馬車の中をバランスを取り窓から外の様子をみると、あらあら不味いわね。


 傭兵さん達の屍累々。倒れた傭兵さん達はうめき声を上げて動いています。死んではいないようですけれど、状況はかんばしくないわ。


 花嫁行軍を襲ってきたのは盗賊や山賊でも、チンピラでもなく、魔物でした。

 人間よりも二倍は大きい背丈、筋肉質の腕と栄養を溜めていると言われる突き出たお腹、特徴的な豚のお鼻からみてオークと呼ばれる魔物でしょう。深窓の谷で事故が多いのはこのオーク達の所為かもしれませんね。

 

 隣国に魔物は出ません。だって、豊穣神の国ですから。

 神の国である隣の国は、神に選ばれた聖女のみ張ることが可能な結界を国土全てに張っているらしいのです。そのため魔物は入れないようになっているらしいですわ。そのおかげで天災も少ないと聞きます。農耕が盛んなのは土に栄養がある、だけではないのです。土と気候と外敵も重要ということですわ。

 そんな神の国から来た傭兵さん達は、対人間の経験しかないのかもしれません。ならばオークに手間取っているのもわかります。オークはBランクの魔物。巨体を倒すのは慣れた者でないと大変です。


「サナ、結婚式は二週間後でしたわね?」

「えぇ、準備があるから結婚式の三日前には私の隣にいてほしいのだけれど」

「わかったわ! マリーベル、サナをお願いね」

 

 まだ顔色が悪いマリーベルは「アルディリア様行かないでください!」と叫んでいる。

 私はマリーベルに微笑み、馬車の扉を開ける外へ転げ出た。

 ごろごろごろ、ころがって受け身を取り立ち上がる。ちょうど馬に乗って横を通り過ぎていく傭兵の方達とすれ違います。

 あら、敵わない魔物を相手にした時の対処法は知っているみたいね。

 

 「逃げるが勝ちといいますから」

 

 駆け出しの冒険者達はギルドマスターや先輩方に口酸っぱく言われているでしょう。

 でも、ここは峡谷。木々は少なく、むき出しの大地しかありません。遮るものが少ないので、逃げ隠れるのは難しいですわ。

 一番いい方法は、誰かを犠牲にして逃げること。今回は私がお相手いたしましょう。


 馬車から文字通り転げ落ちた私に気づいたのでしょう。何人かの傭兵の方が私を救おうと馬に乗って駆け寄って来てくださいました。

 そんな傭兵さん達に私は大きな声で伝えます。

 

「マンサナ様は馬車に乗っております、このまま峡谷を抜け隣国まで向かってください! 魔物は私が引き受けましょう!」


 私の少し離れた後ろでは、マンサナの「リアー! なるはやよー!」という声が聞こえます。私の親友の声に困惑する傭兵さん達。

 私の百メートル先にはオークが三体ほど。

 このオーク様方をどうしようかしら。

 考え込む私の前に現れたのは、団長様。

 私が引き受けるとお伝えしたのですが。いえ、私が引き受ける。と言っても護衛対象を置いていくような方々ではありませんでしたね。それでも助けにきたのが団長様だけの様子。他の皆様は伸びている方を掴んで馬車と共に先へと進んでいます。

 私に何かしらの対策があると考えるが、情報が少ないので念のため団長様が残ってくださったのでしょう。


「団長様、私は先に行けと言った筈ですが?」

「しかし、ラドロン嬢おひとりを置いてなど」

「その心意気は素晴らしいですが、団長様はお怪我をなさっていますでしょう?」

「なぜ気づいて」


 驚く団長様に構っている暇はありませんの。

 

