未知との遭遇②
遅くなりました……。
ある日突然に異世界へと漂着せし、「地球」生まれの人類たち。
そんな異世界への探索の第一歩として。
彼らが「フロンティア大陸」と名付けた、近傍に在ったこの地へとまず進出して行ったその先での。
まるで運命にと導かれたかの様な、それぞれの初接触は。
まずはこの地の――土着なのかどうかは不明だが、ヒトとは似て非なる亜人種たちとの激突に始まり。
次いで、母国からは遠く離れた、その存在すらも知らなかったこの地にと。
大洋を渡って〝たまたま〟漂着して来ていた〝異世界〟の人類種との、「漂流者」同士の邂逅が生じて。
そして今、遂には〝異世界〟の人類種が行使して見せる、「魔法」の力と言う代物との初遭遇までをも。迎える事となっていたのであった……。
地球世界に生きて来た人類にとっても、「魔法」とは。
それなりに親しみのある概念である事には、間違いは無かった。
もちろん、それはあくまでも。空想の産物と言う代物として、であったわけだけれども……。
現代の文明社会においては、日常の中に娯楽として普及している様々なモノ――例えば、広範な各種のゲームの作品中においては。
そんな〝力〟と魔法使いたちの存在は。ほとんどもうテンプレートが如き、当たり前のものと言っても差し支えないレベルのそれにまでなっている。
それだけではなく、そういったゲームを元に派生する漫画やアニメの劇中においても、当然ながら同様であるわけだし。
更にはそう言った大衆文化の。そもそもの源流ともなった古典的なファンタジー小説を原作とした、CGを駆使したハリウッド製の大作実写映画なども相応に人気を博していたりすると言う様な辺りでは。
単に「魔法」と言う代物だけに留まらず、所謂「幻想世界」と言う概念自体までもが。
それなりに親しみのある代物として定着する様になっている面があるのは、間違いないとは言えただろう。
しかしながら、おとぎ話の中の存在でしか無かった筈の〝それ〟は。
現に今、こうして目の前で実際に示されるものとなっていたのだから――。
明らかに瀬戸際に居る容態であった男性騎士が。
重体である事にこそは変わりないものの、後送に耐えうる余力を残した状態にまで〝瞬時に〟引き戻されて行く!
姫騎士が試みる事を宣言し、発現させて見せたその「治癒の魔法」と言う術の力によって……。
「ッ!?」
「凄い……!」
「こんな事が……」
さしもの精鋭部隊の自衛官たち全員が。それぞれに驚嘆の呻きを漏らしつつ、揃って瞠目させられざるを得ない。
眼前にて展開された魔法が振るわれる様と、それが生み出せしその驚くべき「結果」は。
まさに信じ難いものを見た! と言うより他にない気分を抱かされるのと同時に。しかしながら本物である事を認めるより他に無い、「現実」そのものであったのだから。
目の当たりにしているそんな奇跡への、驚きに染められる彼らの中でも。
指揮官の悠斗に。次席である宍戸准尉と、先任たる稲田海曹長の両熟練隊員は。
同時に興味深く。眼前に見たその力と言う存在への考察として――考え様によっては、著しい〝脅威〟に成り得るかもしれない代物への推論も試みながら、見守っていたのだった……。
そうして、その場に居る皆が注目する中での術式を完了させ。
目論見通りにマリオの容態を生存側へと、ある程度まで引き戻せた事を確認して。
フィオナは大きく一つ、安堵の息を吐いた。
彼女が使ってみせた様な「癒しの魔法」とは。
治癒を試みるその負傷の軽重に応じて一定の時間中、その術式を維持し続ける必要がある類の術である為に。
術者としてその発動と維持の最中に、対象者と繋がる〝感覚〟により。
彼の容態を、「瀬戸際」からは確実に引き戻せた事が判ったのだった。
