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③ベリーと『自然享受権』のお話

「おはようございます! 今日はこれからベリー狩りに行ってきます!」


 ある年の八月、いつものグループチャットにRindouさんがそうしらせてきた。確かこの時、彼女はお母さんの田舎に遊びに行っていたのだと記憶している。


「写真もいっぱい撮ってきますから、楽しみにしててください!」


 そう宣言して出かけていったRindouさんは、はたして数時間後、約束通りたくさんの写真を(たずさ)えて帰ってきた。


挿絵(By みてみん)

 日本との気候の違いが写真にまで映し出されている涼しげな北欧の森。


挿絵(By みてみん)

 手に持てるサイズと手のひらよりも大きなサイズの二種類のキノコ。


挿絵(By みてみん)

 そして肝心のベリーは、採取バケツに集められた収穫後の状態とは別に、野生している姿もまた撮影してくれていた。


 こちらのニーズを見事におさえたセレクションだった。こういうのが見たかったんだよこういうのが。


「このベリーはなんだろ? あれだな、たぶん日本じゃ流通してない種類だな。黒っぽい色だし、ブラックベリーってやつじゃない?」

「いえ、ブルーベリーです」


 めちゃくちゃ流通してるヤツだった。よく見たら全然黒くねえし。


「ちなみにフィンランドの森で採れるブルーベリーは、英語だとビルベリーっていうんですよ!」

「ビルベリー?」

「そうです。ブルーベリーは人間が改良した品種なんで区別して呼び分けるんです。ビルベリー、フィンランド語ではmustikkaと言います!」

 

 それから、Rindouさんは森から採れるベリーの名前を次々に挙げる。

 ビルベリー、グーズベリー、リンゴンベリー、ラズベリー、クラウドベリー、etc……。


「すごい。それ全部自然で採れるの?」

「採れます。滅多に見つからないようなのも入れたらもっと多いですよ。普段みんなが採ってるのはビルベリー、リンゴンベリー(コケモモ)、クラウドベリー。クローベリー(ガンコウラン)もよく見かけますがこれはあんまり人気がない。逆にラズベリーはあんまり見かけないけどあったら嬉しい」

「へー、当たり前だけど人気と不人気もあるんだ。なんか日本の山菜採りみたいだな」


 と、そう言った自分の言葉で思い出したことがあった。


 近年、日本では山菜採りのマナーが問題視されることが多い。他人の所有する山に勝手に入って、勝手に生えている山菜を採ってきてしまうとかいうあれだ。

 そういえば山に住んでいる僕のお祖母ちゃんも、食べるために育てていた山菜をよそから来た人に根こそぎ持って行かれてしまったと嘆いていた。

 そういうのは、日本では『不法侵入』にあたり、『窃盗』にあたる。


 しかし。


「フィンランドって、確かベリーとかキノコとかの採集が自由なんだよね? 土地の所有者が誰かとかは関係なく、どこででも」

「はい。自然享受権が認められてますからね。『jokaisenoikeudet (ヨカイセンオイケウデト)』」


 自然享受権。フィンランド語では『jokaisenoikeudet (すべての人の権利)』。

 ざっくり一言で言ってしまうと、『誰でも土地所有者の許可なく森を自由に散策していいし、自生しているキノコやベリーも自由に採集していいよ』という法律である。


「もちろん細かいルールはたくさんあるんですけどね。『騒音を立ててはいけない』、『土地の所有者に迷惑をかけてはいけない』、あと『民家の庭には入っちゃダメ』」

「森と庭ってどう区別すんの?」

「んー、隣に家が建ってなかったらたぶんOK!w」


 Rindouさんはそう説明してくれたあとで「というか、名前が変わってる……昔は『jokaisenoikeudet (ヨカイセンオイケウデト)』ではなく『jokamiehenoikeudet (ヨカミエヘンオイケウデト)』だったのに……」と怪訝そうに独りごちた。


 しかしとにかく、ニュアンスはわかった。

 一人一人が他の人や動植物への敬意を欠かさず、権利を濫用しないで必要を満たす分だけを受け取る限り、自然は人に恵みを与えてくれる。

 これは法律というよりも、文化であり慣習であり、さらには観念や思想に近いものなのかもしれない。

 国土の七割が森に囲まれた『森と湖の国』の、自然への向き合い方、付き合い方。

 

 なんにせよ、それは素晴らしいことであるように僕には思えた。

 それの存在そのものはもちろん、それが健全に機能していることがまた素晴らしいと……根こそぎ山菜を持って行かれちゃった祖母の孫としては、思わずにはいられない。


 あ、山菜といえばもう一つ。


「日本ではたまに毒キノコ食って死ぬ人がニュースになるんだけど、フィンランドの人はみんなキノコが食える系か毒系か見分けられんのか」

「できませんw」


 あ、そうなのか。


「簡単にわかるキノコだけを採るとか、あとは本を見ながらキノコ採りをする人も多いみたいですけど、一般的な感覚としては『わからないなら手を出すな!』ですね」

「そこは日本と同じかー」


 と、僕がそう納得したところで、Rindouさんが「あー!」と言った。


「少し話が戻るんですが、自然享受権の名前について。フィンランドでは『jokaisenoikeudet(すべての人の権利)』って名前に今は変わってるんですけど、少し前までは『jokamiehenoikeude(すべての男の権利)』って呼ばれてたんです。これはつまり……!」

「あー! 消防士がファイアーマンからファイアーパーソンになったみたいなやつだ!」


 古き良き文化の中に新時代の風を感じた。

 一枚目の森の写真の中でベリーを摘んでおられる女性はRindouさんのお母様です。

 流石にスタンプかなにかで隠したほうがいいよね? とご確認したところ、頂いたお返事は「隠さなくていいしなんなら名前も出していいよ~」という非情におおらかなものでした。

 Päiviさん、娘さんにはいつも大変お世話になっております。Kiitos!

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