初接触は、黒歴史
ヘリコプター両舷のスライドドアが開け放たれ、森の木々の頭よりも低く降下しているのが見える。
そして地表すれすれまで降りた機体が、ホバリングにと移ったと見るやいなやのタイミングで、
「総員、降機!」
鋭くそう号令をかけるや、自身が先頭に立って飛び出して行く先任役の宍戸准尉に続いて各隊員たちも順次、淀みなく迅速に機外へと降りて行く。
麾下の小隊員たち9名全員の降機を自身でも見届けて。
「お世話になりました!」
「おう! 頑張ってな!」
最後にヘリコプターの乗員たちへと、ここまでの空輸の労に感謝を述べると。
結城悠斗二尉は、武運を祈る言葉を背に受けながら自身も機外へと駆け降りる。
大森林が一面に広がる只中に、まばらに点在しているその僅かな切れ間となる草地にと。
ワイヤー滑降での降下はせずとも済む様にと、わざわざ降ろしてくれた陸上自衛隊のUH-60JA〔ブラックホーク〕が。
強烈なダウンウォッシュを叩き付けながら再び上昇し、機首を巡らして飛び去って行く。
敬礼を送ってそれを見送った悠斗の傍らに、8名の小隊員たちを従えて寄って来た宍戸准尉がベテランらしい年季の入った態度で敬礼し、申告する。
「小隊長。小隊総員、降機完了! 全て問題ありません」
「了解です、宍戸さん」
悠斗は穏やかな表情で応じると、号令を掛けた。
「それでは、行きましょうか。先ずは、航空偵察で確認された指定ポイントを目指してですね」
「ええ、ここからですと南西方向にざっと5キロ程度と言った処でしょうか……」
そんなやり取りを交わしながら歩みを踏み出す両者の周囲に、付き従う8名の小隊員たちがおのおの位置取りを定めながら動いて。
警戒偵察の隊形を形作りながら、彼らは眼前の森林内へと踏み込んで行ったのだった……。
不意に〝遭遇〟せし未確認生命体たちによる、一方的な襲撃と言う先日の一件は。
フロンティア大陸にと進出して、同地の探索を進めていた統合任務部隊のその行動にも、確実に影響を与えていた。
本職である日本国の自衛官や、米台両国の軍人たちにとっては。この地も毛並みを異にするだけの〝戦地〟であると言う意識を、改めて喚起すると言う事だけで基本的には済む話ではあったが。
未知の大陸の「調査隊」として共に活動する為に、帯同してやって来ている学者や専門家たちに関しては、そうも行かない。
元より仮設前進基地の敷地外における、彼らによる日々のフィールドワークに当たっては。
当然ながら、事故や土着の野生生物への警戒等の為にと言う主旨での護衛の部隊が、必ず割り当てられる格好にされてはいたのだったが。
とは言えそこは、興味を引かれる物珍しげなサンプルには事欠かない、手付かずの自然環境下であると言う。それらの人々にしてみれば、
「まさか、こんな〝環境に〟巡り会えるとは!」
と言わんばかりに、歓喜の声を上げたくなる様な事ばかりの土地であったわけなので。
いくら仕方が無い事だとは言え。
ついつい気になるモノを目に止めては、あっちへフラフラ、こっちにフラフラ……な状態になりまくると言う構図にと、必然的に陥ってしまっており。
職業:軍人である筈なのに。
なんだかすっかり、「大きなお友達」相手の保父さん保母さんにさせられた気分だったと、後日に多くの派遣隊員たちが苦笑交じりに述懐する事になると言う様な状況下。
護衛する側としても、常とは違う形と意味合いでの気苦労が絶えない日々であったのだった。
元からしてそんな状況であった処へもって来ての、新たに未確認生命体の出現だ。
それを理由に探索調査の手を停める、あるいは緩めると言うわけにも行かない以上。
そんな民間人たちに配する対策の体制についても、見直しが急務となる状況だと言う事で。
結果、そちらにと割かれる人員が当初の予定よりも増やされる事になる分だけ。
イコールでそれは、基地から離れての現地踏破にと当たる将兵たちの負担が増すと言う事を意味してもいるわけだが。
だからと言って、前進基地の設営にと当たる方面の手を割く事も、同様に本末転倒だと言う事になるわけなので。これはまあ、やむを得ない話だと言える事であったのだけれども。
日本国国防軍海上自衛隊に所属する結城悠斗二尉は、その様な状況の変化による〝影響を受ける側〟の一員として。
その日も自身が指揮する小隊員9名を率い、探索担当エリアにと割り当てられていた森林内を踏破偵察中であった。
直接的に足で稼ぐ者たちのその総数が目減りを余儀なくされた事も受けて。
実地偵察行の「体制」そのものに対しても、当然〝見直し〟は図られていた。
