⑨読み聞かせの力で万事解決! って思っていいですかね?
閲覧ありがとうございます。
本日四話目の投稿です。後一話で完結です。
岩窟都市へと繋がる通路の入り口では、ディルクさんが待っていた。ここから岩の中に自然にできた通路を通り、奥にある町へ向かう。
反重力車がぎりぎり通過できる非常に狭い通路だ。ディルクさんは歩いてここまで来たそうで、エルケさんたちの車に乗って、町まで案内をしてくれることになった。
高さ二十メートルほどの峡谷を抜ける通路は、途中で複雑に分岐しながら続いていた。
やがて、正面に巨大な岸壁が現れた。岸壁には、そこに埋め込まれるような形で神殿が築かれている。
神殿の前には広場があり、すでにたくさんの人々が集まっていた。
広場を取り巻く岸壁には住居が作られ、その窓から顔を出し、広場を見ている人もいた。
「思ったよりも大がかりな感じですね」
荷物を下ろし読み聞かせ会の準備をしながら、少し緊張した様子で、モリエちゃんが声をかけてきた。
確かにね。広場は、神殿前で半円形の階段状になっていて、その段に腰掛ける形で多くの人々が座っていた。
広場の縁に立っている人もいれば、階段の下に座っている人もいる。全部で四百人ぐらいだろうか。
もちろん、誰一人声を出すことはなく、じっとわたしたちの動きを見守っている。
「いつもと同じでいいのよ。お話が聞きたくて集まっている人ばかりなんだから、大丈夫!」
「そうですね。こんなにたくさんの人の前で読み聞かせ会をするなんて、めったにないことですものね。頑張らなくちゃ!」
そうそう。モリエちゃんに笑顔が戻れば安心だ。わたしが暴走したときには、コントロールを頼むね。
フォーゲルザング評議員は、エルケさんやディルクさんを連れて、政庁の代表者に何やら質問している。
たぶん、行方不明の随行員に関することを聞き出そうとしているのだろう。政庁の人であっても星間共用語がわかるわけではないので、エルケさんやディルクさんの通訳が頼りだ。
うまく、評議員を納得させるような話ができるかしら。頑張ってね、エルケさん。
キネヅカさんやテラドマリさんは、座っている子どもたちにぬいぐるみを配っている。
できるだけ、小さな子を選んで配っているようだ。来館したときに作って持ち帰ったぬいぐるみを抱えた子が、それを高く掲げてわたしに見せてくれた。とても嬉しそうだ。こちらも思わず笑顔になる。
政庁の人たちと一緒に、評議員やエルケさん、ディルクさんも、広場の隅の方に移動してきた。
まずは、今日の訪問の目的である、読み聞かせを聞いてから、ということになったらしい。
お話を始める前に、神殿の供物台にトプカピ堂のドーナツを供えた。人々が立ち上がり、何か祈りの言葉のようなものを唱えている。読み聞かせ会を楽しむことを赦してくれた「神」に感謝の祈りを捧げているのだろうか。わたしも同じ思いで、神殿の奥にある紺青色の池を見つめた。
モリエちゃんとわたしで、供物台からドーナツを降ろし、池の縁まで運んだ。
そして、静かな水面をできるだけ波立たせないように、ドーナツを沈めた。軽いはずのドーナツが、浮かぶこともなく次々と水に吸い込まれていくのは、どこか不気味だ。
全てのドーナツを沈め終わった後で、再び神殿の前に戻り、いよいよ読み聞かせ会を始める。
モリエちゃんが、ハンドベルを賑やかに鳴らす。
「みなさん、こんにちは! わたしたちは、宇宙移動図書艦ニューアレキサンドリア号から来ました。司書のシモキタとミヤノハラです。今日は、みなさんに楽しいお話を紹介します。お話の主人公のベベです。」
モリエちゃんが、ベベの人形を取り出し、大型絵本の前に置いた小さな椅子に座らせる。
周囲の岸壁に反響して、思っていたより声が響く。これなら一番後方の人でも、お話が聞こえるだろう。もっとも、この人たちに届けなければならないのは、言葉ではない。読み聞かせのリズム、抑揚、そういうもので、はっきりとはわからないのだが、そこから何かを感じ取っているらしい。
