鬼退治は害獣駆除枠で⑥
想定外もいいところな、闘鬼覇者との死闘となった
「第一部・前段」最終エピソードの、後半分の展開なのですが……。
なんだかんだでしっかり過去最長の長さ(文字数)にあい成りましたので(苦笑)
二話に分割の上で、同日中に連続更新の形とさせて頂きます。
まずは対闘鬼覇者戦(中)となります、この⑥から……。
闘鬼覇者の方から響いた、訝しむより無い異音。
(ッ!?)
結城小隊も、姫騎士主従も。皆が揃って同じ反応を見せている以上、幻聴の類などでは無い筈だ――。
そんな一行の眼前へ、煙の中から再びその姿を現した闘鬼覇者は。
無手の状態なまま仁王立ちしていたが、その全身は明らかに体格を大きく増しており。
そして体表も先程までとは違う、金属質な黒い光沢を見せるものへと一変していた。
「〈錬魔甲鎧呪法〉! ヨモヤ人間ドモヲ相手ニ、〝コノ能力〟ヲ使ウ事ニナロウトハ……!」
その口調に苦々しさと、同時にある種の賛嘆の念も滲ませて言う闘鬼覇者。
察するにそれも、覇者陞身とやらを遂げた事で獲得した異能――。
さしずめ、「剛力体」への形態変化とでも呼ぶべき代物であろうか?
とは言え、全身が生体装甲よろしく完全金属被覆化している(?)巨鬼などと言うのは。
まさしく超常生物と呼ぶより他に無い存在だと、ただただ唖然とさせられざるを得ない。
――得ないのだが、そんな驚愕に一瞬でさえも呑まれれば、即時の命取りに直結しかねない状況下。
結城小隊も姫騎士主従と同様、なお集中を切らせる事無く眼前の現実に向き合っていた。
ものは試しと言わんばかりに闘鬼覇者へ射ちかけた、〔10式小銃(改)〕の弾丸も同様に音高く弾かれるのを目の当たりにして。
「ちッ! やはりダメか!」
舌打ち気味に上がる福原誠人一曹の声へ被せる様に。闘鬼覇者が口角を吊り上げ、笑った。
「無駄ダ! 鉄鎧纏イシコノ形態、最早キサマラ人間ノ武器デ抗エル代物ニ非ズ!」
宣告するが如くそう言うと。闘鬼覇者は悠斗を睨め付け、続ける。
「シカシ、惜シイナ。実ニ惜シイ! ソレ程ノ技量ヲ持ツ貴様ガ、手下共々。我ガ同胞タル闘鬼トシテ、生マレ落チテオラバ……」
伝説の闘鬼種たる闘鬼覇者が。
元より「小サキ者ドモ」と見下ろすのが常である人間諸種族に対して、そうした賛辞を贈るなどと言うのは。
まさに異例も異例な快挙であったのは、間違いないだろう。
たとえその対象たる者が、弱小種族だと見下ろす存在ではあろうとも。
現に優れた技量や、戦術の妙と言った才覚を見せて来るならば――それ自体についてはありのままに認め、賞賛の念を表して見せさえもする辺りは。
不断の闘争を嗜む闘鬼種としての、その有り様の率直な発露ではあったかもしれない。
「人間ドモノ間ニモ、我ヲ本気ニサセルダケノ猛者ガ居タ事実ヲ、記憶ニ留メ置クトシヨウ!」
とは言えそれも、あくまで屠りがいのある雄敵と巡り逢えた事への歓喜が主であるわけなので。
やはりそのメンタリティは根本的に、人間諸種族のそれと相容れるものでは無いのであった……。
「JAZAZAZA!!」
と、不意にそこへ耳障りな喊声が響き渡る。
指呼の間と言うべき距離に。一斉に駆け寄って来ている小鬼、大小鬼たちの姿が在った!