 団長様の怪我をなさっている方の左腕を掴み引き寄せます。突然の事で我慢できなかったのでしょう「痛っ」と声を上げる団長様。

 ほら、怪我をしています。お強そうなので部下の方でもかばったのでしょうね。

 私は背が低いわけではないのですけれど、団長様もそれなりに背がある方です。

 少ししゃがんでほしいわね。団長様の膝裏を手刀で叩くと、力が抜け驚いた団長様は地面に膝をつきます。

 驚く声を上げる団長様の頭を、私は左手で抱き寄せました。

 私はスカートの中に隠していた剣を取り出します。この剣は異空間に魔法の補助道具です、隠している時は小型に変化し、使用時は本来の大きさに戻るというすぐれもの。

 元の大きさに戻った剣を天に向け、呪文を唱えます。私の得意魔法は雷属性ですのよ。


『天眠る雷の申し子よ、我が願いを聞き叶え、壁となって現れよ』


 魔力を空を覆う淀んだ灰色の雲に向かって放出すると、厚い雲の間が青く光りはじめました。

 呼び起こされた青い雷が、槍のように天から降り注ぎます。私の魔力ですから雷の槍の操作は自由自在です。私は檻の柵をイメージしてオークたちを囲いこみました。あら、そこのオークさん。怒りにまかせて柵をさわると全身に雷が、あらあら、遅かったわね。

 オークの焼ける匂いが辺りにただよります。

 

 これでもう大丈夫です。雷の柵は私のお祖父様と同等の方でないと壊せませんので、このオーク達では壊せません。

 オークたちの様子をみると、囲われた雷の向こう側でマリーベルのように青ざめた顔色をしています。

 実はオークは魔物と言っても、意思疎通が可能な個体は稀にいます。このオーク達も頭は良さそうです、このまま生け捕りにしてギルドに渡してしまった方がいいでしょう。余罪も沢山ありそうですわ。


 「んーんー!」と唸る低い声が近くで聞こえます。

 あら、難を逃れたオークがまだいたのかしらと思ったら、団長様のお声でした。

 「忘れていましたわ」と腕の力を弱め団長様を解放すると、顔を真っ赤にした団長様が大きく息を吸い込みました。


「ごめんなさい、雷の魔法は地面にも空中にも広がりやすいの」


 謝罪をする私に、団長様は「大丈夫です、こちらこそ申し訳ございません」と謝ります。息を整える団長様は、よくみるとお顔も整っていらっしゃるわね。目は少し垂れ気味で新緑色の瞳、髪は夕焼け色かしら。我が国の王宮にいたら女性の皆様から声をかけられるような綺麗なお顔。


「オーク達が、一網打尽ですね」

「私が引き受けますと、お伝えしましたもの」


 雷の柵内にいるオーク達をみた団長様は呆気にとられます。「すごい」とか「雷の魔法にこんな使い方が、熟練した魔力操作でなければ自由自在に形作れないのでは」とか、小さく呟かれている言葉達に私は少し照れてしまします。よく暴力女とか、男より強いやつは行き遅れるんだ。など、団長様は素直なお人柄のようで、ふふふ、大変好ましいですわ。

 私は胸元からレースのハンカチを取り出し息を吹きかけます。ハンカチから小鳥に変化させる連絡魔法です。

 小鳥に「ギルド治安課 深窓の谷へ オーク複数 余罪含む」と伝えると小鳥は頷いてから飛んでいきました。二、三日のうちにギルドの担当者がオーク達を捕まえに来るでしょう。


「さて、次は団長様ね」


 視線を団長様に向けると、団長様は顔を真っ赤にさせ「あ、いや、」としどろもどろ。

 何を考えていたのかしら? 私どこか変かしら?

 首を傾げると団長様は「なんでもありません」と顔をそらす。耳まで赤いわ、傷が熱を持ってしまったかしら。


「団長様、怪我をみせてください」

「え、いえ、大丈夫です!」


 何故か逃げる団長様を私は捕まえます。怪我をして熱まで出てしまっているのに逃げないでほしいわ。

 団長様の怪我をしている左腕をみると、とても美しく筋肉のついた腕をしていらっしゃるわ。最近よくある見せる筋肉とは全く違う! この腕になるには毎日の鍛錬を欠かさず、ただ鍛錬するだけでなく自分の肉体に応じた訓練や実地をしてきたに違いないわ!