瞑っていた目を開け、視覚でもマリオの顔色が良くなっている事を確かめてから。
ひとまずの安堵を覚えつつ立ち上がって――フィオナは小さく声を漏らし、ふらりとよろめく。
「おっと!」
傍らで様子を見守っていた悠斗は素早く片腕を伸ばすと、フィオナが無意識的に前に出していたその左手を受け止める格好で、彼女の身体を支えた。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ……。ありがとうございます、ユウキ卿」
すぐに気を取り戻したのだろうフィオナは。
そう感謝の言葉を口にしつつ、支えになってくれている悠斗の腕に右手も添えて、両手でそっと押す形でもって自力で立ち直すと。何やら説明と思われる事を口にする。
「本来以上の威力で魔法を使った分だけ、少しばかり……逆凪が来ました……」
「逆凪……ですか?」
おうむ返しにそのまま口にする事で悠斗は、それは何でしょうか? と言う態度をストレートに示す。
それこそ普段の、身近に触れるサブカルチャー的な諸々にと照らせば。何となく推察が出来るモノではあるものの――
そんなやり取り自体が既に情報収集の一環ともなっていればこその、言わずもがなを敢えてな返しであった。
そして格好の切り口を得たと見ればこそ、悠斗は逆に自身の側から踏み込んでみる。
「いや、驚きました。『魔法』の〝力〟と言うのは、これ程のものなのですね?」
悠斗もまた、一つの探りとして。
今しがた目にした事実に驚嘆させられていると言う事を、敢えて率直に口にしてみせた。
「何しろ、我々にとってはあくまでも、〝空想の産物〟だった筈の代物でしたので……」
「ッ!?」
疑念の類はそこに無く。純粋な驚きと興味を込めて示された、そんな彼の一言は――フィオナたちには、まさに爆弾を投げ込まれるが如き衝撃を与えるものだった。
つい先程。二体の上位種をも加えた、倍以上もの数がいた小鬼たちを。寄せ付けもせずに容易く殲滅してのけた、あの恐るべき武器しかり。
シルヴィアはもちろん、遥かに致命的であったマリオの負傷でさえも対処して見せた、手当の為の道具類と言い。
奇異にも思える見慣れない代物ばかりながらも、いずれも極めて高度な魔導技術の産物であろう事は明らかな装備で固めた彼らが。
なのに、「魔法」については(そのもの的に)知らない?
(果たして、そんな摩訶不思議な話が有り得るのだろうか?)
フィオナたちにしてみれば。まさに前代未聞の……と言っても過言では無い程の、衝撃を受ける一言であったのだ。
とは言え、もちろん彼女たちこの世界の人々とて。
その誰もがことごとく「魔法使い」である――などと言うわけではない。
一口に言えば「魔法使い」とは。
この天地にあまねく充つる「魔素」に対して、〝活性な〟個体――その恩恵をただ受けるのみでなく、自らの側からも。その意志によって逆に働きかける事で、何らかの事象変化を生じさせる事が出来る存在たち――の事をひっくるめて言う。
そして、そんな「魔法」の理を研究する処から派生した「魔導」――何かしらの「魔法」の力を生じさせる仕組を備えた道具、すなわち「魔導具」を造り出す技術の誕生と洗練により。
少なくとも、日常生活レベルで用いられる様な簡便な「魔法」に関しては。
「魔素」に対して〝活性ではない〟――要するに「魔法使い」の素質を持っていない者たちまでもが、その恩恵に預かる事が出来る様にとなっているのだったが。
つまり、「魔導具」を介せば誰でも触れられる力の筈である「魔法」を。〝全く知らない〟などと言う「矛盾」が、どうしたら起こり得るのか? と、ただただ疑問しか浮かばないのと言うのは。
彼女たちからしてみれば、しごく当然の帰結ではあっただろう。
更には加えてもう一つ、そんな疑問点を抱くのよりも先に。