もっとも、一つには航空護衛艦〔ずいかく〕を基点とする、その艦載戦闘機を用いた毎日の航空偵察行によって積み重ねられつつある「情報」に対しての、より詳細な解析の方も徐々に進展しつつあり。
そしてそれらの中に、人型の二足歩行生物のものだとおぼしき赤外線画像上での〝影〟が確認される物が、幾つか散見されたと言う要素が加わる様にもなって来ていたからだったとも言えるのだけど。
もちろん、鮮明に~とまでは流石に言えないレベルであり。
また、そのサイズ的にも(人間の大人を基準にすると)子供並みに小さいか、もしくは逆に大き過ぎたりする辺りから言って。土着の類人猿の型類が棲息している事を示すものと考えられる――と、当初は思われていたわけだが。
そこへと湧いて来たのが、先日の「仮称:ゴブリン」との遭遇と、それによる襲撃の一件であり。
それによって、動かぬ現物付きで――更には現在も詳細な分析作業は続いている最中ながらも、暫定的にとは言え〝人間とは全く異なる人型知的生物〟であろうと目される。と言う見立てが出ている、未確認生命体の実在が確認されてしまったからには。
空撮画像群の中にと捉えられた〝それらの影〟が。
同じくそんな未確認生命体たちのものである可能性を、真剣に考慮する必要が有ると言う話になって行くのは自明であった。
その結果が、そういった〝影〟とおぼしきものが確認された幾つかの地点を中心にして、仮想のグリッド線で区分したエリア内を重点的に踏破探索し、その実在ないしは存在の痕跡を確認する事を念頭に置いて。
戦闘能力は当然として、偵察行動にも長けた戦力をピンポイントに送り込んで当たらせると言う方針を軸に据えた態勢へと、切り替えられていたのだ。
そして、そんな〝専門家〟たちによる内陸部での作戦行動だと言うのに。海上自衛隊所属である筈の悠斗たちが、普通にその列中にと加わっているのは。
この地へと向かう〔しらせ〕の艦上で、外交官の多岐が聴かされた言葉の通りに。彼らが船乗りでは無い海上自衛官であるからに他ならない。
もちろん、実はこちらの方が自衛艦隊よりも規模的には大きかったりする、航空隊の関係各要員を筆頭に。母港となる各地の基地の運営要員など「船乗りでは無い海上自衛官」は、イメージとは真逆に相当に多いわけなので。
悠斗の言葉は、間違いなく事実である事はその通りなものの、同時にその全容を詳述しているわけでも無かった、と言う事になる。
悠斗がそういう言い方をして見せたのも、その立ち位置が〝それら〟の内でも殊に特殊な存在であったからに他ならない。
すなわち彼らは、所謂「特殊作戦に従事する為の専門要員」なのだ。
日本国国防軍海上自衛隊の保有する特殊部隊としては「特別警備隊」が、一般にもその存在自体は知られている。
そして、それと並立する〝もう一つの海自特殊部隊〟に位置付けられる、「海幕特別支援隊」――略称がそのまま通称とも成っている「海援隊」こそが、悠斗たちの原隊なのだった。
なお、ここで言う「支援」とはもちろん、所謂〝自衛隊用語〟としてのそれである。
更にはその頭にと、「特別」の二文字も冠させている辺りからも推察される様に。
海上自衛隊の軍人組トップである海上幕僚長直轄の戦力として柔軟に活用されているのが、彼ら「海援隊」であった。
「SBU」も、「海援隊」も。その規模でこそは陸上自衛隊の誇る「特殊作戦群」には比ぶべくも無いが。
合衆国海軍の特殊部隊「Navy SEALs」の海自版とも言うべき存在として。いずれもその練度と能力においては、陸自の特戦群に勝るとも劣らない実力を有する少数精鋭の部隊としての評価を受けており。
本家の「SEALs」同様に、空挺降下も陸戦もと言う具合にその領域を問わずに活動可能だが、「SBU」と比較して「海援隊」の方はむしろ、合衆国海兵隊の「武装偵察部隊」に近い格好での性格が強くなっていた。
言うなれば、「海自陸戦隊」として。
いまや半ば公的に「陸自海兵隊」とも呼ばれている、西部方面隊隷下の「両用戦機動団」との連携で。その先遣隊として先駆けての敵地へ隠密上陸と偵察、誘導と言った任務を得意としているからなのだが。
敗戦後の日本が、およそ半世紀に渡っての分断国家となる事を余儀なくされ続けていた構図がもたらした影響は。
自衛隊および海上保安庁と言う、軍事組織の成り立ちやその法的位置付けは元より、現実の戦力構成に対しても必然的に大きな影響を与えているわけだったが、殊に陸自の「両用戦機動団」などは〝それ〟を端的に体現している存在であったかもしれない。
