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「それはさておき」

 犬丸さんは話を元にもどした。

 元の話がなんだったのか、それはもう、ぼくにもよくわからなくなっていたけど。

「話はすべて聞かせてもらいました」

「話?」

「お嬢様とチーくんとの会話です」

「え……どうやって? 犬丸さんは旧体育館にいたはずじゃあ」

「お嬢様の身につけられているアクセサリーのほとんどにこっそり盗聴器とGPSを仕込んでおります」

 なんかやべぇこといい出した。

「それって……藤咲さんは知ってるの?」

 聞くと、とたん不機嫌になり、ぷいっとそっぽを向く。

「ちっ……うるさいですねぇ」

 露骨に顔をしかめて舌打ち。

 ……感じ悪いなぁ、この子。

「お嬢様の御身をお守りするためにこれは致し方のないことのなのです」

 いつになく真剣な表情で彼女はいう。

 その様子からは藤咲さんへの真摯な想いが伝わってくるようで。

「わたくしは、お嬢様をどんな手を使っても、お守りしなければならないのです。だって、わたくしは、お嬢様に救われたのですから――」

 どこか遠い目をする犬丸さん。

 きっと、彼女の頭の中では、ありし日の思い出がめぐっているのだろう。

 つらい過去、耐える日々、そんな中、救いの手を差し伸べてくれたのが、藤咲さんだった――みたいな?

 けど、残念だったね?

 この物語の主人公はこのぼくだ。

 よって犬丸さんの感動的な過去エピソードは一切語られないのです。

「……というわけです」

「だから犬丸さんの回想は誰も知らないってば」

「なっ、こんな感動的なエピソードをだれも知らないなんて……!」

 ショックを受ける犬丸さん。

 可哀想だけど……その感動的な過去エピソードは犬丸さんがいつか主役になったときに語ってください。

「とにかく。わたくしは、お嬢様に返しきれない恩義があり、お嬢様をお守りするためにはいかなることをもやってのける覚悟なのです。まぁ、わたくしの美しい思い出話は、おいおい」

 こいつ……語る気だな……いつか……チャンスをうかがって……

「まぁ、本日旧体育館にて大勢の殿方の前で痴態をさらしたのもお嬢様への恩返しのため涙をのんでのことなのです」

「いやそれは犬丸さんのシュミでしょ」

「ちっ……うるさいですねぇ」

 なんだろう。

 一向に話が進んでない気がする。

 そのことに彼女もようやく気付いたのか、はっ、として、話題を変えた。

「……いかんいかん。わたくしとしたことが、本題からそれまくっていました」

「むしろ『らしい』ですが」

 一瞬彼女はムッ、としたが、それにはとりあわず、

「チーくん。ここからは真面目なお話です」

 最初から真面目なお話をすりゃいーのに。

「チーくんは、お嬢様のお母上が女優であられることはご存じですか? とても有名なとある女優さんなのですが」

「うん、もちろん」

 嘘をつきました。

 なんとなくそんなようなことを聞いたようなそうでなもなかったような曖昧な知識だったんだけど、これ以上話を長くするのはぼくも本意じゃないしね。

 ほんとですか?

 じゃ、答えてください。

 お嬢様のお母上のお名前を――

 ……みたいなツッコミをされたらまた話が長引くところだったんだけど……彼女の方もそれを嫌ってか、突っ込んでくることはなかった。

 だから彼女は納得したようにうなずいて。

「で、です。お嬢様もお母上に似て大変お美しくあられます。美貌はもとより、オーラ、スター性、演技力、その他もろもろSSSランクであられるお嬢様には、当然、芸能界デビューの話が持ち上がっております」

 芸能界、か。

 これほど有名かつ胡散臭い業界をぼくは寡聞にして知らないわけだけど……まぁ、藤咲さんのお母さんがバックについてるなら問題ないのかな?

 そうでなくてももとよりこのぼくには何の関係もない話だしね。

「でもそーゆー話があるならなんでデビューしないの?」

「チーくんがそれを言いますか」

「?」

 ふぅ、と彼女、小さくため息をついて。

「お嬢様は決めておられました。転校した先の男子生徒のみならず、教員等を含めた男性全員を攻略したら、芸能界デビューする、と」

「え? なに? なんかすごい嫌な話を聞かされた気がするけど……」

「現実に目をお向けなさい。チーくん、お嬢様が各界からの期待を受けながらいまだデビューされていないのは、全部すべてまるっと――あなたのせいなのです」

「………………」

 うう。

 胃が痛い。

 晴れの舞台の甲子園、一点ビハインドで迎えた九回裏ツーアウト、一打逆転のチャンスで打順が回って来たかのような圧倒的プレッシャー。

 なにも悪いことなんてしてないはずなのに。

 世界中から責められている――そんな気がした。

 犬丸さんはいう。

「チーくん。あなたには心がない」

 死んだ魚のような目で。

「あなたにもなさそうですが」

「ちっ……うるさいですねぇ」

 一瞬やさぐれたが、すぐに気を取り直し、

「ああ見えてお嬢様は繊細な方なのです。つい先日もタンスの角に小指をぶつけて三十分もの長き間もだえ苦しんでおりました」

「後半のセリフは『ああ見えてお嬢様は繊細な方なのです』ということばに続くセリフとしてはあまり適切ではないかと」

「ちっ……うるさいですねぇ。すぅえくぅすぃ殺しますよ?」

 すぅえくぅすぃ殺す……?

 はて、耳慣れないことばだけど……

 見ると犬丸さんはだるっだるのボディを必死にクネクネさせている。

 まるでいきりたったトドのよう。

 とても人死にが出そうな動きではない。

「――とにかく、チーくん、あなたは現状、お嬢様の足かせでしかないのです」

「うう……」

 つらい。つらすぎる。

 藤咲さんがちょ~可愛いだけに、つらい。

 これで藤咲さんがおブスならまぁ多少もうしわけないなぁって思うぐらいなんだけど。

 すでに述べたようにぼくはもうすでに藤咲さんのことが好きなわけで。

 好きな人の足かせになっている、っていわれるのは、例えぼく本人にその気がなくても、存外、つらい。

「わたくしがなにをいいたいかわかります?」

「……まぁ、なんとなくは」

「つまり『グズグズしてねーでお嬢様が納得されるようなラヴなレターをとっとと書きやがれ』――そーゆーことです」

「…………」

「でわ。わたくしは、これで」

 ぺこり、と小さく頭をさげて。

 犬丸さんは、去ってゆく。




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