⑤初日は大盛況! ただ、お礼にスゴイ物をもらったらしいです。
閲覧ありがとうございます。
本日はこれで終わります。
モリエちゃんと二人、カウンターに座っていると、来館者第1号がやってきた。
母親らしき女性と小さな男の子と女の子の三人連れだ。3人とも、エルケさんによく似た砂色の髪に錆色の瞳をしている。この星では、一般的な髪色、瞳の色なのかもしれない。
天然繊維でできていると思われる、生成り色の布を何枚も重ねたようなデザインの服を着ている。
強い日差しを避けながらも、風通しを考えたデザインのようだ。服は、足首近くまで体を覆っており、足には何かの皮でできた靴を履いている。
ホールで見た代表者の人たちも、同じような格好だった。ただし、あちらは少し手の込んだ立体刺繍やカットワークが施されたマント状の物を身に付けていたが。
子どもたちは、入り口に置いたぬいぐるみにはしゃいでいた。声は聞こえないが、顔をほころばせ、ぬいぐるみに頬ずりしたり、高い高いをしたりしているから、喜んでいるのだと思う。
母親らしき女性が、困惑した表情でわたしたちの方を見るので、「大丈夫」の意味で、にっこり笑って何度か頷いて見せた。
女性は、安心した表情になり、子どもたちを促して児童室に入って来た。子どもたちは、お気に入りのぬいぐるみをしっかり抱え、目を輝かせながら展示台に並べた絵本を見ている。
モリエちゃんが素早く立ち上がり、子どもたちの所へ移動した。
はじめは一緒に絵本の表紙を見ながら、ゆっくりと表紙を開く。子どもたちの表情に注意しながら、ページをめくっていく。途中からは、子どもたち自身にページをめくらせ、一緒に驚いたり喜んだりしながら、絵本を楽しんでいた。
母親らしき女性の方は、布小物作りに興味をもったようだ。髪飾りの見本を手に取り眺めていた。
実際に髪飾りをつけているモリエちゃんの方を指さすと、使い方がわかったようで、今度は布選びを始めた。
選んだ布を女の子のところに持って行き、髪に当てて見比べている。ようやく一つに決め、作業机に戻ってきた。机の上には、作り方を図示したシートが置いてある。材料や道具も示してあるので、これを見ればだれでも作れるはずだ。
しかし、来館者第1号様への特典として、彼女には、わたしが一緒に作りながら教えることにした。わたしの手元を見せ、真似をさせながら、少しずつ作業を進めていく。
一通り絵本を楽しんだ子どもたちが、作業台をのぞきに来る頃には、髪飾りは完成し、女性の手で女の子の髪につけられた。わあ、すごくいい感じじゃない?
あっ! まただ! 達成感……感謝……。幸福感……感謝……。可愛い……感謝……。どんどん、わたしの頭に流れ込んでくる。
女性が、わたしをじっと見つめている。わたしは、敢えて声に出して言ってみた。
「良かったですねえ。この子にぴったりの素敵な髪飾りができて。とっても似合っていますよ。可愛いです!」
すると、女性が嬉しそうにわたしに笑いかけ、女の子の頭を優しく撫で始めた。
何か……通じた? いや、まさかね。アルと同じで、わたしの表情から読み取ったのよね。たぶん。
気がつくと、児童室の中は、たくさんの子どもたちと付き添いの大人たちで大賑わいとなっていた。
どの子もぬいぐるみを抱え、絵本を手に取り、ソファやマットの上で自由に読んでいる。
ぬいぐるみを取り合う子たちがいて、モリエちゃんが、よく似たぬいぐるみを差し出して仲直りをさせていた。
大人たちは、先ほどの来館者第1号の女性と女の子を見ながら、端布を選びどんどん作業を始めていた。
来館者第1号の女性が、先生になってくれてみんなに教えている。よく見ると男性も混じっていて、大きな手を器用に動かしながら、布を切ったり貼ったりしている。とても微笑ましい光景だ。
子どもたちが少し退屈してきた頃、わたしは、「キコーネくん」を出してきた。
