漂流者たち②★画像あり(20230528再々追加)
明けましておめでとうございます。
新年最初の更新となります。
※(2021/11/23)E-787の機体画像を追加しました
※(2022/9/18)FA-3の機体画像を再追加しました
※(2023/5/28)F-14J改の機体画像を追加しました
これまではそう呼ばれて来た、「日本海」と言うその呼称を。
今も尚、使い続けていても。果たしてよいものどうか?
それさえ定かでは無くなってしまっている海を。
同盟関係にある三カ国より集いし艨艟たちが進んでいた。
その内で例外となる二隻を除いて、揃って灰色の洋上迷彩――軍艦色で統一された鋼鉄の戦船たち。
さながら現代の「無敵艦隊」はかくやと言う威容を見せる、統合任務艦隊だ。
その中心側に陣取る、主軸たちの中でも。
一際の存在感を見せ付ける、艦尾には翩翻と海上自衛隊旗を靡かせた巨艦。
その艦体上面いっぱいに張り出した広大な飛行甲板上では。
彼女を母艦として活動する機械仕掛けの猛禽たちが、それぞれの挙動を繰り返している。
日本国国防軍海上自衛隊最大の艦艇にして、合衆国海軍の他では唯一の超大型空母でもある〔しょうかく〕型航空護衛艦。
その二番艦たる彼女――〔ずいかく〕を中核とした艦隊は。
地球世界におけるユーラシア大陸と、置き換わるかの様な位置に〝発見された〟未知なる大陸へ。一路向かうその途上であった。
右舷後部寄りに、文字通り島が如く突出した艦橋構造物を除けば。平坦そのものな超大型空母の飛行甲板上では。
レインボー・ギャングと言う通称で呼ばれる、職務識別ごとに定められた多彩な色のジャケットを身に付ける甲板作業員たちが、忙しなく動き回り。
それらの間を抜けて、これから飛び立たんとする艦載機が発艦位置に向かって進んで行く。
各々が飛行甲板上の割り当てられた指定位置に着くと。
エンジンをいっぱいに吹かしつつ――電磁式カタパルトによる補助も受け、急加速して母艦上から大空へと駆け上がって行く艦載機たち。
艦隊の前方上空で周辺の警戒監視に就くべく舞い上がる、レーダーアンテナを収める丸いドームを背負った双発ジェット早期警戒機E-1D〔トレースアイ〕に。
機体下面へ複数の空対空誘導弾を吊下した、軽快な戦闘機たちだ。
前翼を組み合わせた三角翼を備える流麗なラインで纏められたFA-3〔Jラファール〕と。
系列機中でも唯一の前翼も加えた三翼機となっている、MiG-29JK改〔スーパーファルクラム〕の両機種は。
先立って発艦したE-1Dらと。
艦隊の後方上空より更に広域の監視に当たっている、日本の本土から飛来せし国防軍航空自衛隊の早期警戒管制統括機E-787による管制の下で。
艦隊周辺の空中直衛哨戒を担っている。
それらの発艦が一段落すると、入れ替わりで当直を終えた同型機たちが帰還して来て。
艦尾から向かって左舷方向に延びる着艦用斜交甲板へと、順に舞い降りて来る。
とは言っても、いかに巨大な空母であろうとも。
陸上基地のそれに比べれば、僅かな長さでしかないその飛行甲板への着艦は――。
俗に、「制御された墜落」などと形容される程の力技だ。
着艦用斜交甲板上に張られた制動用の金属製ワイヤに。
機体の後部下端に備える起倒式の制動用フックを引っかけての拘束で、むりやりに停止させると言う豪快で荒っぽい作業が繰り返されて行く。
「いやはや、これは……実に壮観の一言ですね。結城二尉」
〔ずいかく〕の左を併走する、砕氷艦〔しらせ〕の右舷デッキから。
眼前に展開されている超大型空母の。迫力満点な発着艦の様子を感嘆の表情で眺めていた、仕立ての良いスーツ姿の男性が。
傍らに立つ、濃淡の青系色で構成される海自の戦闘服姿の青年士官へ。そんな述懐を漏らした。
実際、艦艇の数や相互間のその距離だけで言うならば。
平時は三年に一度挙行されている海上自衛隊の観艦式の方が、遥かに大規模なものであるのは事実だったが。
とは言え、洋上で実際に空母が活動している姿を間近に見るというのは。全く別のインパクトそのものであったからだ。
「まだ若い時分に合衆国で。今の妻と共に観に行った、ハリウッド製の航空アクション映画で見た光景を。
