初接触は、黒歴史
機体両舷のスライドドアが開け放たれ、森の木々の頭よりも低く降下しているのが見える。
そして地表すれすれまで降下した機体が、ホバリングに移ったと見るやいなやのタイミングで――。
「総員、降機!」
鋭くそう号令をかけつつ、自身が先頭に立って飛び出して行く先任役の宍戸准尉に続いて。
各隊員たちも順次、淀みなく機外へと迅速に駆け降りて行く。
麾下の小隊員たち、9名全員の降機を自身でも見届けて。
「お世話になりました!」
「おう! 頑張ってな!」
最後にヘリコプターの乗員たちへ、ここまでの空輸の労に感謝を述べると。
武運を祈る言葉を背に受けながら、結城悠斗2尉は自身も機外へと駆け降りる。
大森林が一面に広がる中でまばらに点在している、その僅かな切れ間となる草地へ。
ワイヤー滑降での降下はせずとも済む様にと、わざわざ降ろしてくれた陸上自衛隊のUH-60JA〔ブラックホーク〕が。
強烈なダウンウォッシュを叩き付けながら再び上昇し、機首を巡らして飛び去って行く。
敬礼を送ってそれを見送った悠斗の傍らに、8名の小隊員たちを従えて寄って来た宍戸准尉が。
ベテランらしい年季の入った態度で敬礼し、申告する。
「小隊長。小隊総員、降機完了! 全て問題ありません」
「了解です、宍戸さん」
悠斗は穏やかな表情で応じると、号令を掛けた。
「それでは、行きましょうか。先ずは、航空偵察で確認された指定ポイントを目指してですね」
「ええ。ここからですと南西方向に、ざっと4キロ程度と言った処でしょうか……」
そんなやり取りを交わしながら歩みを踏み出す両者の周囲に。付き従う8名の小隊員たちが各々、位置取りを定めながら動いて。
警戒偵察の隊形を形作りながら、彼らは眼前の森林内へと踏み込んで行くのだった……。
不意に〝遭遇〟せし未確認生命体たちからの、一方的な襲撃と言う先日の一件は。
フロンティア大陸へ進出して同地の探索を進めていた統合任務部隊のその活動にも、確実に影響を与えていた。
本職である日本国の自衛官や、米台両国の軍人たちにとっては。
この地も、毛並みを異にするだけの〝戦地〟であると言う意識を、改めて喚起すると言う事だけで基本的には済む話であったが。
未知の大陸での「調査隊」として。共に活動する為に帯同してやって来ている、学者や専門家たちに関してはそうも行かない。
元より仮設前進基地の敷地外における、彼らによる日々のフィールドワークに当たっては。
当然ながら、事故や土着の野生生物への警戒等の為にと言う主旨で。護衛の部隊が、必ず割り当てられる格好にされてはいたのだったが。
とは言えそこは。興味を引かれる物珍しげなサンプルには事欠かない、手付かずの自然環境下であると言う――それらの人々にしてみれば。
「まさか、こんな〝環境に〟巡り会えるとは!」
と言わんばかりに。歓喜の声を上げたくなる様な要素ばかりの、魅力的な土地であったわけなので。
いくら仕方が無い事――それが性と言うものであるとは言えだ。
ついつい気になるモノを目に止めては。あっちへふらふら、こっちにふらふら……な状態になりまくると言う構図へと必然的に陥ってしまっており。
「〝職業:軍人〟である筈なのに。すっかり『おおきなおともだち』を相手の、保父さん保母さんにさせられた気分だった……」
と、後日に多くの派遣隊員たちが苦笑交じりにそんな述懐をする事にもなる様な状況下。
護衛する側としても、常とは違う形と意味合いでもっての気苦労が絶えない日々であったのだった。
元からして、そんな状況であった処へもって来ての――そこへ新たに、未確認生命体の出現だ。
だからと言ってそれを理由に探索調査の手を止める、あるいは緩めると言うわけにも行かない以上。
そんな民間人たちに配する対策の体制についても、見直しが急務となる状況だと言う事で。
結果、そちらへと割かれる人員が当初の予定よりも増やされる事になる分だけ。
イコールでそれは、基地から離れての現地踏破に当たる将兵たちの負担が増すと言う事を意味してもいたわけだったが。
ならばと、前進基地の設営に当たる方面から人手を割く様では。それはそれで同様に、本末転倒な話になるので。
まあ、やむを得ないと言う事であったのだけれども。
日本国国防軍海上自衛隊に所属する結城悠斗2尉は、その様な状況の変化による〝影響を受ける側〟の一人として。
その日も自身が指揮する小隊員9名を率い、探索担当エリアとして割り当てられていた森林内を踏破偵察中であった。