今日は、翻訳装置は必要ない。絵を見せながら、わたしが星間連合共用語で勝手にお話をする。
絵を見て楽しんでもらえばいい。
モリエちゃんが、ハンドベルと「ベベ」と名付けたぬいぐるみを持って、わたしの隣りに座る。
今日のお話は、『ベベのぼうけん』だ。ぬいぐるみのベベが主人公の冒険物語だ。
山に登ったり、洞窟を探検したり、不思議な石を拾ったり、怖い夢を見たり、ベベの冒険は続いていく。
冒険の後には、必ず仲間が加わり、ひとりぼっちで冒険していたベベが、最後にはたくさんの仲間と一緒に行動するようになる。ラストでベベは、仲間たちと大きな家を建てみんなで仲良く暮らすことになる。
モリエちゃんは、ベベのぬいぐるみを手で動かしながら、ベベのセリフを言う。
子どもたちは、「キコーネ君」を見つめたり、ぬいぐるみのベベに目をやったりしながら、わたしの読み聞かせから、何かを受け止めようとしているようだ。
髪飾りを完成させた大人たちも、子どもたちの後ろに立ち「キコーネくん」を見ている。
驚いたり、にこにこしたりと、子どもたちはみんな表情豊かだ。ベベがピンチになると、ぬいぐるみを振り回して応援する子もいる。冒険を終え、大きな家の大きなベッドでみんな一緒に眠るシーンでは、どの子もうっとりとした顔で座っていた。
―― パチパチパチパチ……。
突然の拍手に、わたしたちとモリエちゃんは、驚いて室内を見回した。
拍手をしていたのは、いつの間にか出入り口に来ていたエルケさんだった。それを見た、大人たちが同じように拍手をし、やがて、それを真似るように子どもたちも拍手を始めた。
拍手と響き合うように、何かがまた、わたしの頭に押し寄せてきた。
感動、感謝、喜び、発見、満足感……。何度も何度も波のように、わたしに送り届けられてくるイメージ。
やがて、それらは一つに溶け合って、大きな幸福感でわたしを満たした。
こうして、エルケ星での1日目の業務が終わった。
明日に備えて、ぬいぐるみを追加したり、手作り体験の材料を補充したりする必要があった。
どうしてもぬいぐるみを返そうとしない子がいて、結局、持ち帰り自由ということにした。その結果、ほとんどの子がぬいぐるみを欲しがり、一つずつ持ち帰ったため、ぬいぐるみが半分になってしまったのだ。まだ、ストックはあるが、先のことを考えると、もう少し作っておいた方がいいだろう。
夕食をミールボックスにして、ぬいぐるみ作りを続けていると、来館者を送っていったエルケさんが、児童室を訪ねてきた。冷静な彼女にしては珍しく、少し頬を紅潮させながら、興奮気味にわたしに話しかけてきた。
「シモキタさん。今日は、ありがとうございました。みんな、とても喜んでいました。一般閲覧室や音声・映像資料室の企画も素晴らしかったのですが、児童室には取り分け感動したようです。子どもたちが楽しむ姿を見て、幸せを感じた人がたくさんいました。みんな感謝していました。明日は、たくさんの人が来ると思いますが、大丈夫でしょうか?」
わたしとモリエちゃんは、顔を見合わせた。
そうだ。今日は、セレモニーがあったから、来館者を制限していたのだった。
明日は、そうした制限はなく、時間内ならば自由に来館できることになっている。今日とは比べものにならないくらい、たくさんの来館者があるかもしれない。作業台には、すでにかなりの数のぬいぐるみが積んであったが、これでも足りないかもしれない。
エルケさんに、正直に現在の状況を伝え、ぬいぐるみが足りなくなるかもしれないと言うと、笑いながら、
「明日からは、滞在時間が長くとれるので、ぬいぐるみ作りのコーナーを作ってはいかがですか? 作り方がわかれば、きっと自分で作ろうとする人もいます。材料や作り方の説明は用意できますか?」