「きょうのお話は、『ベベのあたらしいともだち』です。冒険を終えたベベたちは、自分たちの家で楽しく暮らしていました。でも、また冒険の旅に出かけたくなりました。新しい冒険で新しい友達と出会いたいと思ったのです。みんなは、それぞれ別々の場所へ向かって、旅立っていきました……」
ベベは、旅先で一人の男の子と出会う。喉が渇いていたベベは、男の子から水を分けてもらう。
お礼に、男の子がおじいさんからもらったという、荒れ果てた畑を一緒に耕す。
ベベは、旅を続けるため出発しようとするが、男の子に止められる。
そして、この先は恐ろしい化け物の住む土地で、剣がなければ危険だと言われる。
男の子は剣を持っているので、もっと畑を耕してくれたら、その剣を貸すと言われる。
ベベは、来る日も来る日も畑の世話を続ける。男の子は、なかなか剣を貸してくれない。
そんなある日、偶然ベベの友達の一人がこの家にやってくる。
友達は、この先に化け物などいないという。そして、ベベも一緒に旅をしようと誘う。
ベベは、男の子が、嘘をついてベベを引き留めていたことを知り、旅に出ることを宣言する。
「ベベは、最後に男の子にききました。
『どうして、君は嘘をついたの?ぼくに畑仕事を手伝わせて、楽をしたかったの?』
すると、男の子が目に涙をためながら、悲しそうに答えました。
『そうじゃない!ぼくは、ずっと、君と一緒にいたかったんだよ。
ぼくはどこにも行けない。おじいさんと約束したから、畑を見捨てるわけにはいかないんだ。
君が行ってしまったら、ぼくはまた一人ぼっちになってしまう。それが、どうしてもいやだったんだ』
それを聞いたベベは、男の子が可哀想になりました。そして、旅に出るのを止めました。
ベベは、毎日男の子と畑を耕し続けました。畑はどんどん立派になっていきました。
たくさんの作物が実り、それを手に入れたい人が訪ねてくるようになりました。
ベベの友達も、やってきました。そして、ベベに替わって畑を耕してくれました。
畑は、いつの間にかみんなが集まる場所になりました。
ある日、ベベは男の子に言いました。
『ぼくは、そろそろ旅に出るよ。君はもう一人じゃない。ぼくがいなくなっても大丈夫だよね』
すると、男の子が言いました。
『ぼくも一緒に行くよ。ぼくも広い世界を見てみたい。そして、友達をたくさん作りたい』
ベベと男の子は、一緒に旅に出ることにしました。留守の間、畑の世話はたくさんの友達がしてくれます。
『行ってきます!』『行ってらっしゃい!』
男の子は、畑が嫌いなわけではありません。畑は、おじいさんから譲り受けた大切な物です。
旅先で、新しい種を手に入れて、畑で育ててみたいとも思っています。
ただ、もっと自由にいろいろなことがしてみたかったのです。畑以外のことを考えてみたかったのです。
これからの暮らしが楽しみでした。たいへんなことも辛いことも、乗り越えていける気がしました。
ベベが、夢と希望と友達を連れてきてくれた……と、男の子は思いました。
……おしまい!」
拍手の音が、波のようにゆっくりと押し寄せてきた。それと同時に、人々の求める自由や夢のイメージがわたしの頭に届けられた。ベベのように男の子のように生きてみたいという強い想い……。
わたしは後ろにある神殿の池からも、一つの思念が送り届けられていることに気づいた。
(ミンナヲ ツレテ イカナイデ……ナンデモ アゲルカラ ツレテイクノハ ヤメテ……)
神殿の池の水が大きく盛り上がった。そして、水中から何かが押し上げられて来た。
「危ない!」
キネヅカさんとテラドマリさんが、駆け寄って来て、わたしとモリエちゃんを突き飛ばした。
わたしたちがいた場所に、水がうねりながら溢れて広がった。
わたしたちは、人々と共に階段を上がり、水から逃げるように広場の端へと移動した。
溢れた水の中には、随行員の二人が倒れていた。そして、二人の周りには、例の石がたくさん転がっていた。
「おお!!」
