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③いよいよ出発! 悩みながらも開館準備を始めました。

 閲覧ありがとうございます。

 本日三話目の投稿です。少し長めです。

 さあ、今夜は自宅で過ごす最後の夜だ。明日からは、しばらくの間宇宙生活が続く。図書艦の自室も快適なのだが、やはり自宅とは比べものにならない。特にお風呂はね。自宅は、きちんとお湯が使えるお風呂だもの。図書艦のカプセルバスとは違う。あれは、まあ身体清掃消毒器みたいなものだからね。


 ウキウキしながらアパートメントに帰り、部屋のドアを――、開いてる。ああ、アルが先に帰っているんだ。

 アルは、すっかりここでの暮らしに慣れたようだ。部屋の使い方も買い物の仕方も交通手段の利用の仕方も、そしてご近所とのつきあい方も、もう完璧だ。そろそろ、一人暮らしをさせても大丈夫なのかもしれない。


「ただいま、アル!」

「おかえりなさい、シモキタさん! お望み通りお風呂の用意できていますよ! すぐに入れます!」

「???」


 あれっ? いつ、アルにお風呂のこと頼んだ?


 何となくロボットは水に濡れるとまずい部分があるんじゃないかと思って、今までバスルームには近づかないようにさせてたのよね。まあ、お茶も飲むし料理もするから、そんなに危険じゃないのかもしれないけど。

 夕べ? ああ、風呂上がりに、「お風呂に入れないアルが可愛そう」とか言って、「いや、入れないことはない」とか言われて、「錆びるぞ!」とか脅かして……、うん、そんなやりとりはあったけれどねえ……。


「ねえ、アル。わたし、お風呂の準備をあなたに頼んだっけ? それとも、朝出かけるとき、そういう顔してた?」


 アルは、2回瞬きをする。


「そうじゃありません。今から15分42秒前に、突然、わたしはお風呂の準備をするべきだと判断しました。シモキタさんの顔を見なくても、それが最適だと考えました。ごめんなさい。間違っていましたか?」

「いや、そういうことではなくて……」


 15分前か。チューブに乗りながら、「自宅のお風呂が最高!」って、考えていたときかなあ?

 でも、考えただけで、何か伝えたわけでもないのよねえ。判断の根拠は何だろう?

 アルを混乱させると後が面倒なので、ありがたく入浴させていただくことにした。極楽、極楽。


 大満足な夕食(近頃では、アルは、わたしの嗜好に合った献立を相当数記憶している!)の後、思い切って独立の件をアルに話してみた。


「明日から、わたしは出張だし、アルはここに一人で暮らすことになるでしょう? この機会に、本部の研修センターに部屋をもらったらどうかなあ? もともと、ここでの暮らしは一時的なものの予定だったのだし、もう一人で大丈夫だと思うのだけど」


 アルは、瞬きした。……1、2、3、4、5回も!


「それは、少し考える時間が必要です。シモキタさんが出張から戻ってから決めます。シモキタさんは、今日はもう眠った方が良いと思います。今度の訪問地は大変そうですから」


 最後は、いつもの笑顔。

 なぜ保留? わたしの態度は、はっきりしていたはずだ。アルは、わたしの提案を受け入れて、明日の朝にでもここを出て行くと思っていたのに。


 ここでの暮らしに慣れ過ぎて、新しい暮らしを始めるより、利点が多いと判断したのだろうか。でも、わたしが望むことを拒否することはできないはずだ。これまでのアルならば。そういう風に作られているのだもの。

 お風呂のことといい、今の反応といい、違和感を覚えながらも睡魔に勝てず、わたしはベッドに入った。

 こういうときは、早く寝るに限る。リセット、リセット。


 翌朝、朝の挨拶も朝食の用意もいつも通りだったけれど、やたらに瞬きばかりしているアル。チューブの駅まで見送ると言うので、一緒にエレベーターに乗った。本当は本部まで来ると言ったのだけど、お断りした。

 アパートメントの出入り口で、お散歩帰りの例のおばあさんに出会ったのだが、いきなり


「どうしたの? やだ、あなたたち喧嘩でもしたの?」


と、言われてしまった。そういえば、アルは、いつもわたしの荷物を持ってくれるのに、今日は忘れている。

 おばあさんは、「仲良くしてね。お似合いなんだから」と言いながら、エレベーターに乗り去って行った。


 やだ! まさか故障? 瞬きの回数が異常なのもそのせい? 水を被った? どこに持ち込めば直せるんだろう?

 まじまじとアルの顔を見る。そして全身を素早く点検する。そんなわたしを、アルも瞬きしながら見返す。


「違いますよ! 故障ではありません! それに、わたしには自動修復機能が備わっています。心配ないです。あっ! 急ぎましょう! 次のチューブに間に合わなくなってしまう」


 そう言うと、右手にわたしのバッグを持ち、左手でわたしの右手を掴み走り出した。

 ロボットのくせに、何だか左手が妙に温かいのは、やっぱり故障なんじゃないの?


