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⑥サルミアッキのお話

挿絵(By みてみん)


 伝統料理の回で『日本で最も有名なフィンランド料理』としてカレリアパイの名前を挙げたけれど、あとになってから「ちょっと待てよ」と思い直した。

 料理というニュアンスとはちょっと違うけれど、カレリアパイよりもさらに知名度の高いフィンランドの食べ物があることに気付いてしまったのだ。


 サルミアッキ。日本でも有名な北欧の飴である。

 しかしその名前は、名声ではなく悪名として語られる。


 このフィンランド発祥の黒いキャンディは、本邦においては俗に『世界一まずい飴』などという不名誉な呼ばれ方をしている。

 僕もかつて一度だけ食べたことがあるのだけど、その時は小さな一粒を完食することすらできなかった。


 拙作『図書館ドラゴンは火を吹かない』の作中において、このサルミアッキ(をモデルにした飴)を食べた登場人物が「甘くてしょっぱくて苦くておまけに汗みたいな臭いがする」と一口で吐き出してしまう場面がある。

 実のところ、これはそのまま僕のサルミアッキ体験に基づいている。いかにも、甘くてしょっぱくて苦くておまけに汗みたいな臭いがしたのだ。そして舌触りは工業用ゴムを連想させた。


 さて、日本人の味覚にはほぼ間違いなく『劇的に不味い』とジャッジされるサルミアッキだけれど、しかし北欧の人々には広く親しまれており、特にフィンランド人には「これがねえとはじまらない!」というレベルで熱愛されている。

 サルミアッキ味のチョコレート、サルミアッキ味のコーラ、果てはサルミアッキで味付けした豚肉なんてものまでがフィンランドでは販売されているらしい。


 そしてもちろん、サルミアッキを愛好するフィンランド人といえば、彼女もまた例外ではない。


挿絵(By みてみん)


「いえーい! Hyvää!!(イイ!!)」


 ある夏の日のこと、美味しそうにサルミアッキアイスを食べるRindouさんに対し、僕は心秘かに『我々の味覚は永久に平行線を辿る』と感じたものである。


「うーむ。サルミアッキって俺を含む日本人的には『ちょっと……』って感じなんだけど、フィンランドの人はどのあたりを美味しいって感じてるんだろ?」

「んー、言葉にしたことなかったけど……甘くてしょっぱくて、あとサルミアッキの匂いがするところ?」


 だからそれが日本人には合わないのだ、と僕は思った。やはり我々の味覚は永久に平行線を。


 しかしとにかく、そこから話題に火が点いた。Rindouさんはサルミアッキ関連の写真を次々グループチャットに投下してくる。


挿絵(By みてみん)

「これが先日食べたサルミアッキと唐辛子のアイス」

「うおお……美味しかった?」

「はい! サルミアッキの味が強くてそんなに辛さを感じなかったから大丈夫でした!」


 それはきっと日本人には大丈夫じゃない。なんなら激辛のほうがマシまである。


挿絵(By みてみん)

「こっちははサルミアッキ味のマルチビタミンサプリ!」

「サプリ!? サルミのサプリ!?」


 もはや意味がわからなかった。逆・正露丸糖衣錠?





「それから……あ、この写真を探していました!




 見てください! これはこないだ売り場で見つけたサルミアッキ味の……」

「わ、わー! わー! わー!」


 せっかく探してくれたのに残念なことこの上ないのだけれど、ここに載せるはずだった三枚目の最後の写真については、悩みに悩んだ末に掲載を見送ることにした。

 理由はシンプル、僕が小説家になろうの運営から『こら!』ってお叱りを受けてしまう可能性があるからだ。

 ということでこのブツがなんだったのか、読者諸兄も是非是非正体を予想してみてほしい。正解者プレゼントの応募宛先は――。



 さておき、話を進める。


 その原始において、サルミアッキはキャンディではなくメディシン、のど薬だったという。

 フィンランドの薬局で咳止め薬として発売されたのがサルミアッキのはじまりで、この時はまだ粉末だったらしい(こういう歴史を知ってみると、さっきのサルミアッキ味のビタミンサプリなんていうのはむしろ原点回帰という感がある)。

 粉末の喉薬がキャンディの形になるのも流れとしては自然だ。のど飴のお世話になったことのない日本人はそちらのほうが少数派だろう。


 しかし。


「なんだってそれが食べ物としてここまでの地位を築いたんだろう?」


 日本で言えば龍角散のど飴が国民のソウルフードになるようなものであろうか。


 サルミアッキ、知れば知るほど謎が増える。

 

