鬼退治は害獣駆除枠で⑤ ★挿絵あり
たいへんお待たせ致しました。
現在展開中の、第一部・前段の最終エピソード、
亜人種群の真のボスであった闘鬼覇者相手のファイナルバトル
その前編をお送りします!
※なお今話では、「小説家になろう」にて
『「嵐を呼ぶお姫」 ~滅亡のカギを握る公女の海洋冒険ファンタジー~』
を連載中の、ギルバートさんより頂戴しました、
姫騎士フィオナ候女の美麗なファンアートを挿絵にさせて頂いております♪
(嘘でしょう……!)
目の前に現れし伝説級たる闘鬼の姿と言う、想定外どころの話ではない状況には。
流石の姫騎士主従も、揃って絶句を余儀なくされていた。
闘鬼――すなわち見上げる様な巨躯と。それに見合った筋骨に膂力、そして生命力を兼ね備えし暴凶な鬼族。
そして小鬼種が、大や猛者の様な上位種と成ってもなお、何故に「小鬼」なのか? と言う疑問の理由でもある、その対義となる存在。
小鬼たちを突き動かすその衝動が、他者への嗜虐心だとするならば。
闘鬼たちが抱くそれは――飽くなき闘争と、その為の強さへの渇望であった。
端的に言えば、闘鬼種とは。
戦って屠りしその相手の魂魄を贄として。
彼ら自身は「闘鬼力」と称している、自らの〝種としての位格〟を。
ただひたすらに高め続ける事を目指す――そんな習性の下に生きている存在で。
そうした性質からして、エリドゥに生きるヒト種全般にとっては。
小鬼種などとは桁違いに厄介な存在だった……。
「つまりは、〝スパルタンな狩猟異星人〟って感じの種族だって事ですかね?」
事前のレクチャーの際には、下館三曹から。
言っている事が良く判らない、そんな反応も返って来ていたのだったが。
とは言え、自分たちの知らない何かを連想させてのイメージ自体は。
どうやら掴めた様ではあったので。フィオナたちも、そこらには踏み込まずにおいたのだけど……。
そんな闘鬼が脅威である事は間違いないわけだが。
普通の闘鬼自体は、小鬼猛者と同レベルに位置付けられている存在であるので。
充分に手慣れた騎士に魔術師たちが、きちんと機能するチームを組んで戦うのであれば。
決して討ち取れないと言うわけではない。
しかし逆に言えば、そこまでの技量を持たない普通の兵士たちが。
その数だけを頼みにかかっても、一方的に蹂躙されるだけだと言う事でもある。
単体でも、それくらいには厄介な存在だと位置付けられている闘鬼なのだが。
しかし真に厄介なのは、そうして身を置く不断の闘争と言う修羅道をしぶとく勝ち抜いて。
己がその「闘鬼力」を上位種へと陞身させる事に成功した、より強大な個体が。
その絶対数こそ少ないとは言え、確実に生じて来ると言う点にあった。
実に好対照だと言えるが、その強みは群れとなる事でもって発揮されるものであるが故に。
単体であれば、兵士の経験が無い一般人でもどうにか出来る程度でしかない小鬼でさえも。
大に代表される上位種への成長を一度果たさば、そんな前提も一気にくつがえるわけで。
ましてや基本種の時点からして既に強い、闘鬼に対しては。
上位種への「成長」ではなく、「陞身」と言う語が用いられているのも。そうした実態を踏まえての事であるのだったが……。
「闘鬼驍将との遭遇でも、既に想像外の状況だと言うのに……!」
「こんな状況は、流石に前代未聞ですにゃよ……」
そう言い交わしつつ、シルヴィアとターニャはどうにか目の前の現実と対峙しようとしていたのだけれども。
(いくら想像外の脅威と遭遇するのだとしても――流石に物事の限度と言うか、その順序と言うものがあるでしょう!?)