隣の和寧恨島は、北緯38度線を軍事境界線として南北に〝分断〟されていたのに対して。
同じ島国ではあっても、列島で構成されている日本においては。留萌―釧路を結ぶ線でもって北海道島を斜めに分断する格好で、南北が対峙の構図となっていた為に。
「日本国」として再スタートした戦後の「南日本」が、明確に海洋国家指向の路線で歩んでいた(そうならざるを得なかった)事の帰結と言えるものの一端でもあったが、師団級戦力は僅か七個しか保有していなかった当時の陸上自衛隊は。
北部方面隊を置く南西部北海道にと、機甲師団も含めたその内の五個までを重点配備する、謂わば作戦正面としており。
縦深と言う事になる本州以南に配置の戦力については、基本的な在地防衛用の(最低限の)基幹戦力を除いて、対「向こう側」の有事においては増援として北方へ送り込まれる事を前提に、機動性を備えた戦力として構成される格好にて整備されていた。
当然ながら、それらが増援に向かう想定先の一丁目一番地である北海道はもちろんの事。
或いは「向こう側」――政治的には互いに相手を別の国家として認めるわけには行かず、あくまでも「自国の正当なる領土の内の一部を不法占拠し続ける武装勢力」と言う位置付けになるわけなので――の本貫である(南)樺太も。
いずれも、〝海を渡って行かねばならない〟島であるわけなので。
降伏し、敵国側の軍政下に占領された敗戦国として再出発すると言う政治的な事情の故に。
国防軍ですら無い「自衛隊」を名乗らざるを得ないと言う状況下にと在りながらも。その名とは裏腹に、相応の「外征」を可能とする能力を保有している戦力にと〝成って行かざるを得ない〟前提条件が。
その成り立ちからしてそもそも的に、必然として求められていたのだ。
そしてその為に。
部隊の展開に当たっては、艦船による輸送と陸揚げを担う海上自衛隊とも(ひいては同盟国の合衆国海軍とも)最初から連携する事を大前提にした格好で、戦力の整備構成を計画すると言う話になって行くのも当然の帰結だと言えよう。
加えて、両者の前身である「警察予備隊」および「海上保安庁海上警備隊」の時代に勃発した北海道戦争(北海道・和寧戦争)においては。
「向こう側」の大攻勢によって渡島半島の回廊部へと追い詰められ、北海道島全土が失陥の瀬戸際へと追い詰められていた「日本国」と占領軍を救援し、反撃に転ずる起死回生の一手として。
それまでの占領軍最高司令官から、当事者としての戦争状況の勃発に伴って独立を回復した「日本国」を援助する、国連軍の最高司令官へと。
その肩書きを変じたジョージ・パットン大将によって企図された、石狩湾への大規模上陸作戦で戦局を一気にひっくり返したと言う戦訓もあったが為に。
それらを踏まえて、強襲上陸作戦や島嶼部での作戦を得意とする、海兵隊性格を備えた専門的な部隊として。
陸自の隷下ながら、北海道の大地上での「向こう側」との機甲戦闘を基本ドクトリンとするその本流とは、最初から毛並みを異とする独自的性格の強い存在として誕生し、その歴史を重ねて行く事となっていたのが「両用戦機動団」であったわけだが。
それらの「受け皿」となる海自の側もまた、揚陸作戦用の艦艇を導入し共同訓練を積み重ねて行く課程で。そのカウンターパート的な、自隊側の〝陸戦が可能な専門的戦力〟の必要性を強く感じる様にとなり。
結果、英国海兵隊の「特殊舟艇部隊」や、合衆国海軍の「Navy SEALs」を参考にした自前の特殊部隊の創設を試み、西側諸国の一員として参戦したベトナム戦争や湾岸戦争において得た様々な戦訓も加えながら、現在にと至ると言うわけだ。
そんな相応に年季の入った部隊となっている、「海援隊」に所属する悠斗たちも。
今回の新大陸合同調査部隊への日本国からの派遣戦力が、順当に「両用戦機動団」をその主力として編成されていた為に。
呼応する海自側の陸上前線活動戦力として、こちらも当然の話で駆り出されていたのであった。
その様な経緯を経て、この日もまた偵察行にと入っていた結城小隊――本来なら「班」扱いの人数である10名で、正式に「小隊」として扱われているのも特殊部隊ならではのものだったが――は最初の目的点であった指定ポイントにと到達し、近辺の捜索を行っていた。
その結果、そこから少し離れた場所で明らかに道具によって狩られ、そしてそのまま乱雑に食い荒らされた格好の四足歩行型動物の遺骸を発見する。
その状況を調べた見立てでは、まずは矢を命中させて弱らせたところを追いかけ、棍棒辺りで撲殺して仕留めたものと推察されたのだったが。