 なんて、頭の中で涎を垂らしていたのに気付いたのか、腕をみて固まっていた私に何を思ったのか。団長様はしまったという顔をしました。たぶんですけれど、女性に傷をみせると動揺させてしまうと考えたのかしら?


「お見苦しいものをお見せしました。申し訳御座いません、自分で手当てできますので」


 団長様が身を引こうとするのを引き留めます。オークは打撃攻撃が主ですから、とっさに腕を出して打撃を受け止めた。というところでしょうか。腕は真っ赤に腫れあがり、赤黒く変色していました。幸い骨は折れてはいないようですわね。

 私は団長様に清浄魔法と回復魔法をかけます。いつも隠し持ち歩いているポシェットから痛み止めを取り出し、団長様に渡します。


「回復魔法をかけました、しかし私は回復魔法が不得手なので完全には直せておりません。痛み止めをお渡ししますので飲んでください。そのあと何か食べて、休んでから出発しましょう」

「ラドロン嬢の仰せのままに」

 

 これ以上我慢する必要もないと気が抜けたのか、団長様はその場に座り込みます。回復魔法は効いているのか腫れは引きましたが、聖女が使えるというオールヒールでなければこの場での完全回復は難しいのです。

 私は団長様が座り込んだ場所を起点として四隅に魔物除けを置き、ポシェットから毛布を二枚取り出します。一枚は畳んで団長様の敷布に。もう一枚は団長様の背にふわりとかぶせました。結婚式に出席するだけでしたが、いつもの冒険者セットをポシェットに入れていてよかったですわ。このポシェットはマンサナが作ってくれたポシェットに知り合いの魔法使いが空間魔法をかけてくれた一級品。手のひらサイズで装備もしやすいですが、中は宿屋の安い部屋ほどの大きさがあり、たくさんの物がはいるすぐれものです。

 そんなポシェットから今度は大きな布を取り出し、簡易的な幕を張りました。野営でも屋根が有る無いでは、心持ちがかわりますもの。

 その後沢山落ちているオークの打撃武器を拾ってきて薪の大きさまで壊します。オークの武器はトレントという木の魔物からできているので燃やしても問題はなく、冒険者はよく薪しら? ポシェットの中には携帯食のビスケット、干し肉、ライの実、紅茶と、お砂糖もあるわね。ライの実は崩れるまで煮ると腹持ちのよいリゾットになります、干し肉と一緒に煮ればよいでしょう。

 団長様にビスケットを食べていただき、紅茶を飲んでもらっている間にライの実を煮ましょうか。

 私はポシェットから鍋を取り出し、鍋の中に魔法で作った水と紅茶の茶葉を入れて焚火の上に置く。魔法で沸かしてもよいのだけれど、お祖父様がこの方がおいしいというから、その真似をしているの。家ではそんなことしないわ、お外だけのお楽しみ。

 私は立ち上がり、団長様にビスケットを渡します。

 

「団長様、私は少し席を外しますのでここにいてくださいませ」

「承知、しました」

 

 疲れた顔の団長様は申し訳なさそうな表情です。いいのです、私は野営に慣れていますので。

 団長様のしょんぼりとしたお顔がマテをしている子犬のようで、可愛らしいですわ。

 


        *



 あたたかく、優しい匂いがしました。

 団長様にビスケットと紅茶、ライの実と干し肉のリゾットを食べさせた後、私も休憩しようと目を閉じたのです。そしてそのまま寝てしまったようですわ。気を抜きすぎましたわね。

 

 私がゆっくりと目を開けると、パチパチと焚火の火が小さくはぜました。そして何故か私を抱え込むように寝ている団長様のお姿。

 私、寝ぼけているのかしら?

 いえ、これは完全に添い寝というものをされていますわ!

