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⑩業務は完了しました! 館長は相変わらずですが。

 閲覧ありがとうございます。

 最終話です。

 その後の話。

 評議員たちを早く図書艦に連れ帰った方がいいだろう、というドウガシマさんの判断で、結局、体験教室などはできなくなった。材料やぬいぐるみをディルクさんに預け、欲しい人に分けてもらうことにした。


 評議員たち三人は、まだ意識が戻らなかったので、まとめてドウガシマさんの車に乗せることにし、エルケさんは、わたしたちの車で帰ることになった。キネヅカさんは、帰りも反重力バイクに乗ることになった。

 ディルクさんや政庁の人たちに別れを告げ、キネヅカさんのバイクを先頭に峡谷を抜け、わたしたちは無事に図書艦へと帰ってきた。


 館長への報告は、警備部の人たちに任せることにした。

 わたしとモリエちゃんは、紙芝居やベベのぬいぐるみなど、持ち帰ったいくつかの道具を片づけ、業務日報の記入を済ませた。昼食の時間はとうに過ぎていたが、とりあえず、食堂へ行ってみることにした。


 今日は、わたしたちが出張するので、開館はとりやめていた。児童室も、昨日から引き続き「閉館中」だ。

 モリエちゃんと二人一緒に、食堂に出かけることができた。

 案の定、ランチメニューは売り切れ。デザートのソイチーズタルトだけならあるということなので、お茶と一緒にタルトをいただくことにした。


 頑張ったわりに、ささやかなご褒美だねえと二人で話していると、料理長が大きなトレイを持ってやって来た。トレイの上には、ドーナツが山盛りになっていて、一口大に切ったフルーツや小さな焼き菓子で飾り付けられていた。随分豪勢なドーナツタワーだった。トレイをテーブルに置くと、にっこり微笑みながら料理長が言った。


「館長からです。ええと……、トプカピ堂のドーナツ万歳! とのことでした」



 その日の夕方には、随行員の二人も、評議員も、医務室で意識を取り戻したようだ。

 わたしとモリエちゃんが、ドーナツタワーのお礼を言い、少しお裾分けするために館長室を訪ねていたとき、三人がやって来た。

 へえ珍しい! 館長を呼びつけないで、自分たちから来るなんて……と思って見ていると、いきなり評議員が、館長に抱きつき、そして、彼の両手を握りしめて言った。


「オノワキ館長。本当にありがとうございました。どんなに感謝しても感謝しきれません。わたしたちは、ニューアレキサンドリア号の乗組員の皆さんのおかげで、こうして戻ってくることができました。わたしたちの軽率な行動で、皆さんにご迷惑をおかけしたことを深くお詫びします。

 石に魅せられ、虜となり、欲望を抑えることができず、わたしたちは水に捉えられました。皆さんが命をかけて、わたしたちを救出してくださったとエルケから聞きました。

 石は、つましく生きてきたこの星の人々が、自分たちのために役立てるべきものです。わたしは、エルケとともにディルクさんや政庁の人々と協力し、彼らが対等な立場で石の取引を行えるように、力を尽くしていきます。異論を唱える者がいるかもしれませんが、わたしは今後の人生とわたしの財産の全てをかけて、この事業に取り組む所存です」


 評議員は、最後には目に涙すら浮かべていた。随行員の二人も、うつむき腕でしきりに涙をぬぐっていた。


 あの子ったら……、本当にこの人たちの心根を変えてしまったんだ。この星のために尽くすように。

 もう、良くない心根の人をまとめて連れてきて、この星の池へ全員放り込んじゃえ! みんないい人に生まれ変われるかもしれないわよ!

 評議員は、まだまだお話を続けたそうだったので、わたしたちは静かに館長室から退出した。

 館長は、縋るような目でわたしたちを見ていたけれど……ごめんなさい、無視!


 二人で、エルケさんの部屋を訪ねた。先ほどの、ドーナツタワーをこちらにもお裾分けにきたのだ。

 用件を告げると、エルケさんは大喜びでわたしたちを招き入れてくれた。

 わたしは、気になっていたことをエルケさんに尋ねた。


「エルケさんは、これからどうするの? また、この星に戻ってくるの?」


 エルケさんは、小さく首を振った。


「わたしは、義父に感謝しています。ここからわたしを連れ出してくれたのですから。この星を離れたわたしは、『神』を恐れながらも憎むようになりました。わたしたちをこの星に縛り付け、言葉を奪い、生きる楽しみすら忘れさせた『神』を恨んでいたんです。

 義父の考え方には、賛成できないところもありましたが、この星を変えて欲しいとは思っていました。先ほど、目覚めた義父に会いに行って、この星のために力を尽くすという決意を聞きました。これからは、心から尊敬し、彼の仕事を手伝っていけると思います。ここに残るディルクと協力しながら、石の取引を通してこの星を豊かで自由な星にします。それが、今のわたしの夢です。

