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虎鐵という男とは

虎ちゃんおいちゃんのお話。




 「ああ、お客さん連れて来たんかい?おはいりなぁ」




 ボサボサの白髪頭で腰の少し曲がった初老の男が玄関口に出てきた。



 「うん!それからみんなからたくさん預かってきたよ。私仕分けとくね!」



 「ああ、すまねぇなぁ。」



 セナはそう言うと、店の中に入って背負子の中身をひとつずつ出し、注文書を確認すると、いくつか並べられた箱の中に仕分けはじめた。箱には「とぎ」「なおし」「おわり」「あたらし」などと書かれていた。





 「お客さん、あんたぁ何がいるのかい?鋏か、包丁か、それとも・・・」



 「あ、いえ、あのこの手紙を覚えてらっしゃいますか?10年前、僕の祖父が虎鐵さんに手紙を書いたそのお返事に、貴方が送ってくださったものです。」




 賢人はそう言うと、スマホで手紙の写真をみせた。




 賢人の祖父も鍛治職人をしていた。いつかの品評会で、この世の最高傑作とも言っても過言ではない素晴らしい出来の刃物たちを目にした。それを打ったのは、マダラの島の虎鐵という鍛治職人であった。そのあまりの出来の良さに値段のつけようがなく、それらは結局美術品として国立美術館に納められることとなった。賢人の祖父はこの虎鐵の刃物にたいそう惚れ込み、どうしたらこのような物を打つことが出来るのか聞きたくて仕方がなかった。だが、マダラの島にはおいそれと行けるものではない。そこで、思いの丈を手紙に綴り送ってたところ、しばらくして虎鐵から返事が届いたのだ。それはとても美しい文字で書かれており、賢人の祖父は更に感心していたそうだ。



 虎鐵からの返事には、こう書かれていた。



 「俺の打つものは、美術館に飾られるような、そんな立派なものではありません。打ったばかりの新しい刃物はまだ未完成なもの。使う人の手によって最後の仕上げが成されて完成するものだと思っております。


 どのようにしても、格好ばかりの飾り物を作ったのでは、そこにはなんの意味もありません。それが凶器になってしまおうものなら、本当に残念でなりません。どなたかに正しく使ってもらえてこそ、価値のあるものだと思っております。


 俺の打ったものを使ってくれる人が、どうか怪我をしませんようにと祈り、どうぞ使い易いようにその手に馴染んでくれと願い、そして出来ることならば、その刃が細く短く、もう研ぐことも出来ないくらいに、永らく使ってもらえますようにと、そういう気持ちでただただ鉄を練り、打っております。


 本当によい物をつくるというのは、そういう気持ちをいつまでも変わらずに持ち続け、日々精進する事が秘訣ではないでしょうか。


 どうか貴方様もよきものが打てますよう、心より願っております。同じ鉄を打つ親愛なる友へ。


                  虎鐵  」





 セナが手紙の内容を読み上げ、そして、虎鐵と2人して首をかしげた。




 「賢人・・・・・虎ちゃんおいちゃん、字が書けないし、あんまり読めないんだ。」





 「えええ!!!じゃあ、これは虎鐵さんが書いたんじゃないってこと?!!」




 「んんん〜。・・・・あー、あれかな?ちこっと待っとってくれぇ・・・」





 何かを思い出した虎鐵は奥に置いてあった踏み台を持ってきて乗り、天井付近に設置された神棚に手を伸ばし、1枚の封筒を持ってきた。




 「これかいの?鋳物師(いもじし)星野さんてひと。」




 その封筒の裏側には、賢人の祖父の名前があった。



 「そうです!これです!じゃあやっぱりこれは虎鐵さんからのお返事なんですね!」



 「・・・んだなぁ。けんど、書いたんは俺じゃねぇ。あのー、ほら。セナ坊の前の。」



 「私の前?玉藻さん姐さん?」



 「あーあー!たまっこだ。そうそう。たまっこにその手紙読んでもらった。ほんで、俺が喋ったことをたまっこが手紙に書いて、この人に送ってくれたんだあ。俺、字ぃ書けねえから。読むのはちこっとだけな。簡単なのはわかる。難しいのは読めねえ。」




 「・・・そうだったんですねぇ。実は、祖父が生前ずっと虎鐵さんへ会いに行きたがってたんですが、とうとう叶わずで。それで僕があとを託されたんです。いつかマダラ島に行けたら、虎鐵さんに会いに行って、手紙のお礼を伝えてほしいって。

 この手紙を貰ってから、祖父は頭を雷で撃たれた気がしたと言ってました。いい物を作りたい、最高傑作が作りたい、その一心でやってきて、その間に1度だって考えた事が無かったそうなんです。使う人が怪我をしませんように、なんて。刃物なんだから、使い方を間違えば怪我をするのは当然だって。そういうもんだと思ってたと。けど虎鐵さんのはそうじゃない、使う人に寄り添うように、その人が使い易いように、そうやって作ればおのずと怪我をしにくい物が出来る。使い込めば使い込むほど、それは更に怪我をしにくいものになる。目から鱗が何枚も落ちたって、何度も聞かされました。

 それから祖父の作るものは今までとは全然違うものになったけど、凄く満足そうにしていました。祖父に代わって、虎鐵さんにお礼を伝えに伺いました。本当にありがとうございました。」





