ヨウル・スペシャル~②ヨウル・プッキことサンタクロースのお話~
この連載でも『①そもそもフィンランドってどんな国?』の回で触れたけれど、日本人がフィンランドに抱くイメージには、サウナやムーミン、オーロラなどと並んで、サンタクロースが登場する場合が多い(らしい。確かなソースはないけど、なんかみんなそう言ってる気がする)。
とにかく、フィンランドと言えばサンタクロース、そしてサンタクロースと言えばフィンランドなのである。そういうことにして話を進めたい。
現にフィンランドは世界的にも『サンタクロースの故郷』として認められているし(※1)、同国北部には年間を通してサンタさんに会えるサンタクロース村も存在する。さらには『煙突から入ってくる』というサンタクロースの重要設定もまた、ルーツを遡るとフィンランドの昔話・伝承に行き着くのだとか。
「でもフィンランドではサンタクロース、煙突じゃなくて堂々と玄関から入ってくるんですよ」
「まじで?」
「はい。しかも夜じゃなくて昼間に」
ここで少しだけ解説を挟みたい。
フィンランドのサンタクロースは、その成り立ちからしてなかなか複雑な存在らしい。
詳しく説明するとものすごく長くなるので、大雑把にかいつまむと
①十二世紀以降に発生した『冬至の時期に山羊の格好をした若い男たちが酒やら食べ物やら小銭をせがんで家々を回り、くれなかった家に嫌がらせをする』という内容の『Nuuttipukki (ヌッティ・プッキ)』なる伝統行事あるいは悪魔的な存在(※2)。
②冬至の時期に現れて人々に贈り物をしてくれるケルトの善良な妖精おじさん『ファーザー・クリスマス』(キリスト教的な『厳かなクリスマス』に対抗する為に民衆が生み出した『陽気で楽しいクリスマス』の擬人化?)。
現代フィンランドのサンタクロースは上記二つの性格が強く出た存在で、『赤白二色の服とたっぷりしたヒゲ』という世界共通の姿(※3)を持ってはいるものの、聖ニコラウスに由来するキリスト教的なカラーは希薄らしい(というかこの点については日本も同じですね)。
フィンランド語でサンタクロースは『joulu・pukki (ヨウル・プッキ)』と呼ぶ。直訳すると『冬至のヤギ』で、この名前はあきらかに①にちなんでいる。こそこそしないで玄関から訪ねてくるのも①の性格を引き継いでいるのだろうか。
「もちろん、海外からくる子供番組などには煙突サンタはよく出てくるから、そのコンセプトはフィンランドの子供も知っています。だけどやっぱり、フィンランドでは家にやってくるのが期待されているんです」
「なるほど。日本では寝てる間にプレゼントを置いていく人のイメージだけど、フィンランドでは『早くサンタさん来ないかな!』って待ち構えてるんだ」
「そうそうw 待ちきれないんですよw」
と、ここでRindouさんがこちらをご覧くださいとばかりに一枚の写真を見せてくれる。
「サンタさんとうちの甥っ子ちゃん! このサンタさんはお爺ちゃんお婆ちゃんのお友達がやってます!」
「おお! なるほど、子供の居る家には誰か身近な大人がサンタになって来てくれるんだ!」
「ですです! サンタができる知り合いがいなければレンタルサンタもいます!」
こんな情景を想像してみて欲しい。
クリスマスの日、白昼堂々ドアベルを鳴らして訪問してくるサンタクロース。家の大人は親しい知人であるかのようにサンタを歓迎し、そわそわしている子供を横目にしばし世間話や近況報告に花を咲かせる。
そうして頃合いを見計らって、サンタは満を持してこう切り出すのだ。「さて、この家に良い子はいるかな?」
こんなの、子供にとっても親にとっても、そしてサンタクロース本人にとっても、誰にとっても素敵なクリスマスではないか。
「あ、それから、クリスマスイブの朝にはサンタさんと電話でお話ができる子供番組も放送されます」
「サンタさんと電話!? テレビで!?」
ここでRindouさんが紹介してくれたのは『Joulupukin Kuuma linja
(サンタさんのホットライン)』という番組だった。
フィンランド国営放送が毎年12月24日の午前中に放送するテレビ番組で、1991年から三十年以上も続いているクリスマスの風物詩の一つだ。
紹介してもらった動画には、暖炉の部屋のセットとそこに陣取ったサンタクロースが映し出されている。なんとなく『明石屋サンタ』を思い出す雰囲気と絵面だけど、こっちの番組ではサンタクロースに繋がる電話番号とEメールアドレス、インターネットURLが常に画面の左上に表示されている。
「すごい。リアルタイムで子供の電話を受け付けてるんだ」
『明石屋サンタ』では事前に出演者のオーディションが行われていると言うが、こちらはオンエアー中にテレビを見ている子供たちにお電話を募集しているのだ。
まさに直通回線である。
でも、大人によるイタズラ電話とかは大丈夫なのだろうか?
「大丈夫です! 実はサンタさんに繋がる前に助手のトントゥ(※3)が電話を受けるんですよ。それで、前もって子供の名前とか趣味とかを聞いてサンタさんに渡す」
「おお! 理に適ってる!」
なるほど。それなら大人が登場しちゃう心配もないし、番組の円滑な進行にもかなり寄与できる。
「でも、必ずしも子供しか出演できないわけではないんですよ。例としてはスペインからフィンランド人のお婆ちゃんが国際電話で出演したことがあります」
「へー!」
ヨウル・プッキは、子供だけでなく大人にとっても身近な存在なのかもしれない。
ところで、フィンランドのサンタクロースが乗るソリは、空を飛ばずに地上を疾走するそうです。
なんだか本場のサンタさんは、ファンタジーというよりは地に足のついた季節限定の隣人という感が強い。
※1 サンタクロースの故郷
具体的にはフィンランド北部、北極圏に位置するラップランドと呼ばれる地方のコルヴァトゥントゥリ山(山というよりは丘という感じらしい)。
このコルヴァトゥントゥリ山はラップランド地方の東部、ロシア国境にほど近い場所にあります。どのくらい近いかというと、グーグルマップにロシアまでの経路を計算してもらったら『徒歩一分』って出ました。ほんとにそんな近いの?
※2 Nuuttipukki (ヌッティ・プッキ)
第一回で言及した『ぬらりひょんみたいなサンタクロース』は間違いなくこれのことであろう。この風習は時間の経過と共に『迷惑な大人のイベント』ではなく『子供たちのイベント』になっていく。いうまでもなくハロウィンである。
このヌッティ・プキは灰色の羊の皮を被っていたらしく、※3のイメージが定着する以前のフィンランドのサンタさんのイメージカラーは赤ではなく灰色であったという。また、時代が下ったあとのヌッティ・プキ=サンタクロースには悪い子供におしおきをするなまはげ的な性格もあったらしく、このなまはげサンタは『黒いサンタクロース』と呼ばれたとか。
※3 トントゥ
TONTTU。小人の姿で描かれるフィンランドの善良な妖精。日本の座敷童や西洋のゴブリン(キリスト教化される以前の善良な隣人としてのゴブリン、ブラウニー)などに近い存在。人間に対して好意的な存在で、サンタクロースの家にも数人のトントゥが助手として住んでいるという。