直接的に足で稼ぐ者たちのその総数が目減りを余儀なくされた事も受けて。
実地偵察行の「体制」そのものに対しても、当然〝見直し〟は図られていた。
もっとも、一つには。
航空護衛艦〔ずいかく〕を基点とする、その艦載戦闘機を用いた毎日の航空偵察行によって。
積み重ねられつつある「情報」に対してのより詳細な解析の方も、徐々に進展しつつあり。
そしてそれらの中に、人型の二足歩行生物のものだとおぼしき外線画像上での〝影〟が確認される物も。
幾つか散見されたと言う新たな要素が加わる様にもなって来ていたからだった……と言う面も有ったのだけど。
もちろん、流石に鮮明な……とまでは言えないレベルであり。
また、そのサイズ的にも(人間の大人を基準にすると)子供並みに小さいか、もしくは逆に大き過ぎたりする辺りから言って。
土着の類人猿の型類が棲息している事を示すものと考えられる――と、当初は思われていたわけだが。
そこへと湧いて出たのが先日の「仮称:ゴブリン」たちとの遭遇と、それらによる襲撃の一件であり。
現在も詳細な分析作業は続けられているその最中ながらも――暫定的にではあるが、
「〝人間とは全く異なる〟人型知的生物であろうと目される」と言う見立てが出ている。
そうして動かぬ現物付きで、そんな未確認生命体の実在が確認されてしまったからには。
空撮画像群の中に捉えられた、それら〝問題の影〟が。
同じくそんな未確認生命体たちのものである可能性を、真剣に考慮する必要が有ると言う話になって行くのは自明であった。
その結果が、そういった〝影〟とおぼしきものが確認された幾つかの地点を中心にして仮想のグリッド線で区分したエリア内を、一つずつ重点的に踏破探索し。
その実在ないしは、存在の痕跡を確認する事を念頭に置いて。
戦闘能力は当然として、偵察行動にも長けた戦力をピンポイントに送り込んで当たらせると言う方針を軸に据えた態勢へと、切り替えられていたのだ。
そして、そんな内陸部での作戦行動だと言うのに。
海上自衛隊所属である筈の悠斗たちが、普通にその列中へ加わっているのは。
この地へ向かう〔しらせ〕の艦上で、外交官の多岐氏が聴かされた言葉の通りに。
彼らが「船乗りではない海上自衛官」であるからに他ならない。
実は自衛艦隊よりもそちらの方が規模的には大きかったりする、航空隊の各関係要員を筆頭に。
母港となる各地の基地の運営要員など、そうした船乗り以外の海上自衛官と言うのは、イメージとは真逆で相当に多いわけなので。
悠斗の言葉は間違いなく事実である事は、その通りなものの。
しかし同時に、その全容を詳述しているわけでは無いと言う事でもあった。
そして彼が意図してそういう言い方をしてみせていたのも、自身のその立ち位置が。
それらの内でも、殊に〝特殊な存在〟であったからに他ならない――。
すなわち彼らは、所謂「特殊作戦に従事する為の専門要員」なのだ。
日本国国防軍海上自衛隊の保有する特殊部隊としては、「特別警備隊(Special Boarding Unit)」が。
一般にも、その存在自体については知られている。
そして、それと並立する〝もう一つの海自特殊部隊〟に位置付けられる、「海幕特別支援隊」――。
略称がそのまま部隊通称ともなっている「海援隊」こそが、悠斗たちの原隊なのだった。
なお、ここで言う「支援」とは。もちろん〝自衛隊用語〟としてのそれである。
更にはその頭へ、「特別」の二文字も冠させている辺りからも推察される様に。
海上自衛隊の軍人組トップである海上幕僚長、海上幕僚監部の直轄下に在る戦力として柔軟に活用されているのが、彼ら「海援隊」であった。
「SBU」に「海援隊」の両隊とも。
その規模でこそは、陸上自衛隊が誇る「特殊作戦群」に比ぶべくも無いが。
合衆国海軍の特殊部隊として名高い「Navy SEALs」の、その海自版とでも言うべき存在として。
いずれもその練度と能力においては、陸自の「特戦群」に勝るとも劣らない実力を有する、少数精鋭の部隊であるとの評価を受けており。
本家の「SEALs」同様、空挺降下も陸戦もと言う具合に、その領域を問わずに活動可能だが。
「SBU」と比較して「海援隊」の方は、むしろ合衆国海兵隊の「武装偵察部隊」に近い性格が強くなっている部隊だと言えた。
名称のとおり、海を主たる活動領域としている海上自衛隊ではあるが。
各地の軍港や飛行場と言った、自らの活動拠点となる陸上の要地に関する基本的な警備については。