 私が団長様にお貸しした毛布は寝ている私の下に敷かれ、上にもかけてありました。

 「私のことなど気にしなくてもよろしいのです、怪我人は甘えてください」と団長様にお伝えしたのですが、優しいお方ですわ。

 

 団長様のお身体は敷毛布から出ていましたので、私の方へと引き寄せます。私は女ですが、それなりに力がありますのよ。

 団長様の呼吸も整っています、痛み止めが効いてきて落ち着いた証拠でしょう。お顔からも苦し気な様子は確認できません。問題なさそうで安心いたしました。

 

 団長様の胸元に顔を押し付けると少しツンとした汗臭さと、埃と砂の匂い、あと石鹸の匂いが微かにします。

 それに何だか優しい匂いがしますの。ハーブでも石鹸でもない、ほっとする匂い。

 こんな匂いがする人は妖精に好かれます。私の親友、マンサナもそうです。優しいラベンの匂いに誘われ、妖精たちはいつもマンサナのお手伝いを買って出るのです。

 団長様もマンサナと同じ、妖精気に入られる方なのでしょう。

 だって火の妖精が近くに寄ってきているもの。足していない薪は燃え尽きているはずなのに、火は消えずに、はぜている。団長様のことが好きな妖精が、団長様の身体を心配し、冷やさぬよう労わってくださっているのです。


 空を見れば夜の黒の下から、濃い青がみえます。もう少しで夜明けです。

 私は我慢できず少しだけ、すこしだけですのよ、ぐりぐりと顔を胸元に押しつけました。剣を振り、鍛えられた大胸筋、厚みのある筋肉、すてき、ずっとここに居たいわ……。

 

 もう少し堪能したいところですが、起きて団長様を病院へ連れていき、マンサナの元へ行かなければ。

 マンサナはの事は心配しておりませんの。マンサナは争いごととは反対の優しい雰囲気を持っていますが、物理的にも強いのですのよ。どちらかというと、侍女のマリーベルの方が心配です。あの子は血が苦手ですから。

 私はもう一度頭をぐりぐりと大胸筋、いえ団長様の胸元に押しつけます。好みの男性と、お近づきになれるチャンスは二度とないでしょう。

 名残惜しいですが、しょうがないの、だめよ私!

 私は男性に好かれるタイプではございません。寝ている団長様を吸う、筋肉を堪能している。なんてことを気づかれてしまったら、私の婚期がさらに伸びてしまうでしょう。その時は大人しく冒険者にでもなりますわ、と開き直ってはだめよ!

 私、団長様に嫌われたくないの。

 私がマンサナにいつも持っている感情です。今後お会いすることはないかもしれない方ですが、だからこそ嫌われたくはありません。

 私は頑張って起き上がります。

 あら? 流石団長様ね。団長様腕の力がお強いわ。起き上るどころか腕の中から抜け出せないの。

 いえ、正直に申しましょう。引き剥がそうとすればできるのです。私は身体強化の魔法も使えますから。

 それでも寝ているだけ、寝ぼけているだけだとしても、腕の中に閉じ込めていただいているという事実に、私の心は躍ります。


 夢心地は覚めるもの。団長様にも起きていただきましょう。

 私は「団長様」と呼びながら団長様のお身体を揺すります。目をゆっくりと開き、何故か顔を真っ赤にさせた団長様が「お、お早う御座います」と小さく言いました。あら、また熱があがったのかしら?


「おはようございます。団長様、立ち上がりたいので放していただけますか?」

「はい」


 また小さく返事をする団長様。離れてしまうと少し寒さを感じました。

 ポシェットにテントを入れておけばよかったのですけれど、何故か入っていませんでした。あ、先日テントの骨組みを壊してしまい修理に出したのだったわ。マンサナの結婚式が終わったら予備のテントを買いに行きましょう。

 私は一つ伸びをして、自分の身体に清浄魔法をかけます。

 その後団長様にも清浄魔法をかけ、困った顔で微笑む団長様の腕の傷を確認します。


「腫れはもう大丈夫ですわね。痛み止めはもうそろそろ切れてしまうと思います。私の薬は常飲するものではありませんので、早く病院でみてもらいましょう」

「はい!」

「では、迎えを呼びましょうか」


 私はネックレスを外します。水晶で出来た笛のモチーフですが、実は本物の笛なんですの。昨日薪拾いをしながら一度吹いたので、そろそろ近くに来ているはずです。

 