内心では、まさにそう叫びたい処だった。
上位種への強化の段階的には、大小鬼からの小鬼猛者にそれぞれ相当する、戦闘鬼を経ての猛剛闘鬼へ。
闘鬼種としての上位存在へ進むにつれ、その肉体の体躯と強靱さも順当に積み増されて行く格好だが。
これが更に、闘鬼驍将にまでも至るとなれば――その希少性も、意味合いを全く異にして来る。
猛剛闘鬼までならば、順当な肉体面での強大化であったものが。
更にそこから「陞身の奥儀」なるその名のみが伝わる、闘鬼種秘伝の密儀を果たす事で――。
個の肉体上でも飛躍的に、桁違いな強化を遂げるのは言うまでもないとして。
それに加えて、相対的には弱所であった魔術への開眼と、耐性――「魔繰」に類似する生体的な対魔術能力の獲得であったり。
通常の闘鬼種や小鬼種らを多数従え統率する、〝将〟としての才覚までも開眼させるなど。
もはや〝爆発的進化〟とでも呼ぶべき類の、乗数的な強化を見せるレベルにまで至るのだ。
変わらず亜人語を口にしている筈の、その言葉が。
ヒト型類の耳にも理解できるものとして聴こえて来る様に成るなどと言うのは、その余録に過ぎない。
〝驍将〟と言う名には、この世界の住人たちからの畏怖の念が込められていた。
ところが、そんな超上位種たる闘鬼驍将すらをも飛び越えて。
そこから更にもう一段階の高み――やはりその名のみが伝わる、「陞身の秘儀」をも果たした個体。
実際に出くわす様な事例は……と言う意味で、半ば伝説的な存在の類だと見なされている闘鬼覇者が。
それも、こんな最果ての地に漂着した小集団のその長として現れるなど――。
仮にもし、そんな状況までをも想像できたとするならば……。逆にどうかしていると見なされるだけだろう。
もし本当に闘鬼覇者が現れたりする様な事態になったとしたら、その時は。
正規の騎士団が、相応の犠牲を被る覚悟の上での討伐に赴かねばならなくなる。
それ程の脅威であると認識されている、伝説の闘鬼と。
たった13名の小所帯で遭遇をしてしまった!
エリドゥの住人としての、そうした認識を抱かされるが故に。
状況を絶望的なものだと感じている姫騎士主従に対して。
そんな前提知識は有さない結城小隊の側も。
歴戦の本能的に、眼前の巨鬼が放っているただならぬプレッシャーは感じ取っていた。
故に油断も隙も無しで対峙する構えでいたのだったが――。
流石の彼らであっても、まさか自分たちがもう虎口に立っているとは気付けなかったのだ。
睨み合いの構図の中、不意に闘鬼覇者がその左腕を高々と振り上げる。
すると頭上に掲げたその掌上の宙に炎が生じ、そしてそれがみるみる内に燃え盛る火の玉へと膨張して行く!
「あれはッ!?」
「先程の爆炎弾……!?」
つい先程、至近弾として喰らわされかけた強烈な火炎魔術!? そう思い当たって、口々に声を上げる自衛官たち。
闘鬼覇者の背後に立っている、術者の証の魔杖を手にした中背の小鬼。
邪術士の様な襤褸ではないフード姿と言う見た目からして、その上位互換と思しきそいつによるものだと認識していたのだったが。
無意識的に肉体派だとばかり思い込んでしまっていた闘鬼覇者自身が、まさかその火元であったとは!
完全に虚を突かれる、まさに想定外の構図となってしまっていた……。
「今度ハ外サヌゾ? 我ガ〈爆裂魔炎球〉、受ケテミルガイイ!」
嘲笑する様な一睨みと共にそう告げて、闘鬼覇者は左腕を勢いよく振り下ろす。
さながらボールを放る様に投げつけられた燃え盛る大火球が、みるみる内に迫り来る!
(しまった!)
散開すべく走り出してはいるが、先程の一撃が見せたその威力に照らせば――。
確実に複数名は食われるだろうと、判ってしまう。
しかしそんな殺意の前へ、真っ向から対峙する様に踏み出す一つの影があった。
「剣よ! その身に湛えし魔素を、全て解き放て! 魔力全解放!」
フィオナ候女の〝力ある言葉〟が、凛と響いて――。
「はあッ!」
気合い一閃。彼女の宝剣〔月光虹〕が飛来する魔術の炎塊を斬り上げ、両断する。
刀身が蓄えし魔素を全解放した〝魔力の大剣〟で真っ二つに断ち割られた魔炎塊は、それぞれが明後日の方向へ軌道を逸らして砂浜へ落着し、立て続けに炸裂!