 それもこれも図書艦の皆さんのおかげです。ありがとうございました。」


 わたしたちに向けられた錆色の瞳は、以前よりずっと強い輝きを放っていた。


「大丈夫ですよ。辛いことがあっても、乗り越えていけます。だって、わたしには、お守りができましたから。たぶん、この星のたくさんの子どもたちにも……」


 そう言って、エルケさんは、ソファの隅に置かれていたぬいぐるみを抱えた。


 そして、訪問五日目。いよいよこの星を離れる日だ。


「えっ? 貸し出しをしていいんですか?」 


 開館の準備をしていた児童室に、館長がやって来た。この後、一般閲覧室にも行くという。

 わたしとモリエちゃんが、吃驚してたずねると、ちょっと困った顔で館長が答えた。


「まだ、正式な訪問が決定したわけではないから、だめだって言ったんだが、フォーゲルザング評議員が、経費は全部自分が負担するから、貸し出しをしてくれって言うんだよ。

 貸し出し用の本型端末を、できる限り用意しておいてくれ。貸出期限は……2年後ぐらいに設定しておく。評議員は、戻ったら、本部の正式訪問地の決定会議にも出て、後押しするとも言っていた。

 心根は変わったかもしれないが、あの人のエネルギーは変わらないんだよなあ。参ったよ!」


 「じゃ、よろしく」と言って、館長は一般閲覧室へ向かった。結局、お金持ちのパワーに振り回されている。


 貸し出しすることは、かまわないのだが、ちょっと困っている。試験訪問で貸し出しの予定がなかったので、貸し出し用の端末を少ししか積んでこなかったのだ。倉庫の中に、少し古めの物が五十台ぐらいはあるだろうか?

 あるだけ出して、借りられなかった人には謝ろう。もしかすると、意外に早く再訪することになるかもしれない。評議員が、本部の役員の首を縦に振らせることができればね――。


 開館と同時に、たくさんの人がやって来た。

 館長が、貸し出しが可能になったことをディルクさんに伝えておいてくれたらしい。

 みんな借りる気満々だ。カウンターの作業が忙しく、今日は読み聞かせは中止することにした。

 カウンターに長蛇の列ができたが、そこで、大きな問題が発生した。モリエちゃんが叫んだ。


「シモキタさん! 利用者登録どうするんですか?! みなさん、名前がないんですよ!」

「ええっ!!」


 そうだった。エルケさんやディルクさんのように、留学生として便宜上の名前をもらった人は特別で、この星を出たことがない人は名前を持たない。名前がないのに、利用者登録はできません!

 どうしようかと、二人で固まっていたところに、エルケさんが顔を出した。

 事情を説明し、一人一人名前が必要であることを話すと、


「では、とりあえず、何か好きな名前を自分で決めてもらいましょう」


と言って、貸し出しを希望する人にそのことを伝えてくれた。みんな困った顔をしている。

 そりゃあそうだろう。そもそもどんな名前があるのかもわからないのだから。選べるはずもない。

 すると、一番前にいた小さな女の子が、可愛い声で呟いた。


「シモキタ!」


 えっ? 何? 何て言った?

 女の子の言葉を聞いた他の人たちも、次々と、「シモキタ」「シモキタ」「シモキタ」……と、言い始めた。

 エルケさんが、おかしそうに笑いながら、説明してくれた。


「みんな、シモキタさんになりたいようです。本を読んだり、ぬいぐるみの作り方を教えたり、「神」を鎮めたり……。シモキタを名乗ったら、自分にもできるようになる、と思っているのかもしれません。どうしても、みんな『シモキタ』という名前に拘っています。どうしますか?」


 それはそれで、困るでしょう。全員が「シモキタ」では、名前がないのと変わらないじゃない。

 どうしようか。誰かひとりだけってわけにもいかないしねえ。う―ん……よし、決めた!


