漂流者たち①(後編)★画像あり
年内、最後の更新になります。
来年もよろしくお願いいたします。
※(2021/11/10)画像を追加しました
(承前)
「なッ!? 何だ……あれは!」
その深夜。当直員たちから一斉に上げった、尋常でない驚きの叫び声に。
船長副長以下非直の〔ファルカン号〕乗員たちは、上から下まで揃って飛び起こさせられた。
ただ事ならぬ感に溢れた、異変を知らせる叫びに上甲板へと駆け上がった彼ら彼女らは。
そこに、信じ難い様な〝不思議な現象〟を目の当たりにする事となる――。
それは、誰も目にした事も無い異様な光景だった……。
船の進行方向から見て右斜め前方の空間が、超巨大積乱雲を思わせる濃密な光輝で満たされている。
まだ真夜中である筈なのに、それによって辺りは。まるで夕焼け時の空へと時間が巻き戻ったが如き、眩さとなっていた。
そして立ちこめるその濃密な光雲は、ゆっくりと渦を巻く様なうねりを見せながら。
さながら海面から天まで貫く、巨大な柱の如くに立ち昇っていたのだ。
「あ、あれは……いったい!?」
それを目にした誰もが、等しくそんな声を上げる中。
見る見る内に大きさを増して来る〝それ〟へと吸い寄せられる様に。〔ファルカン号〕の船体もまた、そちらの方へ向かって更に加速させられて行く。
「まっ、まずいッ!?」
「回避を!」
ドノヴァン副長とエンヤ船長がそれぞれ同時に、そう叫ぶ暇もあればこそ。
怒涛の勢いで迫って来るその光雲に、突っ込んで行く格好で呑み込まれた〔ファルカン号〕の全員が。
等しく〝奇妙な浮遊感〟を感じ、そしてその意識を喪って行った……。
――やがて〔ファルカン号〕の乗員達が、前後してその意識を取り戻し出した時には。
もう払暁の曙光が水平線上を照らし出しており。
そして変わらずに高速で進み続けているフネの前方に、うっすらと大きな陸地の影が浮かび上がっていたのだった。
それまでの襲撃で負わされた損傷に加えて、そこからの逃走の為に行った暴走航行による船体への負荷も考慮せねばならない上に。
遭遇した昨夜半の「異変」による影響も、早急に確認する必要があるだろうと言う判断の下。
エンヤ船長とドノヴァン副長は、眼前に出現したその陸地の沿岸に停泊できる場所を探す決断を下し。
回しっ放しな魔導機関の出力を、慎重に絞りながらの接近を指示する。
そして徐々に航行速度を落としながら、明らかに巨大な島以上であろうその陸地の沿岸をしばし巡航し。
フィヨルド状の入り江の奥にうまい具合に見つけた、おあつらえ向きな高さと深さを持った断崖直下の海蝕洞を天然の仮ドックとして見定めると。
慎重に水深を探りつつ、その中にフネを進入させて錨を降ろした。
……かくして、ようやくの事で停泊にと至ったわけだったが。
そうして定めた仮の泊地への長期停泊の体勢を整えつつ、航行中には不可能だった詳細な船体各部のダメージチェックも行わねばならなかった為に。
結果的に後回しと言う格好となってしまっていたのが、天測を担当の船員が首を捻りつつ上げて来た「その結果がおかしい」と言う報告だった。
船長と副長の二人ともが異口同音に、この天測結果は間違いではないのか? を尋ね返したところ、複数名で何度やり直しても同じであったと言う返答を受ける。
そこで自身たちでもそれを行ってみても、やはり同じ結果であった為、間違いではないと認めるより他に無くなった「その結論」は――。
自分たちが漂着したこの地が、母国の近海から見て北方遙か数千キロの位置に在ると言う事実だった。
いくら過負荷暴走による超高速航行のただ中にあったとは言えだ。たった一夜で、そんな距離を走れる筈が無い。
仮にもし、魔導機関の〝暴走〟が。そんな速度にまで達する様な事が起こりえたとしてもだ。
その加速にさえも耐え得る様な船体など、存在しえない。
それこそ、伝説にある神代の魔導船の様な、幻想の世界に類する代物でもなければ……。