「ここで来るにゃ!?」
見事に虚を突かれた状況に、驚きの声を上げる騎士ターニャ。
砂塵の煙幕に紛れて、静かに忍び寄って来ていたとは!? と言う、まさかの戦術行動(?)には。
流石に戦闘中とは言えども、別な意味での驚きを抱かされずにはおれない。
その挙動への注視は一瞬たりとも途切れさせられぬ相手である、闘鬼覇者との対峙を続ける中で。
見上げる巨躯が故に、こちらの眼も必然的に上向きとならざるを得なくなっていたわけだが。
まさにその足下側から、頭目のその巨躯を盾にする格好でまんまと忍び寄って来ていたのだから!
(小鬼どもに、そんな行動が!?)
と言うまさかへの驚愕も、無理からぬものではあったのだ。
「引き受けます!」
とは言え、それにも瞬時に対応し。下館三曹は先陣を切って迎撃に駆け出す。
闘鬼覇者を相手とするには、流石に威力不足だ(回避に徹する分にはともかく、反撃が有効打には成るまい)と言う事で。
不本意ながらも悠斗任せとなってしまっていた、前衛としての働きを。
にわかに求められる格好となった局面に勇躍し、先頭に立つ大小鬼へ向かって行く。
「JARAZA!!」
咆吼と共に振り下ろされる金砕棒を、横手に回り込みつつ躱して。
がら空きになった眼前の胴体へ、右手に構える機関拳銃〔ベレッタ93R〕の三連発砲を叩き込む!
「GAGU!!」
カウンターで食らった痛撃に苦悶の呻きを上げ、一歩を後退する大小鬼へ。
更なる追撃を……と言う、その背を狙って躍りかかって来る小鬼には――身体を瞬転させて空振らせ、左手のファイティングナイフによるカウンターの斬撃で叩き落とす。
最初の奇襲で、戦闘帽と共に髪留めも飛ばされ解けた赤髪を振り乱して戦う彼女の動きも。
常にも増しての猛々しさと洗練を発揮していたのは。眼前にしていた闘鬼覇者に対する悠斗の凄まじい攻防に、あてられていたのは間違いない。
そして同様に阻止列を形成すべく前へと駆けた姫騎士主従の剣技と、新治浩輔三曹の銃剣格闘も。
その点では全く同様だった。
下館三曹に続いて各々が、相手と定めた小鬼種たちの前へと立ちはだかっての近接戦に入って行くが。
やはりその動きはいつも以上の勢いと鋭さを発揮して圧倒し、或いは見事に翻弄していた。
だが、そうして奇襲の勢いも完全に止められた格好となりながらも――。
「ッ!? コイツら……今までと、違う!」
小銃の台尻で横っ面を強かに打ち据え、転倒させた小鬼が。
にもかかわらず平然と立ち上がって来る姿に、新治三曹が警戒の声を上げる。
実際、痛打によって左の下顎骨を砕かれて。頭部の輪郭を凄惨な形に歪ませていると言うのに。
常ならば怯みを見せる筈なそこで、しかしそんな様子も皆無なままその目を異様にギラつかせ。
なおも旺盛な害意を示し続ける小鬼種たちと言うのは、実に異様であった。
(これは……!? 何かある!)
連中の性質と言うものを熟知する、姫騎士主従は元より。
彼女らからレクチャーされた情報を現場で〝実感〟して来た結城小隊も、揃ってそう直感させられていた。
いくら上位に怖ろしい存在が居り、背中から銃口を向ける様に強いて来ている様な状況であるとしても。
臆病で利己的な、小鬼と言う種族の〝その性質〟に照らすならば。
およそ有り得ない様な状況をもたらすものは――。
闘いつつの推論は同じ処へ帰結して、各自がそれぞれに視線を向けるその先に居たのは。
手にする魔杖の先をこちらへ向けて、明らかに何かしらの術を放っている様子な小鬼邪神官の姿。
それを目にして、術者としての知識から思い当たった事に姫騎士主従は揃って声を上げる。
「〈集団凶熱化〉の邪法!?」
その言葉だけで、結城小隊側にも。
詳細は判らずとも、これまた厄介そうな代物らしいと言うのは伝わったし。
また実際に激突していれば、肌感覚でも如実に理解出来たわけだが。
今こうして相手にしている小鬼種たちの姿は。
先立つ難破船内での攻防で騎士ターニャを危うくした、小鬼猛者の姿――〝狂乱化〟なるその状態を想わせると。
人間にも決して無縁では無い、「群集心理から生じる集団狂気」と言うものを。術者が恣意的に火を付け、増幅もさせる邪悪な魔術なのだが。
ヒト型類全般に比較すれば遙かに意思力も弱い小鬼種などは、まさに格好の対象であるかもしれない。
人間で言うところの、所謂「死兵」と言うやつを連想させる状態になってはいるわけだけれども。
小鬼種のそれは、欲望のみの増幅と狂奔によるものであるという辺りが。
ヒト型類全般と、亜人種という双方の。決定的な相容れなさという辺りを、端的に証するものともなっていたのであった。
とは言え、その動機がどうであれ。常とは異なり、手痛く傷を負わされようとも怯懦を忘れて。
ただただ己が衝動を満たさんと、遮二無二に挑み掛かって来る小鬼たちの姿は。
それこそ、ホラーゲームの活性死者の類を相手にしている様な気分だろうか?