「しかも……しつこいようだがやっぱり味が……塩化アンモニウムを使ったアンモニア臭のする飴を、なぜこれほどまでにフィンランド人は熱愛するんだ……理解不能だ、なぜフィンランド人だけが……」


 と、僕がもう一度『我々の味覚は永久に平行線を辿る』という言葉を心の中で呟いた、その時である。


「フィンランド人だけじゃないですよー」

「ほわっつ?」

「だってサルミアッキ、DJも好きですもん」


 DJさんはRindouさんの旦那さんである。

 さらに重ねて説明すると、彼はフィンランド人ではなくアメリカ人なのだ。


「まじで?」


 僕は早速翻訳アプリを起動して『Hey DJ, do you like salmiakki?(DJさんサルミアッキ好きなの?)』と話しかける(『この程度の英語に翻訳アプリなんぞ使うなよ……』というご意見は優しい心にしまっておいてほしい)。

 するとDJさんはあちらもまたAI翻訳をかけた日本語で『最初は好きじゃなかったけど、楽しむことができるようになったよ』と返してきた。


「『私は黒いリコリスが好きなので、サルミアッキを好きになるのはそれほど難しくありませんでした』」

「うおお、なんてこったい!!」


 日本人の味覚から世界が孤立している!!

 


   ※



 ここからの内容は少しだけミステリーめいてくる。覚悟のある人だけ読み進めて欲しい。


 もうだいぶ前のことになるのだけど、かねてよりサルミアッキについて興味を持っていた僕の為に、Rindouさんがフィンランドの人たちにご意見を募ってくれたことがある。

 中には『私はフィンランド人だけどサルミアッキ苦手!』というようなのもあったけれど、大半が好意的なものだった。一部を引用して紹介する(※)。


・サルミアッキの独特的なしょっぱさと甘い物の組み合わせ、またはその濃い味が好き。

・特に甘いものと合わせて食べると美味しいと思う。甘いフルーツグミだけ食べたら、すぐその味に飽きてしまうから、サルミアッキも一緒に食べてちょうどいいバランスになります。同じくサルミアッキをチョコレートやバニラアイスと合わせたら美味しい!

・サルミアッキは最高。どの料理に入れてもOK。悲しい時はサルミアッキ。嬉しい時はサルミアッキ。1+1=サルミアッキ。人生の意義は?サルミアッキだろう。

・最近食べてないから、具体的にどんな味だったか覚えていないが…食べたら確かにアンモニウムの爽やかな味でもっと食べたくなる。


 今回この記事を書くに当たってドキュメントを読み返していて、当時は気付かなかった事実にふと気付いた。

 意見をくださった人のうち少なくない割合の方々が、サルミアッキをなにか別のものと組み合わせて食べているのである。


 思えばフィンランドの料理は、なにかとなにかを組み合わせて食べるのが基本であるように思う。

 だからこれは、あくまでももしかしての話だけれど。


 もしかして、サルミアッキを単品で食べて不味い不味いと騒いでいる我々日本人は、なにかとんでもない思い違いをしているのではないだろうか?


挿絵(By みてみん)


※Rindouさんが集めてくださったご意見の中には、日本人の僕にわかりやすく説明するために『わさびと一緒かな?(辛くてもたまに食べたくなること)』とか『サルミアッキはフィンランドの梅干しだ』などと日本の食べ物を引き合いに出してくれている人もいた。

 親切なフィンランドの皆さん、あらためてありがとうございました。kiitos!


 そういえば、今回の記事を書く前に「サルミアッキの話、なんかちょっとサルミアッキを不味いものとして茶化すみたいなニュアンスの書き方になっちゃうけどフィンランドの人はイヤじゃないかな?」ってRindouさんに確認したところ、「フィンランド人もそうしてるから全然大丈夫w」って教えてもらいました。

 届いていたご意見の中にはそういう方向性でジョークめかしているものも確かにあって、サルミアッキの愛され具合をよりいっそう感じました。





 最後に、この記事のトップに使用したイラストは、2018年にRindouさんから頂いたファンアートです。

 僕の作品『図書館ドラゴンは火を吹かない』の主人公ユカの好物がサルミアッキだと気付いたRindouさんが描いてくれた、美味しそうにサルミアッキを食べるユカ。

 あの日もらったファンアートが六年の時を経てこんな風に使われるなんて、当時の僕もRindouさんも思ってもいませんでした。

 遠い異国の友人との六年にもわたる長い友情に感謝を込めて、Kiitos, ystäväiseni.

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[良い点] サルミアッキ味のゴムとみた!
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