しかし現実として自分たちは今、こうして有り得ない立地の土地に辿り着かされてしまっていると、そう判断せざるを得ない状況である以上。
その原因として考えられるのは、昨夜に遭遇したあの「異変」によるもの以外に無いだろう。
茫漠たる大洋を、未知なる現象によって一夜の内に。まさに一またぎに渡ってしまったと言う事は。
自力で進んで来たわけで無く、神隠しならぬ〝神渡し〟とでも言うべき超常的な作用によって、その間を運ばれたと考えるべきものであり。
そこに実際の航海の知見を伴ってなど、一切ないと言う事であるのにも関わらず。
そも魔導機関の走力も欠いたまま純帆走のみで、そこを逆方向に渡って帰還するなどと言うのも、どう考えても無謀な挑戦だとしか思えない話であろうし。
ひとまずは生き延びる事が出来た、そのおかげで。これからを考えられる様にとなってみれば――。
まさに痛し痒しと言うより他にない様な状況であった。
「まあ、現実的な対応としてはだ。今取り組んでいるフネの修理がひとまずついてから、帆走で〝ここ〟の周囲を巡って。
接触できる現地の文明を探すと言う事になるんだろうがな……」
この日、定例化しているフネの幹部会議の席上で。
状況を受けての今後についてをそう口にするドノヴァン副長の、その表情は悩ましげであった。
未知なる地へと〝漂着した〟状態で年越しを迎え。
もちろん〔ファルカン号〕一行が置かれた状況は、基本的にそのままで変化も無い。
強いて挙げるとすれば、限定的な周辺探索行の実施により、漂着した付近の状況把握が出来る様にはなりつつあると言う事ぐらいであろうか。
もちろん、その成果は芳しいものでは無かったのだけど。
「姫様たちが買って出て下さった、近隣探索行の限りでは。
これまでの処、ヒトの存在を示す痕跡などの類は見出せなかったと言うお話でしたものね」
そう引き取ったエンヤ船長に対して、頷くフィオナたち。
フネの修理など、乗組員たちは上から下まで大わらわな状況であるのは自明の事で。
そちらに関しては門外漢な「同乗者」の立場として、現状下ですべき事は何か? と言うところで。
フィオナはお付きの騎士マリオらと相談の上、一ないし二泊の野営で行く限られた範囲にはなるが。
泊地周辺の探索行を既に何度か、買って出ていたのだった。
「途中で出くわした野生動物を狩って、手土産にして頂けたので。
食料の現地調達についてもどうにかなりそうだと言う判断が出来た事自体は、ありがたい事だったのですが……」
歓迎の言葉とは裏腹に、微妙な表情のエンヤ船長。
その意味するところは、もちろんフィオナたちにとっても明白だった。
「狩ったと言っても、私たちの姿を前にして全く恐れるそぶりを見せないでいたから。
ほとんど労も無しに仕留められた、その結果ですからにゃあ……」
狩った当人である、猫族獣人の女騎士ターニャ自身がそう言う通り。
狩りそのものだけを考えるのであれば、容易くて助かるとも言えるのだろうが。
しかしその反面でそれは、ヒトがこの地に存在していないと言う可能性を示唆している証だとも考えられるからだ。
もちろん、自分たちが漂着したこの地が。
ただ単に人跡未踏の領域が広がる、非常に巨大な大陸のその端に過ぎないだけと言う可能性もあるだろうけれども。
結局はその辺りを判断する為の材料が、現状ではあまりにも足りな過ぎる。
「その意味でも、本来ならば船体の補修が落ち着き次第に。副長の言われる通り、帆走で沿岸を巡っての探索を行うべき処なのでしょうが……。
我らもついに目撃しましたよ、件の〝空駆ける怪物〟を」
苦い表情でそう呟くマリオの言葉が、彼らの各種行動の試みそのものを掣肘させているもう一つの「要因」の存在を示していた。
「ほう、ついに見たのか! どうだった?」
マリオのその報告に、興味深げに上体を乗り出すドノヴァン副長。その隣のエンヤ船長も同様だ。
「いや……遭遇した者たちの驚きは当然だったのだなと、納得が行きました。いったい〝あれ〟は何なのか? 判断に悩みますな……」
そう心情を吐露する騎士マリオ。