 協議会本部前は、いつになく賑やかだった。キネヅカさんは、しばらく離れることになるお子さんとの別れを惜しんでいた。ドウガシマさんの奥さんも来ている。抱えている包みは、たぶん、ドウガシマさんの好物のドライビーンズだ。館長は、今日は艦長の制服だ。協議会本部の役員に捕まり、神妙な顔で話を聞いている。


 ひときわ大きな人だかりの中心にいたのは、フォーゲルザング評議員。エルケさんはいない。マスメディアによる取材が行われているらしい。普段の出発時には、マスメディアの取材なんか来ない。やっぱり、有名人は違うのね。ここでも彼は、星間連合として辺境の発展に尽力するというような話をしている。


「シモキタさん!」

「モリエちゃん!」


 出発準備で、昨日も会っていたのだけれど、こういう状況下で出会うとなぜかとてもほっとする。

 モリエちゃんの家族は、別の惑星に住んでいるので、わざわざ見送りに来ることはない。わたしも同じ。


「あれ? アルフレートさんは見送りに来ないんですか? 久しぶりに会えるかなと思って、楽しみにしていたのに」

「アルは、お留守番。わたしが、今回の訪問から戻ったら、研修センターに部屋をもらうと思うから、本部の寮に住んでいるモリエちゃんとは、これから会う機会が増えるかもしれないよ」

「ふうん。そうなんですか。シモキタさん、ちょっと寂しかったりします?」

「そんなことないよ。研修が終わったら、アルはニューアレキサンドリア号の正式な乗組員になるんだから、児童室ではずっと一緒。二人と一台で楽しく仲良くやっていこうね!」


 わたしは、まだ話したそうなモリエちゃんの背中を押して、駐艦場へ移動するエレベーターに乗り込む。

 行ってくるね、アル。わたしの留守に、くれぐれも錆びたり壊れたりするような真似はしないでね。


 二度のワープを経て、ようやく第1206ワープステーションに到着した。

 ここからまだ、艦内時間で五日もかかる。正式な訪問地になっても、年に1回しか来られない場所だね。

 普段なら、お話会の計画やおすすめ本のポップの準備、返却予定資料のチェックなど、この移動時間にやるべきことがたくさんある。しかし、今回は試験訪問だし、図書艦というものの周知が目的だ。言葉が通じないということもあり、正直言ってやっておくべきことがわからない。見るだけで楽しい絵本や画集でも選び出しておこうか、という話になっている。

 

 一応、出発前に、「エルケ星」についての簡単なレクチュアが行われた。

 「エルケ星」は、砂漠が広がる星だ。水が存在しないということではなく、いくつかの大きな湖とそれをつなぐ川、そして、大小たくさんのオアシスもある。大きなオアシスでは、農業が行われているそうだ。

 巨大な岩に築かれた岩窟都市がいくつかあり、図書艦は、そのうちの一つの近くに着陸する予定だ。

 大気の組成は、やや酸素が薄いとのことだが、わたしたちでも問題なく呼吸できる。

 雨季と乾季はあるようだが、訪問地については、季節による気温や湿度の違いはほとんどないようだ。

 思っていたより、安全で平和な雰囲気の星のようなのだけど……。


「エルケ星の人たちって、何に関心を持っているのかな?」

「家族とか、友達とか、健康とか、そういうごく身近なことじゃないですか? エルケさんの話では、つましい暮らしを心がけ、物を大切にして生活する人々のようですよ」

「ふうん。じゃあ、……服のリメ―クとかにも興味持つかもね」


 わたしとモリエちゃんは、児童室の入り口のウェルカムボードに、カラフルな布の花を飾り付けていた。

 実はこれも着なくなった服から作った物だ。こういうことを素敵だと思ってくれる人たちだといいな。


 エルケさんは、連日様々な部署を回って、作業を見学したり質問に答えたりしている。食事も乗組員と一緒に食堂でとっていて、「エルケ星」の食事情について説明したり、食堂の献立のレシピを尋ねたりしている。


 一方、評議員の方は、乗艦以来めったに自室を出ることもなく、用があれば艦長を呼びつけて、あれこれ指示を出していたようだ。艦長もさすがに使いっぱしり扱いに嫌気がさしたのか、最初のワープ前あたりから、操艦に専念したいと言って操艦室に籠もってしまった。相当ストレスを貯めていることだろうね。

 ワープが終わり、これからは通常の航行となる。また、呼び出しが始まるかもしれない。ご苦労なことだ。


 そろそろランチタイムかなと、モリエちゃんと話していたら、エルケさんが児童室にやってきた。

 入り口で、できあがったばかりのウェルカムボードに目をとめて、嬉しそうな表情を浮かべている。


「可愛いですね。これは、布でできているのですか?」

「乗組員からいらない服を集めて、いろいろなものを作っているんです。ぬいぐるみとかタペストリーとか。シモキタさんもわたしも、こういう手仕事が大好きなので。訪問地や展示テーマに合わせて、ときどき飾りを変えるんですよ。以前作った物も、倉庫にたくさんしまってあります」


 モリエちゃんが、カウンターの隅にあったぬいぐるみを手に取りながら説明した。

 フワフワしたものは、どの訪問地でも人気がある。ぬいぐるみを抱えてお話会に参加したり、ぬいぐるみに話

 かけるように絵本を読んだりする子がどの星にもいる。

 エルケさんは、モリエちゃんからぬいぐるみを受け取り、ぎゅっと抱きしめた。あっ……。


 あの感じだ! でも、この前のイメージと違う。

 温かくて、穏やかで、笑っている。……満たされて、安心して、わたしだけの……。


 ―― ダッダッダッダッ……。 

 

 えっ? だれ? 通路を駆けてくるのは?!


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 続きは、明日投稿する予定です。

 お付き合いいただければ幸いです。

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