漂流者たち③
便宜的にひとまずは「新地球」の暫定仮称で呼んでいる、今の世界に時空転移してしまった〝日本列島〟の後背部――以前の日本海側には。
地球世界に在った頃と同様、その対岸を成す陸塊が存在していた。
後の調査の進展で、その全体像が判明してみると。
元の地球におけるユーラシア大陸と比較すれば遥かに小さい、小規模大陸と見なしてもよい様な〝大きさ〟ではあったのだけど。
それでも樺太島から台湾島にまで至る〝広義の日本列島〟の、その列島線の全域に渡って。
等しく対岸線として在り続けるだけの規模で、南北方向上における距離的な面での幅は有しており。
その間の平均的な距離こそ、多少拡がってはいるものの。
「新日本海」側に相対している大陸であると言う、距離的な現実から考えても。
時空転移と言う未曽有の経験の当事者となって、大騒ぎな状態の渦中に在った日本国や台湾国らとしては。
迷い込んでしまった「新地球」の、周辺状況把握の観点上からも。同地が真っ先に探索の対象とされたのは、必然の帰結だったのだと言えよう。
しかし、とりあえず「フロンティア大陸」の仮名を付される事となっていたその地も。
またなかなかに〝奇妙な土地〟ではあった。
何がどう奇妙なのか? と言うと――。
端的に言ってその形状が、さしずめ〝似非北米大陸〟と呼ぶより他に無い様な代物であったからだ。
頭上に浮かぶ太陽発電衛星より俯瞰された、その大陸の形状は――何とも摩訶不思議な事に。
まるで地球の北米大陸の東部側、およそ三分の一程を縦方向でもって切り取って。
そして全方位へ等倍角に拡大した上で、そこへ置いたかの様な格好をしていた。
その大陸の、西岸側の海岸線を仮想線として。
等尺へ縮小して地球の北米大陸に重ねて見れば、その大まかな形状が現れて来る格好だ。
地球の北米大陸で言うならば、ハドソン湾に面したカナダから、メキシコ湾に面する合衆国まで。
それぞれを流れている大河である北流のネルソン川と、南流のミシシッピ川の両水系の流路線――。
いずれも途中までは本流だが、途上である支流に移って。やがて最上流部では隣接するそれに沿って切り取って行ったとすれば。
だいたいフロンティア大陸のその形になって来る。
勿論、そうして頭上に浮かぶ発電衛星より俯瞰された〝その形状〟が。極めて酷似をしているとは言ってもだ。
陸塊としてのその大きさ以外にも明確に。
それは単なる偶然に過ぎないと判断出来る要点になるものは幾つも有り、端的なものが以下の二点だった。
まず一つ目は、仮想ジオイド面で見ると極端なまでの〝西高東低〟な傾向を見せているその全体地形――。
フロンティア大陸の西岸側は、北端部から南端部までのほぼ全域に渡って、さながらアンデス山脈を思わせる急峻な山嶺が屏風の如くに連なり。
そこから東岸側へとなだらかに平野が広がると言う、南米大陸を彷彿とさせる大地形である事。
そしてもう一つが。
同様に大陸棚上に付属する島嶼だと目される〝似非ニューファンドランド島〟までもが存在していたのだけど。
その位置は、地球における北米大陸本土と同島の距離に比して遥かに沖合いへと突出しており。
地球でのカムチャッカ半島に置き換わる様な位置関係でもって、その南端部が。
日本領のほぼ最北端の有人島でもある千島列島北東端の占守島と向かい合う格好で立地していると言う点だった。
もちろん、ぱっと見では(北米大陸の東側も、一緒に転移して来たのか!?)と、一瞬見まごうてしまうくらいに。
「ほとんど五大湖」な配置と形状の広大な内陸湖群をも有し、そこから流れ出している大河の河口部もセントローレンス河と同様な三角江地形である上に。
大陸東岸側のその海岸線全体は北から南までの全域に渡って、北米大陸のそれと極めて酷似した形状を成しているわけなので。
日本列島から見て、西方に存在している土地であるだけでなく。
そんな〝あまりにも出来過ぎている様にも思える〟地形上の偶然(?)までもが重なっていた事からも尚更に。
同地に対しての「フロンティア大陸」と言うその呼称についても。