押し寄せるその爆熱に炙られつつも、一行は再びどうにかそれを凌ぎきる。
「ホウ、コレヲ防グカ? 面白イ! 成程、ソレナリノ実力ハ備エテイルト言ウ事ダナ……」
今度は明確に視界の内に捉えた上で、直撃させるつもりで放った火炎魔術を防がれて。
闘鬼覇者が漏らした呟きにほんの微か、賞賛の念が滲んでいた。
しかし同時にその目は鋭く、フィオナが手にする〔月光虹〕を睨め付けている。
「ガ、次ハドウスル? コノ身ガ『覇者陞身』ヲ果タシテ最初ノ死合イダ。セイゼイ足掻イテ見セ、我ヲ愉シマセヨ!」
先程の迎撃で、魔素を全て吐き出した事を看て取って。
同じ事はもう出来まい? と言う、心理面でも仕掛けて来る辺りが。
成程、確かにまごうなき超上位種たる所以と言う事かもしれない。
だが、「活路は、闘い切り拓く!」と言う意志を体現する様に。
「散開し、各個の判断で攻撃せよ!」
被っていた戦闘帽を放り捨てながら発せられる悠斗の号令一下、硬直が解けたかの如く結城小隊の面々が一斉に動き出す。
あの魔剣を手にする娘を除いて、目の前の人間たちが自身の覇威に怯え、身を竦ませていたものと。
闘鬼覇者自身は眼前の状況を、その様に解釈していたのだけれども。
彼の発する威圧感自体は受け止めつつも。その実、悠斗たちは別段それで萎縮したりしてなどはいなかったのだから。
(もし〝我々だけ〟だったならば、先程の一撃で全滅だな……)
まっしぐらに闘鬼覇者へ疾駆しながら。
悠斗は自分たちの犯した失敗も、そこからの後学と出来る幸運を心中に噛みしめていた。
彼らが動かず、睨み合いの格好での対峙としていたのは――闘鬼覇者が考える様な怯懦からなどではなく。
純粋に、地球においての〝感覚のまま〟で居たが故であったからに過ぎない。
例えば同格の強敵や、或いは野生の猛獣と遭遇して対峙する格好となった場合には。
迂闊に動けば、却って逆に自ら隙を生じさせる事にも繋がり得るが故に。
一瞬で決まる激突の、その瞬間を迎えるまでの間は。互いに緊張感に満たされつつ、静かにじっと睨み合う格好となるからだ。
もちろんそれはこの異世界においても、基本的には変わらないものではあるのだったが。
しかし同時に、魔術と言う別要素も並立しているこちらにおいては。
そうした物理的な要素に対する〝待ちの構え〟が逆に――。
範囲攻撃が可能な魔術の前では。むしろ格好の標的となってしまうと言う構図にも成り得るのであった!
先程の一撃から。また魔術による攻撃が来る事も想定し、備えてくれていたフィオナ候女の機転と備えがもし無かりせば。
自分たち一行の道行きも、ここまでとなってしまっていただろう事は間違いない。
地球世界での基準に照らして特に優れた戦士たちであるからこそ、むしろ逆に。
このエリドゥならではな、〝対「魔術」〟と言う方面への意識感覚上の盲点を生じさせてしまった格好だと言うのは、なんとも皮肉な話であっただろう。
(それを反省できる幸運に預かれた以上、このまま終わるわけにはいかない!)