管轄権者として、自前で行える様にするための戦力である「陸警隊」を、当然ながら保有しており。
非公式な、「海自陸戦隊」と言う通称でもって扱われている事例が多い。
まあ、そうした些か大仰にも思える呼ばれ方が広まっているのには。
それらに加えて、更に〝別格〟な独自の本格的陸戦戦力である「特別陸警隊」も存在しており。
いまや半ば公的に「陸自海兵隊」とも呼ばれている、陸自側のカウンターパート部隊となる「西普団」(規模的には、こちらの方が大きい)との合同で。
日本国では唯一の本格的な水陸両用作戦対応部隊となる「両用戦機動団」を編成していると言う、背景があるからなのだったが。
そうした専門的な実動部隊が存在している関係で、連携するその先遣隊として。
先駆けて敵地への隠密上陸に偵察、誘導と言った任務を担う存在も必然的に希求されて来るわけで。
結果、海自としても。
英国海兵隊の「特殊舟艇部隊」や、合衆国海軍の「Navy SEALs」を参考にする自前の特殊部隊創設を試み。
西側諸国の一員として参戦した、ベトナム戦争や湾岸戦争において得た様々な戦訓も加えながら現在に至ると言うわけだ。
そんな具合に、組織としては様々に変遷を重ねながらも。
相応に年季の入った部隊となっている、現在の「海援隊」に所属する悠斗たちも。
今回の新大陸合同調査部隊への日本国からの派遣戦力が順当に、「両用戦機動団」をその主力として編成されていた為に。
呼応する海自側の陸上前線活動戦力として、こちらも当然の話で駆り出されていたのであった。
その様な経緯があって、この日もまた偵察行に入っていた結城小隊――本来ならば「班」扱いの人数である10名で、正式に「小隊」として扱われているのも特殊部隊ならではのものだったが――は。
最初の目的点であった指定ポイントまで到達し、近辺の捜索を行っていた。
その結果、そこから少し離れた場所で。
明らかに道具によって狩られ、そしてそのまま乱雑に食い荒らされた格好の四足歩行型動物の遺骸を発見する。
その状況を調べた見立てでは、まずは矢を命中させて弱らせたところを追いかけ、棍棒辺りで撲殺して仕留めたものと推察されたのだったが。
そうして道具を用いていると言う一方で、その食い散らかしっぷりの方は――。
最低限の調理と言う行為すらも行う事無く、そのまま生肉にかぶり付くと言うやり方をしているものであった為に。
過日の初遭遇後の検屍で調査された、その胃の内容物の分析報告とも一致する、かの未確認生命体たちの。
おぞましさを覚える〝その生態〟が、よりうかがえるものに思われた。
「いずれにしても、このままの偵察行を続行する過程での遭遇可能性も高いでしょうな」
「同感です」
宍戸准尉の見解に悠斗も頷き、小隊は即時戦闘警戒態勢なままでの慎重な偵察行を再開する。
そうして獣道を辿る格好で、更に1キロ半ほども進んだ頃合いで。
集団の先頭寄りの中央に立って進んでいた悠斗が不意にその足を停めると、向かって左斜め前方へ静かに顔を向けた。
そんな小隊長の動きを視界の端に入れるや、打てば響くかの様な反応で。
副小隊長が無言のままに左腕だけを立てて合図を送り、進んでいた隊員たちを一斉にその場で立ち止まらせる。
〝何か〟を窺っている小隊長からの、次なる指示で即座に動ける様にと言う構えで。
そのまま周囲を警戒する態勢で、しわぶき一つ無しの沈黙を保ったまま待機する宍戸准尉以下9名の小隊員たち。
吹き抜ける風が揺らす木立の微かなざわめきや、小さく聞こえる鳥のさえずりと言った〝自然の音〟だけが聴こえる状況が暫し続いて――。
彼方へ静かに耳を澄ましていた悠斗がそっと右手を挙げると、その手指で幾つかのサインの形を作って見せ。
最後にその手を、彼が見やっていた方向に向かって振り下ろした。
交戦態勢、前進、静かに。
そのハンドサインだけで、既に指示としては充分であった。
悠斗が自身で直卒するA分隊と、宍戸准尉が受け持つB分隊の、各5名ずつに分かれて。
交互に先駆けと後方援護の役割を入れ替えながら、接敵すべく静かに前進する態勢だ。
そうして指示された方向へ、音を立てぬ様に進んで行くと。
やがて誰の耳にもくぐもった喊声と、闘争する物音がはっきりと届く様になって来る。
一つは非常に耳障りな音として聞こえる、複数の〝意味不明な〟しゃがれ声であり。
そしてもう一つは、普通に日本語として聴こえる若い女性たちの声であった!
