序文『UMAI SUSHI』
「今日、スーパーマーケットで発見したSUSHIの写真です」
夜、ワープロソフトとにらめっこをして作業をしていると、チャットアプリに一枚の写真が送られてきた。
サーモンの握りが四貫と巻物がいくつか入った、どこにでもありそうなパック寿司の写真。
しかしパッケージに並んでいる文字は、日本語ではなかった。
ずらりと並んだ文字はアラビア数字とアルファベット。その中でひときわ目を引くのが『UMAI SUSHI』という商品名で、そのUMAIの下にはスラっとしたフォントの『旨い』の文字。
パッケージの日本語はたったこれだけで、しかしだからこそ抜群のインパクトを発揮していた。
「また変な日本語を見つけたんで送りましたw」
写真を送ってくれた彼女はそう日本語のチャットを送ってきた。センテンスの最後には『笑』を示す日本のネットスラングまでつけている。
「俺はその下の『HANAMARU花丸』のほうが気になるんだけどw」
僕は『UMAI SUSHI』の下に見切れているもう一つのパッケージに着目して言った。
こちらもwをつけて返信すると、「あ、気付かなかったw」とあちらもさらに草を生やす。
夜のグループチャットに笑いの緑が繁茂していく。
タスクバーの時計に目をやると、時刻は真夜中を過ぎて午前一時が近かった。
それからほとんど習慣的に、確認した時間から六時間を差し引いて、『向こうはまだ夜の七時か』と思った。
写真の中、SUSHIのパッケージに記載されたアルファベットが表している言語は、英語ではなかった。
母音と子音が交互に配置された部分の多い、日本人にはなじみ深いあのローマ字を思わせる発音表記の文字列。
スオミ語――いわゆるフィンランド語である。
※
僕がフィンランド人のRindouさんと知り合ったのは、2018年の秋のことだ。
作曲家のゆっけどるちぇが作ってくれた拙作『図書館ドラゴンは火を吹かない』のテーマソングである『Liekki』を偶然知った彼女が、僕とゆっけさんのYoutube配信にコメントをつけてくれた、それが我々の付き合いのはじまりだった。
「日本にフィンランド語のタイトルの曲(※)があったんで、ビックリして飛んできました!」
当初から感じていたのだけれど彼女はえらく日本語が達者で、きっと言われなければ外国の人だとはまずわからなかった。
その印象は付き合いが六年に及んだ現在もまだ有効で、たとえば文字のやりとりだけでなくマイク通話をつないでゲームをしている時なども、ふとした瞬間に彼女が日本語のネイティブでないことを忘れてしまいそうになる。
「私は高校と大学で二度、日本に留学していたので!」
そんな彼女は今、フィンランドで通訳の仕事をしている。友人の漫画家さんがフィンランドのイベントに出演した際には会話の中でいきなり僕の名前を出されたとかで、たいそうビックリしたそうな。
さて、とにかくそのようにして我々の交友は始まり、そしてそれは今もなお続いている。
Rindouさんは日常で見かけた変な日本語の写真を僕に送ってくるし、お互いのパートナーを交えて一緒にネトゲで遊んだりするし、小説の相談に(主に英語表現や外国文化、それにフィンランド神話に関する文章の監修など)乗ってもらうこともある。
そしてもちろん、お互いの国の文化の違いについて盛り上がることもしばしばだ。
この文章は、普段雑談の中で浮かび上がってはそのままどこかに流れていってしまうそうした――おそらくは価値のある――異文化情報を文章として書きとどめることを、そしてそれを共有することによって、日本から一万キロメートルの距離と六時間の時差の果てにある北欧の国について少しでも読者様に知ってもらうことを目的に書き始めました。
……と、こんな風に書くといかにもフィンランド通って感じが出てるけど、実は僕もそんなに詳しいわけではありません。知ってることはちょっと知ってるけど、知らないことは全然知らないのです。
だからこの文章を書くことによって、僕も自分の知らないことや知りたいことを再確認できればと思っています。
というわけで、皆さんも僕と一緒にフィンランドを楽しく知って楽しく学んで、そして楽しく疑問を抱いてもらえたら、こんなに嬉しいことはありません。
※『Liekki』はフィンランド語で炎の意。拙作『図書館ドラゴンは火を吹かない』のヒロインの名前でもあります。
Rindouさんによるフィンランド語での歌ってみた動画もあるので、みんな聴いてみてね。