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④ついに到着! しかし、館長が少し心配です。

 閲覧ありがとうございます。


「ちょっと、すまん」


 そう言って、後ろを振り返りながら児童室へ入ってきた艦長は、カウンターを通り過ぎ、奥にある倉庫の方へ駆け込んでいった。はっ? 何、何が起きた?

 わたしたちが首を傾げ、顔を見合わせていると、評議員の随行員さんの一人が、早足で児童室の前を通り過ぎていった。探している? 艦長を?


 しばらくすると、随行員さんは戻ってきて、きょろきょろと各部屋をのぞき込みながら、もと来た方へと帰って行った。倉庫の入り口の陰から少しだけ顔を出した艦長に、そのことをジェスチャーで伝える。

 わざとらしく胸をなで下ろしながら、艦長が倉庫から出てくる。3人で、艦長を取り囲む。


「何やっちゃったんですか? 艦長。」

「何もやってない。何もやってないから、追いかけられているんだと思う。」


 モリエちゃんの質問に、ちょっとふて腐れたような態度で艦長が答える。


「出発前に役員どもに頼まれたんだよ。到着したら、開館セレモニーみたいなことをやってくれって。むこうの代表者との友好の品の交換とか、親善ティーパーティーとかを評議員が希望しているから、きちんと準備をしておくようにって言われていたんだ。

 でもなあ、そういうのは得意じゃあないし、それにあの人みたいなタイプちょっと苦手だし……。今日になって、評議員から進捗状況を聞かせてくれって言われて、それで、ちょっと……。」

「すみません。……義父が余計なことをお願いして。」


 何で? 何で、エルケさんが謝っているの?

 頼まれたことから逃げていた艦長が悪いでしょうが! セレモニーが得意じゃない? 評議員が苦手?

 子どもかよ!

 ここは、きちんと言ってやらないと! わたしは、艦長の真正面に立ち、子どもを諭すようにゆっくり言った。


「艦長。友好の品は、たぶん、評議員が準備されていると思いますよ。もともとご自分が望まれたことなのですからね。こちらが心配することはないと思います。ティーパーティーは、お菓子はトプカピ堂のドーナツがたくさんあるし、お茶は、レッシェンさんからせしめた例の最高級の茶葉をお持ちですよね? それで大丈夫でしょう。

 挨拶はごく短くていいんです。エルケさんの通訳が必要なんですから。むしろ、長い挨拶は迷惑です。『初めての図書艦を楽しんでください!』ぐらいで十分です。さっさと行って、きちんと評議員とお話しして、艦長としての威厳を保ってくださいね」

「わ、わかった。わかったよ。シモキタ主任司書、君、主任司書になって、何だか堂々としてきたな」

「いいえ。わたしはこれまでも堂々としていました。どなたかと違って、この身にやましいところはありませんので!」


 艦長は、大きなため息を一つついて、児童室を出て行った。

 たぶん、ここに来る前に、警備室へも顔を出しているはずだ。これまでなら、ドウガシマさんたちに言いたいことを言って、その後上手に宥められて部屋に戻っていた。

 しかし、キネヅカさんがいる今はそうはいかない。インターフォンに映った途端に、キネヅカさんに問い詰められて、部屋にも入れてもらえなかったのだろう。もしかしたら、出禁になっているのかも……。


 まあ、それもいい。艦長は艦長らしくあるべきだ。今回のように外部の人が同行しているときは特に。

 それが、図書艦の地位の向上や役割の評価に繋がるんだぞ! 頑張ってよ、艦長!


 ―― パチパチパチパチ……。


 モリエちゃんが拍手している。エルケさんは、ぬいぐるみを愛おしそうに抱えたまま、美しい錆色の眼を見開いてわたしを見ている。やだ! わたしったら、腰に手を当てて仁王立ちしている。可愛いエプロン姿なのに。


 その後、モリエちゃんとエルケさんを食堂へ行かせて、わたしは、一人児童室のカウンターに残った。

 さっき、エルケさんは、ぬいぐるみをとても気に入ったように見えた。

 そして、あの幸福感に満ちたイメージ。エルケさんは自覚がないようだったけれど、あれは、エルケさんから溢れたイメージに違いない。モリエちゃんは、何も感じていないようだった。なぜ、わたしは受け取ることができたのだろう?