叫び声を上げながら、広場の奥からフォーゲルザング評議員が、駆け下りて来た。
そして、随行員の二人には目もくれず、水の中の石を拾い始めた。
キネヅカさんとテラドマリさんが、随行員たちを引きずるようにしながら広場の奥へと運んだ。
評議員に近づこうとするエルケさんとディルクさんを、ドウガシマさんが止めていた。
評議員は、石を拾いながら神殿に入り、どんどん池に近づいていった。
「この池か! ここに、石が沈んでいるのか? ここに……」
服が濡れるのもかまわず、評議員は両手を池に差し入れ、激しく水をかき混ぜ始めた。
池から溢れていた水が引き始めた。池の方を向いている評議員は、水の動きに気づかない。
「う、わああっ!!」
水は大きな波を作り、評議員の体を巻き込むようにして、池の中へと連れ去っていった。
広場にいた人々は、息を詰め見守っていたが、やがて、一人二人と次々に跪き、祈りの言葉を唱え始めた。
たぶん、初めて見た「神」の荒々しい振る舞いに、恐れを抱き、許しを請うているのだろう。
違う……。そういうことじゃないよ……。
わたしは、足下に落ちていたぬいぐるみを拾うと、モリエちゃんの制止する声も聞かず、階段の所まで走った。そして、池に向かって力一杯叫んだ。
「みんなを怖がらせないで! 水を枯らせて困らせるなら、みんなを連れてこの星を出て行くわよ! みんな、あなたを置いて、もっと自由に暮らせる場所に行ってしまうわよ! それでいいの?!」
池の水面が、微かに波立ち波紋を広げた。そして、わたしの頭にメッセージが送られてきた。
(ワカッタ コワガラセナイ……ココニイテ イツマデモイテ……オイテ イカナイデ)
小さな子どものようだった。いや、実際にそうなのかもしれない。この集合生命体は、もしかすると短い期間で、常に新陳代謝を繰り返しているのかもしれない。それならば、その意識が幼子のようでも不思議はない。
わたしは、ぬいぐるみを抱えて、神殿の奥へと進んだ。
「あなたは、『神』じゃないわ。『友達』なの。友達は助け合うものよ。これからも一緒にいたいのなら、みんなともっと仲良くしなさい。そして、みんなを助けてあげなさい。あなたが優しくすれば、みんなあなたを見捨てたりしないわ」
わたしは、池の縁に近づき、ぬいぐるみを池に浮かべた。池が小さく泡立ちながら、ぬいぐるみを引き込んでいった。笑い声が聞こえた気がした。無邪気な可愛い笑い声が――。
やだっ! しまった! フォーゲルザング評議員を取り戻すのを忘れていた。もう、しょうがないわね!
池に向かって、極々小さな声で呼びかけた。
「お願いがあるの。さっき飲み込んだおじさん……、あなたが扱い易いように、良い心根に変えていいから、すぐに返してちょうだい。きっとこの先役に立つと思うから。」
ふるふると水面が揺れた。わたしは、後ろに下がり階段の手前で、水が盛り上がるのを待った。
ゆっくりと水が溢れ、フォーゲルザング評議員が吐き出されてきた。
その手には、小さな石が一つだけ握られていた。
(コレデ イイノ……シモキタ……)
「ええ、これでいいわ。よくできました!」
静かに水が引いていき、やがて、水面はぴくりとも動かなくなった。
ドウガシマさんとディルクさんが走ってきて、評議員の体を抱えて政庁の建物の方へ運んで行った。
いつ来たのか、わたしの隣にはモリエちゃんが立っていた。そして、その隣にはエルケさんがいた。
二人とも、うっすら涙を浮かべて微笑んでいた。また、心配かけちゃったわね。
跪いた人々の祈りが、許しを請うものから、いつの間にか変化していた。
「……シモキタ……シモキタ……シモキタ……シモキタ……」
人々の喜び、感謝、信頼の思いが、温かくわたしを包んでいた。
アンザイさ――ん! わたし、なんだか「神」をやりきれたみたいですよ――!!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この後、最終話を投稿します。
お付き合いいただければ幸いです。