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「なんでアンタ私にラブレター渡さないわけ?」
放課後とある事情で廊下を歩いているところをいきなり首根っこをつかまれて屋上まで引きずって行かれたぼくに、引きずっていった方の彼女――藤咲さんが開口一番放ったことばがそれだった。
「……ん。え……えーと」
とりあえずぽりぽり頬をかく。
現実はもとよりマンガやアニメ、ゲームなどでもなかなかお目にかかれない展開。
そりゃ戸惑う。
「ねぇ、なんで?」
ふざけている様子はみじんもなく。
真剣な……どこか怒ってるような顔でぼくをじっと見つめてくる藤咲さん。
思わず視線をそらしてしまう。
青い空。白い雲。ゆるやかに頬を撫でてゆく爽やかな風。
いい天気だなぁ。
「こっちを見なさい」
ほっぺを藤咲さんの白い綺麗な両手ではさまれ強引に正面、つまり彼女の方を向かされてしまう。
そこには怒ったような彼女の顔。
可愛い。
素直にそう思う。
――藤咲さんが転校して来たのは、忘れもしない、三か月前……いや、二か月前だったかもしれないし、ひょっとしたら一か月前かもしれない。大穴で半年前ってこともありうるけど……一年前ってことはさすがにないと思う。ぼくも彼女もまだ一年生なわけだし。
ま、とにかく。
彼女は何か月か前にこの高校に転校してきた。
理由は……なんだっけ。聞いたような気もするけど聞いてないような気もする。でもまぁ、それもやはりどうでもよくて。
とにかく、藤咲さんは転校してきた。
その日から、全校男子生徒のみならず、男性教諭や用務員のおっさん、外部からたまにやってくるなんらかのおっさんどもまでもがソワソワし始めた。
黒船来航は記憶に新しいところだと思うけど、きっと、それ以来の大騒ぎだったんじゃないかと。
転校初日にして、藤咲さんは全校女子生徒を敵にまわした。
理由はいわずもがな。
ぼくだって、テレビに出てくるようなイケメン俳優にも負けないどころか凌駕すらしているんじゃないかなって思うようなイケメンくんが転校して来たら、そりゃおもしろくない。
別段この高校の女子の顔面偏差値が全国の平均よりも大幅に劣るってわけじゃあないと思うんだけど(かといって大幅にうわまわっているわけでもない)、それ以上に、藤咲さんが魅力的すぎたってわけ。彼女一人でこの高校の女子の顔面偏差値を10は上げたんじゃないかってくらいにね。
……まぁそんな感じに転校してきた初日に、彼女はほぼ全校生徒に存在を認知されてしまったことはもとより、誰よりも何よりも、この学校で目立つ存在になってしまった。
プロ入り確実と噂されるサッカー部エースの東先輩よりも。
どうしてもとスカウトの人に懇願されて仕方なく読者モデルやってる爽やかな汗の似合うのテニス部の西くんよりも。
100人斬り達成間近とのうわさの学校を代表する南先輩よりも。
やばいと思ったが性欲を押さえきれず女子生徒に手をだして今はどこか遠いところへ行ってしまわれた元水泳部顧問の北先生よりも。
そんなわが校の四天王よりも、今や、彼女――藤咲ヘンリエッタさんは、有名人となってしまわれていた。
女子生徒には敵視され。
男子生徒には羨望と欲望がないまぜになったまなざしを向けられる。
でもってそんな彼女だからして、多数の男子生徒からラブレターをもらうことはある種必然。ぼくもなんどもその現場を目撃した。
口頭・電話・メール、その他もろもろお断り。
告白はラブレターのみ、という条件付き。
だれが言い出したのかは知らないけれど……まぁ、彼女本人なんだろうね、たぶん。
ラブレターにどんなこだわりがあるのかはぼくごときには知る由もないわけだけど……とにかく今、彼女は問うている、このぼくに。なぜおまえは私にラブレターをよこさないのか、と。
「……あまり時間がないのよ」
ピヨピヨ。
そうはいいつつぼくをピヨピヨ口にするくらいの余裕はあるらしい。
とはいえ、不安げなそのことばの通り、彼女の碧い瞳は揺れている。
いい加減くどいようだけど、藤咲さんはこの学校において誰よりも有名人なわけで。
誰よりも人気者なわけで。
男子生徒からも男性教諭からもその他の学校に侵入することが出来る生物学的に雄に属するヒト科全般からも好意を向けられているわけで。
休み時間とか昼休みとかはまぁだいたい男子生徒、たまに男性教諭、ごくたまに見知らぬおっさんどもに囲まれているわけで。
つまり、時間がない、と。彼女のいうように。
じゃあなぜ今この場にはぼくたちふたりきりなのか、という疑問もあろう。
もちろんちゃんと理由がある。
実は彼女は完璧な美貌の持ち主でありながら、そのクセなんか家も大金持ちっぽく、生徒なのか部外者なのかよくわからないこけしのようなちんまい寸胴メイドが常に彼女のまわりをちょろちょろしてる。彼女曰く、その子はポンコツらしいんだけど……今日に限っては、そのポンコツが、大活躍した。
放課後、とある放送が流れたのだ。