 戻ってきたモリエちゃんに児童室を頼んで、わたしも食堂へ来た。エルケさんは、昼食後、モリエちゃんと別れて別の場所の見学に行ったという。


「エルケさん、ぬいぐるみをあのまま持って行っちゃったんですけど、いいですよね? たくさんあるから。」


と、モリエちゃんに言われて、ぬいぐるみを渡したままだったことに初めて気づいた。そんなに、気に入ってしまったのか。もちろん、かまわない。足りなくなったら作ればいい。古着のストックだってたくさんある。

 ぬいぐるみねえ……。


「シモキタさん。そこ、空いている?」


 両手でトレイを持ち、わたしの向かいの席をあごで指しながら話しかけてきたのは、一般閲覧室の主幹司書のアンザイさんだ。トレイの上には、わたしと同じ「今日のおすすめ」が載っている。クリームチーズソースで和えたフレッシュ野菜と燻製ソイミートのガレット、そして、ファイアー・フルーツのパイ。フレッシュ野菜が大盛りになっている。

 「空いていますよ」というと、テーブルにトレイを置き、腰を下ろすや否や、薄紫色のサングラスをきらりと光らせながら聞いてきた。


「シモキタさん。アルフレートさんが、あなたと一緒に住んでいるっていう噂を聞いたのだけど、本当?」


 えっ? その話?! うわあ……。確かに何回か一緒に出勤したことはあった。でも、偶然チューブで出会った風を装って本部には行っていたし、本部の玄関に入ったら別れ別れだったし……。アルが手を振って困ったのは、艦長と会ったあの日だけだし……。誰かに見られた記憶もないのだけど……。とにかく、急いで返答しなきゃ!


「そ、そんなことありませんよ! アルフレートさんは、……艦長の所にいるんです! かなり広いお宅で、爺やさんみたいな人や婆やさんみたいな人もいるから、一人ぐらい増えても大丈夫なんじゃないですか? ああ見えて、けっこうお金持ちらしいし。なんか、とっても楽しくやっているみたいですよ!」

「へえ、そうなの。そういうこと。ふうん……。じゃあ、手を振った相手は、艦長ってことか……。でもねえ……。あら、ごめんなさい! 今のは、独り言……」


 やっぱり! 誰かがあれを見てたんだ。油断してたなあ……。反省、反省。早く話題を切り替えなきゃ。


「ア、アンザイさん。あのう、一般閲覧室は、どんな準備をしているんですか? そのう、エルケ星での展示とかイベントとかの内容ですけど。テーマとか決めましたか?」

「ああ、……そうそう、今悩んでいるのよね。画集や図録ばかり並べているのもどうかと思うし、映画を見せるだけじゃ図書艦らしさがないでしょう。試験訪問とはいえ、また来てみたいとか、また訪問して欲しいとか思ってもらいたいわよね。児童室は、どんな計画を立てているの?」


 ああ、良かった。仕事の話で盛り上がれば、もうアルのことを気にすることはないだろう。これで安心。

 わたしは、さっきモリエちゃんと話したことや、エルケさんがぬいぐるみを気に入ってくれたことなどを伝え、


「簡単でかわいい手芸の本を紹介して、古着を使った布小物作りの体験教室を開いたり、ぬいぐるみを主人公にしたお話を、『キコーネくん』で見せたりしたらどうかなと思っているんです。もちろん、児童室全体に、ぬいぐるみやタペストリーをできるだけたくさん飾って」


と提案してみた。

 アンザイさんは、ガレットを食べ終え、ファイアー・フルーツのパイをかじりながら、うんうんと頷いて、


「なるほどね。実用書っていうのは、いいかもしれないわ。手作りのアクセサリーとか、シンプルな刺繍とか、木工や革工芸なんかはどうかしら? 砂の星だっていうから、サンドアートの本も関心をもってもらえるかも……。

 うん。良かったわ、シモキタさんと話ができて。だいぶ、見通しが立ってきたわ。ありがとう」


と言ってくれた。よかった。何か役に立ったみたい。

 アンザイさんは、トレイを持って立ち上がると、いつものクールな視線をわたしに投げかけながら言った。


「あなたがついているなら安心だわ。次の訪問までに、アルフレートさんをしっかり仕込んで、一人前の司書として勤務できるように育ててちょうだいね。まあ、あなたたちのことは、よくわかっているし、雑音はわたしが消しておくから――。じゃあね。」


 颯爽と返却カウンターへ向かうアンザイさん……。

 えっ? はっ? 何を、どのように、解釈したのですか?

 藪蛇になりかねないから、それ以上きけませ―ん! もう!


 それからの四日間は、あっという間だった。

 1日だけ休みもあったのだが、わたしとモリエちゃんは、休日返上でぬいぐるみ作りに励んだ。

 今あるストックをエルケさんに見せて、エルケ星の子どもたちが好みそうな物を選んでもらった。

形、色合い、感触、素材などから共通点を見つけ、同じようなぬいぐるみをたくさん作ることにした。

 残った端布は、布小物作りの体験教室の材料にする。植物をモチーフにした小さな髪飾りやブローチ作りを教える予定だ。見本を作り、接着剤や付属品を用意したら準備は完了。告知のポスターもいるかな?