そうして道具を用いていると言う一方で、その食い散らかし方の方は火を使って炙ると言う行為すらも行う事無く、そのまま生肉にかぶり付くと言うやり方をしているものであった為に。
過日の初遭遇後の検屍で調査されたその胃の内容物の分析報告とも一致する、かの未確認生命体たちの、おぞましさを覚える〝その生態〟が。よりうかがえるものにと思われた。
「いずれにしても、このままの偵察行を続行する過程での遭遇可能性も高いでしょうな」
「同感です」
宍戸の見解に悠斗も頷き、小隊は即時戦闘警戒態勢のままでの慎重な偵察行を再開する。
そうして獣道を辿る格好で、更に4キロ前後ほども進んだ頃合いで。集団の先頭寄りの中央に立って進んでいた悠斗が不意にその足を停めると、向かって左斜め前方へと静かに目をやった。
そんな結城二尉の動きを視界の端に入れるや、打てば響くかの様な反応で。宍戸准尉が無言のままに左腕だけを立てて合図を送り、進んでいた隊員たちを一斉にその場で立ち止まらせる。
そのまま周囲を警戒する態勢を取り、〝何か〟を窺っている小隊長からの次なる指示で即座に動ける様にと言う構えで、しわぶき一つ無しの沈黙を保ったまま待機する9名の小隊員たち。
吹き抜ける風が揺らす木立の微かなざわめきや、小さく聞こえる鳥のさえずりと言った〝自然の音〟だけが聴こえる状況が暫し続いて――
静かに耳を澄ましていた悠斗がそっと右手を挙げると、その手指で幾つかのサインの形を作って見せ、最後にその手を彼が見やっていた方向に向かって振り下ろした。
交戦態勢、前進、静かに。
そのハンドサインだけで、既に指示としては充分であった。
悠斗が自身で直卒するA分隊と、宍戸准尉が受け持つB分隊の各5名ずつに分かれて。
交互に先駆けと支援組の役割を入れ替えながら、接敵すべく静かに前進する態勢だ。
そうして指示された方向へと、音を立てぬ様に進んで行くと。
やがて誰の耳にもはっきりと、くぐもった喊声と、闘争する物音が届く様にとなって来る。
一つは非常に耳障りな音として聞こえる、複数の〝意味不明な〟しゃがれ声であり。
そしてもう一つは、普通に日本語として聴こえる若い女性の声であった!
果たして、静かに森の中の開けた場所の端へと辿り着いた小隊の眼前に現れたのは――
20体ほどの群れで内向きの輪を形作っている、CGによって描き出される近年流行のハリウッド製ファンタジー映画に登場する邪悪な妖精や、SF映画の宇宙人などを想起する姿形をした体毛の無い緑や灰色がかった肌色の、腰布だけを身に付けた醜悪なヒト型の生き物たち。
そしてそれらが組む包囲陣の只中に立つ、こちらもまたファンタジー映画やゲーム作品で登場するが如きいでたちの。
西洋式形状と見える長剣を構えてそれらに対峙している、騎士然とした銀髪と、茶色の髪をした2人の若く美しい女性たちであった。
彼女らの傍らには、地面に倒れたまま動かない似た様ないでたちの大柄な男性と、足に矢を受けたのか上半身だけを必死に地面から起こして相対そうとしている、やはり若い金髪の女性の姿があり。
更にその手前には、彼女らを包囲しているのと同じ人型二足歩行生物たちが3体、倒れ伏している。
立っている2人の女騎士の、銀髪の方が手にしている細身の長剣に、茶色の髪の方が二刀流でそれぞれ構えている短めな長剣と、長めの短剣も。
いずれもその刃は既に青緑がかった血にと濡れていて、その足下に転がる「仮称:ゴブリン」は彼女たちに斬り斃されたのだろう事を示していた。
彼女たちがそうして守っている、地に這って必死に上体を起こそうとしている金髪の女性騎士が、
「姫様! 私たちに構わずお逃げ下さい!」
「ターニャ、あなたも! 姫様をお守りして早く行きなさい!」
と、自分たちを固守する構えでいる銀髪の女騎士の背中に向かって必死にそう声を上げ、更には同僚だろうか? もう1人の茶色の髪の女騎士に対しても離脱を促している。
そんな風に言われながらも、こちらもやはり逃げようと言うそぶりも見せない、ターニャと言う名らしい茶色の髪の女騎士の頭頂部には、どう見ても猫――イエネコのそれの形をした耳が飛び出している事に、自衛官たちは気が付く。
無論のこと、マインドセットが〝戦闘モード〟にと入っている状態下の今は。
それすらもただ、眼前に展開している状況を見定め、認識するその渦中においての「無数の情報の中の一要素」として処理されるのみだったのだが。
しかし、当の銀髪の女騎士(姫騎士と呼ぶべきか?)の方は。