大への兆しも見受けられない、普通の小鬼でさえもが。間違いなく厄介な敵と成っていた。
普段以上のキレを発揮している技量と、使用する武器でも優越している筈なのにも関わらず。
腕利き揃いの前衛組が、ここでは押し切る事が出来ずにいたのも、それが故にであったのだ。
奇襲での乱入こそは、前衛列で阻止したと言える格好ながら――。
逆に一方では、そこへ膠着を生じさせられてしまっている状況であるとも見える。
対闘鬼覇者の為の、最強駒として。
前衛組の他の面々からは、阿吽の呼吸で一段後ろに残置される格好となっていた悠斗は。
(敵の意図は……、何だ?)
背後に散開する宍戸准尉率いる後衛組の面々と共に。戦況を俯瞰しようとしながら、その頭脳を働かせている。
小鬼種たちが発揮している意外さ、それ自体も無論ながら。
その一方で、かの闘鬼覇者が見せていた姿勢に照らせば。
攻防の途上での乱入を仕掛けるなどと言うのは、御頭の獲物の横盗りを図る行為だと見なされるべき不埒ではないか?
(であるにも関わらず、当のヤツがそれを咎めようともしていないと言う事は……)
「戦い方、それ自体を変えたと言う事か!?」
その可能性に思い至って、再び見上げた先で――。
仁王立ちする闘鬼覇者が、その両腕を天へ向けて万歳する格好に振り上げていた。
気付いたか? とでも言いたげに、その凶相を害意の愉悦で更に歪ませて――。
「デハ、我モ本気デ行クゾ? 〈収束獄炎爆裂破球〉!」
そう言い放つや、天を向いた両掌の先から火炎放射器も真っ青な勢いで、劫火が天高く噴き上がり始めた。
闘鬼覇者が両の腕を振り上げて喚ぶ、猛烈な火炎流は。
その頭上高くで二筋が互いに衝突し、みるみる内に炎の球塊を形作って行く。
まるで極小の恒星が出現したかの如き、燃え立つ紅蓮の大火球。
圧縮される火力の凄まじさを誇示する様に、その表面には紅炎を思わせる炎の蛇たちが乱舞している。
火炎魔術の極大級!
開戦劈頭食らわされかけた〈爆裂魔炎球〉の魔術さえもが、児戯に見える……。
(あれを放たれたら、今度こそ終わりだ!)
姫騎士主従の様に、魔術の使い手として術名と、魔素の流動量を感じる事は出来ずとも。
自衛官たちも、歴戦の肌感覚でその危険さは感じ取っている。
「岩瀬二曹!」
「はい!」
懸命に妨害を試みようと、小田林瑤子一曹と岩瀬ナタリア二曹の両女性隊員が後列から。
十字砲火で〔10式小銃(改)〕によるフルオート射撃を浴びせかけるが、それらも悉く火花を散らして弾かれて行く。
「フハハハッ! 効カヌワ!」
余裕を見せつけるかの様な声で嘲笑う闘鬼覇者。
先程までなら機能はしていた筈の小銃射撃が、一転して無効化されて。
同時に白兵戦が展開中な戦線が相互の間に形作られた事で、それが闘鬼覇者の前に立ち塞がる壁として機能する構図となって。
再び悠斗に肉迫されて、開眼した強力な魔術を使う余裕が与えられぬ窮屈な接近戦を強いられると言う芽も、潰されている。
ここまでの戦闘の展開を踏まえれば。
こちら側が流れを握る事が出来ていた要素を悉く、綺麗に覆されていた。
押して来るその力の、単純な圧だけでも著しい脅威であると言うのに。
真に怖るべきは、こうして相手の戦術を理解して、合わせて来るその知性にこそであったのだ!