果たして、静かに森の中の開けた場所の端へと辿り着いた小隊の眼前に姿を見せたのは――。
まずは20体ほどの群れで内向きの輪を形作っている、腰布だけを身に付けた「仮称:ゴブリン」たち。
さながら近年流行のハリウッド製ファンタジー映画に登場する、CGによって描き出された邪悪な妖精や、SF映画の異星人などを想起させられる姿形をしている。
そしてそれらが組む包囲陣の只中に立つ、こちらもまたファンタジー映画やゲーム作品で登場するが如きいでたちの。
西洋式形状と見える長剣を構えてそれらに対峙している、騎士然とした銀髪と、茶色の髪をした2人の若く美しい女性たちであった。
彼女らの傍らには地面に倒れたまま動かない、似た様ないでたちの大柄な壮年男性と。
足に矢を受けたのか、上半身だけを必死に地面から起こして相対そうとしている、やはり若い金髪の女性の姿があり。
更にその手前には、彼女らを包囲しているのと同じ未確認生命体たちが3体、倒れ伏している。
立っている女騎士2人の、銀髪の方が手にしている細身の長剣に。茶色の髪の方が二刀流でそれぞれ構えている短めな長剣と、長めの短剣も。
いずれもその刃は既に青緑がかった血にと濡れていて。
その足下に転がる未確認生命体は、彼女たちに斬り斃されたのだろう事を示していた。
彼女たちがそうして守っている、地に這って必死に上体を起こそうとしている金髪の女性騎士が。
「姫様! 私たちに構わず、お逃げ下さい!
「ターニャ、あなたも! 姫様をお守りして、早く行きなさい!」
自分たちを固守する構えでいる銀髪の女騎士の背中に向かって、そう必死に声を上げ。
更には同僚だろうか? もう1人の茶色の髪の女騎士に対しても、この場からの離脱を促している。
そんな風に言われながらも、こちらもやはり逃げようと言うそぶりも見せない、ターニャと言う名らしい茶色の髪の女騎士の頭頂部には。
どう見ても猫――イエネコのそれの形をした耳が飛び出している事に、自衛官たちは気が付く。
無論のこと、マインドセットが〝戦闘モード〟に入っている状態下の今は。
それすらもただ眼前に展開している状況を見定め、認識するその渦中においての「無数の情報要素の内の一つ」として、処理されるのみだったのだが。
しかし、当の銀髪の女騎士――交わされているやり取りから察するに、姫騎士と呼ぶべきだろうか?――の方は。
「あなた達を見捨てて、行ける筈がないでしょう!」
僅かに振り返り気味になって気丈にそう言い返し、更にはそれを隙と見て躍り掛かって来る迂闊な1体を、見事な体捌きと剣技であっさり返り討ちに斬り伏せると。
凛とした気迫を放って、気丈に多数の未確認生命体どもを牽制する構えを見せていた。
とは言え、多勢に無勢なのは明らかであり。
また先立って遭遇を果たしていた合衆国軍からの報告を、もし知らなかったとしても。
その場に満ちる〝空気〟と接すれば、明らかに判る。
かの未確認生命体どもが発散している濃密なそれは、まさに純度120%に邪悪かつ醜悪なものだったのだから。
故に、この時の自衛官たちには眼前の状況に対しての介入を、即断する事への躊躇などは微塵も生じなかった――。
もちろんそれと同じくらいに、ことこの場合においては。
〝理性の領域の側〟でのそんな判断に関しても、十二分な理由があったわけだけど。
何しろ、思わず(グロンギ語?)などと連想させられる未確認生命体どもの、耳障りで意味不明なしゃがれ声とは異なり。
襲撃を受けている彼女らの交わしているその言葉は、明瞭に〝日本語として〟聴こえて来ていたのだから。
異世界への転移後より始まった、音声言語上での「言葉の壁」の消失――。
互いに異なる言語を喋っている筈の、相手の言葉が。
何故だか自身の母国語として聴こえると言う、〝奇妙な事象〟と呼ぶ他にない「現実」を踏まえて。
その原理も原因も、全く不明なままながらも。実際にそんな事が起こっているからには。
もし異世界にも、知的生命体が存在するならば。
それらとの遭遇が生じた場合においては、同じ様に会話によって普通に意思の疎通が可能であったりするのではないだろうか?
