①主任司書は休暇中! 悩みが多くて休まりません。
閲覧ありがとうございます。全10話の予定です。
―― ピピッ ツツッ ピピピツツッ ピピーイ!
可愛らしい鳥の声。柔らかな朝の日差し。ああ、まだ起きたくないのに……。
夕べ、この部屋の環境設定を「快適なお目覚めモード」にセットしておいたので、希望通りの素敵な演出で起こされた。
カーテンを開ければ、外は真っ暗だろう、たぶん。この星の夜明けは遅いのだ。
部屋着のまま、隣のリビングへ。ここは完全に夜。ま・っ・く・ら・や・み。
でも、暗闇を苦にせず、ゆったりとソファに座り、古めかしい本を楽しげに眺めているものがいる。
アルだ。最新鋭の自立二足歩行型ロボット。先日、図書艦に配属された司書補。我が家の新米居候。
アルの目なら、光量に関係なく読書が出来てしまう。本好きからするとちょっと羨ましい。
パッと、リビングに灯りが点る。本を閉じわたしの方に顔を向け、爽やかな笑みを浮かべ朝の挨拶をするアル。
「おはようございます。シモキタさん!」
―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ――
わたしの名前は、シモキタ・リョウ。宇宙移動図書艦ニューアレキサンドリア号の乗組員にして主任司書。児童室担当である。利用者アンケートでは、「あなたが好きな図書艦司書」の「子ども部門二位」という地位を、現在も維持している。
今は、次の訪問に向けて、宇宙移動図書艦協議会の本部がある、惑星ネオエルドⅪに戻っている。ここは、わたしの自宅。公営アパートメントの30階。家賃は……、まあいいか!
ニューアレキサンドリア号が、ネオエルドⅪに帰還した際、誰がアルを引き取るかが問題になった。
アルは、生まれて(?)初めて故郷の星を離れた。新しい環境に適応するまでは、事情を知っている誰かと一緒に暮らし、この世界の常識や生活のきまりごとをきちんと学んだ方がいい。その考え方にはみんな賛成していたのだが、では「誰が?」となると少々揉めた。
なぜなら、図書艦の乗組員で、アルがロボットであることを知っているのは、たったの四人しかいない。その中の誰かが、アルを預かり面倒をみなければならない。まあ、実際は、あまりみるべき面倒はないのだけどね、ロボットだから。
わたしの同僚のモリエちゃんは、本部の独身寮に住んでおり、誰かと同居することはできない。ペットだって持ち込み禁止なんだもの。
警備部長のドウガシマさんは、奥さんと一緒に住んでいるので、アルを連れて帰るなら奥さんに詳しい事情を説明しなければならない。
館長が適任なのだが、なぜかアルにひどく嫌われている。
というわけで、アルはわたしが引き取ることになってしまった。
初めて、自宅にアルを連れて帰ってきたとき、廊下やエレベーターで出会った住人に、思い切り好奇の目を向けられた。エレベーターから降りた後、立ち止まってアルを眺め、ため息をついたお婆さんもいた。
アルの容貌のせいである。柔らかそうな麦藁色の髪、澄んだ鉄色の瞳、人気俳優のトリスタン・イグニシウスによく似た素晴らしく整った顔立ち及びモデルと見紛う立ち姿。おまけに、すぐに相手の気持ちを分析し、心を掴んで放さない魅惑的な微笑みを返してしまうという困った機能――。
図々しくわたしたちの関係を問う人はいなかったが、陰ではいろいろ噂になっているに違いない。
次の訪問まで結構時間があるのに、まいったなあ……。
わたしは、黒髪で黒い瞳なので、「弟です!」とか「親戚の者です!」、という話は絶対に信用されないしなあ。
「ロボットです!」と言ってしまえばいいのかもしれないが、気味悪がる人もいるだろうし、余計に好奇の目で見られかねない。そんなに長い期間ではないのだから、なんとか誤魔化してやっていくしかないだろう。
「はい! 今日の朝ご飯ですよ。一緒にいただきましょう! 今朝は、デザートも用意してありますからね」
エプロンの紐をほどきながら、料理コンテンツの人気シェフを思わせる口調で、わたしに呼びかけるアル。
食卓の上には、湯気の立つロゲッタナッツミルクティー、ソイミートのシュニッツェル、グリーンサラダ、ムコレの実のジャムを添えた黒パンが、揃いの柄の陶器に盛りつけられ、整然と並べられている。まるで、ホテルのレストランの宣伝画像のように――。いや、アルのことだもの、そういう画像を見て、データを集め、完璧に再現したんだろうね、たぶん。
わたしの向かいの席には、一仕事やり遂げた満足感に溢れた笑顔のアルが座っている。
「アルは、今日はどんな予定なの?」
わたしは、デザートとして出された、ロゲッタナッツミルクのパンナコッタをスプーンですくいながら聞いた。
アルは、二回瞬きした後、
「午前中は本部に行きます。司書講座を受講します。午後は、付属図書館で古代語の資料を探します。シモキタさんも、本部に行くんでしょう? 今日は、一緒に出かけられますね」
そう答えて、また、嬉しそうに笑った。まずい、わたし、一緒に出かけたそうな顔していたのかしら?
