座敷わらし
京極さんと話したあと、朔太郎に気になる場所があると言われたのでついて行くことにした。
効率を考えると別行動が最も最適だと思うが、彼には聞きたいこともある。だから今は同行が1番と考えた。
そして、現在私たちは山の中にある坂を上に上にと歩いている。
「いい加減教えてください」
「お前さ、何でも俺に聞くなよ。感が鈍るぞ」
私に振り向きもせず、朔太郎は黙々と山を登っていく。
ここは桜小路家の所有する土地で、秋になれば紅葉が一面を綺麗にするらしい。この時期は全く逆であるから何も無いけど。
「…京極さんは神隠しだと言っていましたが、やはりこの事件、妖の仕業だとは思えません」
「分かってんじゃん」
何故か、上機嫌になった朔太郎は歩きながら私に説明を始めた。
まず、この家に来てすぐに感じ取ったのが人間以外の気配である。それは、そこら辺にいるようなものではなく、かなりの力を蓄えた何かであることがわかった。
確かに、その気配は私も感じることが出来た。
次に、彼らと対面した際にあった違和感。あからさまに、この地に根付いた土地神みたいな力であるにも関わらず、桜小路さん達に取り付いていたのだ。見た目はモヤみたいな感じで、見ていて気持ちいものでは無い。
これの違和感というのは、モヤが酷く渦巻いていたのは身内では無い京極さんだったことだ。
何故、血の繋がりがない使用人の彼にあんなにもモヤがかかっているかは謎だが、仕事に支障が出ていないのかと疑問に思うぐらい酷かったため、応急処置として朔太郎は京極さんのモヤを自身に纏わせた。肩を当てたのはわざとで、そのモヤを離すためだったのだ。
「最初は家建てる前に祠でも壊して祟られたのかと思ったんだが、ありゃ別だな。お前も感じたあれは人間の物だ」
「…誰かが、この家に強い恨みを持っているってことですか」
「その考えが妥当だろうな」
考えることに夢中になっていて、前で止まった朔太郎に気付かず彼の背中へ突撃した。
ぶつけた部分を抑えながら、フラつきつつも後ろに離れた。
顔から手を離し目を開けると、そこには昔ならではの大きな蔵が一つだけポツンと立ってある。
感覚的にわかった。
中に人がいる。しかも、見える子だ。
「先に教えてくれた奴がいたんだよ。良かったな、疲れなくて」
「…あの、さっきから言っている方はどなたですか?思い当たるのは、あの子ぐらいですが」
「妖だ」
「それは分かります。どんな妖ですか?」
馬鹿にしているのかと言うぐらい何も答えない。こういう時はしつこいぐらい聞くのが肝であると教わった。すると、顎を扉に向かい、くいっとする姿を見せられた。長年一緒にいるから分かる。『説明してやるからこれ開けろ』の意味だ。
蔵の扉に掛けてある板を退かすのは大変一苦労である。自分と同じぐらいの板がかかっているのだ。かなりの重量があり、女1人で行う作業では無い。
しかし、朔太郎は一向に手伝おうとはしなかった。
それは、私の出した質問に答えるための交換条件みたいな物があるからだ。
私はそういう類いの物かどうかは分かるが、妖の名前などに疎いところがある。その為、そういった知識を長年生きてきた彼に聞くことが多かった。
質問ばかりする私に、痺れを切らした朔太郎が出したのは質問1個に対し、朔太郎の指示に従うことだったのだ。
だから朔太郎は今、私の後ろで面倒くさそうな顔をしながら質問に答えてくれている。
「今回絡んでいるのは座敷わらしって言う妖だ。名前ぐらいは聞いた事あるだろ」
座敷わらし。確か子どもの姿をしている悪戯好きの妖怪だったはず。主な出現場所は岩手県とかだと聞いていたが、こちらにもいるものなのか。
やはり、まだまだ知識不足だ。そう思いながら手を動かし、何とか蔵の扉を開けた。
中は埃っぽく、あまり使われていないことを分かる。
そのまま、警戒しながら蔵の中を見渡すと、奥の方に何か落ちているのを見つけた。
男の子の靴だ。なぜこんなところにと思ったその時、奥の方からギシッと床が軋む音が聞こえた。
音のした方を見ると、物陰から1人の男の子が顔を覗かせている。
「…宗君ですか?」
「そうだけど…、お姉さんは?」
「初めまして、八神あおと言います。ご両親から貴方の捜索依頼を受けたものです」
男の子はかなり警戒して、必要以上に私に近寄ってこなかった。
「一緒に帰りましょう」
「…でも、あの子が…」
「あの子?」
「おい坊主、あの子ってのは入口にいるあいつか?」
朔太郎は自分たちが入ってきた入口を親指で指して宗君に問いた。
そこには赤い着物を着たおかっぱ頭の少女が扉越しから控えめにこちらを見ている。
そこ表情は、どこか安心しており、幼い少女にしては少し大人びいてる気がした。
「そう!」
「…お前ここに閉じ込められてどれぐらいだ?」
「え、わ、分からないけど出られなくてずっとここに居たよ?」
私は耳を疑った。
ずっとここにいた。それはこの1週間を指しているのだろう。こんな小さな男の子が、食料もない埃だらけの蔵で生き延びれるはずない。増してや、この子は特に目立った外傷もなく、健康的に見える。
その時、一つの考えが浮かんだ。
「もしかして、食料が頻繁に無くなっていたのって…」
「ああ、閉じ込められたガキに気づいて、あの窓からできる範囲の飯を運んで来てたんだろ」
見てみろよ、と蔵の窓下に居た朔太郎の傍に寄ると、そこには少し腐敗臭のする食べきれなかった食料の山が少しあった。
すると何を思ったのか、朔太郎は1度外に出て扉に掛けられていた木の板を見つめた。
「この板、最近触った人間がいるな」
「?そりゃあ、人間の建物なので当たり前かと」
そういう私を呆れた様な表情で見てくる。何か間違ったことを言っただろうか。
「お前、蔵の中見ただろ。あんなにホコリ溜まってる空間を最近まで使ってたと思うか?使わない蔵の板をいちいち触る訳ねーだろ」
「確かに。……ということは」
「初めから神隠しなんてなかった」
ここからは、犯人探しの時間だ。