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マダラの島とマダラの民

読んでいただければ幸いです。


 台風上陸が数時間後に迫っていた夜。産気づいた1人の妊婦が救急搬送されてきた。仕事中だったのだろうか、きちんとしたワンピーススーツを着ており、お腹の子の父親だろうか、付き添いの男性もスーツ姿をしていた。




 搬送されてほどなく、元気な産声が聞こえたが、人々はみんなフリーズしたかのように静まり返っていた。医師も看護師、その場にいたスタッフ全員が、産まれてきた赤ん坊の腕を見て驚愕した。



  「ま・・・・マダラ!マダラです先生!」



  「い、急いで連絡を!はやく!」



  「は、はい!」



 慌てたスタッフは手術室から何処かに緊急連絡を入れた。



  「至急至急至急!こちら第3都立病院!コードS!マダラです!マダラの子が産まれました!至急搬送願います!繰り返します!・・・・」





 フリーズしていたスタッフたちはようやく動き出し、手術室の外で待っていた付き添いの男性にも説明をし始めた。ただ事ではない周りの様子に気付き、赤ん坊の母親が取り乱しはじめたので、鎮静剤を投与した。スタッフはテキパキと産後の処置をはじめた。




 「10年ぶりだな・・・」



 医師は呟いた。あの時もこんな嵐の前で、まるでこの時を待っていたかのように、ピタッと雨風がやんだのだった。





 説明をうけた男性は小さな保温バッグを持たされた。中には哺乳瓶に入れられた初乳が入っている。あとで飲ませるように言われると、毛布で包まれた赤ん坊を手渡された。



 「女の子ですよ。」




 小さくて重さをあまり感じられないのに、何故かずっしりとした存在感が不思議だった。白い肌は母親に似たのだろう。少しクセのある髪は自分に似たようだ。「マダラ」と言われたその右腕には、動物や魚のような斑紋の痣があった。豹やチーターのようでもあり、ジンベイザメのようにも見えた。こんなただの痣にどれだけの力があるというのだろう。この男は、たった今産まれてきた我が子を手放さなければならないことに、絶望しながらも安堵していた。




  「ヘリが到着しました。屋上へご案内します。」




 台風がすぐそこまで迫っているというのに、嵐の前の静けさというものなのか。

 雨も風も星もない夜、1人の男と斑模様の腕の赤ん坊を乗せたヘリは海へと飛び立ったのであった。














 マダラ島。我が国の海域に存在し、政府によって物と人の出入りが厳重に管理されている島。


海の真ん中にぽつんとあるその島から、1本の長い長い橋が架かっている。それが唯一、この島への出入りが出来る道なのである。橋の上は出入する荷物を運ぶトラックが走り、橋の下には人を運ぶロープウェイが行き来していた。トラックが行けるのは橋の半分まで。半分の場所には円形の広場があり、そこで荷物の受け渡しをしている。ロープウェイは半分よりもう少し先、3分の2のあたりに駅と管理局がある。そこで島への出入の手続きをするのだった。


 どんな頑丈な船も飛行機も、この島へは近づくことすら出来ない。この辺りの海域は奇妙な磁場と恐ろしい潮の流れにぐるりと囲まれているのだった。ところが島の周りはいつでも生き物が豊富で、彼らはわざわざ遠くに漁へ出る必要もないのだ。海だけではない、島の陸地も山も、どんな生き物も健康によく育つ、不思議な島なのだ。



 ここで暮らす人々は苗字を持たない。この島でしか生きられないので、苗字も国籍も必要がない。彼らには生まれつき、利き腕に必ず斑紋があるのが特徴だ。この斑紋を持つ民が暮らす島ゆえに、「マダラ島」と呼ばれ、彼らを「スポッツモンキー」などと侮蔑する呼び方すらある。何故かこの島でしか生きられない彼らのその斑模様の手は、神の力が宿っているかのように素晴らしいものであった。ありとあらゆる道具、器、食べ物、織物や衣服、精密機器や医療にいたるまで全て彼らが作り出す。だが、彼らは島の外では24時間以上生きられない。体が弱って死んでしまうのだ。ここで育った野菜や花や家畜も同じく、ここでしか生きられない。それゆえか食べ物も同じように、島の外へ持ち出すととたんに腐ってしまうので出荷が出来ないのだ。