元地球人たちの間において、ある種の自然発生的なものとして生じた、非常に的を射たものであったかも知れない。
その様な事もあって、現地調査の為に民間の学者や専門家たちも交えて編成され、送り出された合同任務部隊が同地で最初の上陸予定地点としての目星を付けていた場所も。
天然の良港たる地形である事はそっくりそのままな、〝似非チェサピーク湾〟となっていた。
地球の北米大陸においては、イングランドからの入植者たちが最初期の拠点を築いた地であり。
20世紀に入ってからは世界最大の軍港でもある、合衆国海軍の本拠地ノーフォーク海軍基地が置かれた立地でもあるが故に。
その水深と言う、物理的な別の条件がクリアーされるのであれば。
この世界においても同様の開発が見込まれる場所であると、期待されていたからだ。
そしていざ現地に到着して、ざっくりとながら測量を行ってみた結果は。
もちろん「良好」(と目される)と言うお墨付きが出た事で。
早速、合衆国海軍の遠征打撃群を中核として構成された統合任務艦隊の、半分を占めている輸送揚陸部隊が。
その陸揚げ能力をフルに発揮して、同地の海岸付近へ橋頭堡を築き始め。
そこから順次拡充して行く格好で、今後の新大陸探索への拠点基地の設営に取りかかるのと共に。
並行してまずはその地点周辺の。より本格的な探索を開始し出したのであった。
そんな具合に立ち上げられ、施設科を中心とした隊員達の奮闘による拡充が日々進行中であり。
そして「新大陸合同探索部隊」に帯同の民間人たちでもはっきり判るレベルにまで、ひとまずの形が整って来つつある仮設前進基地の敷地内では。
その日に限って、奇妙な浮ついた感を醸し出している何とも言い難い空気が。俄かに漂いまくりな様相を見せていた。
「妙だな? 合衆国軍の方がやけにざわついているみたいだが、何かあったのか?」
「さあ? いったい……何だろうな?」
日がな一日、基地の敷地内外での建設工事や、周辺地域の探索と言ったそれぞれの任務に従事して戻って来た、日本国自衛隊や台湾国軍の将兵たちが。
異口同音にそんな言葉を交わしあって目をやる、その先――彼らが感じ取ったその〝微妙な空気〟は。
合衆国軍の派遣部隊に割り当てられし宿営区画の方から漂って来ていた。
そして程なく、その〝正体〟については。
共にこの地に足を踏み入れている、彼ら同盟国軍の将兵たちに向けても開示される事となる。
緊急性の大ありな、「要注意喚起情報」と言う形で……。
『ついに、〝この世界〟の知的生命体と遭遇したと伺いましたが?』
政府間ホットラインの機能をフルに活用中であるとも言える、テレビ会議の画面越しにまずは交わす挨拶もそこそこに。
実務上での第一声をそう切り出した、呉 明正総統――「中華民国」の最後にして、今や新生「台湾国」としての初代でもある――のその言葉に。
それぞれモニター越しに、向かい合ってそれを聞いている立場の他の二者は、揃って微妙な表情を浮かべて応じた。
日本国の首都、東京は永田町に聳える総理大臣官邸の当代の主こと、日本国首相の江波健一郎と。
今や事実上の「臨時代務ホワイトハウス」と化している、同じく東京は赤坂の在日合衆国大使館にて。
大統領権限代行者としての事態対応に陣頭指揮を執っている、合衆国の当代副大統領マーカス・オールグレン。
ホットラインで繋がった日台両国政府。
および異世界へと分断されてしまった全合衆国市民たちの、序列最上位者である副大統領をトップとする合衆国(分離体)の臨時代政府。
そんな「同盟三か国」の政治指導者たちが。
時空転移現象の発生後はもう毎日の、それも一日に複数回の開催さえも半ば当たり前となっている首脳間協議に臨んでいた。
無論の事、前代未聞な現象の当事者となってしまっている状況下、議題の種も尽きないわけだが。
流石にこの時ばかりは、呉総統の実務的第一声が端的に示す通り。
転移した未知なる〝この世界〟で。
その予測と、そしてある種の期待をもしていた「知的生命体」との遭遇が、遂に実際のものとなった――。
その筈であるにも関わらずの、江波首相とオールグレン副大統領が揃って示した〝微妙な表情〟は。
