⑧神様に物語を届けます! お供え物はドーナツです。
閲覧ありがとうございます。
本日三話目の投稿です。
エルケさんの部屋の前。
インターフォンのモニターのエルケさんの顔は、少し疲れているように見えたが、すぐにドアを開けてくれた。
小さなリビングスペースとベッドルームという間取りだ。リビングの小さなソファに置かれたぬいぐるみ以外、特別な装飾もない。テーブルの上には、星間連合共用語を学習中の端末が置かれていた。勉強熱心な人だな。
二人並んでソファに腰を下ろし、向かい合った。
さて、何から話そうかと考えていると、エルケさんが先に話し出した。
「明日、町の方へ来てくださるそうですね。ディルクから連絡がありました。ありがとうございます。みんな、とても喜ぶと思います。準備が忙しくなって、本当に申し訳ないのですが。」
わたしは、ポケットから袋を取り出し、掌に石を載せた。驚いた顔で、石を見つめるエルケさん。
初めて、間近で見た石は、小さな花のような形をしていた。セレモニーで見た、砂で染めた布のように、不思議な光を放っていた。きらきらと光っているわけではない。むしろ、内に光を閉じ込めたような穏やかな輝きだ。
「一昨日、来館者第一号として児童室に来た女性から、昨日いただいたの。きれいな石だね……。この星では、大切な物なんでしょう? 簡単には、他人に渡したりしないような。わたしが、いただいちゃっていいのかなあ……と思っているのだけど。」
「貰ってあげてください。これは、わたしたちが所有できる数少ない物の一つです。『神』に奉仕し、日々つましく暮らした証しとして、『神』から賜った物です。一生の間に、数回しか受け取ることはできません。シモキタさんに渡すことをたぶん『神』も赦したのでしょう。だから、是非受け取ってください。」
強い光を湛えた錆色の瞳で、わたしを見つめるエルケさん。でも、口元には微かな笑みを浮かべている。
「ありがとう。それなら、遠慮なくいただきます。ただ、聞いておきたいことがあるの。その……、あなた方のいう『神』とは、どのような存在なの?話せる範囲でいいから、教えてもらえないかな?」
わたしの言葉を予想していたのだろう。そして、すでに心を決めていたようだ。
エルケさんは、大きく息を吐き出すと、ゆっくりと話し始めた。
「ここでの『神』は、想像上のものではありません。『神』は実在します。『神』は水と共にあり、この星の全ての水を支配しています。
わたしたちは、定期的に『神』に捧げ物をしなくてはなりません。もし、それを怠れば、『神』は水を隠し、わたしたちは乾きや病に苦しむことになります。
捧げ物は、わたしたちが育てた作物やオアシスで捉えた小動物などです。『神』を満足させるためには、たくさんの捧げ物が必要です。わたしたちの先祖は、できるかぎり少ない物資で暮らしていけるように、長い時間をかけて、生活の仕方を整えてきました。物を共有し、エネルギーを節約し、娯楽を捨て、捧げ物を用意することにだけひたすら時間をかけて暮らすようになりました。
わたしたちは、『神』のために一丸となって奉仕する中で、いつの間にか言葉も失いました。『神』を讃えたり、その御心を慰めたり、許しを請うたりする祈りの言葉以外は。
ディルクが言っていました。図書館の訪問が決まり、みんなたいそう喜んだそうです。これまでも、星間連合からの訪問はありましたが、たいていは、訪問者をもてなすことで終わっていました。でも、図書艦は、長く忘れていた『楽しみ』というものを運んできてくれる。誰もが心待ちにしていました。
ただ、『神』の許しを得るために、大量の捧げ物を用意しなければならなかったそうです。ティーパーティーで出されたドーナツ。あれも、ほとんどの人が持ち帰り捧げ物にしたようです。『神』はとても気に入ったようで、そのおかげで昨日はたくさんの人が来館を赦されたのです。きっと今日も、オアシスで木の実を集めたり、作物を収穫したりして、明日の訪問のために奉仕していると思います。明日一日、楽しみに時間を費やすことを赦してもらうために。
『神』もまた、わたしたちの捧げ物がなければ、存在することができない身なのでしょう。だから、ときにはわたしたちに褒美を与え、すすんで奉仕する態度を育てようとします。それが、あの石です。