 

 彼らの手を使って生み出されるものは全て、世界トップクラスの品質と、誰にも真似の出来ないその技術によって重宝され、毎日ごく僅かしか出荷されない希少さもあり、一般にはほとんど流通されない。マダラ島から出荷される物は全て政府が買い取り、その後世界中で高値で取引され、それは我が国の重要な収入源のひとつでもあった。



 マダラ島へ外部から許可なく人が立ち入ることは出来ない。マダラ島へ入れるのは、申請を出し、厳しい審査を経て許可がおりた政府関係者や、人数限定の旅行希望者、そしてごく稀に島の外で生まれる斑紋を持って生まれた赤ん坊だけだ。数千万人に1人だという。



 島の外で生まれた斑紋の赤ん坊は、その出産自体が無かったことにされる。生まれてすぐマダラ島へ運ばなければ生きられない。赤ん坊と父親を、ドクターヘリで橋まで運ぶ。ここで間に合わずに命を落とす赤ん坊も少なくはない。ロープウェイで島へと運ばれる間、出産後で動けない母親から託された初乳を飲ませ、ひと時の親子の時間を過ごす。駅で管理局に引き渡したあとは、双方関わることが許されない。受け入れられず、島への同行を断る親も少なからずいる。赤ん坊は島で大切に育てられるが、どこの誰が生みの親なのか知らされることはなく、また親も子供の成長を知ることが出来ない。断ることの出来ない多額の口止め料と引替えに・・・。



 マダラ島の人々が何故ここでしか生きられないのか。そして同時に、外の人間はマダラ島では生きていけないのである。

 それはこの島に毎晩起こる「よみわたり」と呼ばれる現象によるものが原因だ。



 マダラ島では日が暮れると、海の底から薄緑色の光の波が湧き上がり、島の端から端まで隅々へと渡る現象が起こる。それが「よみわたり」だ。まるで島の端から端までスキャンするように、そしてその光を浴びなければマダラの民は生きられない。だが、外の人間がその光を浴びれば死に至るという。「読み渡り」とも、「黄泉渡り」とも言われるその不思議な現象は、毎日滞りなく繰り返されており、そのため外の人間たちは日暮れ前に島から出て行かなければならなかった。


 橋はそのための境界線であり、出入りする人が無事に戻ったかを確認するための管理局なのであった。




 その不思議で美しい現象「よみわたり」をひと目見たく、旅行者の申請も絶えなかった。橋の近くのホテルに泊まり、連続3日間まで出入り可能となるマダラ島への旅行申請は決して安いものではない。政府による審査も大変厳しく、持ち物も財布、携帯電話、カメラなどの必要最小限しか許可されず、橋の入口と管理局とで厳重にチェックされる。管理局でIDを腕につけられ、行動も監視される。そして日没前には帰らねば命の保証はされない。それでも希望者が後を絶たないのは、この島でしか手に入らない最高の品々を買いたいもの、ここでしかない極上のグルメを味わいたいもの、それを作り出す彼らの技術を見たいもの、彼らによる治療や施術を目的として来る人も大勢いるのだ。



 中には金にものを言わせて大量に購入しようとしたり、政府を通さず直接取引をしようと持ち掛ける者もいるが、このマダラの島の民はお金に興味がないので無駄なことであった。この島では何でも手に入り、彼らは何でも作り出せるのだから。


 彼らが出荷した品物の代金や旅行者が落としたお金は、島全体の収入になる。どうしてもこの島で手に入らない部品や、薬品、本や映画などの娯楽品、そういったものを外部から買うために使われる。誰がどれだけ稼ごうと関係なく、誰のために使ってもいいのだ。