呉総統にとっても、いささか予想外の反応であり。
そしてそれはその〝遭遇〟が、むしろ逆に「問題の種」を増やす類の方向であるらしい事を示唆するものだった。
同盟関係にある三か国が合同で、その軍部隊を中心とする統合タスクフォースの体制で編成した新大陸調査隊――
日台両国のネット上では早くも、「リアルに『調査兵団』とは、流石に胸が熱くなるな!」などと言う声も上がっていたのだったが……
――を送り込んでいる格好であるわけなので。
当然ながら、三か国間の情報共有の体制そのものについては。先日までの「特亜大戦」を通じて急速に整えられてはいたのだけれども。
とは言えそこは、既に同盟国軍として半世紀以上の年月を。その間に複数の戦争を共に戦った経歴も重ねて。
今や合衆国軍からも「欧州の連合王国、極東の日本国」と言われる程までに。
主要同盟国・同盟国軍としてのその価値を。
歴史的な別格扱いである英国にも比肩されるレベルにまで、近付いた存在だと見なされる域に至っている日本国自衛隊と。
かつての中華民国との断交による同盟破棄後、四半世紀以上の〝断絶〟(公式上は)を経た上での。
「台湾国」となった事での、事実上は新たなる同盟関係の締結となって間もない台湾国軍との間では。
相互間での情報伝達のその〝処理速度〟に関しても。それが自国内でのトップにまで上げられて行く過程の練度を総合的に比較すれば。
この様な辺りでおのずと差異が生じて来てしまう部分は、まだまだ多いと言うのが現状ではあるのだった。
図らずも顕わになってしまった格好であるそうした部分が。
先日までのそれとは異なる意味合いと、遙かな切実さでもっての「運命共同体」に成ってしまった現状下では。より課題となるのだろうなと思いつつ。
先にこのトップ会談で、直接「情報」を提示してしまおうかと考えたオールグレン副大統領は、自身の手元のタブレット端末を操作し始め。
『いささか刺激の強い被写体ですが、ご覧を頂きましょうか』
そう言って、その画面をモニター越しに呉総統へと向ける。
『これは……!』
そこに映し出されたものに、驚きの呻きを漏らす呉総統。
『…………』
既に一度、確認済みではあった江波首相もまた。先程よりは衝撃度合いも〝薄れた〟のか、興味深げな表情で覗き込むタブレット端末のその画面上には。
体毛も一切見受けられない、緑がかった色合いの肌をした奇妙な〝人型の生物〟の遺体が写し出されている。
べっとり纏わり付いていたであろう血糊こそ、綺麗に清拭されてはいるものの。
その分も闘争によって殺害された事は素人目にも明らかな、生々しい傷跡がより判るその遺体は――しかし、明らかに人間のものではなかった。
一言で言えば、醜悪と言う印象しか浮かばない造形のその生物は、十代前半の人間の子供大の体躯をしている。
おとぎ話の魔女もかくやと言う風に大きく飛び出す鷲鼻に。笹穂型に長く尖った耳元の付近まで裂けた口中には、牙の形に尖った歯が並び。
またその額の両側からは〝角〟と呼んでも良さそうな小さな突起が生えていると言う、まさに「小鬼」と表現するのが相応しいと思わせる姿形をしていた。
『これが……?』
『残念ながら、〝そのとおり〟です』
驚きを露わにした表情と声で問う呉総統に、真顔で首肯して見せるオールグレン副大統領。
つい先程、江波首相との間でも交わしたばかりのやり取りをもう一度。と言う格好だった。
まあ、江波首相の下には速報ながらも第一報として。防衛省経由で要点だけが簡潔に羅列された、最低限の事前情報は届いていたので。
どちらかと言えば遺体画像を直視する〝覚悟〟の方が、むしろ強かったかもしれないと言う相異はあったのだが。
こちら側の全合衆国軍最高司令官となるオールグレン副大統領の下に上げられて来た、この生物との遭遇の顛末は以下の様なものだった。
この日、課業としての捜索担当エリアに指定された、仮設前線基地からやや離れた大森林内のある範囲を行動中だった、合衆国陸軍の一小隊の兵士たちが。
そこで不意に遭遇したこの生き物たちからの、突然の襲撃を受ける事となったのだ。