 「いやぁ~、俺はなーんもしとらんけぇ。あんたのじい様が立派な人だったけぇじゃろうよ。遠いとこからわざわざありがとうなぁ。」




 虎鐵はそう言うと、賢人の手を両手でしっかり握った。賢人も嬉しくなって握り返した。



 「そういやあ、セナ坊。そんな白いの着とるのんも、珍しいのう?」




 「この人にもらったの」




 「あれえ!お客さん、すまねぇなぁ!ありがとうなぁ、ありがとう!」




 「いやいや、本当に大した事してませんから!こちらこそ本当にお世話になってしまって・・・」




 賢人と虎鐵がお互いにペコペコ頭を下げあっていると、外から元気の良い声がしてきた。




 「とーらーちゃーん!お昼ご飯よー!」





 「やよいちゃんやのう、もう昼飯か」




 「あ!どうしよう!虎ちゃんおいちゃん、玉藻さん姐さんからお弁当預かって来たんだ!」




 「あれー、たまっこからかい?けんど、作ったのんは静太郎やないんかの?(笑)」



 「そうそう。」



 「そしたら、やよいちゃんのお誘いは断らんにゃのう。」




 そう言って店の外へ出ていく虎鐵。店先で数分話をすると、2人で店へと戻ってきた。




 「あらぁ、セナ坊。本当に真っ白ね!お兄さん、本当にありがとうね。今虎ちゃんから聞いたわ。あなた達、お昼ご飯うちで食べておいきなさいな。虎ちゃんは愛娘弁当があるみたいだし。」



 「やよいちゃんお母さん、ありがとう!」



 「ありがとうございます!」




 「じゃあ先に上がって用意しておくから、ぼちぼち上がってらっしゃいな。」




 「はーい!」




 そういうとやよいちゃんお母さんは店からもう少し山の上へと登っていった。




 「やよいちゃんお母さんはね、この上で鶏壱父さんと酪農をしとるんよ。牛乳とかチーズとか大丈夫?」




 「へぇー。牛乳もチーズも大好きです!」




 「ならよかった。仕分けが済んだら行こうか。」



 「俺も手伝うよ!」





 「お客さんなのにぃ、すまねぇなぁー。」





 あんなに重かった背負子がみるみる空っぽになり、最後に「おわり」の箱に入ってたものを背負子に移した。修理や研ぎが終わった物なのだ。これを街へ持ち帰り、それぞれ持ち主の元へ返すのだ。




 「あ、マチ子さん母さんの花切り鋏もあった。よかった、頼まれてたの。」




 「あー、マチ子ちゃんに今度、小さいノコギリつくるから、堅い枝はそれで切るよう言うといてなぁ。」




 「わかった、伝えとくね。」





 「背負子はここに置いといて、帰りに持っておいきよ。やよいちゃんとこで美味しいもん食うといでぇ。俺もせっかくのたまっこの弁当、味わって食べんにゃあ。あー、そういや式がもうすぐやのう。楽しみやのー。」




 「・・・式って?」





 「玉藻さん姐さんと、静太郎兄や、結婚するんだよ。もうすぐ玉藻さん姐さん引退するの。そしたら静太郎兄やと結婚して、あの小料理屋の女将さんになるんだよ。お料理できないけど。」




 「へぇー!そうなんだ!玉藻さん、お料理は苦手なんだ?」



 「たまっこはべっぴんさんやけど、どえらい不器っちょでなぁー。料理どころかなーーんも作る事ァ出来ねぇけど、字ぃだけは本当に上手くてなぁ。」



 「玉藻さん姐さん島で1番不器用で、他に出来る仕事なくて風俗の仕事に就いたんだけど、まさかこんなに人気になるなんて誰も思わなかったんだよ。もう引退の日までずっと予約いっぱいでさ。就職した歳から今までずっと、この島1番の稼ぎ頭なんだよ。」




 「はえ~・・・・本当に凄い人なんだね」




 「本当になあ、10年本当にご苦労さまやったよなぁ。よぉ頑張ってくれたのう。」




 「だからね、玉藻さん姐さんの引退と静太郎兄やとの結婚は島のみんなが喜んでるんだよ。」





 「静太郎さん、ちょっとこわくて寡黙な感じだよね?どうやって玉藻さんを射止めたんだろう?」



 「玉藻さん姐さんの一目惚れなんだよ。幼なじみでさ。玉藻さん姐さんは私と同じで外で生まれたんだ。赤ちゃんの時からそりゃあもう一際綺麗な子だったらしくて。ちょっと近寄り難い雰囲気があるのかな。姐さんもまた人見知りが酷くてね。乳母のお母さんと、虎ちゃんおいちゃんくらいにしか懐かなくて。仲のいい友達もあんまりいなくてね。

 外で生まれたから自分だけこんなに不器用なんじゃないかって落ち込んでた時期があって、1人でいつもこっそり泣いてたんだけど、いつの間にか自分の後ろに小包が置いてあってね。手作りのお菓子が入ってたんだって。それが何度か続いて、ある日泣いてる素振りをして誰が持って来るのか待ってたんだって。小包が置かれたその瞬間、振り返ってその手を握ったら、顔を真っ赤っかにした静太郎兄やがいたんだって。

 その真っ赤っかで無愛想な顔に、一目惚れしたんだってさ。」




 「・・・・もうそれ最初から両思いじゃん」





 「あー、たぶんそうだね(笑)」




 「ほらほら、やよいちゃんが待っとる。そろそろおいきよ」




 「はーい、じゃあまた後でね」




 そう言って2人は虎鐵の店をあとに、やよいちゃんお母さんの家へと向かった。










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