「あなた達を見捨てて、行ける筈がないでしょう!」
僅かに振り返り気味になって気丈にそう言い返し、更にはそれを隙と見て躍り掛かって来た迂闊な1体を見事な体捌きと剣技で、あっさり返り討ちに斬り落とすと。
凛とした気迫を放って、気丈に多数の「仮称:ゴブリン」どもを牽制する構えを見せていた。
とは言え、多勢に無勢なのは明らかであり。
また先立って遭遇を果たしていた合衆国軍からの報告を、もし知らなかったとしても。その場にと満ちる〝空気〟にと接すれば、明らかに判る。
かの「仮称:ゴブリン」どもが発散している濃密なそれは、まさに純度120%に〝邪悪かつ醜悪なもの〟だったのだから。
故に、この時の自衛官たちに。眼前の状況に対しての介入を即断する事への躊躇などは微塵も生じなかった――
もちろん、それと同じくらいに〝理性の領域の側〟でのそんな判断に関しても、この場合においては十二分な理由があったわけだけど。
何しろ、思わず(グロンギ語?)などと連想させられる、意味不明な「仮称:ゴブリン」どもの耳障りなしゃがれ声とは異なり。
襲撃を受けている彼女らの交わしているその言葉は、明瞭に日本語として聴こえて来ていたのだから。
異世界への転移後から突然始まった、音声言語上での「言葉の壁」の消失――異国語を喋っている筈の相手の言葉が、何故だか自身の母国語として聴こえると言う、〝奇妙な事象〟と呼ぶしか無い「現実」を踏まえて。
その原理も原因も、全く不明なままながらも。実際にそんな事が起こっているからには。
もし異世界にも知的生命体が存在するならば、それらとの遭遇が生じた場合においては同じ様に、会話によって普通に意思の疎通が可能だと言う事になるのではないだろうか? と、そんな予想がなされてはいたのだった。
そうであったが故に、先日の合衆国陸軍の偵察部隊による「仮称:ゴブリン」たちとの初遭遇のその顛末は。
互いの会話が成立しなかったと言う意味合いでも、大いに失望をもたらすものであったわけだが。
とは言え、それらは明らかに人間とは別種の生き物であろうとの観点からは。
れっきとしたヒューマノイド型類が存在する可能性についても、それを諦めるのはまだ早計だろうという意識でもって探索を続けていたのが、ある意味報われたと言うべき状況だったのだから。
そうしてまともにコミュニケーションが叶いそうな人間型生物にと、ようやく邂逅する事が出来たと言うのに。
そんな相手をむざむざ見殺しにするなど、誰が考えても有り得ない選択であろう――無論、その主対象が若く美しい女性たちであると言う点では、士気にも更に一層のブーストがされていたかもしれないが。
かくして結城小隊10名は、身を隠しつつ〝状況〟を窺っていた木陰から一斉に飛び出して、闘争の舞台へと雪崩れ込んで行く!
(ッ!)
「BANZA!?」
唐突に横合いから乱入して来た、蒼系の濃淡複数色を散りばめた斑模様と言う〝奇抜ないでたち〟で統一された一団の人間たちに。
声を立てるか否かの差こそあれ、揃って驚きの反応を見せる姫騎士たちに、「仮称:ゴブリン」たち。
ざっくりとした包囲陣を形作っていた未確認生命体たちの、およそ半数の背後を取る格好で散開しつつその場にと雪崩れ込んだ結城小隊は。
「動くな! 武器を捨てろ!」
と、自動小銃の銃口を未確認生命体たちに向けての威圧をしつつ、そいつらに対する制止と警告の呼びかけを一応は試みる。
もっとも、そうしている当の本人たちからして(120%無理だろうな……)とは、確信的に予想した上での事だったのだけど。
その手に構える武器は、いずれも剣か棍棒――正副の頭目格とおぼしき、上背がプロレスラー程もある大型個体の「仮称:ゴブリン」2体だけは、その筋骨隆々な体躯に見合った、片や大斧、片や大型剣と言う得物を手にしていたが――のみと言う辺りから。
こちらが手にする〔10式小銃(改)〕が、〝立派な武器である〟などとはそもそも認識されないだろうと推測されるわけなので。
それでも一応、様式的な「手順」を踏んでは見せたのは。戦術的には余計な配慮であったわけだが。
後はこれで向こうから手を出させれば完璧! と言う事で。
悠斗は小銃も構えぬ無手のままでただ1人、大斧を手にしている近い方の〝大型の小鬼〟にと自ら歩み寄って行く。
「GAGAN?」
自殺志願者か? としか思えないそんな悠斗に、相対する「仮称:大ゴブリン」は怪訝な声を上げ、そして既に上がりまくりな苛立ちのボルテージを更に増した様子で、手にする大斧を振りかぶった!