一挙に闘いの主導権を奪い取られた格好の中、それでも結城小隊と姫騎士主従は。
眼前で振り上げられようとしている死神の鎌を躱し、逆撃に転ずる糸口を再び手繰り寄せんと。
誰一人として闘志を揺るがす事無く、全力で向き合い続けていた。
(狙うとすれば……)
そう各自が脳裏に浮かべていたのは、間もなく生じる筈な敵側の動き――。
爆縮中の極大火炎魔術が放たれる、その直前に。こちらの前衛組を拘束させている小鬼種たちを、下がらせようとする筈だ。
それに付け込む形で、一斉に闘鬼覇者の足下へ向けて肉迫し。そこでの乱戦状態に持ち込む事で、逆に術を封じさせる!
そう各自が算段を、同じ処へ帰結させるに至ったが――
次の瞬間には、根本的に考え違いをしていた事に気付かされる。
(違う! 小鬼達は〝ただの消耗品〟だ!)
最初から小鬼種たちは、こちら諸共に焼き払っても構わない存在としか見なしていないのだと。
見上げる闘鬼覇者のその表情が、全てを物語っていた。
「〈集団凶熱化〉の邪法は、その為に!」
姫騎士主従が、呻く様に声を上げる。
逃げない様に! と言う〝その意味〟自体が、元より違っていたのだ!
邪法で或る種の狂兵と化させられ、己が生命も顧みぬ肉盾として、利用されるのみ……。
人間の感覚ではとても考えられぬ〝最低な発想〟だと、慄然とさせられるしか無かった。
とは言え、懸命に対峙しているその最中でもある。
「ならッ!」
鶴翼形に広がる後列組の、最左翼に立つ川島徹二曹が。
自身の小銃の筒先を小鬼邪神官に振り向け、発砲する。
本来であれば盾役を務めるのであろう、左右に控えていた大小鬼までも。小鬼たちと共に〈集団凶熱化〉をかけて前進させてしまった事で。
今や孤立する格好となっている、術者を潰せば? と言う判断だ。
その立ち位置と、小隊一の巨漢ならではの上背の高さが相まって。交戦中の前列組の頭越しに確保できた射線を逃さず、一気に鉛弾を浴びせかけた。
指切りの連続発砲で放たれた5発の6.8ミリ小銃弾は、あやまたず直撃弾となるコースを飛翔する。
じっと目を閉じ、術式の維持に集中する構えでいる小鬼邪神官には避けようもない――その筈だった。
「何ッ!?」
だが、その身を捉える筈の弾丸を。不意に出現した光の防盾が阻む!
小鬼邪神官が左腕に着けている腕輪、そこにはめ込まれた宝玉がまばゆい輝きを発していた。
「魔導具で〈障壁〉の魔術を!?」
シルヴィアが小鬼たちと斬り結びながら上げた声で、結城小隊も端的に状況を理解する。
フィオナ候女の宝剣と対照を成すかの様な、「護りの魔導具」も存在すると言う事だ。
目にした感じから、受けた攻撃に対して自動で〈障壁〉の魔術を立ち上げる装身具と見えるが。
(だから、直衛である筈の大小鬼と小鬼たちを。残さずこちらへの対処に使い切ってしまえたのか!)