 図書艦が、周回軌道に入り、着陸予定時刻が近づく。

 通路を歩きながら、大きく伸びをして針仕事で縮こまった体を解す。窓からは、昼のエルケ星が見える。

 聞いていたとおりの砂の星。驚くほど深い藍色の水を湛えた湖や川が見える。所々に見える緑の塊は大きなオアシスだろう。点在する巨大な岩山群の中には、岩窟都市が築かれているに違いない。


 そろそろ児童室に戻って、着陸に備えた方がいいだろう。通路のポスターは、今日もちょっと意味深。


 ―― 「夢と希望を運ぶ 移動図書艦」

 

 そして、遂に着陸。

 初めての訪問地なので、警備部が周辺調査に出かける。その他の乗組員はしばらく艦内で待機する。


 着陸地点は、巨大な岩山の麓で、砂漠ではないが、丈の短い草がうっすらと生えただけの荒れ地だ。

 岩山の奥に岩窟都市があるとのことだが、岩山の裂け目にある狭い道を抜けないとたどり着けないようだ。


 警備部が調査から戻り、着陸地点の周辺には、特に安全上の問題はないとの報告があった。移動には、反重力系の車両を使用するようにという指示があったが、砂に覆われた星なら当然だろう。

 多少の生物の反応があったようだが、肉食獣の類いはいないとのことだ。ただ、どんなに小さくても吸血系の生物には注意が必要なので、艦外へ出るときは防護服を着用することを薦めていた。


 今日は、エルケ星から、代表者を含め100人ほどの在住民が来館する予定だ。

 例のセレモニーがホールで開かれ、ティーパーティーは双方から10名が参加し、食堂で行われるとのことだ。パーティーに参加しない人々は、児童室や一般閲覧室など館内を見学・利用し、2時間ほど滞在することになっている。子どもたちも15名程度含まれているそうだ。


 モリエちゃんと二人で、児童室の飾り付けの最終チェックをしてホールへ向かった。

 わたしたちは、ティーパーティーには参加しないので、セレモニーが終わったら、児童室で来館者の対応をすることになっている。今日は、二人とも小さなドット柄のパステルカラーのエプロンを身につけてきた。親しみやすく優しげな雰囲気を醸し出している……と思う。


「館長の挨拶、上手くいきますかね?」


 ホールへ向かう道すがら、モリエちゃんが、少し不安げに話しかけてきた。


「上手くできなくてどうするのよ。もう、3年も館長やっているのよ。こんなことで躓いていたら出世は望めないよ。そのうち、ジョシュア・マクブライトに抜かされちゃうんじゃない?」

「ええっ! 館長って、出世なんか考えているんですか? 全然そんな風に見えませんけど」


 ホールへ向かい、通路を歩く人が増えてきたので、最後は囁き声になった。館長が本気で出世を望んでいるのか、実は、わたしにはよくわからない。でも、軍から移動してきたということは、何か上の方と特別な取引があってのことじゃないのだろうか? そんな気がしている。


 ホールでのセレモニーは、無事に終わった。

 館長は、


「移動図書艦は、皆さんに夢と希望をお届けするためにやって来ました。どうぞ、図書艦を楽しんでください!」


と、ポスターの文言とわたしのアドバイスを適当に繋げて、堂々と挨拶していた。やれやれ……。


 セレモニーで、ちょっと気になったことがあった。

 友好の品の交換だ。評議員が、エルケ星の代表に贈ったのは、薔薇色の貴石から掘り出した大きな壺だ。産地が限られた石だし、大きな鉱石が発見されることは希なので、ここまでの大きさの壺は珍しい。天然石であったら、かなり高価な物だと思う。


 一方、エルケ星の代表から贈られたのは、美しい布地だった。エルケさんによると、特別な砂を使って染めた物で、光の当たり方によっては七色の輝きが見られるという。これも、大変な価値がある品に違いなかった。

 しかし、受け取った評議員は、露骨にがっかりした顔をした。感謝の言葉を述べてはいたが、受け取った品物はさっさと随行員に渡し、二度と手に取ることはなかった。


 何か、他の品物を期待していたのだろうか? わたしから見れば、二つの品物は釣り合いがとれているように思えたが、評議員は不満であったようだ。

 この後のティーパーティーの成り行きが心配されたが、それはもう、わたしたちには関係のないことだ。

 さっさとホールを退出し、児童室へ戻ることにした。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 続きは、今夜投稿します。

 お付き合いいただければ幸いです。 

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