 ため息が出るほど美しい金細工や、最高級の織物も、最上級の寝心地のベッドも椅子も、最高の食事も飲み物も、すべてここにある彼らにとっては、もはやお金になんの興味もわかないのであった。



 政府との取引には、ずっとずっと昔。我が国の王との約束があるのだそうだ。この島とマダラの民を大切に守る対価として、彼らの作り出す素晴らしい物の恩恵をうけられるようにと。その約束が2000年近くも守り続けられているのだ。




 あの嵐の夜から、もうじき18年が過ぎようとしていた。あの時生まれた女の子は「セナ」と名付けられ、元気に育っていた。




 マダラ島では18歳になると成人とされ、それぞれ自分の仕事を持つ。子供のうちにたくさんの仕事に触れ、その中からゆっくり時間をかけて、自分の生涯やり続けられる仕事を見つけるのだ。島にあるものを受け継ぐもよし、新しい事を始めるもよし、跡継ぎがいなくて失われてしまった技術や職を復活させるなど、好きにしていい。好きにしていいが故に、なかなか決められないので、子供たちは幼い頃から長い時間をかけて考えるのだ。




 マダラ島には学校がない。ある程度必要な読み書きや計算は、仕事を引退した高齢者たちが子供たちに教える。読み書きを教える教室などがあるのは、島の中心にあるドーム。世界中から取り寄せられた専門書がある図書館や、インターネット設備がある共同学習室もあり、学びたいことをいつでも自由に学べる。映画や本やゲームなどを楽しめる娯楽施設もある。ここ数年ではオンラインで外部から学べるものや、電子書籍なども人気だ。個人でネット環境や設備を整える者もいるが、島の人なら誰でもいつでも無料で使えるドームは、交流の場でもありいつも賑わっている。



 セナのように外で生まれた子供も、ここドームで育つ。島の女性たちみんなが母となり姉となり祖母となり、手の空いたものが交代で世話をする。島の男たちみんなが父となり兄となり祖父となり、子供たちを守る。外で生まれた子供は、島のみんなの子供として我が子と同じように大切に扱われるのだった。





 セナももうすぐ成人を迎える。自分の仕事をどうするか、まだ決めかねていた。セナは同い年の子供らの中でも群を抜いて賢く、手も器用でどんな事もすぐ覚え、どんな技術もすぐにこなしてしまう。物作りだけではなく、医療から料理まで何でもやってのける。それは元々生まれ持った才能でもあるのだろうが、大半は本人の努力の賜物だった。親のいない自分を大切に育ててくれた島の人々に、何か恩返しがしたいとその一心でどんな事も何でも必死に勉強して覚えたのだ。


 そんな中でもセナが心惹かれたものがあった。後継者がおらず、長らく失われてしまっていた染色技術を復活させようと、片っ端から専門書を漁り、世界中の染色技術を調べ学び、試行錯誤していたがなかなか思い通りの出来にならなかった。18歳の誕生日までに納得のいくものが出来なければ諦めよう、そう思っていたのだ。諦らめたら、後継者不足で1番困っている他の職につこう、と。


 100年以上前、最後の職人が遺した最高傑作のタペストリーが染物の作業小屋の2階に飾られていた。それをひと目みた時から、まるで取り憑かれたかのように夢中になってしまったのだ。

 かつて「神の青」とよばれた、この島の青い染物。島の周りにある海草から採れる色素で染めるのだが、何とも言い表し難い美しい青になるのだ。

 そのタペストリーはこの世のものでは無いような、美しい美しい青に染まった布に、一頭の鯨が描かれていた。それはこの島の守り神とされている一頭の鯨「セドナ」であった。このタペストリーは「セドナの青」と呼ばれていた。昔はドームの一室に飾られていたのだが、あまりの美しさに魅せられて、失われた染色技術をどうにか復活させようとのめり込んでは、何年費やしても成功できずに挫けてしまう者が後を絶たなかったので、この染物小屋に移したのだった。本当に染物をやりたい者だけの目にとまるように。




 18歳になるまで残された時間はあとわずか。

今日もセナはひたすら布を青く染めていたのだった。









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