と言う、そんな予想がなされてはいたのだった。
そして、そうであったが故に。
先日の合衆国陸軍の偵察部隊による未確認生命体たちとの初遭遇の、その顛末は。
互いの会話が全く成立もしなかったと言う意味でも、大いに失望をもたらすものであったわけだが。
とは言えそれらは明らかに、「人間とは〝別種の生き物〟であろう」との観点からは。
れっきとしたヒューマノイド型類が、また別に存在する可能性についても。
それを諦めるのはまだ早計だろうという意識でもって探索を続けていたのが、ある意味報われたと言うべき状況だったのだから。
そうしてまともにコミュニケーションが叶いそうな人間型生物と、ようやく邂逅する事が出来たと言うのに。
そんな相手をむざむざ見殺しにするなど、誰が考えても有り得ない選択であろう――。
無論、その主対象が若く美しい女性たちであると言う点では。士気にも更に一層のブーストがされていたかもしれないが。
かくして結城小隊10名は。
身を隠しつつ〝状況〟を窺っていた木陰から一斉に飛び出して、闘争の舞台へと雪崩れ込んで行く!
(ッ!)
「BANZA!?」
唐突に横合いから乱入して来た、濃淡の蒼系色を複数散りばめた斑模様と言う〝奇抜ないでたち〟で統一された人間たちの一団に。
声を立てるか否かの差こそあれ、揃って驚きの反応を見せる姫騎士たちに、未確認生命体たち。
ざっくりとした包囲陣を形作っていた未確認生命体たちの。
およそ半数の背後を取る格好で、散開しつつその場に雪崩れ込んだ結城小隊は――。
「動くな! 武器を捨てろ!」
と、自動小銃の銃口を未確認生命体たちに向けての威圧をしつつ。
そいつらに対する制止と警告の呼びかけを、一応は試みる。
もっとも、そうしている当の本人たちからして(120%無理だろうな……)とは、確信的に予想した上での事だったのだけど。
その手に構える武器は、いずれも剣か棍棒――正副の頭目格とおぼしき、上背がプロレスラー程もある大型個体の未確認生命体2体だけは。
筋骨隆々なその体躯に見合った、片や大斧、片や大型剣と言う得物を手にしていたが――のみと言う辺りから。
こちらが手にする〔10式小銃改〕が〝立派な武器である〟などとは、そもそも的に認識はされないだろうと推測できるので。
それでも一応、様式的な「手順」を踏んでみせもしたのは――戦術的には余計な配慮であったわけだが。
後はこれで、向こうから手を出させれば完璧! と言う事で。
悠斗は小銃も構えぬ無手のままでただ1人、大斧を手にする近い側にいる〝大型の未確認生命体〟へ、自ら歩み寄って行く。
「GAGAN?」
自殺志願者か? としか思えないそんな悠斗に、相対する未確認生命体は訝しむ様な声を上げ。
そして既に上がりまくりな苛立ちのボルテージを更に増した様子で、手にする大斧を振りかぶった!
すっかり愉悦に浸っていた処を、不意の闖入者にいきなり水を差されて。
群れを任されていた大小鬼の意識は瞬時に、そいつらに対する怒りで染め上げられる。
(俺様ノ獲物ヲ、横盗リシヨウッテノカ?)