同小隊に所属する一人の女性兵士が小休止の最中、同僚たちからやや離れた処に行っての事から戻り始めたそのタイミングで。
脇の茂みの中から不意に飛び出して来た〝何か〟に飛び掛かられて、もつれ込んで倒れた。
そのまま格闘となったが、謎の相手のそれは殺傷を目的とするものではなく、明らかに欲情の成分で染められている類のもので。
身体のあちこちをまさぐりながら衣服を裂こうと試みて、迷彩服の生地の頑丈さにと手こずり、苛立つと言う様子であったが故に。
彼女はそんな隙に乗じてどうにかホルスターからハンドガンを抜く事に成功し、相手の身体へ銃口を押し付ける様にして発砲。
襲い掛かって来た相手を射ち斃すと共に、格闘中に上げた声に反応して既に動き出していた小隊の兵士たちへ、はっきりと位置を知らせたのだが。
それで同時にその生き物の仲間たちをも、呼び寄せる格好となってしまった様で。
結果、三々五々で茂みの向こうから更に飛び出して来た、その手には棍棒やら錆びた剣などを持ち。
腰蓑が如くに僅かな布切れを巻いただけの格好をした、体毛の無い緑や灰がかった肌色の醜悪なヒト型生物たちの一団との。
出会い頭での対峙をする構図となっていた。
そんなしばしの睨み合いの中、合衆国陸軍の兵士たちは。それでも相手方への呼びかけや、警告を発して収める為の努力は試みたのだったが。
その生き物たちはそれにも応えず、遂には痺れを切らした様子で意味の判らない喚声と共に一斉に躍り掛かって来たのだ。
無論、そうなったところで。
兵士たちの側に死者や重傷者を出す事も無しで、彼らの手にする銃の力の前にそれらはあっさり殲滅されたのだったが。
とは言え、兵士たちの側にも棍棒での打撲等による負傷者は若干名生じてはいた。
そうしてひとまず「状況」が、直近の脅威対象〝消滅〟と言う格好に落ち着いた事で。
彼らは周辺を警戒しつつ直ちに前進基地へと連絡を入れ、即座にその生物の死体を回収しての帰投を指示される。
勿論、対生体防護装備をした回収班が差し向けられるのは言うまでも無い。
当然だが兵士たちも、基地へ戻った後には。
そのまま隔離措置の上での生化学的な各種の検査と、暫くの間の経過観察処置を避けられない処であるのは確定なのだから。
「まったく、運が良いんだか悪いんだか……判らんな?」
と、そうボヤくしか無いのが。
記念すべき(?)この世界の知的生命体との〝初遭遇〟(ろくでもなかったが!)を果たした、彼らの現実であった……。
とは言ってもだ、言葉は悪いのは承知の上で言えば。
そんな小隊員への対応も含めての、実際のサンプルを入手出来た格好であるのは確かなわけで。
既に基地の周辺で採取と照合が進められている、この地の野生動植物や。土壌とその微生物と言った、種々の試料たち――。
驚くべき事に、地球におけるそれとの類似性では。
ほぼ差異は見られない、同種と呼べる範疇内であると見なせそうだと言う分析が積み上がって行くばかりであった処へと。
新たに、地球世界には存在しなかった(であろう)生き物の。その〝実物〟が持ち込まれたと言う格好であったのも事実なのだから。
専門家であれば、直接のみならず関連性のある他分野の人間たちまでも含めてにわかに色めき立つのも、ある意味では当然な話であろうし。
逆にそれら専門家ではない、(この場合には軍人たちも含めた)〝普通の人々の感覚〟で言っても。
遭遇時の〝その状況〟や、そこで示されたと伝え聞く未確認生命体たちのその性向から言って、笑えない冗談だと言う表情で。
「リアルに、〝トールキンの世界〟なのかもな?」
などと言い合っていた、合衆国軍の将兵たちは。
回収された〝青緑がかった血〟を垂れ流すその生物の遺体が後送され、そして様々な即応的な調査が行われ出したその結果――。
「遺伝子レベルでの類似性こそ有るものの、明確に人間とは異なる未知のヒューマノイド型生物であると目される」
との、最初の(暫定)中間報告的な〝調査結果〟を知らされて。一様に絶句させられる事となるのだったが……。
ともあれ、フロンティア大陸に進出している統合調査部隊の対応としては。