そう遅ればせながら納得させられるしかないが。だからと言って、それでもうお手上げだとは行かない。
「それならッ!」
と、稲田昌幸海曹長が、小銃を斜め上に向けて構える。
直射の銃弾が魔術の防盾に阻まれるのならば、曲射する擲弾で。その頭越しの攻撃を企図してのものだ。
おあつらえ向きに真後ろに在る岩塊を狙い、擲弾をそこで跳ね返させる事により。小鬼邪神官の背後から、間近で炸裂させる事を意図する射法。
だが、彼が銃身下擲弾発射器の引き金へ指を掛けた瞬間に――。
「海曹長!」
小隊内秘匿名で呼びかける形で、悠斗からの「待て!」が掛かった。
(小隊長!?)
単なる制止ではなく、アイコンタクトで「目標を変えよ!」と言う、咄嗟の指示が来たのだったが。
流石に歴戦の彼でも、刹那の当惑が生じるのは避け得なかった。
何故なら、新たな目標として指示されたのは――
闘鬼覇者がその頭上で爆縮中の、魔術による爆炎球であったからだ。
肌感覚でも判る、それが秘めているであろう破壊力に対しては蟷螂の斧と言うものでは?
必然、思考ではそう思ってしまうが。
しかしこれまでの歴戦の中でもはや確信になっている、尋常ならざる二尉の勝負勘が導く閃きに。
海曹長の身体の方は一瞬の躊躇いもなく、即座に従って動いていた。
闘鬼覇者がその頭上に浮かべる魔炎の球塊へ。
仰角を更に増しつつ振り向けられた発射器から、乾いた破裂音と共に撃ち出されたグレネードが飛び込み、その中で爆ぜた!
一瞬だけ、ほんの僅か全体が膨張した以外には何も。特段の変化が生じた様には見えなかった爆炎球だったが――
「ムウ……ッ!?」
まず驚きの声を上げたのは、当の闘鬼覇者だった。
魔術を生成・維持する感覚が突如途絶し、そのまま制御不能に瞬転したからだ!
爆縮を終え、いざ投射せんと後方へ引きをかけていた疑似の恒星は。
自身を宙空に留める術力を喪った事で、そのまま重力の見えざる手に引かれて墜ちる――。
邪術に集中し続けている小鬼邪神官をその頭上から、魔導具による〈障壁〉の防盾ごと圧し潰す様に呑み込んで。
秘めていたその破壊力が一気に解放された!
「バッ、馬鹿ナアッ……!」
瞬時に周囲が炎の色で染まり、闘鬼覇者の巨体も生じた膨大な火柱の中へ呑まれて消える。
人間どもを焼き尽くす筈だった爆熱は、逆にその牙を術者らへと向け爆ぜた!
「ぐ……うッ!」
おそるべき火炎魔術の破壊力は柱状に、眼前で噴火が始まったのか!? と思わず錯覚しそうな勢いで真上へ向かって噴き上がり。
直接的な危害半径からは僅かに免れてこそいても、当然その余波だけでも充分に殺人級な代物で。
特に距離がより近い前衛組は、危ない処であった。
姫騎士主従は全力で展開する自らの「魔繰」を緩衝材として軽減の上で、鍛えられた心身の力でやり過ごし。
同時に騎士主従がそれぞれ回してくれる分の「魔繰」の他にはそうした手立てを持たない両三曹も、とっさに相手取っていた大小鬼の体躯を盾にする格好で身を伏せて、どうにか軽微な熱傷程度で凌ぎきる。
乱戦状態になってはいても、各自が決して闘鬼覇者に背を向ける格好とはならぬ様に。
常に小鬼種たちを間に挟む位置取りを徹底し続けていた事が、別な形でも活きた格好だったが。
逆に無防備で背中側から余波を浴びた小鬼種たちは、助かりようが無かった。
苦鳴すら上げられずに立像と化した二体の大小鬼を残して。糸の切れた人形が如く、焼けただれた小鬼たちがその場に次々と倒れて行く。
そのままでは〝間に合わない〟と判断して。
闘鬼覇者の魔術そのものを揺さぶる事で、逆に利用すると言う――悠斗の超人的な戦闘感覚が導いた状況だった。
見上げれば、天蓋となっている比較的薄い岩盤を溶融蒸発させているほどの火力。
ライブで戦闘状況をモニターしている後方からの緊急要請で、近接航空支援の為にこちらへ急行中の筈な海保の〔ゼーアドラー〕からは。
断崖際の森林の中で、突如の噴火が起こったかの様に遠望されているかもしれない。
流石にもう天蓋までは届かない程度にその勢いを減じては来たものの、未だ燃えさかっている極大火柱を前に。
あのままこれを食らわされていたら……と言う慄然を、誰もが禁じ得なかった。
(この劫火の中では、流石に闘鬼覇者も……)
そう思ったとて、無理からぬ状況には見えていたのだが――。
所謂〝お約束〟と言うものは、やはり存在する様であった。
「コ、コノ覇者タル我ヲ! ミクビルデ無イワアッ!」
激しく立ち上る劫炎柱を両腕で割り裂く様にして遠ざけて、咆吼する闘鬼覇者が再びその姿を現した。
全身が紅に灼熱して、各所から立ち上る煙がまとわり付いているものの、大した火傷は負っていない様子に見える。
(自らの「魔繰」による軽減と。それをも突き抜けて来る熱炎は、ご自慢の生体装甲で凌いだと言う事か?)