ここへと流れ着いてからこちら、獲物にこそは困らずにいたものの――。
嗜虐心を満たす獲物については日照り状態のままでいた。
そんな中で、思いがけずも現れた〝人間ども〟!
それも、大柄な分だけ喰いでのある剛人の牡が1匹に。
揃って若い、常人と森人に、獣人の牝が1匹ずつの3匹もと言う。
ここまでの渇望を、一気に吹き飛ばす程の幸運だった。
もちろん、まともに殺りあったならこちらも危ないには違いなく。
考えも無く直ぐに襲おうと促す取り巻きの小鬼どもを制して、遠巻きに追い。
その隙を突くべく狙っていたのがまんまと上手く行った!
一番手強い相手だったであろう剛人の牡は、弩弓の矢で仕留め。
更にはその為の意識逸らしで先に射かけさせた弓からの矢が、上手い具合に森人の牝の足に当たって立てなくさせると言う、思わぬ幸運まで招いて。
健在なままで残るのは、常人と獣人の牝2匹のみ。
やはり戦える手合いの様だが、それでも多勢に無勢。
小鬼どもを適当にけしかけ、斃させ続ければ。いずれ疲弊して隙を見せるだろう。
(ソウナレバ、後ハ……)
そうしてじわじわ追い詰めて行く狩りの展開と、そうして制圧をした後の〝お楽しみ〟を疑いもせずに確信し。
早くもやにさがる空想に半ば浸っていた処へ、水を差す様に踏み込まれたわけだから。
大小鬼が抱いたその怒りも、まさに「怒髪天を衝く」と言う勢いであり。
「死ニサラセ!」
と言う咆吼に、溢れんばかりの激昂を乗せて。
無防備にのこのこ自ら近付いて来る、その愚かな蒼斑服の常人の雄へ――振りかぶった大斧を叩き付ける!
足下の地面に大斧の刃先が音を立ててめり込み、凄まじい勢いに粉砕された草と土が飛び散った。
しかしその途中に、何らの手応えも無かった事を訝しむ大小鬼は。
そこに有る筈な血肉の塊が見当たらない事にも気付き――その瞬間、左の首元を撫で抜けて行く颶風を感じた。
「ナ、ナニガ……?」
そう呟こうとして声に成らず、そのまま喉に溢れかえる自らの血で溺れ窒息しながら。
痛みを自覚する暇さえ無しに彼の意識はその生命活動と共に断ち切られ、途絶えて行ったのだった……。
唐突に姿を現したその一団の〝余りにも異様過ぎる姿〟には、流石のフィオナも思わず驚きに目を見張らされてしまった。
2体の上位種まで交えた、小鬼たちの群れに包囲されていると言う絶体絶命な「状況」すらをも、一瞬忘れさせられる程に。
濃淡複数の蒼色を散りばめた斑模様の衣服と、同色の帽子に。
その目元だけを覆い隠す仮面の様な形状をした、琥珀色や灰色の遮光器様のもの。
そして指揮官らしい青年以外の全員が、その手には全体が黒一色な杖を――。
何故だか弩弓のそれの様な把を付けて、横抱きに寝かせて構えると言う格好で統一している、実に珍奇ないでたちであったのだから。
しかし、どうやら〝同じ人間種〟である事には違いない様で。
明らかに小鬼たちへ向けられている制止の声は、ちゃんとヒトの言葉に聴こえるものだった。
とは言え、誰1人としてまともな鎧兜も身に付けず。剣ですらない黒杖を持つだけと言う、軽武装の10名ばかりでは。
まずは自らの側の数を頼みにしている上に。
その体躯に見合った屈強さと膂力を併せ持つ、上位種の大小鬼2体が率いている小鬼たちが、それで怯む筈もない。
(無謀過ぎる!)
そう思って、下がる様にと呼び掛け促そうとしたその矢先。
1人だけ、その黒杖さえも帯紐で背負ったままの無手でいる、その一団の物頭と思しき青年が。
なんとそのまま、大斧を手にする大小鬼へと自ら近付いて行くではないか!
普通ならば、それこそ声を荒げて制止すべき事である筈なのに――何故だかその動きに目を奪われてしまった……。
全くと言って良い程に、何らの気負いさえも感じさせない〝自然体〟と言うより他にないその歩み。
恐れるそぶりも見せぬ、無造作に仕掛けられた間合いへの接近に。
憤りを爆発させる大小鬼が手にする大斧を振り上げ、その頭上から叩き付ける――。
(ッ!?)