慌てて自分の顔に触れる。撫でたり、つまんだり、引っ張ったり……。
そんなわたしを面白そうにアルが眺めている。何か違うことも学習しつつあるようで怖い。
支度を済ませ、二人一緒にアパートメントを出る。ようやく夜が明けようとしていた。
近くの駅からチューブに乗り本部に向かう。アルとは、本部の入り口で別れる。アルは研修センター棟へ、わたしは16階の本部資料室へ。
エレベーターを待つわたしに、ちょっと寂しそうな顔で手を振るアル。
もういいよ! 誰が見ているかわからないし……。早く行ってね、お願い!
「うらやましいねえ。朝から同伴出勤とはねえ」
嫌なこというヤツは、わたしの後ろに並んだ館長だ。誰のせいで、こういうことになったと思っている!
エレベーターに乗り込むと、さらに、わざとらしく声を潜めて続ける。
「それでさあ、近所の人に聞かれたら、何て答えているんだ? ……その……アルフレートさんとの関係は」
アルを館長のところに行かせなくて正解だったわ。こういうパワハラ的な態度を学ばせるのはよくないものね。
「いまどき、そんなこと聞いてくる人なんていませんよ。勝手にいろいろと噂されているかもしれませんけど。『シモキタさんたら、どうやってあんなに見てくれのいい若い子を捕まえたのかしら?』とか、『騙されているのよ、きっと。ああいう子は、お金が目当てに決まっているわ』とか、陰で何を言われているやら……。だれかさんが、引き取ってくれなかったせいで……」
「……。」
「もしこの先長くうちにいることになったら、『近々、結婚式を挙げることになりました。よろしく』とでも言って、思いっきり驚かせてやるつもりです!」
「ふうん、……んっ、けっこんしきい?」
「ええ、アルはロボットですから、残念だけど結婚は許可されません。でも、結婚式は挙げられます。表向きは夫婦ということになりますけれど、図書艦は、夫婦が同じ職場に勤務していても大丈夫ですよね?」
何か、ブツブツ言っている館長をエレベーターに残し、わたしは笑いをこらえながら、本部資料室へ向かった。
せいぜい悩んで、困るといいんだわ。
本部資料室には、モリエちゃんが先に到着していた。きょうは、二人で新着資料を見て、新しく図書艦に積み込む資料のデータを選定する。ほかの図書艦からも人が来ていて、わたしたちと同じように選書作業をしていた。
一通り資料に目を通し、ちょっと休憩となったところで、モリエちゃんが聞いてきた。
「どうですか? アルフレートさんとの生活は。少しは慣れましたか?」
「全然……。毎日気をつかうことばかり。早く図書艦に戻って、一人の時間を取り戻したい!」
「何、贅沢を言っているんですか。言わなくても何でもわかってくれて、こちらが望むようにしてくれるんでしょう? 最高じゃないですか。羨ましいです。わたしが引き取りたかったくらいです!」
「本当?」
「本当です!」
そうかなあ。確かに、アルは同居人として完璧かもしれない。緻密な分析や計算とそこから導き出される戦略によって、そうなるように設計されているのだから――。どんなに感動的な対応をしてくれても、アルの行動に「まごころ」があるわけじゃない。機械相手に無邪気に喜んでいる場合ではないと思ってしまう。
「難しく考えなくてもいいんじゃないですか? アルフレートさんは、学んで進化していくんですよ。『うれしい!』とか『ありがとう!』とか『感謝しているわ!』とか、毎日毎日伝え続けてみたらどうですか? もしかしたら、いつか『思いやり』とか理解できるようになるかもしれませんよ。
そうそう、シモキタさん得意の心のこもった読み聞かせを、毎日してあげたらどうですか? 何か感じるかも……。お話選びをするときは言ってください。わたしも相談にのりますよ」
「あっ、ありがとう。そうだよね。わたしと暮らすことでアルがどう変化するのか、色々と試してみるのもいいことよね。アルの後発機にとって、重要なデータになるかもしれないものね」
「その意気ですよ!」
モリエちゃんに話して本当に良かった。
何となく気持ちが楽になったので、残りの作業はスムーズに進み、二人で昼食に行くことにした。午後は、本部のホールでニューアレキサンドリア号の新規訪問候補地についての説明会が開かれる。ほとんどの乗組員が出席することになっている。
説明会は遠隔会議でもいいのだが、今回はお偉いさんからのお話があるとかで、本部に集合することになった。
アルは、まだ研修が終わっていないので、次の訪問には参加できない。本人は残念そうにしていたが、わたしは、ちょっとほっとしている。
最後までお読みいただきありがとうございました。
続きは、本日12時頃に投稿する予定です。
お付き合いいただければ幸いです。