こんな〝特等席〟から間近にする機会を得られたと言うのは、望外の幸運かも知れない……」
「確かに、洋上で活動中の母艦戦闘群の姿を目にする事が出来る者は限られますからね。
かく言う自分も、多岐さんと同様に感じています」
首肯して応じる二尉こと、結城悠斗の言葉に。
スーツ姿の男性――この統合任務艦隊が輸送中の新大陸探索部隊が帯同している、内外の学者や専門家ら民間人協力者たちの引率役として。
日本国政府より派遣された外交官の多岐弥一は、意外だと言う表情で返した。
「ふむ? 結城二尉なら、私と違って見慣れている側かと思っていましたが。そうではないのですか?」
「自分の場合、所属は海自ではありますが、船乗りではありませんので。
どちらかと言えば、見慣れているのは揚陸艦や輸送艦の方ですね」
穏やかな表情でそう返した悠斗は、思い返した様に続きを口にする。
「乗り慣れたと言うのであれば、この〔しらせ〕もそうですが。
〝先頃までの戦争〟では、すっかり輸送艦の一隻としての運用と活躍の方が目立つ様になってしまっていましたから。
自分も部下たちとお世話になる機会が、幾度かありまして」
「成程……」
そこまで聞けば、多岐にも悠斗の言わんとする事は判る。
南極に建設されて久しい観測拠点で、越冬も含めて活動する観測隊の送迎をはじめとした南極観測任務に従事する為の砕氷艦。
先代からそのまま襲名した二代目として建造された、まだまだ新鋭艦と言って良いだろうこの〔しらせ〕であったが。
しかし皮肉な事に、その本来の用途たる南極への航海は。
彼女が就役した3年前の、ただ一度きりのみで終わってしまっていた。
その翌年に予定されていた二度目の南極航海は、人間が引き起こせし災い――すなわち、人民解放軍の若手将校らの体制内クーデターによって。
剥き出しの軍事的冒険主義へと急旋回した支那中共が。そうして始めた極東地域全体を巻き込む大規模な戦乱の勃発に伴って、断念を余儀なくされたのだから。
南極観測隊の隊員と、彼らの為に用意される大量の物資や機材を運ぶ為に備えられたフネの能力は。
そのまま有事における輸送艦としての有用性と、イコールでもあるわけで。
結果、本来ならば乗せて行く筈であった一昨年次の観測隊は、オーストラリアの民間船チャーターに振り替えられ。
彼女自身は海自輸送艦の列中に加わって。
公的には「極東大戦」。あるいは「新東亜戦争」などと呼称されているが――。
しかし日本のネット上では、ほぼ完全に「特亜大戦」の呼称で統一されている同戦争に。
後方支援任務で参加する事となっていたのだった。
その基本構図としてならば、大規模な地域的戦争。
しかしながら、それを仕掛けた側が支那中共だったと言う特殊な事情もあって。
参戦国および勢力の総人口と言う、〝数字上で見た場合〟には。
事実上の「第三次世界大戦」であると言う見方をしても、過言ではなかったかも知れない「特亜大戦」は。
最終的には、その元凶でもあった支那中共の実質的な崩壊――何故かそんなところまでも事大して(?)、南北両恨島も。
自ら進んでその運命を共にしていたりもしたのだったが……と言う結末を迎えて、ひとまず終結を見ていた。
中共それ自体は、首都である北京とその周辺の地域をなおも保持する一地域勢力の格好で。
その名を冠する国家として、一応は〝まだ健在〟なままではあったものの。
自方から手を出した結果としての独立宣言に対して、「解放」と称する侵攻を行ったまではいいが。
結局は叩き出されて。その存立を名実ともに追認するより無くなった「台湾国」に対しては無論のこと。
旧東北三省や河南、広東に福建、四川と言った各地域ごとの共和国それぞれからも。分離独立を突き付けられ。
更には同様に(再びの)独立を宣言した、香港と澳門に。
支配の継続が不可能と化した内モンゴル、ウイグル、チベットと言った植民地にしていた領域なども軒並み手放さざるを得なくなっており。
戦争の結果、分裂した中規模地域国家(と言っても、それぞれが大概の国家よりも人口が多いのだが)が群立すると言う。
現代版「春秋戦国時代」な様相へと、大陸支那は変貌する格好となっていた。