愉悦に浸っていた処を、不意の闖入者にいきなり水を差されて。
群れを任されていたホブゴブリンの意識は瞬時に、そいつらに対する怒りで染め上げられる。
(俺様ノ獲物ヲ、横盗リシヨウッテノカ?)
ここへと流れ着いてからこちら、動物にこそは困らずにいたものの。
嗜虐心を満たす獲物については、日照り状態のままでいた。
そんな中で、思いがけずも出会った人間ども!
それも、大柄な分だけ喰い出のある剛人の牡が1匹に、揃って若い常人と森人に獣人の牝が1匹ずつの3匹もと言う、ここまでの渇望を吹き飛ばす程の幸運だった。
もちろん、まともに殺りあったならこちらも危ないには違いなく。
考えも無く直ぐに襲おうと促すゴブリンどもを制して。遠巻きに追い、その隙を突くべく狙っていたのがまんまと上手く行った!
一番手強い相手だったであろう剛人の牡はクロスボウの矢で仕留め、更にはその意識逸らしにと先に射かけさせた弓からの矢の一本が、上手い具合に森人の牝の足に当たって立てなくさせると言う僥倖まで招いて。
健在なままで残るのは、常人と獣人の牝2匹のみ。
やはり戦える手合いの様だが、それでも多勢に無勢。ゴブリンどもを適当にけしかけ斃させ続ければ、いずれ疲弊して隙を見せるだろう。
(ソウナレバ、後ハ……)
そうしてじわじわ追い詰めて行く狩りの展開と、そうして制圧をした後の〝お楽しみ〟を疑いもせずに確信し。
早くもやにさがる空想にと半ば浸っていた処へ、水を差す様に踏み込まれたわけだから。
ホブゴブリンが抱いたその怒りも、まさに「怒髪天を衝く」と言う勢いであり。
「死ニサラセ!」
と言う咆吼に溢れんばかりの激昂を乗せて、無防備にのこのこ自ら近付いて来るその愚かな蒼斑の常人の男へと、振りかぶった大斧を叩き付ける!
足下の地面に大斧の刃先が音を立ててめり込み、凄まじい勢いに粉砕された草と土が飛び散るが、しかしその途中に何らの手応えも無かった事を訝しむホブゴブリンは、そこに有る筈の血肉の塊が見当たらない事に気付き――その瞬間、右の首元を撫で抜けて行く颶風を感じた。
「ナ、ナニガ……?」
思わずそう呟こうとして声に成らず、そのまま喉にと溢れかえる自らの血に溺れ窒息しながら。
痛みを自覚する暇さえも無く意識はその生命活動と共に断ち切られ、途絶えて行ったのだった……。
唐突に姿を現したその一団の〝余りにも異様過ぎる姿〟には、流石のフィオナも思わず驚きに目を見張らされてしまった――
2体の上位種まで交えた小鬼の群れに包囲されていると言う、絶体絶命的な「状況」すらをも一瞬忘れさせられる程に。
濃淡複数の蒼色を散りばめた斑模様の衣服と、同色の帽子に。その目元だけを覆い隠す仮面の様な形状をした琥珀色のバイザー。
そして指揮官らしい1人の若い男以外の全員が、手には全体が真っ黒な〝杖〟を。弩弓のそれの様な把を取り付けて抱える様な、横向きに寝かせて構えると言う格好で統一している、実に珍奇ないでたちであったのだから。
しかし、どうやら〝同じ人間種〟である事には違いない様で。
明らかにゴブリンたちにと向けられている制止の言葉は、ちゃんとヒトの言葉にと聴こえるものだった。
とは言えまともな鎧兜も身に付けず、誰1人として剣ですらなく黒い〝杖〟を持つだけと言う、軽装の10名ばかりでは。
まずは自らの側の数を頼みにしている上に、その体躯に見合った屈強さと膂力を併せ持つ上位種の大ゴブリンを2体も交えている亜人たちが、それで怯む筈もない。
(無謀過ぎる!)
