第3節:Real World
今回も解説回っぽくなってしまったうえに、おもいのほか文字数が多くなってしまいました……
3
「穣、起きて」
美琴がオレを揺すって起こす。
整ったアパートの部屋に、朝日が差し込んでいる。
《クロスロード》内の、美琴の部屋だ。最近、ログインしたまま一緒に寝てしまうのが増えている。
「一限目、ある日でしょ」
「えー今日くらい」
「ダメ、ちゃんと行きなさい」
「はぁい。なんかあったら、すぐに呼べよ」
その場でオレはログアウトする。
生身のほうも布団の中だから、寝冷えはしていない。VRヘッドギア着けっぱなしで首が痛いけど…………
しっかり者の美琴は、こうやってオレのスケジュールを厳しく管理してくれる。
おかげで、《クロスロード》にどっぷりだったオレも、大学に受かってバイトまでやれている。
それでも、ここ半年、どちらにも身が入らない日が続いていた。
オレがいないあいだに、美琴の住んでいる場所に悪霊が現れたら、彼女だけでは太刀打ちできない。
スマホにサポートアプリを入れてるから、メッセージならいつでも受け取れる。
大学は講義なら途中で抜けられるし、バイトは在宅のタイピング系(しかも、こっそり美琴にも手伝ってもらってる)。
けれど、いつSOSが来るかと思うとスマホから気を逸らせないし、おちおちマナーモードにも出来ない。
その日も、四限ぶんの講義を受けて、オレのノートはほとんど白紙だった。
『授業ついて行けてる?』
『なんとかね。録音はしたから、あとで聴きなおす』
『こっちは大丈夫だから。そっちにちゃんと集中してね』
『っていわれてもなぁ』
帰路のバスで、今日もそんなやり取りをする。
実際、街に悪霊が出て、オレが家に帰りつくまで、美琴はずっと身を隠していた、なんてこともあった。
掴まれば即アウト。悪霊に喰われた死者がどうなるのかは誰も分かっていない。《クロスロード》ができる前の〝死〟と同じ。
どこからでもログインできる、小型化した最新ヘッドギアが欲しいのだが、世界最先端技術なだけに、とうてい学生のバイトで買える代物じゃない。
「ちゃんと食べなさいよ。餓死してこっちに来たって、私ぜんぜん嬉しくないんだからね」
と、釘まで刺されているから、食費もあまり削れない。
美琴の両親に相談するのも、もとのVRシステムでさえ相当な額だったから、さすがに気が引けてしまう。
うちの親父なんか、もってのほかだ。
「ただいま」
家に帰ると、その親父がトイレから出てきたところだった。今日は平日休か。
「ああ」
廊下ですれ違いざまの、冷めた親子の挨拶。
うちの親父は《クロスロード》をよく思っていない。
死生観の違いというか、死んだ人間の魂を繋ぎ止めることに反対して《クロスロード》を否定する人達もいる。
親父もそうらしく、少し前まではよく「死んだ人間に引っ張られて、未来が見えてない」なんて小言を聞かされてた。
最近はそれすらなくなったけど…………
悠來夫妻との長年の仲も、美琴の転生が原因で違えたらしい。
やっかみなんだ、とオレは思ってる。母さんが死んだときには《クロスロード》が開設されてなかったから。
「ただいま」
今度は美琴に言う。
オレの意識は、もう《クロスロード》の、美琴の部屋だ。生身はいつのもように、ベッドの上。
「……おかえり」
美琴の様子がおかしい。
「どした?」
「ねぇ、部屋に誰かいる?」
悪霊か──?!
とっさにオレはあたりを見回す。
「誰もいないよ?」
「ここじゃなくて、穣の部屋に」
オレはギアの視覚接続だけを切って、自分の部屋を見た。
……それでも、誰もいない。
戸締まりはしっかりしてるし、入口にだって鍵はかけてる。
「いや、いない」
「そう……なんか、気配がしたんだけど」
「今もしてる?」
「もうしない。なんだったんだろ?」
心霊現象?
とにかく悪霊じゃないなら、大丈夫だろう。
「それより、今日どこいく?」
「その前に、今日じゅうにバイトのノルマ終わらすんでしょ? 私にやらせてばっかじゃん」
「うう……はい」
相変わらずの厳しいお言葉に、オレはしぶしぶテキストツールを開いた。
お読みくださりありがとうございます。
1日1部分更新を目標にしていましたが、早くも挫折しそうです……
なお、1部分1000文字前後の目標は、今回で完全に破綻しました。