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お昼休み。
ピンポンパンポーンって感じの音が鳴って教室に取り付けられたスピーカーからもはや聞きなれた声が。
『あっはーん。えー、今日のすぅえくぅすぃは残念ながら放送のみです。なお、放送は教室内限定となりますので、そのまま全裸待機でお願いします、うっふーん』
相変わらず抑揚や感情といったものを一切含まない犬丸さんの声だったのだけれどやっぱりなぜか興奮の渦に飲まれる教室内。
「うほっ! またあの至福の時間が味わえるってわけか!」
「こいつは聞き逃せねぇ!」
「おい、慌てるな! おとなしくそのまま椅子に座って待つんだ、いいな?」
小躍りし、喜びを全身で表すガイズ。
しかしなぜ彼らはこんなにも色めき立つといふのか。
朝から今まで、教室内にずっと一緒にいた犬丸さんには一瞥もくれなかったではないか。なのになぜ、彼女のすぅえくぅすぃには目を血ばらせ鼻息を荒くするのか。
謎だ。
あれ~、おかしいなぁ、って感じにぼくの心の猜疑心旺盛なメガネのガキンチョことへっぽこ探偵エドガーが目を覚まし推理しようとするが、お前はそのまま寝てろ。
きっと、洗脳だか集団催眠だかなんだかなんだ。
そうだそうだそうなんだ。
もう犬丸さんについてはあまり深く考えない方がいいって思う。
きっと、彼女については、考えるだけ、無駄だ。
「さぁ、行きましょ」
沸き立つ教室。
繁殖精神旺盛なガイズの全注意がスピーカーに向けられた隙を見計らい、こちらへとトコトコ近づいてきた藤咲さんは、ぼくの手をとって、いずこかへと歩きだす。
「えっ、あの、ごはん……」
「いいから」
彼女はかまわずそのまま廊下をゆき、階段をくだる。
そのさなか、ぼくはある違和感に気づいていた。
「あ、あの、藤咲さん、手……」
「着いたわよ」
言い終わる前に、中庭の、ベンチの前。
このあたりは景色がいいのでリア充様がよくつがいでお昼を取っておられる光景が見れるのだけれど……今日は、例の放送のせいか、がらんっ。
藤咲さんとぼくしかいない。
「さ、アンタもすわって」
さきにすわった藤咲さんが、自分のとなりのスペースをポンポン叩き、ぼくを誘導する。一体なにが目的だ、金か? 金なのか? と警戒心をあらわにするぼくに、彼女はくすって感じにお上品に笑って、
「べつになにもしやしないわよ。いいから――すわって?」
柔らかくほほ笑みかけてくる。
もうね。
ずっぎゅ~~~~~んですよ。
でもって素直に座っちゃったわけです。
仮にこれがぼくから大金をだまし取るなんらかの詐欺や罠であったとしても、まぁ、べつにいいかなって、そー思ってしまったわけなのです。
まぁ、だまし取られる大金なんてはなからないわけですが。
「…………」
で、おそるおそる座ったはいいものの、緊張しきりのぼくです。
いや、べつに、騙されるとかじゃなくって、単純に、学校を代表するどころか日本を代表するんじゃないかと思われる美人さんのとなりに座れば……しかもまわりに人影がなくふたりきりなら……誰だってキンチョーする、たぶん。
なんつーか……恐れ多い。
たとえるなら王様と平兵士がならんですわっているようなもの。
ありえないでしょ、それって。
氷系の魔法でカチンコチンにされたように固まるぼくのまえに、
「はい、どうぞ」
さしだされたのは……楕円形の箱。
「お弁当、食べて?」
「おべんとー……最後の晩餐?」
「なんで最後なのよ。ころしゃしないわよ」
クスクス笑う彼女。
なんだろう……ふだんの彼女とは違うような。
美人だけど、もっと冷たい人だと思ってたけど……
「……藤咲さん、それ」
ぼくは彼女の手を見る。
その指さきは、バンソーコーにまみれていた。
「あ、これ」と彼女は恥ずかしそうに制服の袖で指さきを隠そうとする。
けれど隠しきれず、ちょこん、と突き出した指が可愛らしい。
「私……こーゆーの全然なれてなくって……だから、ちょっと失敗しちゃって……」
いう藤咲さんの顔は真っ赤になっていて、彼女はそれをごまかそうとしてか、腕で顔を隠すんだけど……そのしぐさがまた可愛らしくてたまんねーつーか。
ぼくはそんな彼女をじーっと見つめてしまう。
やがてそれに気づいた彼女が、
「そ、そんなに見ないでよ、は、恥ずかしい」
パタパタと可愛らしく手を振ってくる。
「あ、いや、ごめん。なんか、意外だなって思って」
あとめっちゃ可愛いなって思って。
「意外?」
きょとん、と。
「うん。なんか、藤咲さんって、その……もっと冷たい人なのかなって」
ことばにして、思う。
これ、面と向かって本人に言うセリフじゃなかったかもしれないって。
けれど。彼女はとくに気にした様子もなく、
「うーん、私って、そーゆー感じのイメージらしいわね。自分ではそんなつもりはないんだけど……緊張しちゃったり、知らずにお高くとまってたりするのかしらね?」
そんなことをいう。
なるほど、じゃあこれが、素の藤咲さんってわけか。
ふと思う。
もしかしてこれって、ものすごい貴重な体験なのでは、と。
黄金にも匹敵する価値のある体験なのでは、と。
つまり黄金体験なのでは、と。
だって、ふだん、性欲にまみれたオスガキどもに囲まれた藤咲さんは、いつも、冷たい表情をしている。なんか、全体的に、つんっ、てしている。
なのに、今、目の前にいる藤咲さんは、まるでフツーの女の子のように表情豊か。
あれ、もしかしてこんな藤咲さんを知ってるのって、ぼくだけなんじゃね?