しかし、そこに〝彼〟の姿はもう無い。
その蒼斑の軍衣が、一瞬で水飛沫に変じた!?
そう錯覚させられる程の素早さで、鮮やかに体を捌いて大斧の打ち込みを躱したと思った瞬間――銀閃が疾走する。
交叉する一瞬で抜き放たれていた、優美な曲線を描く短めの長剣で。
蒼衣の青年が大小鬼の頸下を、深々と刎ね斬っていた。
声に成らぬ悲鳴を上げて、傷口から青緑の血を噴水の如く吹き出しながら棒立ちになる大小鬼。
その体躯に見合った強靱さも備えていようと、あれではどうしようもあるまい。
あまりにも鮮烈な一瞬の早業に、フィオナたちでさえ驚愕させられていたのだから。
ただただ侮りきっているだけだった小鬼たちに至っては、何が起きているのか? 理解が追い付かず、ただ呆然と立ち尽くしているだけだった。
その隙へ切り込む勢いで、淀み無く前へと疾駆している蒼衣の青年が命じる。
「殲滅せよ!」
その言葉を待っていたとばかり、後背で構えていた彼の部下たちも一斉に手近な小鬼へと掛かって行き。
闘争の場は聴き慣れない連続する破裂音と、小鬼たちが上げる甲高い悲鳴でたちまちの内に満たされ始めた。
部下たちへの命令であった物頭の青年の声は、しかし同時にフィオナとターニャを我に返らせるものともなり。
彼女たち二人もまた同様に、混乱に陥ったままの小鬼たちの隙へと斬り込んで行く。
(彼らにとっては、自分たちもやはり〝敵〟に過ぎないのかも知れない。それでも――
全ての人間種にとって「不倶戴天の敵」たる亜人種たちを目の前にしている今、この瞬間だけは……)
相互の間に「敵の敵は〝味方〟」だと言う、そんな関係性は成り立つ筈だと――。
そういう意識でもって、目下の敵である小鬼たちを相手取りながら。
同時に横目では蒼衣の謎の一団による、その戦いぶりを観ようとするフィオナたち。
この時の主な相手が小鬼たちで。既に狼狽状態な、完全に浮き足立っていたから良かった様なものの。
もし戦っているのがもっと手強い、別の存在であったなら……。ともすれば危うい事になっていた可能性も有った筈だと。
後に彼女たちは思い返して冷や汗を覚えるのだったが。
それもむべなるかなと言うしか無い、異様な光景が――そこでは繰り広げられていたのだ……。
配下の蒼斑服たちは一様に、各々が手近な小鬼へ向かって駆け寄り距離を詰めると。
横抱きに構えている〝黒い杖〟の先を突きつける様に向け、けたたましい音と共にそこから――
2つないし3つの小さな炎を連続で吐き出しては、瞬時に小鬼たちを打ち倒していた。
(あれはッ! ただの杖では無く、破壊の魔導杖だったの!?)
戦いながら〝観察〟もしているフィオナとターニャはもちろん。
戦況を見守る事しか出来ない分だけ、より集中して観ていたシルヴィアは尚のこと驚愕していた。
そんな、想像だにした事も無かった〝武器〟が実在し。
しかもそんな代物を、全員が装備した一団だと言う事は……。あの異様な風体も含めて、
(彼らは、この地を治める存在の配下である魔導兵たちなのだろうか?)
ひとまずそんな解釈をしていたのも。
この時点の状況下での彼女たちにしてみれば、当然の認識ではあっただろう。
しかしそのせいで、フィオナが斬り付けた残るもう1体の大小鬼への攻撃は。
その身を捉えこそはしたものの、狙いだった急所は躱される事となってしまった。
「ッ!?」
「REGUGUGA!」
間違いなく何かしらの悪態だろう咆吼を上げながら、手負いとなった大小鬼が大剣を滅茶苦茶に振り回して荒れ狂う。
こうなると、技量と速さを打撃力に昇華させて戦う自身の剣術との相性の問題で、フィオナとしては不利になる。
まともに打ち合ったりしたら体格と武器、いずれもの重量差に一瞬で圧し潰されるだけだ。
「姫様ッ!」
目の前でじりじりと追い詰められて行く候女の窮地に、揃って悲鳴の様な声を上げるターニャとシルヴィア。
ターニャは新たな小鬼との剣戟中で、シルヴィアは物理的にそこから動けない。
――と、そこへ横合いから大小鬼に迫って行く、蒼い影の姿が!