神殿の池に捧げ物を浮かべ、『神』がそれを沈め飲み込むのを待っていると、まるで吐き出されるように、石が水面から飛び出してくることがあるのです。それが『神』からの賜り物です。それだけは、所有が赦されます。あと、たまにですが、たくさんの魚が吐き出されることがあります。それは、みんなで大切に分け合います。骨や皮を材料として様々な物を作ります。賜り物ですから何一つ無駄にはしません。
これが、『神』の真実であり、わたしたちと『神』との関係です。わかっていただけましたか?」
エルケさんの話を聞く間も、わたしの頭の中には、たくさんのイメージが流れ込んできていた。
そして、彼女が、『神』を慕いながらも、なぜか、心のどこかで憎んでいるということが伝わってきた。
「わかったわ……。あなた方と『神』は、長い時間をかけて共存関係を築いてきたのね。決して恵まれているとはいえない自然環境のこの星で。たいへんな苦労があったのだと思う。捧げ物を怠ると、水を隠されると言っていたけれど、例えば、『神』が怒りを表すようなことはあるの? その……、『神』を軽視したり、粗末に扱うようなことをしたりする人がいたとして……」
わたしの言葉に、エルケさんが目を見開いた。唇が小さく震えている……。思い当たったようだ。
オアシスを目指す随行員たち…。溢れうねる水……。逃げ惑う彼らを飲み込む『神』の水……。
「まさか……、まさか彼らは……」
両手で顔を覆い、屈み込むエルケさん。震える体を、優しく抱きかかえる。
恐れと、怒りと、悲しみと、後悔と……。様々な感情が大きな渦となり、彼女を飲み込もうとする。
わたしは、彼女を抱く手に力を込めて、そっと囁く。
「大丈夫。あなたのせいじゃないよ……。」
どれだけ、そうしていただろう。ようやく、落ち着きを取り戻し、わたしの腕の中でゆっくり体を起こしながら、エルケさんが言った。
「池に入り遊んだり、池の底を探ったりして、『神』の怒りに触れ、飲み込まれた人がいると聞いたことがあります。たぶん、ずっとずっと遠い昔のことです。そういう人は、しばらくするとどこかの池から吐き出され、戻って来たそうです。体に変わった様子はなかったのですが、すっかり心根が変わり、その後は、人一倍奉仕に努めたそうです。
でも、これは言い伝えです……。わたしたちは、誰もそんな不遜な行いをしませんから……。もし、あの人たちが、戻ってこなかったら……」
そうか……。洗脳されて戻ってくるのか。『神』だから、命を奪ったりはしない。熱心な奉仕者に作り替えて、一生自分に尽くさせるわけだ。慈悲深いのか、傲慢なのか、『神』だけあってなかなかにしたたかだね。
それならば、随行員たちもじきに戻ってくるだろう。しっかり『神』に洗脳されて。
まあ、もっと洗脳された方がいい人が、もう一人残っているのだけど……。
「不安だけど、『神』を信じるしかないわ。ひたすら慈悲を請い奉仕を約束すれば、きっと願いは届くと思う。明日は、岩窟都市の神殿の前で読み聞かせをすることになっているの。『神』の心にも届くように、そして、二人を戻してもらえるように、心を込めてお話させてもらうわ」
もう一度、エルケさんを勇気づけ、わたしは彼女の部屋を出た。さて、これからどうするかな……。
やだ……薄暗い通路の先に誰かいる……。なんだ、館長だ。ずっと、待っていたのかしら。
もう、髪の毛は、ぐしゃぐしゃではないけれど、ちょっと心配そうな顔をしている。
見くびらないでよね。しっかり役目は果たしましたよ!両手で頭の上に大きな円を作ってみせる。
あら、わざとらしく胸をなで下ろした。今度は、館長が同じように円を作っている。そして、わたしの部屋の方を指さしている。えっ? 何? 近づこうとしたら、音も立てずに走って逃げて行ってしまった。何なの!
首を傾げながら自室に行くと、ドアの前にトプカピ堂のドーナツがたっぷり入った袋が置いてあった。
そうだ! 夕食を食べ損ねていたのだっけ――。ドーナツを見たら、急におなかが空いてきた。
袋には、手書きのメモが一枚。
― お疲れ様 詳しい話は明日の朝7時艦長室で 艦長より―
いや、今は館長でしょう?
