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「とにかく、時間がないの。いつまであの子が男子生徒を足止めできるか……」
ゆるりと風が吹き、藤咲さんの銀色の綺麗な髪を揺らしてゆく。
ゴクリとぼくはツバを飲む。
ここまで近くで藤咲さんを見たのは初めてだった。
あらためて、思う。
ものすごい美少女だ、と。
初めて見たときにもそう感じていたけど、間近で見ると、迫力が違う。
オリジナル版とリマスター版くらい違う。
ジャ○アンときれいなジャイ○ンぐらい差がある。
まるで別物。
見目麗しい女子アナですら4k高画質でアップで見るとちょっときついなと思うときがなくはないけれど、彼女なら、それにすら耐えうる。
そこらの道を歩いている生物学上は、雌、に分類される生き物とはものが違う。
それに藤咲さんは北欧だかどっかだかの純血だかハーフだかクォーターだかで、やはりそこらの若い女性とは段違いだ。
ぼーと見惚れているぼくの前で、彼女は風で乱れた髪をかきあげた。
上目づかいに、
「ねぇ……私のこと、嫌い?」
「え、いや……そんなことは」
「じゃあ、好き?」
「えっ、それは……」
言葉に詰まる。
なんで藤咲さんはそんなことを……
と、そこまで考えたところで、ぼくのなかの猜疑心旺盛なメガネのガキンチョがかま首をもたげた。
あれ~、おかしいなぁ、と。
なんで藤咲さんはこんな手の込んだことをしてまでぼくを屋上に連れ込んだのだろう。
それに、どうして「なんでアンタ私にラブレター渡さないわけ?」なんて聞いてきたんだろう。
それって、もしかして……
「あの……」
「なによ」
「藤咲さんって、もしかして……ぼくのこと、好き、なの?」
聞いた。聞いてやったぜ。ひゃっほーい!
ぼくはやったぜ。やりきったんだ。
漢だねぇ。
「は? そんなわけないじゃない」
真顔で。
ですよねー。
やべっ、恥かいた。
糞ぅ。エドガーの野郎。
いい加減な推理しやがって……!
パンチ力増強グローブでしばき倒してやりたいわねぇ。
「ふぅ。やれやれだわ」
クールに彼女はそういって。
「この学校の男子……ううん、教師や用務員さんも含めて、男性が、何人いるか知ってる?」
「知らない」
「千人なの。ちょうど、千人」
へぇ。意識したことはまったくなかったけど、この学校、けっこうマンモス校だったんだ。どーでもいーけど。
あれ? でもなんで藤咲さんはそんなどーでもいーこと知ってるんだろ?
彼女はぼくのまえでカバンからなにかをとりだし、右手でバッ、と扇状に広げて見せた。
――封筒だ。
七、八枚ほどの封筒が、彼女の手にある。
「それは……」
「今までもらったラブレター。勘違いしないでね? これはほんの一部。この学校に転校してきてから二か月で、私がもらったラブレターは999枚。あと一枚で1000枚なの」
弁慶かな?
「この学校の関係者の男性は、みんな、私にラブレターをくれた――アンタ一人をのぞいて」
それは……知らなかった。
いや、藤咲さんがラブレターをもらっていたのは知っていたけど。
さすがにぼく以外コンプリートってことは知らない。知るわきゃない。
「私はね、ラブレターが好き。もちろん、私宛のね? だって、それが私の価値だから。ラブレターの数が、私のステータスなの。私という美少女を高めてくれるある種のアクセサリーなの。だから、告白は、ラブレターのみ」
おー、なるほど。
そーゆー理由でしたか。
自らのステータスを物理的に視覚的に確認したい、とそういった理由からでしたか。
「部屋にある大量のラブレターを見て、私は思うの。私はこんなに愛されてるんだって。男の人から必要とされてるんだって。魅力的なんだって」
どこか陶酔したようにいう。
うーん、なんだろ。
可愛いんだけど……ちょっと、変な子かも。
「だから、私は、アンタからのラブレターが欲しい」
なんかすごいこといい出した。
でも、そーゆーことなら。
「うん、わかった」
ぼくはうなずいた。深々と。
「じゃあ、明日、書いて持ってくるね」
けれど。
彼女は。
どこか悲しげに首を振って。
「それじゃあダメ」
「ん?」
「あのね、私が好きなのは、想いのつまったラブレターなの。『じゃあ、明日、書いて持ってくるね』みたいな感じの軽いものをもらっても、全然嬉しくない」
彼女はぶんぶか首をふる。
なんだろう……なんていうか…………面倒くさい。
この美少女、ものすごく面倒くさい。
美少女だからいいものの、おブスだったら顔面の二、三発でもぶんなぐってたところですよ?
なんてね。
藤咲さん、こまったように八の字まゆげでじっとぼくを見て、
「私てそんなに魅力ないかな?」
意外なことをいい出した。
藤咲さんが魅力ない?
そんなわきゃない。
もし仮にそれが世界の真実であるならば、この世には独身女性しか存在しないことになる。
だからぼくは全力でその言葉を否定する。