悠斗を筆頭に、小隊の各員は状況を正確に認識し。
そうして抱く念を闘志に換えて、闘鬼覇者への攻撃に入って行く。
足下への一騎駆けを仕掛ける悠斗を避けつつ、同時にその為の牽制と意識の誘引を兼ねて。
副小隊長の宍戸直樹准尉以下、散開した各小隊員たちによる〔10式小銃改〕の援護射撃は闘鬼覇者の上体へ、高密度に集中した。
『グッ!?』
眼前で扇形に散開した蒼斑服の一団からの奇妙な攻撃を浴びて、闘鬼覇者は小さく呻く。
連続する破裂音と共に、目にも留まらぬ猛烈な勢いで驟雨の如く立て続けに叩き付けられて来る、無数の礫弾。
一つ一つは小粒な物だが、逆にだからこそだろう、無視は出来ぬだけの勢いがあり。
当たりどころによってはさながら針で刺されるが如くに皮膚を貫いて、筋肉の浅いところまで抉り刺さって来る。
新たに開眼した〈錬魔再生呪法〉の能力が発動し、それらの傷は受けた端から即座に回復を始め。
浅く突き刺さっていた礫弾も、急速再生で盛り上がる筋肉に押し出されて、片っ端からすぐに零れ落ちては行くが。
当然ながら痛痒を覚えさせられはするし。
一旦は負う受傷からの出血で、見た目だけのものながらもそれなりの打撃を受けたかの様になっていると言うのが、闘鬼覇者としては不愉快であった。
「小癪ナ……! ヌッ!?」
思わず苛立ちの呻きを漏らす間に。
単騎で真っ向から突撃を仕掛けて来る、蒼斑服たちの物頭と思しき若造が間近にまで迫っていた。
(我ガ間合イノ内マデ、恐レルソブリモ見セズ踏ミ込ンデ来オルカ!)
余程の命知らずか? それとも、ただ単に恐怖から逃れんとしての蛮勇か?
いずれであるのか確かめてくれようと、闘鬼覇者が迎撃に振り下ろす鉄剛棍を悠斗はひらりと躱し――。
そして交叉しざまに抜刀する愛刀で、鉄剛棍を握る右腕を斬り付けて行った。
「ヌウッ!?」
予想を遥かに凌ぐ鋭さを伴った一撃に、流石の闘鬼覇者も若干の驚きを滲ませた呻きを漏らす。
悠斗が放った斬撃は、後方の手下どもから浴びせられる無数の礫弾のどれよりも深い所まで、彼の右腕の筋肉を斬り裂いていたからだ。
(コレハ……! 並ノ闘鬼ドモナラ、右腕ヲ殺サレカネン域ダ……)
超上位種としての強靱さを備えた覇者の肉体なれば、引き攣りを覚えさせられる程度の受傷に留まっているものの。
もし普通の闘鬼であった時分に食らっていたならば――流石に切断されるまでは行かずとも、骨にまで斬り込まれて確実に使いものにならなくさせられているだろう程の斬撃であった。
それも両手大剣や棹状武器の様な長物ではなく、片手で振るうショートソード大の弯刀でそれをやってのけている!
「面白イ! 覇者陞身ヲ果タシテ直後ノ闘争カラ、コレ程ノ獲物ト相マミエルトハ!」
互いに残心を取って、反転。
再び正面きっての激突へと駆けながら、喜悦の声を上げる闘鬼覇者。
己が手で屠ると言う、「結果のみ」を見るならば同じではあっても――。
それがただ虫けらを踏み潰して行くだけなのと、小癪な獲物を駆け引きの末に仕留めると言うのとでは。
その意味にせよ、甲斐にせよ、全く異質なものである。
戦闘種族としての飽くなき闘争の日々を生き抜いた剛の鬼として、あくまでも絶対強者としての〝上から目線〟ではあるものの。
闘鬼覇者なりには、眼前の悠斗と言う獲物を認め。(常人ノ雄ダナ!)と言う、相応の評価を与えるに至った事は確かであった。
そうしつつ繰り返される二度目の激突も、先程と同様の展開を再現する格好となったが――今度は交叉して駆け抜けるのではなく、互いにその場で足を止めての更なる攻防が始まる。
見上げる様な巨躯で、覆い被さるかの様に攻めかかる闘鬼覇者からの猛ラッシュ。