その特徴的な姿形から、「仮称:〝ゴブリン〟」とされたその生物や。それに類すると思われる様相の未確認生命体との接触時には。
「無理にコミュニケーションを取ろうと試みる事には拘泥せず、自衛の為には交戦の判断も止む無しとする!」
と言う大方針が、自衛隊の派遣部隊内においても(合衆国軍や台湾国軍に、足並みを揃えると言う意味からも)指揮官の即断で、早々に決められた事は。
それが後日に邂逅を果たす事になる異世界人たちからも、正解であったのを教えられる事になると言う意味でも。
現地の将兵たちにとっては、実に「幸運な判断」であったのだった。
もっとも、そんな近い後日の事を知る由も無いこの日の時点では。
当地を探索中の派遣部隊の人々は無論のこと、そんな彼らを送り込んでいる同盟三か国のリーダーたちとしても。
頭の痛くなりそうな話が、また一つだ……。と言う認識にならざるを得ない。
この世界で生き延びて行くための入植地として。
有望視されつつある材料が日々積み上がって行く途上にあった、対岸の大地が。
まだはっきりとしたわけでは無いとは言え、そんな「危険生物」――土着の猛獣やら、それこそ恐竜みたいなのが居ても、無論それはそれで困るけれども――敵対的なヒューマノイド型類の生物が棲息している地だと言う話なのであれば。
この先の開拓を進めて行く上では。別の意味での〝厄介さ〟が、多々生じて来る事となるであろうから。
まさに痛し痒しな状況である可能性も覚悟しつつ。
今はただ現地の調査部隊の活動の進捗による、更なる〝情報〟の積み上げを待つしかない、もどかしい状況ではあったのだと言えるだろう。
しかし、そうではありながらも。
モニター越しに顔を突き合わせている三か国(合衆国は「分離体」と言う事になるが)のトップたちの間に漂う、その雰囲気の内には。
悲壮感であったり、状況に戸惑い迷っていると言う後ろ向きな類の成分だけは、微塵も含まれていなかった。
それは、この前代未聞の国難の時に当たって。それぞれが代表する勢力の、舵取りを担う立場に在ると言う点で一致する彼らが。
政治家としては相当に〝若い〟と言う点においても、揃って見事な共通性を有している事に起因していた。
――この場合の若さとは、決して未熟さや経験不足であると言う事では無く。
それ故に彼らが。有事のリーダーたる立場のその重責に応え得る、心身両面での活力と健全さに。なお充分に充ちていると言う事を意味する。
異世界への時空転移による、地球との突然の断絶と言う未曾有の逆境下において。
それでも「不幸中の幸いだった」と言いえる様々な要素は、確実に存在していたわけだけれども。
人的な面においてのその一つに。間違いなくそんな彼ら、主要三か国のリーダーたちの存在があったのだ。
骨の髄まで時代錯誤の帝国主義に生きていると言うより他にない、大虚獣――支那中共から。
台湾の命運を賭すものとなる「戦争」を仕掛けられる日が、ついに現実のものとなり。
更にはその状況下で再びの「国共合策」密約を結んだ、国民党ら外省人たちによるクーデターまで起こされ。
そちらによって援軍として呼び込まれ、まんまと台湾島への上陸を果たした中共軍との間で。
台湾島内を二分する、内戦の状況へ陥ってしまった逆境下においても。
確固たる信念に基づいた粘り強い指導で、まさに薄氷を踏むが如しの綱渡りとなった幾多の苦境を乗り切って。合衆国と日本国と言う友人たちの助けを求め。
そこから広く呼び集める事の出来た同情と共感を武器にした、国際社会への復帰――台湾は独立国家である事実の改めての承認と、国連総会への参加権の獲得。
そして対中共抑止の為のPKF発動による、救援対象としての認定を得る事にも成功し。
自国もまた戦場と化してしまうと言う悲劇の中から、遂には支那の魔の手から解放すると言う事だけに留まらず。
〝台湾人〟――すなわち、自らを支那人と思わない人々にとっての悲願であった「台湾国」の。真の意味での「独立」を成し遂げた呉総統と。
事態の〝切実さ〟のその度合いにおいてこそは、「隣国」に比して一段マシではあったと言えども。