「わかりました!全員、『シモキタ』でいいです! ただし、番号を付けます。『シモキタ1』『シモキタ2』というようにね。それでいいですか?」


 エルケさんが伝えると、みんな頷き笑顔になった。

 モリエちゃんが、クスクス笑いながら、端末を操作して利用者登録をしている。

 結局、「シモキタ48」で、貸し出し用端末は品切れとなり、後の方には次回からということを約束した。


 午後には、時間ができたので、『ベベのぼうけん』と『ベベのあたらしいともだち』を続けて読み聞かせした。

 貸し出しができなかった人にお詫びし、この星での最後の来館者をお見送りした。


 そして、たくさんの人々に見送られ、ニューアレキサンドリア号は離陸した。



 通路でぼんやりと窓の外を眺め、一人感慨に耽っていると、キネヅカさんが近づいてきた。


「ちょっと、昔の話をしてもいい? 今、時間があるようだから」

「ええ、いいですよ。どんな話ですか?」


 わたしは、窓の縁に寄りかかるようにして、キネヅカさんの話に耳を傾けた。


「軍にいた頃ね、わたしたちは、辺境で何度も嫌な思いをさせられたわ……。必死で紛争やクーデターを抑えて、ようやく平和を取り戻せたと思うと、必ず旨い汁を吸おうとする連中が乗り込んで来た。いかにも、その星のためになるようなことを言うけど、自分たちの儲けしか考えていないの。再び混乱して、より酷い紛争が起こることもあった。オノワキは、それが悔しかったのね。だから、軍を辞めて、別の形で辺境を救おうと思ったのよね。」

「それが、図書艦なんですか?」

「そうよ。図書艦は、夢と希望を運ぶんでしょう? オノワキは、ピノヘシッチカネン星では、例のリゾート・ホテルの資本と組んで、ムコレの実のフェアトレードを実現したわ。今、ムコレの実は、免疫効果が実証されて大いに注目されているの。これからもっと、価格が上がるかもしれない。それは、必ずあの星に還元されるはずよ。

 ペルフトリリア星から預かった資料は、本部の図書館の展示室で公開を予定しているの。もちろん有料でね。希少なものが多いから、様々な研究者が興味を持っているらしい。収益は、もちろん星庁のものとなり、星の再建に役立てられる。

 そして、ここでは、例の石ね。もちろん、フォーゲルザング評議員が、この星にとって利益となるような取引の仕組みを作るでしょうけれど、オノワキは、図書艦の訪問を通して監視したり助言したりするつもりだわ。

 ほかにも、図書艦を使って、いろいろな辺境惑星に支援の手を差し伸べているようよ」


 話し終えると、キネヅカさんがにっこり笑った。そうなんだ。あの艦長が、そんなことまでしてたんだ……。

 だから、軍を辞めて、次々と優秀な人がこの図書艦に集まってくるわけか……。みんな同じ思いなのね。


「これからも、ニューアレキサンドリア号を盛り立ててちょうだいね。司書さんたちが頑張って実績を上げてくれれば、オノワキは図書艦を使って、自分の理想を実現できる。わたしは、たまにしか乗艦できなくなるけれど、これからもオノワキを支えていく。ドウガシマさんもね。シモキタさんも、力になってやってね」


 そう言って、警備室に戻ろうとするキネヅカさんを呼び止めて、一つだけ質問した。


「あのう……、どうして呼び捨てなんですか? 艦長のこと……オノワキって」

「それは……、軍にいたとき、そういう間柄だったから……かな? ……つい、ね。気をつけるわ!」

 

 それ以上は語らず、キネヅカさんは行ってしまった。いつものことながら、後ろ姿も颯爽としている。

 軍かぁ……。日々、命のやりとりをしているような世界だ。いろいろあるんだろうねぇ……。


 さて、そろそろ自室に戻ろうか。これからしばらくは、退屈な宇宙の旅が続く。

 家に帰ったら、アルの今後もきちんと決めなくちゃいけないし、結構忙しくなるかもしれない。

 今のうちに、トリスタン・イグニシウスの新作とか、見ておこうかなあ……。

 なんて、考えながら一般閲覧室の前を通ったら、何だかすごい騒ぎになっている。そっと覗いてみる。


「絶対だめです! 決まりですから! 特例はありません! わかってますよね!」

「いいじゃないか! ちょっと借りていくだけだよ! 逃げも隠れもしない。どうせどこへも行けないんだから。」

「いけません! みんな、きちんと手続きしているんです! 乗組員でも、そういうことになっています!」

「面倒だなあ……。じゃあ、誰かの名前で頼むよ。シモキタ主任司書とかさあ。」

「それはもっといけません! 他人の名前で借りようなんて! 絶対禁止!」


 アンザイさんと艦長だ。艦長は、閲覧用の端末を持っている。書名は『反重力装置の仕組み』。ほお!

 わたしは、アンザイさんに声をかけた。


「どうしました? アンザイさん」

「あら、シモキタさん! ちょうど良かったわ。あなたからも注意してよ! 艦長ったら、利用者登録をしてないくせに、資料を持ち出そうとしているの! おまけに、貸し出し用本型端末が残ってないなら、閲覧用を持ち出すって言うし……。あなたも、何か言ってやってよ!」


 わたしは、児童室で、決まりを守れない子を注意するときのように、腕組みをして艦長に言った。


「初めての方は、利用者登録をしてください!」


 ― おしまい ―


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 これにて完結です。

 全話お付き合いくださった方、感謝いたします。

 第一話、第二話も、ついでによろしくお願いいたします。

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