かくして、大陸支那を主とした極東――「特定アジア」地域の政治的様相もまた、劇的な変化を遂げる事となり。
同地域は国連主導のPKFを派遣していた、日本も含めた関係諸国と合衆国による監視体制の下で。
停戦からの現状追認を軸とする、終戦交渉の最終段階へと進んでいたのだったが。
状況がそんな停戦段階へと至れば。前線からは一歩下がって控えに回り、必要に応じての整備や補修にも入る戦闘艦たちとは違って。
輸送や補給の任務に従事する支援艦艇群には、今度はそれに応じての役目が切り替わりで回って来る。
それこそ、所謂「猫の手も借りたい」と言う気分の世界なわけで。かくしてこの〔しらせ〕もまた、本来の主務への復帰が叶う状況には程遠く。
日本と台湾、あるいは大陸支那側との間を頻繁に往復する任へと着いていたのだった。
悠斗の述べた、何度かお世話になる機会がと言うのもその様な事情によるわけだったが。
そうした矢先に生起した、未知なる異世界への時空転移と言う超常事態によって。
彼女には、再び南極に赴く機会は得られないと言う非情な現実が突き付けられてしまっていた。
「まるで、あたかも我々が迎える事を強いられた〝運命〟を。象徴しているかの様にも思えますね……」
言うとはなしに、多岐はふと頭をよぎった思いを口にする。
「それまで目指して来たものが――その為に積み上げて来た様々な事も、先達から営々と受け継いで来た諸々も……。
ある日突然、その全てが無意味なものと成り果ててしまった。そしてそれはもう二度と、戻る可能性さえも無い……」
多岐の口調にも、自身がそんな無念さを胸中に抱えている者としてのほのかな苦みが、滲み出ていた。
「今はとにかく、突然投げ込まれた〝この世界〟の中で生きて行く術を模索する為に、皆が必死な中だから。
取り敢えずは抑えられてはいても。そういう虚脱感を秘めている者には、そんな風に見えるのかも知れない……」
そこまで言って多岐は。
益体も無い事を言ってしまいましたねと、自嘲気味に苦笑しながら首を振る。
黙って多岐氏の嘆息を聴いていた悠斗は、ひとつ頷きながら返した。
「いえ。そんなお気持ちは、無理からぬ事だろうと思います」
多岐の様な外交官であったり、国際的なビジネスを行ってきた企業家やビジネスマンらの様な。
国内外をまたいで、グローバルに関わり合う生き方をして来ていた人々からすれば。
ある日突然に、それまで居た地球から国ごと切り離されて。未知なる惑星上へと転移していた……などと言う〝状況〟は。
タチの悪い夢なら醒めてくれ! と叫びたい、まさに無慈悲な「現実」そのものであっただろう。
前提となる立場が異なるが故に、そんな嘆きに共感出来るとまでは言わずとも。
無理もない話だろうな……と言うのは判るから。悠斗としても、聴かされて頷く事は出来る心情であるのは確かだった。
そうして理解は示しつつも。
けれども一方では異なる見方も有り得るのだと言う事を、悠斗は口にする。
「ただ、艦長をはじめこの〔しらせ〕の乗員たちは。近い将来への期待と言うべき想いも、抱いている様でしたよ?」
「〝期待〟……と言うのは?」
「ええ。勿論、今すぐと言うわけには行かないとしてもです。状況が多少なりとも落ち着いてくれば、この先樺太方面で。
この〔しらせ〕本来の砕氷艦としての働きも、求められて来る事になるのだろうし。そしてその先には――
『いずれは、この世界の北極圏でも目指すとしようじゃないか!』……と」
「はは、それは……。何とも気宇壮大な話ですね」
微笑を浮かべて言う悠斗の語る話に、つられて多岐の表情にも笑みが浮かぶ。
ついこの間までの「特亜大戦」での、後方任務に従事の期間中も。
南極の地で目立つ為に採用されている、その戦時には悪目立ちする艦体塗装を。ついぞ塗り変える事を拒否したままに、乗り切ってしまった。
その辺りにも現れている、乗員たちの気概のその発露と言えるのかも知れないとの意味では、説得力のある話ではあった。
「冒険家的な気質と言うべきでしょうか? 船乗りと言う人種は、多かれ少なかれそういう性格を持っているのだろうと思いますが。