やはり隣人たる島国同士として、結局は逃れ得ぬ一衣帯水の運命共同体であるのだと言う「現実」を見据え。
近隣関係国としての平和的な解決を模索すべく、懸命に働きかけを続けたが。
しかしそんな「常識」の範疇では決して停まらない支那中共の。底知れぬ脅威を前に腹をくくらざるを得ないと、ひとたび覚悟を決めてからは。
勃発した「特亜大戦」の行方自体をも左右するキープレーヤーの一角として関与する、日本国の舵取り役として。
かつての所謂「アルバニア決議」以降、長らく国連総会オブザーバーの扱いに留められて来た「中華民国」の存在を名実共に過去のものとし。
新生した「台湾国」を、新たな正式加盟国として国連総会に迎え入れる事の承認と。
そして対中共を目的とした介入の救援対象とする決議へと積極果断に導く役割を果たす事で、国連安保理の拡大常任理事国としての責任も担って。
今次の戦争を単なる停戦ではなく、極東地域の勢力構図そのものの再編と言う方向性に落着させる上での主導的な働きを果たした江波首相。
いずれもが、そんな苦境を乗り切って見せた指導者としての〝経験〟を踏まえて。
ある種の〝風格〟と呼べる様なものを漂わせる様になったとは、多くの人が感じさせられていたのだったが。
今やそんな彼らのカウンターパートに。期せずしてなってしまった格好のオールグレン副大統領とて、決して見劣りするものでは無い。
唯一の超大国としての位置付けこそは、未だに保ちつつも。
その国力は絶頂期を過ぎた、緩やかながらも確実に下降線へと推移していると衆目の一致する処である合衆国に。
久々に明るいムードをもたらす、謂わば「希望の星」と呼べる様な存在として頭角を現して来た彼は。
合衆国の歴史上でも屈指の若さで就任した副大統領として、多くの合衆国市民から支持を受けている存在であるのと同時に。
在日合衆国海軍将校の息子として日本の地で生まれ、日本への長期留学経験も複数次持つと言う、こちらも史上屈指なレベルの知日派にして親日家でもあった。
前世紀末の湾岸戦争や、日本の統一戦争では海軍の戦闘機パイロットしても活躍した後に退役し。
政界へと転じて、新進気鋭の連邦議会議員として売り出し中であったものが。まるでドラマの様な顛末でもって、とんとん拍子に。
いまや若き副大統領として、合衆国の政権の一角を担う立場へと大出世する事となっていたのだ。
経験豊富な実務家としての評価自体は相応に有しつつも。逆に言えば、地味とも目されがちであったヴァーネル現大統領――。
元々は予備選で対抗馬にすら成り得ない、本命からは程遠いその他候補者の一人でしかなかった筈であったのに。
優位に立つ他の候補者たちがことごとく、弁明の余地のない類の過去のスキャンダルの浮上やら、ガンが見つかった健康不安による等の理由で。
相次いで途中脱落を余儀なくされて行く事となってしまったその結果。
当の本人自身としてもまさかの、共和党大統領候補に躍り出てしまった事で。
本選勝利への切り札として、自らの副大統領候補に若きオールグレン議員のその人気と、非凡な政治的才覚に目を付け。
手堅い他候補者たちの序列を大きく飛ばす格好で、彼を大抜擢すると言う大きな賭けに出て、見事に当選を果たした辺りから。
さながら古代ローマ帝国の五賢帝、ネルウァと至高の皇帝を思わせる様な……。などとなぞらえられる向きもあったのだけど。
実際、高齢である大統領の名代の格好で精力的に内外を飛び回り、合衆国の為に大いに立ち働いていたオールグレン副大統領は。
今次の「特亜大戦」に当たっても。対中共強硬派として日台両国とも連携しつつの事態対応で、様々に尽力していたキーマンの一人でもあった。
それもあって、ようやく漕ぎ着いた戦争の幕引きに当たっても。合衆国の全権代表として参加すべく、自ら赴く事にしており。
その直前に東京で開催の、関係諸国間会議から出席しようと途上で立ち寄っていたちょうどそのタイミングで。
折悪しくも発生した時空転移に遭遇し、そのまま異世界へと飛ばされてしまっていたのだった。
いずれ、そう遠くない未来において。大統領になるであろう事は確実視され、また多くの人々からもそう期待を寄せられていた若き俊英だけに。