こちらの方が緊急性においてもより優先されるべきであろう、〝重要な事〟がある筈だった。
納得しかねる感情は置いて、ひとまずユウキ卿の言葉をそのまま受け取るならば――むしろそちらの方が遙かに、〝怖ろしい可能性〟を示唆しているという事に他ならない。
物頭であるユウキ卿自身は、むしろ普通に剣を振るって戦う事を主体にしていた様に。細かな相違こそ窺えはするものの。
そのユウキ卿も含めた、小隊の10名全員が。基本的には揃いの装備で統一されている事が明らかに見て取れる、彼らニホン国の魔導兵達の〝その姿〟は。
つまりは、「魔法使い」の才覚は持ち合わせない者たちにまで。
極めて強力な「魔導具」の武器や装備品を、当たり前の様に行き渡らせていると言う事を意味している。
そんな事が本当に出来てしまう様な国が、はたしてどれ程の国力を持っているのか? 想像するだに慄然とさせられる。
噂に聞くのみな、彼方の超大陸に覇を競う列強国たちでさえも。そんな真似が可能かどうかは判らない。
しかし現に今、こうして目の前に。
そんな存在である彼らが立っていると言うのは、紛れもない事実なのだから。
神の視点で見れば、この時点では多分に誤解な部分を交えながらも。
フィオナたち一行の側もやはり同様に。「現実」がそうである事を認めるより他に無い……と言う心境でもって、悠斗たちに向かい合う以外には無かったのだ。
故にフィオナとしても、純粋に興味を引かれてもいると言う個人的な事はさて置いて。
立場的にも、〝彼ら〟の事をもっと知らなければ! と言う姿勢に成らざるを得ず――かつそうすべき状況でもあった事は。
おそらく悠斗たちと、フィオナたちの双方いずれにとっても。等しく〝大いに幸運な事〟であったのは確かだろう。
(やはり、〝彼ら〟は……。そのいでたちだけに留まらず、相当に特異な存在である様ですね……)
そう内心で頷きながら、フィオナも応じた。
「過分なお言葉を頂き恐縮です、ユウキ卿。ですが、『魔法』と言うものも――おそらくは卿がお考えでいらっしゃる程には。万能にと言うわけでもないのですよ?」
「そうなのですか?」
興味深げな様子のままでいる悠斗に。
フィオナは同じく率直な物言いで、実状を伝える。
「はい。実際、魔法的な活性度によって発揮できるその力の強弱も、大きく左右されますし。現に私も、こちらのシルヴィアにも治癒の魔法を使いたいと言う思いは有るのに。無念ですが、今日の所はもうその余力が残っておりませんから……」
フィオナはそう呟くと、傍らで座り込むエルフ騎士に向かって「ごめんなさいね、シルヴィア」と、詫びる言葉をかけた。
そんな主の無念に、騎士シルヴィアは感謝と恐縮をない交ぜにした声で応じる。
「姫様……とんでもありません! 生命の危機には程遠い私などより、マリオ卿の方が優先されるべきなのは〝当たり前〟です」
もしここでフィオナが、そんな気持ちだけで突っ走るが如きの無理をする様ならば。
それこそ自身も失神するか、良くても意識朦朧の状態に陥るのが関の山だろうと言う、状況を更に悪化させる結果をただ招くだけとなる事は明白であったので。
フィオナはきちんと冷静に、出来る事と出来ない事をわきまえつつ――しかし、自身に術者としての才覚がいま少しあれば……と言う無念も噛みしめているであろう事が判る故に。
シルヴィアとしても、自身の喫した不覚に対しての自責の念がいや増してしまう格好だった。
「……よろしいですか?」
と、彼女たちのそんなやり取りがちょうど途切れたそのタイミングで。悠斗は注意喚起とも言える、一つの事実を指摘する。
「非常に興味深いお話です。叶うのであればこのまま詳しくお伺いしたい処ですが、そちらのマリオ卿……でしたか? 未だ重体なままである事には変わりありません。一刻も早い本格的な治療が望まれますが、この場で出来る事はどうしても限られます」