「BUGOGAGA!」
それに気付いて大小鬼は、慌てて迎え撃とうと大ぶりの一撃を薙ぎ払う。
だが、その一撃は虚しくただ空を斬り――無防備に延びきった大剣を握る右腕が、肘から斬り飛ばされて宙を舞った。
「GUGYAGAGAGA……!」
半分に斬り落とされた右腕を抱え、激痛に仰け反って悶絶する大小鬼。
そんな千載一遇の好機を見逃す事無く、そうしてガラ空きになった胸元へ――フィオナは渾身の刺突を繰り出す。
魔法銀を合わせた家伝の宝剣は、使い手の技量も相まって見事に大小鬼の分厚い胸板を貫き、その心臓を砕いたのだった……。
瞬時に極度の集中まで持って行った分、流石に一つ大きく息を吐いて。
フィオナはようやく再び周りを見る余裕を取り戻す。
自身の足下には斃した大小鬼が横たわり。
向こうにはこちらも無事な様子のターニャと、どうにか上体を起こしているシルヴィアの安堵の表情が見える。
シルヴィアの傍らには倒れたままのマリオの姿が在り、早くその下へ行って手当をしなければ――と、そこまでを思った処で。
フィオナの意識は、〝もっと喫緊の課題〟の方へと向いた。
彼女の背後では、あまりにも鮮烈すぎる剣技を見せ付けた蒼衣の一団を率いし青年が。
その手に握った片刃の湾刀に血振りを行って、静かに鞘へと納めている処だった。
そしておもむろにその青年は、フィオナの方へと向き直る。
前方にだけ鍔の付いた帽子を被り、更に目元はバイザーに覆われているせいでその表情はよく判らない。
彼の背後には、倍以上も数が居た小鬼たちのあらかたを全く寄せ付けもせずに封殺してのけた、同じいでたちをした魔導兵たちが散開して立ち。
揃ってこちらに視線を向けている。
流石に、手にしているあの恐るべき魔導杖の先端はいずれも斜め横手に向けられ、外されてはいたが。
もしおかしなそぶりを見せれば、即座にそれがこちらへと向け直される事だろう。
(これが……、「絶望」と言うものなのでしょうか?)
フィオナは一つ息を吐いて。
自分は今、〝それ〟がどんなものであるのか? と言う事を、初めて味わっているのかも知れないと思った。
つい先程までの、小鬼たちに包囲された状況下であっても。
逃れる事は出来ずとも、刺し違えにまでは持って行ってみせる! と言う算段と覚悟を喪う事は無かったと言うのに。
だがそんな小鬼どもを、まさに鎧袖一触に。
無傷のままあっさりと殲滅してのけたこの者たちは……、それこそ「次元が違う」と言うやつなのだろう。
そして自身の目と肌感覚で、眼前に見たからこそ理解できる。
彼らにとっては小鬼どもも、自分たちも。相手とするのに〝大差は無い〟のだろうと。
(となればもう、潔く〝その覚悟〟を決めるだけですね……)
せめて、自身をその分も身代わりに。
シルヴィアとターニャに対しては容赦を得たいな……と言う、それだけを思いながら。
フィオナは大小鬼の血に濡れたままの愛剣を放り出し。
顔を上げて、〝その言葉〟を口にした。
「くっ……、殺せ!」
地球人類と異世界人の間における、初めての接触が成った、記念すべきその瞬間は――。
即座に「黒歴史」扱いされる事になると言う、何とも微妙な格好でもって。
その始まりを迎えたのであった……。
ついに邂逅を果たした、二つの世界のヒト同士。
ここから物語が一気に動き出す嚆矢となります本話では、一つの試みとしまして、
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の方で展開中の連動企画との同時更新も、今回実施しております。
「設定解説」に当たります、〝ことはと真の、良くわかるエリドゥ世界〟
その第4回となる「海援隊迷彩服と、エリドゥの地図」をお送り致します。
https://jyushitai.com/mahorobaindex/mahorobaintro04/
よろしければ小説本編と合わせてお楽しみ頂けましたら幸いです。