確かに、我々の置かれた現在の状況も。考え様によっては、手つかずの〝未知なる新世界〟が眼前に広がっているのだとも言えるでしょうから……」
「つまり、ある意味では心が大いに躍らされる様な状況でもあると?」
感心と、軽い呆れとをない交ぜにした表情で言う多岐に、悠斗は穏やかな表情で頷き返す。
「不意に喪失してしまったものへの未練を引かれるのは、人間として当たり前の事でしょう。
ですが、だからと言ってそれで全てが終わったわけではない……。それが果たして、幸か不幸か? については、無論それぞれだろうとは思いますが」
「…………」
「少なくとも、〝時空の漂流者〟となってしまったその先が。
ひとまずはこうして、普通に生存し続けていける環境下であったと言うだけでも。充分に強運だとは思われませんか?」
「それは……。確かに、その通りですね」
悠斗のそんな指摘には、多岐としても頷くより他に無かった。
もちろん彼らは学者では無いけれども。時空を超えて転移してしまった先である、今のこの惑星が。
地球よりも明らかに大きな天体でありながら、その重力も。自転速度に大気組成も地球と大差なく。
更にはこうして広大な海洋も広がっていると言う、その居住環境性の面においては類似度合いが〝極めて高い世界〟であったと言う事。
それがどれ程奇跡的なものなのか? と言う辺りについては、素人なりに理解はしている。
――それこそ、天文学的な幸運と言うやつなのだろうと。
「ならば、その事実に感謝して。今居るこの世界と言う〝フロンティア〟で、何が出来るだろうか? それを模索して行けば。
新たな途も、徐々に見えて来るのではないでしょうか?」
穏やかな表情を浮かべたまま、紡ぎ出される悠斗の言葉に。
参ったな……と言いたげに、苦笑を浮かべる多岐。
「結城くんは……歳に似合わず、随分と達観しているのですね?」
「恐れ入ります」
しかし飄々とそう返されて、多岐は今度こそ笑い声を上げた。
「ありがとう、結城くん。どうやら自覚している以上に私自身も鬱屈を、相当に溜め込んでしまっていた様ですね……」
おかげで、すっきりしましたよと。晴れやかな表情で感謝を示す多岐に、悠斗は首を振る。
「いいえ、多岐さんの様に背負っている立場では無い。ある意味では気楽な人間の勝手な物言いです。失礼の段は、ご容赦を」
まだ二十代半ばの筈なのに、裏表無くそう達観した事を素で言える辺り。士官としての〝資質〟とは。
まさにこういう、教育の成果と言う要素の範疇だけでは辿り着き得ないものを言うのかもしれないなと。そう感じさせられる多岐だった。
そしてかくいう自分とて。
もし今の彼くらいの年齢で、現在のこんな状況と直面していたならば。
彼ほどまでとは行かずとも、やはり喪ったものを惜しむ気持ちよりは。
未知なる新世界へと一歩を踏み出す事への期待の方が、きっと勝っていた筈ではなかろうかと。
「考えてみれば、確かに……。誰にとっても等しく、ただただ未知だけが広がっていると言う〝この状況〟ほど。
やり甲斐のある条件も他に無いだろうと、そうも言えるのかもしれないか」
そうひとりごちながら、多岐自身の表情も。次第に微笑の度合いを増していた。
考え様によっては〝確かに面白い〟とも言い得る状況が生じているのは、客観的な事実でもあったのだから。
今般の時空転移の発生に伴って、確認されていた大きな変化の一つに――〝言語の壁の消失〟と言う事象があった。
どういう理屈か? は皆目不明ながら、転移した範囲内で互いに存在を確認し合えた諸国民の間において。
それぞれ異なる言語で話している筈の相手の言葉が、互いに〝そのまま自身の母語として聴こえる〟と言う「謎現象」が起こっていたのだ。
もちろん、電子メールや紙の文書に記す文字までがそうなっていると言うわけでは無かったので、まさに不可思議と言うしかない状況ではあったが。
少なくとも、音声言語上では。国や民族の垣根を超えた「共通語」が、当事者たち全員へ。
自動的にアップデートで実装されたが如きの様相となっていたのだと言う事で。
実務的な面での〝専門家〟としての「外交官」と言う人種にしてみれば。
ある意味で悪夢だと言いえる様な状況であったかも知れない。