と言われた。もちろん、できますとも! 作業を中断し、エルケさんにも手伝ってもらいながら、倉庫から布やら糸やらをどっさり運び出し、ぬいぐるみ手作りコーナーを増設した。
さらに、わたしたちが参考にしているぬいぐるみの本を並べたり、型紙を用意したりした。
どうしても時間がない人や大人に作ってもらえない子のために、わたしたちもできるだけぬいぐるみを準備しておくことにした。
かなり遅くまで残業することになったが、わたしたちは、とても満ち足りた気持ちだった。
自室に戻り、ベッドに倒れ込んだときには、すでに新しい1日が始まろうとしていた。
そして、訪問二日目。
大忙しの1日だった。「ベベのぼうけん」を4回も読み聞かせし、装飾用のぬいぐるみを補充し、倉庫からさらに古着を引きずり出した。昼食は午後3時を過ぎ、ぬいぐるみ手作りコーナーを指導し、そうして、ようやく閉館時刻の4時半を迎えた。最後の来館者を見送り、児童室の出入り口に閉館サインを出す。
「お疲れ様!今日は、5時には終わって、きちんと食堂へ夕食を食べに行こう。明日は、休館日だから、ゆっくり体を休めて明後日に備えなくちゃ。本当に、この2日間はきつかったよね」
わたしは、大きく伸びをしながら、モリエちゃんに言った。モリエちゃんも、肩をもみながら、いつになく疲れた様子で答えた。
「大盛況でしたね。昨日来館した人が、みんなに伝えたんですかね? このままだと、明後日は入場制限することになるかもしれませんね」
「本当だね」
しょぼつく目を擦りながら、大急ぎで業務日報の記入を済ませた。これにてお仕事完了!
エプロンを外し、たたもうとしたとき、ポケットに何か固い物が入っていることに気づいた。
ああ……。思い出した。昨日の来館者第1号の女性が、今日は一人で来館して、小さな布袋を渡してきたのだ。
わたしの手を取り、包み込むようにして持たせてきたので、そのまま受け取ってしまったのだった。
まさかとは思うが、もし危険な物質だったら大変だ。どうしようか?
「モリエちゃん。先に食堂へ行っていてくれる? ちょっと、相談したいことがあるから警備部へ行ってくる」
「わたしもついていっていいですか? 一人で食堂で待っていてもつまらないですから」
「そうだね。……じゃあ、一緒に来て」
5時を待ち、二人一緒に児童室を出て、警備部に向かう。
警備部は、まだ、人が出入りしていて忙しそうだ。
ちょうど出てきた人に声をかけ、ドウガシマさんに取り次いでもらう。許可が下りて部屋に入る。
ドウガシマさんは、いつもと同じ穏やかな態度で、わたしたちをソファに招きながら言った。
「どうしました? 今日は来館者が多くて、ちょっとしたトラブルがいくつかあったのですが。児童室でも何かありましたか?」
わたしは、ポケットから袋を取り出し、事情を説明した。何も聞かされていなかったモリエちゃんは、驚いた顔をしていた。ごめんね。
ドウガシマさんは、袋を受け取ると、警備部所属の科学検査技師さんを呼び何か耳打ちした。
技師さんは、袋をトレイに乗せ、奥の部屋へ入っていった。
今日の来館者の様子や忙しさなどについて話していると、先ほどの技師さんが、透明なケースの中に何か小さな物を入れて戻ってきた。そして、ドウガシマさんの耳元で二言三言説明した。ドウガシマさんの目付きが険しくなった。
ドウガシマさんは、わたしたちの方に向き直ると、
「ちょっと、わたしの判断では、結論を出せない事態となりました。これから館長にきてもらいますので、少し、ここでお待ちいただけますか?」
そう言って、館長に連絡をとるため艦内フォンを手に取った。何かとんでもない物を貰ってしまったらしい。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次の投稿は月曜日です。残り半分を投稿して、完結する予定です。
お付き合いいただければ幸いです。