03 プレートの解析(2)
『96時間経過
ボーナススキルを受け取れます』
もちろん「はい」に決まっている。
ためらうことなく、私は「はい」と心の中で唱えた。
ピコンッ、と音が鳴り、プレートの文字が切り替わる。
『おめでとうございます
「設定」を開けるようになりました』
それだけ表示された後、プレートはすぐに消えてしまった。
「設定?」
何かほかに変化はないかと周囲を見回してみる。
すると、視界の左上のほうに、星のマークが点滅していることに気がついた。
今までなかったものだ。
見る場所を変えるように顔を左右に振ってみるが、その星のマークは常に私の視界に映っている。
私はその星のマークをクリックするイメージを頭の中に描いた。
すると、目の前に新たなグレーのプレートが現れる。
そのプレートの左上には、「設定」と書かれていた。
今回のボーナススキルは、これで間違いないようだ。
『設定
メインストーリー
お知らせ
プレゼント
本棚
スキル
ゴミ箱
×××』
今開けるのは「メインストーリー」と「本棚」「スキル」の三つだけだった。
なぜか「メインストーリー」だけピンク色の文字で表示されている。
やはり、「色」に何かの秘密があるのだろう。
私は「メインストーリー」を開いてみた。
『失われた公女~嘘と愛と薔薇と真実~』
ピンクのプレートに書かれた文字に、思わず「うげっ」と声がもれた。
なんて陳腐な題名なのだ。
読んだだけで、ありきたりの話の展開と定番のキャラクター設定、盛り上がりに欠ける結末が思い浮かんでしまう。
まさか主人公が私ではないよな。
恐る恐る、続きを読むために、右下で点滅する矢印を選択した。
『ヴィスコス公爵家には、三人の子供がいた。正妻が生んだ長男アロルドと長女エレノア、情婦が生んだ次男ベルト』
「ミリア」の説明に書かれていた「いなくなった白銀の髪の娘」がエレノアなのだろう。それより気になってしまうのは、しれっと落とされた爆弾が一つ。
(さすが貴族。愛人でもなく情婦って・・・)
誰かの出生の秘密など知りたくはなかった。秘密かどうかは分からないが。
『エレノアが5歳のとき、誘拐される。犯人からの要求はなく、エレノアも見つからず、公爵家の必死の捜索にも関わらず、何の手がかりもないまま4年が経った。公爵夫人は娘を失った悲しみからうつ病を患い、精神を病んでいった。公爵閣下は、正気を失っていく正妻を避けるように、公務とエレノアの捜索に全力を注ぎ、公爵邸に帰る日は月で数える程度。公爵邸は情婦が我が物顔で女主人を気取り、誰もとがめない。
ある日、緊急の連絡を受け公爵閣下が屋敷に戻ると、エントランスホールで血だまりの中倒れている情婦と、それを見下ろす正妻がいた。「おかえりなさいませ、旦那様」何事もなかったかのように微笑む正妻。「どうしましたの?そんなに青ざめて。おからだの調子でも悪いのですか?困りましたね、明日はエレノアの5歳の誕生日、パーティーには皆さんいらっしゃるのに、当主のあなたが欠席なんて、できませんわよ」正妻は公爵閣下の頬に手を添えた。頬にべったりと血がついた。「今日は早くお休みになって。私も、明日は準備で忙しいので、もう寝ますわ」正妻の目は、淀んで焦点が定まっていないように見えた。逃げた自分への罰だろうか。公爵閣下は、ふらふらとおぼつかない足取りで部屋に戻っていく正妻を、茫然と見送るしかなかった。』
何が一番ひどいのか、判別できないほどひどい要素満杯の内容だ。作者が好き勝手にこれでもかと詰め込んだ結果が、ありえない設定になったようだ。
こんな家で育った子供は、悲惨だろう。
ふと、先日出くわしたアロルド・ヴィスコスを思い出す。
悲壮感など感じない威厳あるたたずまい、だが暗い過去と心の傷を抱えている、そんな設定なのだろう。
『ある日、公爵閣下が皇城から公爵邸へと帰る道すがら、路地の片隅に蹲る一人の少女を見つけた。名前はミリア、行方知れずの娘エレノアと同じ年の少女だった。エレノアと同じ白銀の髪と、紫の瞳。公爵閣下はその少女を連れて帰った。そして体を清めさせ、幼女のドレスを着させて、正妻の前に連れていく。「エレノア!」正妻は泣いて喜んだ。正気を取り戻したかのように、はっきりとした言葉で、エレノアに話しかける。公爵閣下は、少女ミリアを養女に迎えた。』
そして、現在に至る、というわけか。
自分がここにいる理由が知れた。
本当の娘の身代わりとして、狂った正妻に当てがわれた、それだけだ。
『それから4か月後、正妻は長年の疾患と過度な投薬が要因となり、死亡した』
今この屋敷には、公爵閣下の妻も愛人もいないらしい。再婚でもしていなければ、だが。
(それで、主人公は誰なの?)
公爵閣下?息子のアロルド?
(まさかミリア?・・・ないない、絶対嫌だ!)
私はしわの寄る眉間を指先でほぐす。
この世界が、何かの恋愛シミュレーションゲームのようなものだとすれば、ピンク色は主軸、主人公たちの役持ちにかかわる内容の表示を意味しているだろう。それを裏付けるように、アロルド・ヴィスコスのプレートはピンク色だった。そして、自分の頭上のプレートはグレーだ。役割があったとしても、ただの名端役程度だろう。
それも続きを読めばわかることだ。
私はまた、矢印を押して、次の画面を出した。
『本編』
(今までのがプロローグ!?)
内容が濃すぎて胸焼けしそうだ。