もっともそんな〝現実〟も。一概に良くないものかと言えば、そうではなくて。
現に直近においてならば、むしろ良い方向へと作用する重大な意義をも、生じさせる事になっていたのだったけれども――。
すなわち、自国民のみならず。
今般の異世界への唐突な時空転移と言う、一大天変に遭遇した全域内の諸国民に対しても。
等しく向けられた、今上天皇陛下からの玉音放送である。
音声言語上での〝垣根〟が消失していればこそ、未知なる惑星上への突然の時空転移――。
すなわち地球からの分断と言う、未曾有の事態の下に在りし「運命共同体たる全ての人々」に。
心からの気遣いと励まし、そしてそんな事態の渦中にある全ての人々が互いに手を取り合い。
力を合わせてこの困難な状況を乗り切って行く事を切に願われる、天皇陛下の「おことば」は。
あまねく響き渡ったのだ……。
それはまさに、「言霊の力」と言うものだったのかも知れない。
日本人たちは元より、状況を共にしている諸国民たちもまた。
その天皇陛下の「おことば」をきっかけにして、それまでの当惑や混乱の渦中からはひとまず脱して。
そしてそんな状況の下での活路を見出す為の行動をして行こうと言う空気が、そこから醸成され始めたのだから。
「天皇陛下がおられると言う事が、日本と日本人たちにとってどれ程大きな事なのか? それを、つくづくと実感できたよ……」
細かな言い回しの相違はあるにせよ、大意としては異口同音に。
そんな述懐を漏らす諸国民たちが、枚挙に暇なかったくらいに。
それら諸国民たちの側からの〝反響〟は。日本人たちが想像する以上の、殊更に大きなものがあったのだ。
そしてそれを転回点に。ある種の虚脱状態から立ち直るべくの、当座でまずは出来そうな事に取り組もうじゃないか! と言う気運も。
にわかに盛り上がりを見せ出して、今に至ると言うわけだった。
実質的な台湾独立戦争ともなった、先の「特亜大戦」の中での国家承認と。
同時に相互防衛条約も締結して、今やれっきとした「同盟国」の関係ともなっている日台両国に。
それぞれの〝親分〟として。
極東方面に前進配備の有力な駐留兵力を常駐させる体制を整えていた合衆国の、転移による分断組も加えて。
こうして同盟三カ国の合同による形で編成された、統合任務部隊が。
日本列島の近傍に〝発見された〟大陸へ上陸調査をするべく向かっているのも、その一環なのだ。
「果たして、この惑星の知的生命体に遭遇するのか? それとも、無主の地でかつ環境上の問題が無い事が確認出来たならば、そのまま一大入植地となるか。
いずれにしても、確かに未知の世界ではある……」
多岐がそうひとりごちる様に。こんな一大天変に遭遇するなどと言う事態が、もし無かりせば。
考えもしなかった状況下へ、突然放り込まれた格好だ。
この様な時にどうすれば良いか? 過去の知見をひっくり返してみた処で、参考となる事例が見つかるわけが無い。
そして陣営の頭であった「合衆国」に、追従し行くのを基軸に据えていれば良かった従来の〝感覚〟は。もはや通用しない。
むしろ、転移の当事者たちの内でも突出した存在となってしまった「日本国」が独自に。
しかも、「合衆国」あるいは国連にと成り代わって。
運命を共にした元地球人たち全体をも、主体的に導いて行かねばならない立場となってしまっていると言う。
〝かつて無かった状況〟が生じているわけなのだから。
決して悲観的に考えるのでは無く、前向きに考える事が出来るのであれば。
良くも悪くも、これまでの様々なしがらみからは解き放たれて。
その上で、自ら考えつつやって行く事が出来る様になったと言う〝現在の状況〟は。
異なる意味合いでの大変さこそは、数限りなくあろうとも。
それに負けないくらいのやり甲斐も、またある状況だと。そう言いえる筈のものである事も間違いないだろう。
少なくとも多岐の様に、そういう風にも考えを切り替える事が出来る人間にしてみれば。
確かに今の状況は、歓迎すべきものでもあると。間違いなくそうも言いえる筈であったのだから。
すっかり吹っ切れた表情で、多岐が再び眼前の〔ずいかく〕へと目を向けた時には。
