灯
「星同士ってどれくらい離れてるんですかね」
「さぁ」
7月の風がシャツの裾から肌を撫でる。
「遠くから見たら近いのに、近くから見たら遠いってなんだか不思議ですね」
「うん」
闇夜に浮かぶ無数の煌めきを眺める彼女の手が、無防備に置かれていることに気付かないふりをして答える。
「あのさ、」
「先輩、」
示し合わせたかのように言葉が重なり、お互いに見つめあって微笑む。
「いいよ」
「...結婚するんです」
言葉の隙間を埋めるように、夏風が木々を揺らす。長らく一緒にいて、こんなに居心地の悪い沈黙が流れたのは初めてだった。
「おめでとう」
彼女は下唇を噛んでいる。
「ありがとうございます。式、絶対に来てくださいね」
彼女が目を細めると、雫が一粒こぼれた。
「この夜空を心に収めよう」
闇に星が映え街に灯りがなかった奈良時代とは天地がひっくり返ったような景色を、忘れないように何度もシャッターを切った。
あの七夕から3度目の夏、彼女は煌めきのひとつになった。
棺桶の窓から見えた顔は、少しくたびれていた。
「すいません!」
焼香を終え外へ向かっていると、後ろから声がした。歩きながら周りを見ると、皆同じようにキョロキョロとしている。首を傾げつつも進んでいると、後ろから足音が近づいてくる。
「すいません!」
振り返ると喪主を務めていた彼女の夫だった。
「なんですか?」
「あなたが妻の、」
「...はい。生前はよく」
「これ」
彼女の夫は、うさぎのキャラクターが描かれた封筒を差し出してきた。
「これは?」
「妻からです。息を引き取る前に、あなたに渡して欲しいと」
訝しみながら紙を受け取ると、男は軽く頭を下げて踵を返した。
—何が書かれているんだろう。
帰りに寄ろうと思った洋菓子屋を通り過ぎてしまうほど、電車で2駅乗り過ごすほど、家の鍵と職場の鍵を間違えるほど、可愛らしい封筒のことが頭を巡っていた。
ワンルームの部屋の大半を占拠しているソファに座り、封筒を膝に置く。
封を開けようとすると、あの夜のことが鮮明に蘇る。一呼吸おいて読もうと行ったコンビニから帰ってきても、やっぱり開けられない。
何度も、読もうとしては止めを繰り返していると、いつのまにか空には月が浮かんでいた。
「あとは野となれ、山となれ」
そう言って封を切った封筒には、一枚の手紙が入っていた。
—お久しぶりです、先輩!元気ですか?私はぼちぼちです。
そういえば覚えていますか?昔にした星の話。見えている星はもうこの世には存在してなくて、数十年前の光が地球に届いてるって。その話を聞いたとき、すごくやるせない気持ちになったのを覚えています。だって、今、懸命に光っているのに届くのは数十年後、しかもその時には存在してないかもしれないだなんて、そんなの寂しくないですか?(多分先輩はロマンのロの字もないから、わからないと思いますけど!)
でも最近になって、少し考え方が変わりました。たしかに星の灯りが届くとき、その星はこの世にないかもしれない。だけど、その灯りは人を導いたり誰かの拠り所になったりする。そう思えば、一生懸命な星が報われたなって感じがするんです。何ででしょうね?
どうやって話を結ぼうか迷っているんですけど、つまりはそういうことです。
では先輩、体に気をつけて。—
読み終えた手紙をもう一度封筒に戻して、机の上に置いた。多分、洟をすすっているのは夏風邪のせい。
なんとなく、夜空を見たくなってベランダに出ると、人口の光に負けないように輝いている星がいくつかあった。
「馬鹿じゃん」
震えた声で悪態をつくと、一筋の流れ星が溢れた。