大まかに察して、誰もが(化け物め……!)と言う呆れを覚えさせられるしか無かった。
「クハハハハッ! 流石ニ驚カサレタゾ? マサカ、術式ソノモノヲ突キ、見事崩シテミセルトハナ!」
術者として、何が起きたのか? については即座に把握し。
言外に賞賛の念もまぶされた驚きを露わにする闘鬼覇者だが。
とは言えそれも。「シテ、ココカラ先ハドウスル?」と揶揄を示す為の、前振りの枠を出ない。
予測を遙かに凌ぐレベルで、ここまで抗って見せ続けている事実そのものは認めても。
所詮は足掻きの域を超えるものでは無いなと、見切っているぞ? と言う事だった。
「ウム、大イニ愉シマセテ貰ッタ! トハ言エ、流石ニ頃合ダナ? ソロソロ幕引キトシヨウゾ!」
ニタリと凶相を更に歪ませて言い、闘鬼覇者は重々しく前へと踏み出す。
「ヤハリ魔術ナドデハ無ク、手ズカラ直ニ屠ル事コソ王道ヨナ!」
改めての確信を強めながら進む彼に向かって、再び正面から相対さんと。案の定、若いのが出て来る。
右手には変わらずあの弯刀を、得物として引っ提げているが――対してその左手は、石塊大の〝何か〟を握り込んでいた。
(アレハ……、先程ノ?)
察するに、仕切り直してからの戦闘再開となっての初手で弾き返してやった手投げ爆弾を再び! と言う事か?
(ククッ! サシモノ奴メモ、流石ニ万事休スダナ!)
そう理解して、闘鬼覇者は憐れみまじりの喜悦を覚える。
定まった絶望を、なお受け入れられず。
無駄だと判っている筈の抗い手に、それでも縋るよりか他に無くなっての足掻きを見せる獲物の無様な姿を目にする事こそが。
絶対強者として闘う、その何よりの愉悦であるのだから。
故に彼は傲然と胸を反らし、敢えてそれを真っ向から受けてやる。
「フン! イイダロウ、ヤッテミルガイイ! ダガ、ソレガ徒労ニ終ワッタ時ガ、キサマラノ最期ダ!」
最後の一手も徒労に終わり、淡々としていたその表情がどの様に歪むのか? 見てやろう。
すっかりそんなつもりで居た闘鬼覇者の眼前で。
何やら呪文めいた叫びと共に投擲されて来た、左手からの爆裂弾が炸裂――。
その瞬間、彼の意識は飛んだ……!
本話での結城小隊各員間での呼び合いが、これまでの様な
役職や階級(一曹以下は各複数名なので個人名+階級に)、愛称呼びでは無くなり
小隊内秘匿名の使用へと完全に切り替わっているのは。
それだけ彼らにとっても余裕は無い状態で戦っていると言う状況を示すものになります。
ここでの場合は、もちろん個人名の秘匿を目的にしての使用では無く、
必要最小限の短音節で個識別と意思疎通をし合える様にする為ですね。
※「第一部・前段」完結話となります⑦は、今宵に更新します。