そう思って、下がる様にと呼び掛け促そうとしたその矢先に。
1人だけ、その〝杖〟も帯紐で背にと回して背負ったままの、無手でいる物頭とおぼしきまだ若い男が。なんとそのまま自ら、大斧を手にする大ゴブリンへと無造作に近付いて行くではないか。
普通ならば、それこそ声を荒げて制止すべき事である筈なのに――何故だかその動きにと目を奪われてしまった……。
全くと言って良い程に、何らの気負いさえも感じさせぬ〝自然体〟と言うより他にないその歩み。
そんな恐れるそぶりも見せぬ、無造作にとさえ思える間合いへの接近に。
大ゴブリンが憤りを爆発させて手にする大斧を振り上げ、その頭上へと叩き付けた――
(ッ!?)
しかし、そこに〝彼〟の姿は無い。
その蒼い軍衣が、まるで激流にと変じた? と、一瞬錯覚させられる程の素早さで。
鮮やかに体を捌いて大斧の打ち込みを躱したと思った瞬間、銀閃が疾走った。
交叉する一瞬で抜き放たれていた優美なカーブを描く短めの長剣で、蒼衣の男が大ゴブリンの頸下を深々と刎ね斬っていた。
声に成らぬ悲鳴を上げて、傷口から青緑の血を噴水の如くに吹き出しながら棒立ちになる大ゴブリン。
その体躯に見合った強靱さも備えていようと、あれではどうしようもあるまい。
あまりにも鮮烈な一瞬の早業に、フィオナたちでさえ驚愕させられていたのだから。
ただただ侮りきっているだけだったゴブリンたちに至っては、何が起きているのか? 理解が追い付かずにただ呆然と立ち尽くしているだけだった。
その隙へ切り込む勢いで、淀み無く前へと突撃に移っている蒼衣の男が命じる。
「殲滅せよ!」
その言葉を待っていたとばかりに、後背で構えていた部下たちも一斉に手近なゴブリンへと掛かって行き、闘争の場はたちまちの内に聴き慣れない連続する破裂音と、ゴブリンたちが上げる甲高い悲鳴にと満たされて行った。
部下たちへの命令であった物頭の青年の声は、しかし同時にフィオナとターニャを我に返らせるものともなり。
フィオナたちもまた同様に、未だ混乱に陥ったままのゴブリンたちの隙へと斬り込んで行く。
(彼らにとっては、自分たちもまた同様に〝敵〟に過ぎないのかも知れない。それでも、ヒト全てにとっての「不倶戴天の敵」たる亜人種たちを目の前にしている今、この瞬間だけは……)
「敵の敵は〝味方〟」だと言う、そんな関係性は成り立つ筈だと。
そういう意識でもって、目下の敵であるゴブリンたちを相手取りながら、同時に横目に謎の蒼衣の一団のその戦いぶりを観ようとするフィオナたち。
この時の相手がゴブリンたちで、既に狼狽状態の完全に浮き足立っていたから良かった様なものの。
もし戦っているのがもっと手強い、別の存在であったなら。もしかすると危うい事にとなっていた可能性も有った筈だと、後に彼女たちは思い返して冷や汗を覚えるのだったが。
それもむべなるかなと言うしか無い異様な光景が、そこでは繰り広げられていたのだ。
配下の蒼服たちは一様に、各々が手近なゴブリンにと駆け寄って距離を詰めると、横抱きにして構えている〝黒い杖〟の先を突きつける様に向け。
そこからけたたましい音と共に2つないし3つの小さな炎を連続で吐き出しては、瞬時にゴブリンたちを打ち倒していた。
(あれはッ! ただの杖では無く、破壊の魔導杖だったの!?)
戦いながら観察しているフィオナとターニャはもちろん、戦況を見守る事しか出来ない分だけより集中して観ていたシルヴィアは尚のこと驚愕していた。
そんな想像だにした事も無かった〝武器〟が実在し、しかもそんな代物を全員が装備した一団だと言う事は、あの異様な風体も含めて。
彼らは、この地を治める存在の配下である魔導兵たちなのだろうか?