 この笛は人間には聞こえない音が鳴ります。

 私の国では貴族から平民まで皆が知っているものですが、他国では珍しいものです。

 団長様は笛のことを知っていたのか、目を大きく開き「それは、竜の笛」と呟かれました。


「えぇ、正解ですわ」


 大きな風が起き、咆哮が遠くで聞こえました。

 羽ばたく音と大きな振動と共に地面に降り立ちます。コウモリのような美しい翼、昨日捕まえたオークよりも大きな体は白い鱗に覆われています。

 私と契約してくれている、奇特な白竜様です。


「ラドロン嬢は、一体」


 呆気に取られたまま「何者ですか」と聞く団長様に私は微笑みます。


「私の名前はアルディリア・ラドロン。しがない侯爵令嬢ですわ」





 大きな竜に乗って現れた私と団長様に、神の国では「騎士団長と王妃様のご親友が竜に乗って帰ってきた」と大騒ぎになりました。

 隣国、豊穣神の国では竜はとても珍しい生き物とのことです。

 私の国は竜の育成施設があり、竜騎士もおります。私の親友マンサナも紫黒色の竜と契約を結んでいます。でもマンサナの家では面倒をみれませんので、私の家でお世話をしておりました。マンサナと契約している竜は自由な子なので、単独でマンサナの元へ遊びに行くでしょう。マンサナの輿入れ先に竜が入っても問題ないか確認するよう手配しなければなりません。


 マンサナにも小鳥を飛ばしましたら、到着場所を指定されました。

 場所は王宮敷地内にある大庭園。ちょうど開けた丘があり竜が降りても問題ないと連絡を受けました。

 深緑の美しい丘の上にたどり着いた私たちは、下で待ち構えているマンサナ達に手を振ります。

 白竜が降下し、草花でできた絨毯の上に着地しました。

 

 私は先に竜から飛び降り、団長様を竜の背から降ろします。利き腕ではないとはいえ、降りるのは大変でしょう。

 

「ラドロン嬢、ありがとうございました。このお礼は後日」

「お礼なんて不要ですわ、団長様は早くお医者様にみてもらってくださいな」

 

 団長様に淑女の礼をし、顔をあげます。

 この方の記憶の中の私は、強く美しくあってほしいわ。

 

 にこり、団長様に向かって笑います。何かを話そうとしていた団長様でしたが、マンサナが駆け寄ってきました。

 私を抱きしめてくれるマンサナに団長様は頭を下げ、駆け寄ってきた部下の方とどこかへ行ってしまわれました。


「お疲れ様、リア。無事でよかったわ」

「ふふ、サナも無事でよかったわ!」






 

 白銀の髪が舞い、青い瞳が冷たく睨みつける。

 躊躇なく俺を抱き寄せる小さな手。やわらかい体が俺を包み込んだ。

 濃紺色の詰襟に、足首まであるスカートの裾。隙の無い服装で禁欲的。だが、行動は堂々たるもの。

 戦い慣れした強者。怪我をした俺のために行動ができるひと。

 俺が男だと理解している筈なのに、その胸に俺を抱き寄せて、危険から守ってくれる優しいひと。


 いい匂いがした。柑橘の匂いだった。


「だ、……ちょ……、……団長!」


 声にハッと意識を戻す。副官のサイモンがが大量の書類山の向こう側にいた。

 

「何だサイモン、これ以上急げないぞ」

「いや、書類より顔がやばいですよ」

「生まれてこの方この顔だが?」

「いやいやいや、そうじゃなくて。恋する乙女の表情してるんですよ、ぷぷぷ! 豊穣神と王家に仕える天下の騎士団長コルジア・アードラー殿が、恋だってさ!」


 ギャハハ! 汚く笑うサイモン。近くにあった文鎮をサイモンに投げつけると、文鎮の重さでとどまっていた書類が宙を舞う。

 後でサイモンに片付けさせよう。


「あっぶねっ!」

「暇なら仕事をしろ。」

「えー、アルディリア・ラドロン、二十三歳独身。竜ノ国の侯爵令嬢でありながら、センター副ギルド長を務る。使役するのが難しいと言われる古竜を契約竜としているとっても、とーぉってもすっごい方で、ついでに嫁いできたマンサナ王妃様のご親友ですね」