彼女たちが、揃ってそれに頷くのを確かめて。
そして悠斗はおもむろに、本題となる自方からの〝提案〟を切り出す。
「そこでなのですが、現在この地に〝我々〟が同盟国軍と共に構築中の前進基地の方に。皆様方の受け入れを打診してみようと思います」
「同盟国軍との、前進基地へ……?」
その言葉の〝意味する事〟への意識が、今度はフィオナにおうむ返しなつぶやきを漏らさせた。
好意からの提案であると言う事、それ自体は掛け値なしに本当なのだが。
もちろん同時に、そうして自方からの誘い水となる駆け引きの要素を含ませてもいるわけなので、悠斗はそのまま踏み込む。
「そちらであれば、充実した医療用の各種設備に、専門の人員も準備されておりますので。マリオ卿だけでなくシルヴィアさんにも、きちんとした治療をご提供する事が可能です」
いかがでしょうか? と言う表情で水を向ける悠斗にじっと相対し、次いで傍らのシルヴィアとターニャに顔を向けるフィオナ。
ターニャは、「仕方ないですかにゃ」と言いたげな同意の頷きを返し。
逆にシルヴィアの方は、「姫様、いけません!」と言いたげな反応を見せて来る。
そしてフィオナは、友人たち二人に向かって安心させる様に微笑むと。再び悠斗へ向き直ってはっきりと頷いた。
「それは、願ってもありません。ユウキ卿、どうかよしなにお願い致します」
「判りました。宍戸さん、基地への連絡を行います。他の各員は撤収の用意を!」
悠斗の提案にフィオナが同意した事で。ひとまず次なる段階への状況進展に向けての行動が、一気に活発化を始めたのだった……。
それから数刻の後――フィオナ候女一行を伴った結城小隊は。
前進基地より回収機会合地点として指定された場所である、今朝方に輸送ヘリコプターで降ろしてもらった森の切れ間の平地へと戻って来ていた。
どうしても片脚を引きずる事になるシルヴィアには、フィオナとターニャが両脇から肩を貸し。
意識を失ったままの騎士マリオは即席で作った担架に載せて、男性の小隊員二人で交代しつつ担いで運ぶ事にして、元来た方へと引き返す格好である。
剛人らしく、強靭な体格をしているマリオだけに。
意識を失ったままの逞しく筋骨隆々な重いその身体を運ぶと言うのは、特殊部隊である結城小隊の隊員たちにとっても結構な重荷ではあった。
その為に、担架を前後で担ぐ二名の装備の一部は他の男性陣が、分担して運ぶ事になったのだったが。
それに当たっては隊長である悠斗と、次席である宍戸准尉も進んで引き受けている姿にも。フィオナたちは驚きの念を覚えさせられつつ、同時に感心もさせられていた。
彼女のラハミ家においては。むしろ彼らと同様のスタンスであるべしと言うのが家訓だったが。
母邦であるマズダ連合の軍全体の傾向においては。貴族階級の将校は、平民の下士官・兵とは悪い意味で一線を引いている事も決して珍しくはない傾向があるだけに。
ごく自然に行われて見せている、彼らのその様な部分も。フィオナたちにとっては率直に、好ましく思えるものだったのだ。
そしてそういう辺りからも、彼女たちの側の――特に騎士シルヴィアのだが――悠斗らに対する警戒心は、自然と解されて行く事になる。
加えて言えば。「魔法」のインパクトぶりに大分持って行かれてしまっていた部分も有ったからなのだが、見たところでは常人のみでもある彼らが。
こちらも初めて実物を目にした格好となる、獣人であるターニャや森人であるシルヴィアの事を。ごく普通に受け容れて、自然な応対をしてくれていると言う点も地味に大きかったわけだが。
まあその辺りは、〝ファンタジー的なものの受容に下地のある〟「日本人らしさ」の。良い意味での発露であったのかもしれない。