訪問四日目の朝。
食堂でミールボックスを調達し館長室を訪ねた。インターフォンの前に立っただけで、すぐにドアが開いた。
館長室には、館長の他に、ドウガシマさん、キネヅカさん、モリエちゃん、そして、警備部のテラドマリさんが集合していた。これに、エルケさんを加えたメンバーで、岩窟都市へ出かけることになっている。
あと、もう一人、連れて行くべき人がいるけれど、どうしたら連れていけるかなあ。
わたしは、昨晩エルケさんが話したことを、できる限り思い出し、丁寧に伝えた。
「神」と人との不思議な共存関係には、誰もが驚いたようだったが、館長は何か思い当たる節があったらしく、わたしの話が終わるとすぐに話し始めた。館長ったら、完全復活した感じね。
「要するに、評議員たちは、この星の最も上位に位置する種族を間違えていたってことさ。この星は、『神』が支配している星なんだ。極端な言い方をすれば、エルケさんたちは、『神』に飼われているにすぎない。
どうしても、自分たちに似た形態の種族を交渉相手に選びがちだが、それはある意味傲慢なことなんだ。宇宙には、我々の想像を遙かに超えた形状の知的生命体が存在する。
テラドマリくん、君は、『神』を見たのだろう? その正体をどう考える?」
テラドマリさんは、トドロキさんと同じぐらいの年齢で、以前は辺境の宙域保安隊にいたそうだ。本部で行われる採用試験に合格して、ニューアレキサンドリア号に配属された。ほっそりとした感じの人だが、特殊な柔術の使い手であるらしい。半径二メートル以内に近づかない方が良さそうね。
「有機体には違いないと思います。捧げ物を分解して、水を生成したり自身のエネルギー源としたりしているではないでしょうか。池からあふれ出た水の動きはとても複雑で、それでいて滑らかでした。巨大な一つの個体というよりも、無数の小さな個体が集合し、自在に形態を変えながら、水と一体となって動いていたように思えます。
ときどき吐き出される魚は、もしかしたら、『神』が飼育しているのかもしれませんね。非常時は自分の栄養源にもなるでしょうから。そうであるなら、『神』はそれなりの知能をもっていると考えられます」
「さらに言うなら……」
話を引き継いだのは、キネヅカさんだ。彼女もオアシスで『神』を見ている。
「全ての池は、地下の水脈で繋がっているではないでしょうか? 『神』が自由に移動して、水を枯らしたり溢れさせたりするためには、そういう構造が必要だと思います。
随行員たちは、飲み込まれた池の中には見当たりませんでした。『神』が地下の水脈を使って、どこかに移動させたと考えれば辻褄が合います。エルケさんの話でも、飲み込まれた者は、必ずしも同じ池に戻るというわけではないようでしたし」
二人の話を頷きながら聞いていた館長は、「さて」と言いながら立ち上がった。
「我々がすることは二つだ。一つは、『神』を宥め喜ばせ、随行員の二人を解放させること。もう一つは、『神』を新たな交渉相手として、例の石の取引を成立させること。もちろん評議員抜きで。
それには、エルケさんやディレクさんにも、協力してもらう必要がある。シモキタ主任司書、ミヤノシタ司書(※モリエちゃんのことです)、今回も君たちの出番だ!よろしく頼む」
それから、わたしたちは、ドウガシマさんの指示に従い、岩窟都市でのお話会兼随行員救出作戦兼『神』との取引交渉の準備に移った。三分の二は図書艦の仕事ではないと思うが、まあ、いつもこういう流れなのよね。
その二時間後。
急遽用意した『ベベのぼうけん』の大型絵本とぬいぐるみ、体験コーナーの道具や材料を大きなコンテナに収め、反重力車に積み込んだ。車にはわたしとモリエちゃん、そして運転担当のテラドマリさんが乗車する。キネヅカさんは、反重力バイクで行くことになった。
そして、ドウガシマさんが運転するもう一台の反重力車には、エルケさんとフォーゲルザング評議員が乗っていく。エルケさんが、随行員の二人の行方について、岩窟都市の政庁にも調査を頼もうと思うと伝えたところ、評議員も同行すると言い出したのだ。
車に乗ったまま、直接岩窟都市まで移動するので、防護服の着用は強制されなかった。
乗降口には、館長と警備部の人たちが手伝いに来た。
「館長。こんなにコレを積み込まなければ、キネヅカさんもこの車に乗れるんじゃないですか?」
わたしは、助手席やわたしとモリエちゃんの間に、ぎっしり積まれたトプカピ堂のドーナツの箱を指さして言った。『神』への捧げ物にするといって、館長が食堂から集めてきたのだ。
「これぐらいたくさんトプカピ堂のドーナツを供えれば、『神』だって願いを聞き届けてやろうって思うさ。まあ、これを全部食べたら、『神』といえどもさすがに胸焼けがして、随行員の二人をゲッと……。」
「そんなこと考えていたんですか?」
「そういうこともあるかなあっと……」
「もういいです!」
わたしと館長のやりとりを、モリエちゃんがクスクス笑って見ている。
「そろそろ出ます。」
テラドマリさんが、声をかけると、館長が車を離れた。
本当は、自分が行って解決したいのだろうが、館長は艦長だから図書艦を留守にできない。
館長がちょっと表情を引き締め、ドウガシマさんに目配せする。ドウガシマさんも小さく頷く。
岩窟都市に向かって、わたしたちは図書艦を出発した。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今夜、残りの二話を投稿し、全十話で完結します。
お付き合いいただければ幸いです。