「よし、サイモン。久々に稽古つけてやろう。な? 腕の一本二本折ってもいいよな?」


 ラドロン嬢の個人情報をペラペラ喋るサイモンは「やですよ」と言うだけ言って逃げた。

 逃げ足だけは早いサイモンを見送ったあと、俺は溜息を吐き出す。

 

 俺は未来の王妃様の警護の命を王から直々に受け隣国へ向かった。

 騎士団長という名誉ある位を頂き何年も勤めているのにも関わらず、俺は怪我をした。部下を庇って出来た傷だが、俺にもっと力があれば怪我なんてしなかっただろう。

 未来の王妃様だけでなく、その親友様までも危険に晒してしまった。

 しかも王妃様の親友、ラドロン嬢に助けられている。

 助けていただいた時はとても驚いた。雷の魔法を自在に操りオーク達を捕まえる。回復魔法も使え、野営の心得もある。侯爵令嬢にしては異質だが、俺にはとても好ましい姿だった。俺の怪我の確認を何度も行い心配してくださる姿はうさぎのようで、愛らしく何度も頭を撫でたいと思ってしまったほどだ。


 我が国、豊穣神と神の使徒である聖女が護るノッテナハト王国には魔物はいない。入り込むことすら困難だ。

 内乱などの人災や災害対策のための訓練が騎士団にとって重要事項であり、それ以外の訓練はあまり行っていないのが現状だ。

 

 魔物を相手にしたのは俺ですら数える程しかない。ましてやオークという冒険者でいうBランクの魔物だ、国外にでたとしても簡単に出会える魔物でもない。

 Bランクの魔物を群れで相手をするなんて想定外。今回の警護は戦わず逃げることを最優先にしていた。

 我が王が言ったのだ。


「私の未来の妻がな、『護衛はいなくても大丈夫よ、親友がついてきてくれるもの』というのだ。だが私は心配で心配で夜も眠れず、正直迎えには私が行きたいのだが、ダメか?」

「ダメです」

「ならば騎士団全員を」

「ダメです、この国の守りや王の警護はどうするのです」

「うー、ならコルジア兄さんも行ってくれるかい? 親友というのが気になってな、男だったらどうしよう!?」

「それは騎士団長としてではなく、従兄として確認してきてやる。人数は、十人でいいか?」

「もうひと声!」

「なら騎士団長直轄二十名か? 多すぎて暇な団員が出そうだが」

「竜の国の国境付近はあまり強くはないが魔物も出ると聞く、魔物を見るいい機会じゃないか」

「それもそうだな、少し考えさせてくれ」


 王の希望は通り、王妃となるマンサナ・シャンレン様の護衛に騎士団二十名をつける。騎士団長である俺は指揮をとらず、後方で部下たちを見守っていた。魔物との戦いは不得手なのはわかっていたからこそ、最悪の場合王妃を円滑に逃がすためのおとりとなるためだ。正直オークのような強い魔物が出るとは考えてもおらず、団員達は混乱。幸いだったのが、皆「逃げるしかない」と考えていたことだ。若い奴が魔物への恐怖で動きが鈍くなってしまったことは、致し方無いことだろう。

 魔物の強さを想定していなかった騎士団長である俺のミスだ。

 しかし、そのオークの群れを倒すのではなく、簡単そうに生け捕りにしたラドロン嬢がいる。

 あの雷の魔法は簡単にできるものではなく、我が国の王宮魔法師でも出来るかどうかの上級魔法。

 伊達に冒険者達のトップに君臨していない。俺は難儀な人に惚れてしまったようだ。


 やはり教会と魔法師団が「絶対大丈夫! 壊れるなんて有り得ないから!」と言い張っている結界が壊される。壊れた結界から魔物に攻め入れられる。または国内で魔物が大量発生した。等の可能性も想定し、訓練計画を組まねばなるまい。