ともあれ、適宜の小休止とその都度の。マリオとシルヴィアへの容態と手当てした部位の再確認、補正処置も繰り返しつつ森の中を進んで行く途上でも。
互いにぽつぽつと情報交換は交わされて行ったので。ある程度には、そんな共有する時間の中での「相互理解」を進める事も出来ていたのであった。
そして――。
「にゃッ!? あ、甘いにゃあ~!」
口いっぱいに広がるやさしい甘みに、歓喜の交じった驚きの声を上げるターニャ。
その傍らではシルヴィアとフィオナの二人も同様に、揃って目を見開いていた。
「こ、これは……ッ!」
「本当に、何と言う上品な甘味なのでしょう……」
行動中に手軽に摂れる栄養補給食として、悠斗が携行していたA羊羹が。異世界の女騎士たちにも、口福をもたらした瞬間だった……。
目的地である森の切れ間に広がる草地へと無事に辿り着き、その端で待機の休止を指示した悠斗は。
「ここで、迎えを待ちます」
フィオナたちにもそう告げたのだが、そのタイミングで。
ターニャのお腹が「くう……」と、かわいらしい音を立てて応じたのだった。
顔を赤らめ、恥ずかしそうに苦笑するターニャに。
「ああ、これは気付きませんで」
と、恐縮の体で応じて。
とりあえずの腹の足しにと、悠斗は携行していた保存食の羊羹を開封し、「こちらをどうぞ」と彼女たちに手渡して行く。
配られた、赤地に白で何やら描かれている掌サイズの四角い物体を手にして戸惑っている様子の三人に。
悠斗は「真似をしてみて下さい」と言って、自身も手にした同じ物の包装を剥いて中身を出すやり方を実演して見せる。
そうして現れたその中身――煮凝りを。
そのまま口に含んで囓り取る事で、食べられる物ですよ? と言う事を実証して見せるが、流石に彼女たちの反応は鈍かった。
(まあ、確かに。一見して食べ物には見えないかもしれないか……)
悠斗は内心で苦笑気味にひとりごちる。
地球世界においても、小豆を甘く煮ると言う文化は欧米人には一般的に、奇異なものに思われると言う様な実例も有るわけなので。
ましてや異なる世界の住人たちともなれば、むべなるかなであっても不思議はあるまい。
(同じ紙箱から、目の前で開封して配った物を口にして見せているのだから。毒や何かだと言う疑念こそは大丈夫かとは思うが、やはり……厳しいかな?)
と、悠斗がそこまで思った処で。
諸々の事に好奇心が強そうな様子をうかがわせていた猫の獣人が。眼前まで持って行った羊羹の匂いをすんすんと嗅いで、放たれる甘い香りに引き寄せられる様にその端をおずおずと口に含み――。
かくして、冒頭の様な反応に繋がった次第である。
とにかく一口、喫してみれば。見た目とは裏腹な優しく上品に広がる甘味に、後はもう推して知るべしで。
羊羹は瞬く間に消えて無くなったのだった……(一箱5本入りの残り1本分は、ターニャの〝おかわり〟となっていた)。
伝統の甘味が順当にその効果を発揮した格好であったが、それで良かったのかもしれない。
何故なら、口にするのに躊躇ったままでいたならば。
せっかくのそれも。食べ終えぬ内にか、下手をすれば口にせぬままに、取り落としてしまう事となったかもしれないからだ。
「……にゃッ!? 〝何か〟がこっちに来るにゃ!」
羊羹でひとごこち付いたばかりのターニャの耳が、ここでもいち早く。
こちらに向かって徐々に近付いて来ている、遠雷の様な重低音を捉えた。
耳慣れない音――ではない!
先日来、探索行実施に当たっての要注意事項の。その筆頭に置いて臨む様にとさせられている所以でもある、実際に二度の〝遭遇〟も経験していた魔導騎とも幻獣ともつかない「謎の存在」が。
その姿を唐突に現す際のそれに、類似している轟き!