と、そう思ったのも。
この時の状況下での彼女たちにしてみれば、むべなるかなではあっただろう。
しかし、そのせいで。
フィオナが斬り付けた残るもう1体の大ゴブリンへの攻撃は、その身を捉えこそはしたものの、狙いだった急所は躱される事となってしまった。
「ッ!?」
「REGUGUGA!」
間違いなく何かしらの悪態だろう咆吼を上げながら、手負いとなった大ゴブリンが大剣を滅茶苦茶に振り回して荒れ狂う。
こうなると、技量と速さを打撃力に昇華させて戦う自身の剣術とは、相性の問題でフィオナとしては不利になる。
まともに打ち合ったりしたら、体格と武器のいずれもの重量差に一瞬で圧し潰されるだけだ。
「「姫様ッ!」」
目の前でじりじりと追い詰められて行く候女の窮地に、揃って悲鳴の様な声を上げるターニャとシルヴィア。
ターニャは新たなゴブリンとの剣戟中で、シルヴィアは物理的にそこから動けない。
――と、そこへ横合いから大ゴブリンにと迫って行く蒼い影の姿が。
それに気付いて大ゴブリンは、慌てて向き合う相手を切り変えようと大ぶりの一撃を薙ぎ払う。
「BUGOGAGA!」
だがその一撃も虚しくただ空を斬り、無防備に延びきった大剣を握る右腕が肘から斬り飛ばされて宙を舞った。
「GUGYAGAGAGA……!」
半分に斬り落とされた右腕を抱え、激痛に仰け反って悶絶する大ゴブリン。
そんな千載一遇の好機を見逃す事無く、そうしてガラ空きになった胸元へとフィオナは渾身の刺突を繰り出す。
魔法銀を合わせた家伝の宝剣は、使い手の技量も相まって見事に大ゴブリンの分厚い胸板を貫き、その心臓を砕いたのだった……。
瞬時に極度の集中まで持って行った分、流石に一つ大きく息を吐いて。
フィオナはようやく再び周りを見る余裕を取り戻す。
彼女の足下には斃した大ゴブリンが横たわり、彼方にはこちらも無事な様子のターニャと、どうにか上体を起こしているシルヴィアの安堵の表情が見える。
シルヴィアの傍らでは倒れたままのマリオの姿が在り、早くその下にと行って手当をしなければ――
と、そこまでを思った処で。フィオナの意識は、〝もっと喫緊の課題の方〟へと向いた。
彼女の背後では、あまりにも鮮烈すぎる剣技を見せ付けた蒼衣の一団を率いし青年が、その手に握った片刃の湾刀に血振りを行い、静かに鞘へとそれを納めている処だった。
そしておもむろにその青年は、フィオナの方へと向き直る。
前方にだけ鍔の付いた帽子を被り、更に目元はバイザーに覆われているせいで、その表情はよく判らない。
彼の背後には、倍も数が居たゴブリンたちのあらかたを、全く寄せ付けもせずに封殺してのけた、同じいでたちをした魔導兵たちが散開して立ち、揃ってこちらに視線を向けている。
流石に手にしているあの恐るべき魔導杖の先端は、いずれも斜め横手に向けられて外されてはいたが。こちらがおかしなそぶりを見せれば、直ちにそれはこちらにと向け直される事だろう。
(これが、「絶望」と言うものなのでしょうか……?)
フィオナは一つ息を吐いて。自分は今、〝それ〟がどんなものであるのか? と言う事を、初めて味わっているのかも知れないと思った。
つい先程までの、ゴブリンたちに包囲された状況下であっても。
逃れる事は出来ずとも、どうにかして刺し違えまでは持って行ってみせる! と言う算段と覚悟を喪う事は無かったと言うのに。
だが、そんなゴブリンたちをまさに鎧袖一触に、無傷のままあっさりと殲滅してのけたこの者たちは……。
それこそ、「次元が違う」と言うやつなのだろう。
そして自身の目と肌感覚で眼前に見たからこそ理解できる、彼らにとってはゴブリンたちも自分たちも、相手とするのに〝大差は無い〟のだろうと。
(となればもう、潔く〝その覚悟〟を決めるだけ。ですね……)
せめて、自身をその分も身代わりに、シルヴィアとターニャに対しては容赦を得たいな……と言う、それだけを思いながら。
フィオナは大ゴブリンの血に濡れたままの愛剣を放り出して、顔を上げると〝その言葉〟を口にした。
「くっ……、殺せ!」
地球人類と異世界人との初めての接触が成った、記念すべきその瞬間は――
即座に「黒歴史」扱いされる事になると言う、何とも微妙な格好でもってその始まりを迎えたのであった……。
ついに邂逅を果たした、二つの世界のヒト同士。
ここから物語が一気に動き出す嚆矢となります本話では、一つの試みとしまして、
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の方で展開中の連動企画との同時更新も、今回実施しております。
「設定解説」に当たります、〝ことはと真の、良くわかるエリドゥ世界〟
その第4回となる「海援隊迷彩服と、エリドゥの地図」をお送り致します。
https://jyushitai.com/mahorobaindex/mahorobaintro04/
よろしければ小説本編と合わせてお楽しみ頂けましたら幸いです。