本人にとってはもちろんの事、合衆国そのものにとっても。何とも不本意なと言うよりない、実に不幸な状況ではあったのは確実だが。
しかし〝こちら側〟へと分断されし、時空の「漂流者」となってしまった立場の合衆国市民たちにとっては無論の事。
日台両国の政府関係者からしても。その事実は残念ながらも、非常にありがたい話だと言えるものであったのだ。
まずは何よりも現任期中の副大統領と言う、「大統領権限の代行者」として務めるに当たっての。
法理的にも何らの疑問を差し挟まれる余地も無しで、〝その正当性〟を保持している立場の存在が居ると言う事実が。
急遽で臨時代行政府を組織するに当たっても、シームレスなその実行を可能としていたからだ。
「特亜大戦」講和条約締結に当たっての、正式な合衆国側の全権代表であるのに加えて。
東京における事前の関係諸国間会議の主目的でもあった、〝もう一つの事〟の絡みもあって。
オールグレン副大統領は、自らのスタッフ達のみならず。
ジョセフ・ルーツ国防長官らの大統領府関係閣僚も、複数引き連れて来訪しており。
転移による時空分断に起因する、大統領がではなく自分たちの方が……と言う、およそ有り得ない状況の故にながら。
大統領が永続的に不在となった場合に行われる政権継承手順を援用する格好で。
直ちにオールグレン副大統領を大統領職務代行者とする、暫定の臨時代政府を立ち上げる事が出来ていた。
そして逆に日台両国の側から見ても、それが極めて重要な幸運事で有った理由の一つが。
それぞれとの間に締結された安全保障条約に基づいて、日台両国内の各地に常置されている駐留合衆国軍基地と。
そこに配置されている、合衆国市民たちと言う存在に関してであった。
いかな同盟関係が長く(台湾の方は長らく遠回しにではあったが)、相互の信頼関係・協力関係の深化も相応に深まっている間柄であるとは言えどもだ。
世界的に見ても屈指の規模と実力を有する外国の軍が。その統制元である政府組織とは完全に断絶をした状態で、自国内に存在していると言う〝状況〟は。
政治的には、悪夢そのものであるからだ。
ましてや、「特亜大戦」へのPKFに参加する為に来援してくれていた諸国の軍までもが。
一定規模で日台両国内の各基地に分散して駐留中でもあったのだが、こちらについては当然ながら「同盟国」と言う関係ではない。
日本国においては半世紀以上も昔の話となる、冷戦時代初期の南北分断国家同士の同時多発的動乱であった「北海道・恨島戦争」時の。
「国連軍」として多国籍の外国軍隊を受け入れた事例の埃を払って、それを法的にクリアーする体裁をどうにか整えていたわけだったが。
各々の国家に代わって一元的にその担保をしていた筈の「連合国」もまた、彼方の世界に消えて無くなった状況下であるわけなので。
一緒に転移してしまった、国内に居る外国軍隊の内でも。
飛び抜けた最大戦力(戦時故に増強されてもいた)であり、かつそれらの中で唯一の「同盟国」軍でもある駐留合衆国軍に関しては。
その意味でも、当代の副大統領を長とする暫定代政府が疑義の余地の無い正当性を伴って立ち上げられ。
きちんと「文民統制」の体制が担保されていると言う点の〝その意義〟は、非常に大きかった。
更に幸運であったのは、陸軍将校としての現役時代には大将まで昇りつめた経歴の持ち主でもある、ルーツ国防長官までもが居り。
しっかりと分断陣においての軍人側トップとなる太平洋軍司令官以下を監督できる体制も、基本的にそのまま担保されていたわけだし。
まあ、その分も尚更に。地球側では大変な事になっているのではないか? とも目されるのだが。
そうは言ったところで、どうする事も出来ない話だとしか言えないわけなので。
地球側の幸運を、心中で祈りつつ。
今回新たに判明した事実と言う変数も踏まえての、今後の事の協議を熱心に続けて行く三人の首脳たちであった。
そしてそんな彼らの下へと。今度は間違いなく朗報と言えるであろう、新たな知らせが飛び込んで来る事になるのは。
それからさほど遠い日の話でもなかったのだった。