咄嗟に、すぐ横に広がる木々の間へ駆け込もうと腰を浮かしかけて。
ユウキ卿をはじめ日本国軍側の誰一人として、微塵も慌てた素振りを見せていない事にタ-ニャは気付く。
横目に同じ様にしかけていた姫様とシルヴィ姉も、やはりそれと気付いた様子が映った。
「流石、きっちり予定通りですね……」
そう呟いて頭上を見上げるユウキ卿の頭上を。
前方にそれぞれ回転する刃の様な物が付いた両翼を広げる、蜻蛉の様な姿形をした魔導騎と思しきモノが。轟音を響かせながら駆け抜けて行く。
過去二度の遭遇時とは、比較にならない程の低空を。よりゆっくりと(それでも、彼女らが知るどんな飛空騎よりも速いが)飛び抜けて行ったそれは。
ユウキ卿たちがその身に纏っている服程のきめ細かさでこそはないものの、やはり同様の印象な濃淡複数の青系の全身をしていた。
「ご心配なく。お話をした迎えが来ました」
こちらを安心させる様に、振り返って言うユウキ卿のその背後の頭上で。
続けて姿を現した、先程のトンボ型魔導騎とは似通ったシルエットと色合いをした、しかし〝更に大柄なそれ〟が。
翼の前で回っているものを斜め上にと傾けながら、ゆっくり舞い降りて来ようとしていた……。
(しかし、MV/SA-33Jの直掩付きとは……。司令部も張り込んだな……)
無事に着陸して、直ちに重体の騎士マリオ卿の収容に掛かり始めている救難輸送機のHV-22――〔ホスプレイ〕の非公式通称で呼ばれている、V-22〔オスプレイ〕の発展改修型機の一つだ――の頭上で。
同様に、プロペラの付いた両主翼を直立させての空中静止に移って。
そのまま直上からの警戒監視に当たっている、双発偏向翼偵察哨戒/攻撃機を見上げながら。
悠斗は微苦笑と共に、前進基地司令部のその〝意気込み具合〟と言うものを如実に感じ取らされていた。
異世界人4名と遭遇、保護した。うち2名が負傷し、1名は生命に危険性のあるレベルの重体。
至急の収容を求める……と言う、自身が行った連絡と要請が呼び起こせし反応の、予想を超えるその手厚さぶりに。
これは、司令官の判断かも知れないな……と、そう予感を覚える悠斗だった。
〔ホスプレイ〕を送り込んで来るの自体は、普通に順当ではあるだろう。
原型機の〔オスプレイ〕から、機体を拡幅させて。容積を増したそのキャビン内を専用設計の機動衛生ユニットとした、早い話が「空飛ぶICU」である。
原型機と同様に垂直離着陸も可能な能力と、プロペラ機並みの巡航速度で長距離を飛行できると言う、固定翼機と回転翼機双方のいいとこどりな機体特性を活かして。
平時から、小笠原諸島や南西諸島と言った離島地域の救急医療支援にも活躍している、航空自衛隊の救難隊に所属する機体だ。
当然、前進基地に付帯する滑走路の整備は最優先課題として早々に着手され、昼夜兼行での作業が進められている最中ではあったのだが。
流石にまだまだ、運用開始までには程遠い環境下であるが故に。
当面の間は脇役に成らざるを得ない立場となっている航空自衛隊からの、数少ない当初からの派遣部隊であり。
実際にその装備と能力が、遺憾なく発揮される状況であるのだと言えたわけだが。
しかし現状、航空機はおろか翼竜の様な巨大飛空生物も含めての、航空脅威となりそうな存在は一切確認されていない状況下にありながら――
だからこそ悠斗たちも、輸送ヘリコプターの単機飛行でここにと送り込まれて来ていたわけなのだけども。
にも関わらず、わざわざ護衛機までをも一緒に寄越す辺りは。
初遭遇を迎えた異世界人たちの存在を。如何に重要視しているのかと言うその意志の、体現そのものだと言ってよいだろう。