 その為には計画書を作成し、根回しするところから始めなければ。

 

 ラドロン嬢に憧れるだけならば、バチは当たらないだろう。

 ついでに、その、やわらかい身体、胸の感触を覚え続けているのも許して欲しい。若い女性なのだから、こんなおっさんを抱きしめるとかやめた方がいいと言いたいところだ。俺を守るためにやったと言われれば何も言えない。寧ろ善意を消費してしまって大変申し訳ない。俺はもう騎士団長をやめた方がよいのでは?

 あぁ、ラドロン嬢の絵姿を、王妃様経由で頂けないものか。今回の任務で失態ばかりだからな、無理か。

 俺は三十六歳、ラドロン嬢は二十三歳。差は十三。

 ラドロン嬢は結婚適齢期、侯爵令嬢ならば許嫁もいるだろうし未来ある若者におっさんの介護なんぞ任せたくない。

 正直仕事ばかりで婚約者に逃げられたあとは浮いた話もない俺に、ラドロン嬢を口説ききる自信がないというのが本音だ。

 いや無理だろ、あんな美しくて強くて格好の良い女だぞ。男いるだろ。


 何にしてもまずは、目の前で山になっている溜まった書類を片づけねばなるまい。

 紙に並んだ字に目を通していれば、扉をノックする音がした。サイモンが戻ってきたか書記が追加の書類を持ってきたのだろう。

 反射的に「入れ」と許可をだす。

 「失礼します」凜とした声に、俺は動きを止めた。


 親友にかける声は柔らかく。

 オークに放った言葉は冷たく。

 騎士にかける言葉は起伏なく。

 寝ている俺にすり寄り呟いた言葉は、とても甘かった。


「アードラー騎士団長様?」


 「アードラー騎士団長様?」と語尾が少し上がるのがとてもいい。

 そして今日もいい匂いがする。柑橘の香り、なんの香水をつけておられるのだろうか。

 つけ過ぎず程よく香る限度を知っていらっしゃる。とりあえずこの香水買おう、買って枕にかけよう。

 今日は詰襟の白いシャツに、足首が隠れる裾のスカートという姿はとても好ましい。

 スカートが臙脂色という落ち着いた色なのもとてもお似合いだが、若いのだから淡い色で流行りのレースが沢山使われた可愛らしい服を着せてやりたい。

 あぁ、でも他の男にみせるのは嫌だ。

 しかし、ラドロン嬢が魔法を唱える姿、竜に乗りその雪の様な髪を風に靡かせる姿も捨てがたい。

 あの胸にまた顔をうずめたい。

 あの小さな体をあの日のように抱きしめながら、今度はベットで昼寝をするのもいいかもしれない。

 ピクニックにいって、昼飯のあとの昼寝でもいい。

 

「いや、まず結婚どころか付き合ってすらいない男女がそんなことできるはずもないか」

「あら、ならば結婚を前提にお付き合いしませんこと?」


 「えっ?」という俺の言葉はラドロン嬢の口の中へと消えた。

 柔い唇、さわやかな夏の匂い、甘い味。なんて誰にも話せない感想が俺の脳内を走り回った。


 

 豊穣神の国ノッテナハト王国、王国騎士団長であり王の従兄コルジア・アードラーは、ノッテナハト国王妃の親友でヴァイス国侯爵令嬢でありセンターギルド長、冒険者達の頂点に立つ令嬢アルディリア・ラドロンを妻に迎えた。


 のちに妻アルディリアは「なんで俺と結婚してくれたんだ」とおどおどしながら聞いてきた夫に語ったという。


「ふふふ、筋肉に一目惚れしたんですけれど、内面も素敵だったから」


 これでも私、一度貴方を諦めましたのよ?

 そう言って微笑む妻に「口説いてくれてありがとう」と夫は妻を抱き寄せた。




サブタイトル、似た者同士が出会うまでのお話

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