①そもそもフィンランドってどんな国?
普段とりとめもなく交わされている異文化交流を文章にまとめるにあたって、やはり最初のトピックとして相応しいのは『フィンランドとはどんな国なのか』だろう。
「まずは『そもそも』のところからはじめてみようと思うんだ」
僕がRindouさんにそう宣言したのは、マイク通話をつないでゲームのマルチプレイをしているときだった。
日本時間の午後九時。僕の部屋から見える窓の外には夜が広がっているが、フィンランドはまだ夕方にもなっていないはずだ。
すごい時代になったものである。昔はコントローラーやソフトを持って友達の家に集まっていたのに、今では遠く離れた世界の友達とも距離を無効にして一緒に遊べるのだ。科学の力ってすげーのである。
「でもあらためて基本からはじめようとすると、なにを書いたらいいかわからないんだよなー」
原始的な石のツルハシを銅の鉱脈に振り下ろしながら僕は言った。闇のドラゴンを討伐する日はまだまだ遠そうだ。
「サンタクロース、サウナ、それにムーミン……日本人がフィンランドに持つパブリック・イメージはこんなところかな。あとサブカル層に人気なシモ・ヘイヘとか」
思いつく限りに羅列したそのあとで、今度はフィンランドの教科書的な情報をおさらいしてみる。
フィンランド、平らかな国土に森と湖が点在する北欧の国。
国境の東側をスウェーデン、西側をロシアと接させており、総面積の四分の一ほどが北極圏に含まれる。
南西部はバルト海へと接続するボスニア湾に面しており、国境・海岸の二つのラインが描く国の輪郭が若い女性に見えることも相まって『バルト海の乙女』と呼ばれる(言われてみれば右を向いているスカートを履いた女性の姿に見えなくもない)。
「このボスニア湾にメキシコあたりで温められた温暖な海流が流れ込む影響で海岸線のある西側ほど温かくて、逆に内陸部である東に行くほど寒い。温度差は南北よりも東西の差のほうが大きい」
「んー、確かに海沿いは温かいですけど、やっぱり東より北のほうが寒いですよ。なにせ北極ですもの」
え、そうなの?
やっぱり情報として知ってるだけと実際に現地の人に聞くのとでは違うことがあるな。
うむ、それでいい。それこそがきっとこの連載のテーマになるはずだ。
「ムーミンとサウナについてはこれから個別に掘り下げるとして、とりあえずサンタクロースとシモ・ヘイヘについて聞いてみるか」
サンタクロースについての説明はいまさら不要だと思うので、ここではシモ・ヘイヘについてだけ簡単に触れておく。
1939年にソ連(現ロシア)の侵攻によって勃発した冬戦争に出兵したシモ・ヘイヘは、一介の猟師であり職業軍人ではなかったにもかかわらず、公式な記録として残るだけでも500人以上のソ連兵を殺害した(射撃姿勢が乱れる、装備重量の軽減、反射光で敵に位置を特定されるなどの理由から、狙撃時にスコープは使わなかった)。
スロ・コルッカ曹長と並んで冬戦争を代表する天才スナイパーと目されている彼に敵味方がつけた二つ名は『銃殺王』、あるいは『白い死神』。
シモ・ヘイヘは日本では特に人気の高いフィンランドの偉人で、アニメや漫画などサブカル創作物の題材にされることも少なくない。ガールズ&パンツァーにはヘイヘをモデルにした狙撃手のキャラクターが登場していたし、『寒中で白い息が立ち上るのを防ぐ為に雪を口に含んだ』という彼のエピソードはゴールデン・カムイでも使われた。
「ということで、フィンランドの人にとってシモ・ヘイヘってどんな人物なんだろ?」
僕が地下の穴蔵でツルハシ片手にそう聞くと(そう、我々はゲーム中なのである)、地上の森で木材を採集しているはずのRindouさんは、自信満々に。
「レジェンドです!」
そう答えた。
「……え、そんだけ?」
「うん、レジェンド」
「みんな知ってる大英雄だよね? ええと、日本でいう源義経みたいな?」
「んー、英雄というか、とにかくすごい人?」
「なるほど。つまり、それは」
「レジェンド!」
そういうことらしい。レジェンド。(個人の感想です)
「あ、そういえばです!」
と、今度はRindouさんが言った。
「サンタクロースといえばですね、日本の人は知らなそうな話がありますよ!」
「お、なになに!」
思いがけず飛び出したおもしろ情報に声を弾ませて飛びつく。
そんな僕にRindouさんが話してくれたのは。
「私もうろ覚えなんですけど、サンタクロースって、どうやら最初は今とは正反対のろくでもない存在だったみたいなんですよ。勝手に家に入ってきてお酒飲んじゃうみたいな」
「ぬらりひょんじゃん……」
その国の人に聞かないとわからないような話を紹介する、それがこの連載のテーマです。