石橋を叩いて渡る。の格言を体現するが如き、念には念を入れている措置であるとも言えるのだろうが。
幾ばくかの金を惜しんだ結果として、金では決して購えないモノを喪うなどと言う事にでもなったなら……それこそ本末転倒だ! と言う、正当な意味合いでの〝現場的発想〟に基づく対応だと言えそうな辺りから。
悠斗は、統合指揮官の直裁を予感していたのだった。
「機内でも相応の医療処置が可能なこの機体で、まずマリオ卿を先に基地に運びます。もう2名程同乗が可能と言う事ですので、宜しければシルヴィアさんにもご一緒頂ければと思います。小隊からは、岩瀬二曹を同行させましょう」
降りて来た空自の士官と手短に打ち合わせを行った悠斗は、フィオナたちに向かってそう提示する。
マリオのついでの様な格好ではあるが、彼女も矢傷を負っており。やはり本格的な検査と治療が必要な立場ではあったし。
また、もしマリオの意識が戻ったりする様な事となった場合には。見知った顔が在った方が良いだろうと思われると言う辺りの事も、含めての話だ。
更には、応急手当てを行った本人でもある岩瀬二曹を同行させる事で。
継続しての応対に当たらせるのと共に、分乗となる格好に対しての配慮だと言う点も抑えていた。
眼前で新たに目の当たりにさせられたものに、流石に唖然とした格好でいたフィオナ一行は。
もはやどこか諦観に至ったかの様に、その提案にも素直に頷いたのだった……。
(私たちは本当に、〝とんでもない相手〟と遭遇してしまったのですね……)
乗り心地も存外に良いものであった飛行機械の、左右に並んだその騎内の座席に身を預けて。
フィオナは、一面に広がる樹海を窓ガラス越しの眼下に見下ろしながら。無言のままに自身らが置かれている「奇妙な現実」を、改めて反芻していた。
ユウキ卿に尋ねてみた処、自分たちがこれまで二度に渡って遭遇したあの〝謎の飛空騎たち〟も。
今、自分たちが乗せられているモノと〝広い意味での〟「同類」なのだと言う話であった。
そして、先発するマリオとシルヴィアを乗せた〝それ〟が舞い上がった後に。
代わって姿を現し、降りて来たやや小ぶりなもう一騎――こちらは、名をV-15J改と言うそうだが――の客室内へと。
今度は自身もターニャと共にその騎内へ乗り込んで、空を飛んでいる……。
その不思議な感覚は何とも、形容するのが難しかった。
宙に舞うと言う事。それ自体はもちろん、普通に心得も有る事だった。
自家の所領が湾内に浮かぶ島々である関係で、いざと言う時には自身でも乗りこなす事が出来る様にと。子供の頃より家士の飛空騎士たちからの、基本的な手ほどきは受けていたと言う事もあるし。
更には長じて、騎士や魔導師を養成する「学院」に入ってからも。
訓練の一環として、飛空騎士の途を目指さない多数の者たちも含めて全員一律の、実習課目の中に。
天馬や鷲獅子の背に騎乗しての飛行訓練を、しておくと言うのも必須として組み込まれてもいるからだ。
実際に「飛空騎士」たちの視界や、その〝感覚〟と言うものを。自らも体感で識っていなければ。
それらを指揮下に運用したり、またそれらを相手取るのはどういう事であるのか? と言う辺りの実際を、理解する事は出来ないのだから。
だからこそ、逆に良く判ってしまうのだったが。今こうして飛んでいる〝これ〟は――自分たちが識る〝飛ぶ〟と言う行為とは、全くの別物過ぎた。
おそらくは自分たちが知るどんな飛空騎よりも、速く飛んでいるのであろう筈なのに……。
本来ならば身に吹き付ける風の勢いも、冷たさも。一切感じる事の無い、快適そのものな室内。
さしずめ、大海原を往く〔ファルカン号〕の船内に居る様なものであろうか?