その甲板上では既に着艦作業が無事に一段落して、今度はより大きな機体サイズをした戦闘機たちの発艦作業が始まっていた。
鶴にも例えられし優美なフォルムのSu-27JK改〔シーフランカープラス〕に。
前進翼を備え、垂直離着陸も可能な国産双発ステルス戦闘攻撃機FV-1E〔ワルキューレ〕らの大型艦載機たちが。
機体下面の装備を満載にした、見るからに重たげな格好をものともせずに。急加速して飛び立つ姿は、いずれも勇壮の一言であるのだが。
とりわけ圧巻なのは、その最大の特徴でもある可変後退翼を後退角最小にして舞い上がる、F-14J改〔スーパートムキャット〕の勇姿だろう。
大型な分、燃料搭載量も多く長時間の滞空が可能なそれらの機種は。
武装の他に、燃料増槽も複数吊るしてより航続距離を伸ばし。
艦隊に先行して、前方の未知なる大陸の航空偵察に向かうのだ。
「とりあえず太陽発電衛星からの夜景画像で見る限りでは、〝文明の明かり〟らしき光は皆無に見えると言う話でしたね?」
現時点で伝達されている情報を確認する様に問いかける多岐に、悠斗は頷き返す。
「ええ。残念ながら専門の偵察衛星とは、通信が途絶したままなので。得られる情報は限定的なものになるのはやむを得ません。
それでも、無いよりマシと言うものでしょうが」
現在こうして目指している〝新大陸〟にて。この世界の知的生命体ともし遭遇する事があるとしても。
少なくとも自分たちが考える様な「文明」の概念からは、〝遠い相手〟である可能性の方が高そうだし。
それ以上に、「無主の地」である可能性の方が。遥かに高そうだと言う話でもあると言う事だ。
その意味でも、艦載戦闘機を用いての偵察飛行は重要になって来る。
彼らが偵察飛行を繰り返して行く事で。より詳細な現地の〝情報〟も、徐々に積み上げられて行く事になるだろう。
「この先がどうなるにせよ、だ。いずれにしても、全力を尽くすのみと言う事ですね」
見送った戦闘機たちの雄姿にも鼓舞された様子の、吹っ切れた表情でそう言う多岐に。
「その意気です。それにも、腹が減っては何とやら。今はまず、しっかりと食べて英気を養って頂きたいですね。
そろそろ昼食の時間になりますので、ご移動を」
笑って頷き返してから。悠斗は促すように声を掛ける。
「おや、もうそんな時間ですか? 皆さんをお待たせしてはいけませんしね。戻るとしましょう」
そう言って歩き出す、多岐の足取りは軽い。
なんだかんだ言っても、海自艦艇で供される味わい深い食事は納得の楽しみなのであった。
「本日の昼食は、給養員長自慢の特製ボルシチだそうですよ」
「ほう、〔しらせ〕のボルシチですか! ベースが〝函館風〟か? それとも〝樺太風〟なのか? 楽しみですね」
そんなやり取りをしながら、彼らは艦内へと戻って行くのだった。
そうして彼らを乗せた統合任務艦隊は、翌日には目的地である新大陸の沿岸へと無事に到達。調査の為の防護装備に身を固めた先遣隊をまず上陸させ。
同行して来たもう一隻の塗装が異なるフネである、海上保安庁の測量船を中心としての上陸地点選定地周辺の測量調査も開始する。
更にはそれらでの〝問題〟が、ひとまず検出されない事を確認の上で。
いよいよ本格的な上陸と拠点の設営に取り掛かり始めた。
無論、近海上を遊弋し続ける〔ずいかく〕は。
引き続きその間も、洋上航空基地として艦載機を偵察任務に送り出し続けている。
暫定仮称として「フロンティア大陸」の呼称を付与した、この地において開始された彼らの活動が。
やがては〔エリドゥ〕の住人との〝遭遇〟に結び付く事となるのを。
この時点ではまだ誰も、知る由も無かったのであった。
今話以降、更新ペースの方はゆっくり目となりますが、
所属サークルのホームページhttps://jyushitai.com/mahorobaindex/
の方では、『「真秀ろばの国」導く、異世界新秩序』本編の展開とも連動させた企画の方も実施しております。
現在は簡単な「設定解説」のコーナーが第二回まで公開中で、
また今度の三連休中には、新たに「設定考察コラム」の方でも始まる予定ですので、
よろしければ小説本編と合わせてお楽しみ頂けましたら幸いです。