この地へと漂着して後の、泊地近辺の森林内へ探索に出始めていたある船員たちの一隊が。
遠雷の様な轟音を響かせながら頭上の空を駆け抜ける、〝得体の知れない何か〟に遭遇したと言う報告が、最初だった。
鬱蒼たる森の樹々越しにであった為に、幸い見つからずに済んだとも言える格好だったが。
一方ではそれ故に、相手のその姿についても直接には確認が出来なかったわけなので。
それが何であるのか? については、皆目見当が付かないものの。
自分たちにとって全くの未知なる場所である、この地固有のモノであるならば。
それこそ最悪、神代文明が遺せし「守護者」の類であったりする様な可能性さえも考慮せねばならず。
尚の事、不用意にその眼下へと姿を晒すわけにもいくまい。
基本的には、海上を行くフネからの目に対しての隠蔽と。
修理を行うに当たって、露天のままよりは良いだろうと言う考えから行った事であったのだが。
(〔ファルカン号〕の係留場所も、この海蝕洞内にする事としたのは。期せずして正解だった様だな)
との安堵を覚えつつ、その後も同様に〝それ〟と遭遇する可能性を考えて。
船員たちには、姿を洞窟内や鬱蒼たる森の樹々の下へ隠しつつの慎重な探索行動を、心掛けさせる様にとしていたのだったが。
そうして警戒しつつの近辺探索に入っていた船員達のグループが、その後も更に二度。同様の格好にて遭遇すると言う事があった為に。
より一層の慎重な行動が徹底される様になっており。
結果それが、野営でも火を起こさない様にするなどと言った形でもって。
探索行動の実施そのものに対しても、更に縛りを加えるものとなっていたのだ。
「青灰色の……まるで巨大な三叉の槍の穂先だけが。
雷鳴の様な音を轟かせながら、まっしぐらに空を駆け抜けて行く――そんな印象でしたね」
今回、自身が目にしたものを、そう表現するエルフの女騎士シルヴィアの言葉に。
興味深げに表情を動かすエンヤ船長とドノヴァン副長。
一般の船員たちに比して、知識や見聞の範囲がより広い高位の騎士であるフィオナ姫とお付きの騎士たちであれば。
また違った視点で観察して来ているのではないか?
そんな期待の通りであった様だと言う意味でも、傾聴すべき話であった。
「もちろん詳細に観察するまでには至っていませんが、竜種に匹敵する様な大きさの飛空物……。
私の印象では、〝あの国〟の飛空型魔導騎を思わせる様なモノに見えました」
そう所感を述べるフィオナに頷き、補足する様に続けるマリオ。
「確かに、自分もそれは感じましたな。
ただ、以前に見た事のある飛空魔導騎と比べても遙かに高くを飛んでおり、そして速かったですが……」
「うーん……。でも〝あれ〟の頭には。
鋭く尖った形をした目と、白い巨牙が剥き出しになった真っ赤な大口が開いているのが見えましたけどにゃ?」
一般にヒト型類として括られている諸種族の中でも、動体視力では殊に優れる獣人種のターニャは。
身を隠しつつの僅かな遭遇の間にも、問題の空駈ける存在に生物的な特徴も見て取れたと言う点を指摘する。
「それはまた……」
全く未知の魔導騎ではないだろうか? と言う〝常識的な予測〟に一石を投じる様な情報に。何とまあ……と言いたげな表情で呟くエンヤ船長。
もちろん隣のドノヴァン副長も、同じ様な表情で顎に手を当てている。
実際に目撃をしたフィオナたち四人が、そこで見たものの解釈に悩んだのと全く同じ様に。
報告を受けた二人もまた、やはり判断に苦しむと言う反応を示すしかない。
なまじ知識や見聞を有してもいるだけに。
逆にその知見の範囲では括りきれない存在を目にしたり、そんな報告にと接した場合の当惑は大きくなるのだ。
しかし、そこは真に優秀な者である事を証する様に。
「こうして実際に、〝未知なる地〟へと流れ着いているんだ。流石に荒唐無稽な伝説の類だと思っていた事が。
実際に在ってもおかしくないと言う意識でもって、やって行くべきだって事だな」
一つ頷いて、そう吹っ切れた表情で言うドノヴァン副長。