その「船」が、水の上では無く空を駆けているのだと〝言うだけ〟で。
こんな代物は、一体どれ程に高度な魔導技術の結晶であろうか? と、そう思うしか無い様な〝それ〟が。
しかしユウキ卿たちが言うには、魔導どころかその前提たる魔法にさえも一切関わりの無い、純粋な技術の産物――巨大な機械仕掛けの「道具」なのだと……。
単に聞くだけであったならば。誰にも真面目に取り合われる事さえないだろう、突拍子も無い冗句だと受け取られるだけなのは間違いない話。
しかしそれは、ここに至るまでの否定し得ない数々の実体を伴ってその姿を現している、紛れもない「現実」そのもの……。
正直に言えば、逆に理解の範疇を〝超え過ぎて〟いるからこそ。
圧倒され気味に、ただ受け止めるしかないと言う体にとさせられてしまっているだけで。決してそれを、呑み込めたわけでは無いのだった。
だからこそ、中途半端に落ち着いて来てしまったその後が、いささか怖くなって来る。
自分は今、何処にいるのか? いや、そもそも――果たしてこれは、「現実」なのか……と。
そんな漠然とした不安を覚えて。フィオナがそれを紛らす様に、視線を無意識に騎内の方へ巡らすと――。
通路を挟んだ対舷側の席で、座席に備え付けの板を出して何やら作業をしていた様子のユウキ卿が。それに気付いて顔を上げた。
穏やかな微笑みを浮かべつつ、気遣わしげに(大丈夫ですか?)と言う配慮の目を向けてくれているのを見て。
フィオナはそんな驚かされ続けな処からに根ざした、漠然とした不安感が。何故だか不思議に、すうっと薄れて行く様に思えたのだった……。
(そうですね……。確かに〝彼ら〟は、 私 たちの理解の範疇を大きく超えた存在。それでも決して、心を通わせられない相手ではありませんもの……)
それは、ここにと至るまでのユウキ卿が。その麾下の兵士たちと共に、自らの行動でもって証明してみせてくれていた確かな事実だった。
そして、そんな相手と邂逅する事が出来たと言う望外の幸運を、天に感謝すべきだと。
そう思う事が出来る様にとなりさえすれば――フィオナは良い意味で開き直ってしまえたのだ。
そしてフィオナ候女が、そんな吹っ切れた表情に変わるのを目にして。
自身も内心で良かったと安堵を覚えた悠斗は。これならもう大丈夫だろうと。
「もうそろそろ見えて来る頃ですよ?」
と、彼女に窓から前進基地とその周辺が俯瞰できる事を知らせる。
促されて再び向き直った窓の向こうに見えて来た、海岸近くの平地に構築されている巨大な六芒星を模ったと思しき形状の大城砦の姿に。フィオナは息を呑んだ。
と、そこで騎体が降下しながらの旋回を始めた事で。別な方向への視界が広がって――そうして新たに見える様になったその眼前の湾内にも。
やはりこちらも同じく怪物の様な大きさの、全身を灰色に染め上げた帆の無い艨艟たちが。幾つも浮かんでいる様子が見えた。
初めは〝それら〟がフネであるなどとは思わず、湾内に浮かぶ小島を丸ごと城砦化したのか? と言う風に錯覚してしまっていたのだったが。
よくよく見るとそれらの多くが、後ろに白い航跡を曳いていた為に。〝誤解〟に気付いたと言うわけだ。
またしても、衝撃的な光景を目の当たりにさせられる格好となったフィオナだったが。
もう腹を括る事が出来ていたせいか? 純粋な驚きを覚えさせられこそはしていても、それで心を乱される様な事は無かった。
(果たして、この邂逅の「結果」がどうなるか? 全く判りませんが、ここまで来たなら思い悩んでいても仕方ありません。私達に出来る事へ、ただ全力を尽くしましょう……)
そう内心に想いを秘めるフィオナたちを乗せて。
護衛機を従えて飛ぶ、要人輸送仕様型のV-15J改〔パール〕は。前進基地内の離着陸パッドに向けての、ファイナルアプローチへと入って行った――。