「そうね。用心深くと言うのは変わらないとしても、もし本当にそんな神代の遺物の類が在るのならば。
ここから帰還する為に役立つ〝何か〟を、見つけられるかも知れないですしね」
同じくエンヤ船長も、そう言って前向きに受け止めている事に安堵した表情で、フィオナも応じた。
「確かにそうですね。私たちもそういう意識でもって、更に探索行を続けたいと思います」
揃って頷く従騎士達にも。エンヤ船長とドノヴァン副長は「よろしく頼みます」と言う様に一礼を返して。
そうしてその日の会議を終えたのだった。
そして、そんなやり取りから三日後。
「にゃッ!? 姫様、また来るにゃ!」
再び新たな探索行に出て来ていて、鬱蒼たる森林内を進んでいたフィオナたち主従は。
彼方から響いてくる轟音を、再び頭上に聞く事となった。
徐々に大きくなって来る〝その音〟に、真っ先に気付いたターニャが。
そう声を上げて知らせる間にも、恐るべき速さであの遠雷の如き轟音が近付いて来ているのが判る。
急いで身を隠しつつ、多少なりとも上空が見える木々の切れ間の近くへと走って近付き、伏せながら見上げる頭上を。
先日のとはまた異なるシルエットの、巨大な物体が一気に飛び抜けて行く。
「あれは!? また別種ですか!」
獣人種ほどでは無いながらも、やはり視力には優れる森人らしく。
シルヴィアは頭上を飛び抜けた〝それ〟が。前回に見たモノとは似通りつつも、全体のシルエットは。そしてその体色も違っている事に気付く。
先日に垣間見た〝それ〟は、全身が青と紫の入り混じった体色をしていたのに対して。
今、新たに遭遇した方は――青色竜と同様な、腹側だけが灰白色をした濃紺の体躯をしていた。
だが、更に次の瞬間。〝それ〟は誰の目にも明らかな程の姿の変化を見せたのだった!
背をこちら側にと向ける格好での旋回に入った〝それ〟は。
さながら両腕を肩の高さで真横に伸ばす様な形に広げていた両の翼を、胴へぴったり付ける様な格好へ一気に畳めて。
鏃の先端の様な三角形の形状に変わると、そのまま針路を変えて飛び去っていったのだ。
徐々に小さくなって行く、耳をつんざく轟音だけを残して……。
目の前で旋回をしてくれたおかげで、今回は全員の目にも。
ターニャが言っていた鋭い目と、白い巨牙を剥き出しにした真っ赤な大口と言うその特徴もはっきりと見えていた。
そしてその両上翼端にも。まるで巨大な目玉の様な、赤い丸模様が有ったと言う事も。
「あんな風に翼を動かしていたと言う事は……。やはりアレは、何かしらの幻獣の類か何かなのでしょうか?」
ますます判らなくなりましたな……と言いたげに、当惑の表情を浮かべながらマリオが呟く。
「もし本当に、伝説に謳われる超古代帝国の遺産の類なのだとしたら。
幻獣を生きたままで魔導騎へと造り替えた……なんて事であったとしても、不思議はないのでしょうけどね」
この目で見てしまった以上は、もう否定はできませんね? と言う様に。
吹っ切れた表情で、フィオナは従う騎士たちに応じる。
「今は、少しでもその手掛かりに迫れる事を願って、探索を続けましょう!」
そんな鼓舞する様な主の言葉に、騎士たちも笑顔で頷いて。主従は再び探索行へと戻って行く。
この日、彼女たち一行が目にしたモノは。
超古代文明の遺産である魔導騎などではなくて。
「地球」の名を持つ異世界の純粋科学文明が生み出した、空を飛ぶ戦闘機械――
その名をF-14J改〔スーパートムキャット〕と呼ばれる、ニホンと言う国の戦闘機なる兵器だと言う「正体」を彼女たちが知るまでには。
まだしばらくの日数を要するのであった。
〔エリドゥ〕世界の人々が使っている「単位」は勿論、地球世界のそれとは異なるものですが、
劇中では便宜上、〝日本人が慣れ親しむ単位〟にと「同時自動換算翻訳が行われて、表記されている」ものとしてお考え下さい。
※某有名『宇宙戦艦』アニメのリメイク作で、劇中の異星人語に〝自動翻訳〟が入るのと同様の話です(笑)。