その足下に肉迫したまま、悠斗は流れる様な体捌きでそれらを悉くいなしつつ、お返しに鋭い斬撃を浴びせて行く。
悠斗の仕掛けた超接近戦は、彼我の体格差があり過ぎるが故に。
闘鬼覇者の側は、力を乗せての攻撃が封じられた窮屈を強いられるものとなっていた。とは言え――
「ナラバ!」
と、怒濤の如くに繰り出されて来る膝蹴りに肘打ち、右手の鉄剛棍の柄尻による打突と言った小さな攻撃の一つ一つが。
まともに捉える必要さえ無く、当たればそれだけでもう決してしまうであろう威力を伴った、危険極まりない代物であり。
至近を擦過して行くその衝撃波による、戦闘服や露出している肌にも細かな傷が無数に生じて行く程で。
悠斗としては、一瞬たりとて気を抜く事は許されない。
だが、だからこそ! と言う闘志を漲らせ、真っ正面から応じる形で悠斗も自ら前へと踏み出している。
繰り出されて来る攻撃の全てを必要最小限の動きで躱し。同時に空振った巨鬼の手足へ、表皮止まりでは無い深さの斬撃による傷を刻み込んで行く。
無論、致命的な傷と言うには程遠く。
またそれらの傷口も受けた端から、血を流しつつも泡立って急速な再生を始めては行くのだったが。
それらが塞がりきるよりも先に、また新たな傷を刻み付けられ続けて行く格好となっている事は。
闘鬼覇者にしてみれば、まさに予想外な状況に他ならない。
「エエイ……、調子ニ乗ルナッ!」
流石に苛立ちを露わに、闘鬼覇者はその上体を左後ろ側へと捻り。
そうして生じさせた空間へ、体重を乗せた左腕を四本貫手で突き下ろした!
鋭く尖った爪が突出する指先が四つ並びに――まさしく〝地獄突き〟となって襲い来る。
並の戦士であれば反応も出来ぬまま直撃を食らって無惨にその身を貫かれ、血袋と成り果てたであろう豪腕の速打。
さながら肉の槍衾なそれでも、しかし眼前に立つ小癪な常人の若造を捉える事は適わなかった。
悠斗はただ一歩、横へ動いて攻撃の軸線上から身を躱し――それと合わせての一動作で。
横倒しにした愛刀の鋒を、闘鬼覇者の腕の方から刺さりに来る様な位置へと残している。
そして狙い通りに向こうから刃先へ突き立って来るや、自ら前へと駆け――相手のその力を利用するカウンターの構図で、闘鬼覇者のその剛腕を。
手首から二の腕の半ば辺りまで、長々と鉤裂きに斬り割いて行く!
『ガアッ!? キ、キサマッ……ヤッテクレルナ!』
再び交叉して駆け抜け、反転する悠斗の眼前で。巌の様な闘鬼覇者が流石にその動きを止め。
斬り割かれた左腕を鉄剛棍を取り落とした右手で押さえながら彼を睨み据え、怒りが滲んだ呻きを漏らす。
闘鬼覇者の圧倒的な巨躯と、その剛力が生みだす破壊の奔流に真正面から向き合いつつ。
それを制する静水の如き動きで、果敢かつ華麗に相手取って見せている悠斗の姿に。
「す、凄いのにゃ……! 結城二尉は、アタシたちみたいに身体強化の魔術を使ってもいない筈にゃのに!?」
「まさか、闘鬼覇者を相手にここまでの攻防を……!」
いま眼前にしている激突が、なお信じがたい光景だと言いたげに。
震えの混じった声でそれぞれにつぶやく、ターニャとシルヴィア。
自邦はもちろん、マズダ連合の内にも「ナージゥの盾」の異名で知られる、彼女らの上司にして師父でもある正騎士マリオ卿。
守りの練達者である彼ならば或いは、あの闘鬼覇者の猛攻を真っ正面から受け止め続けられるかもしれないが。
とは言えそれにしたって、魔術による身体強化と支援を用いる事無しで可能な事だとは思えない。
魔法戦士と同義でもある彼女らの様な正騎士が、魔術の才覚は無い〝純粋な戦士たち〟に対しての。
決定的なアドバンテージを得るものとなる、身体能力を増強する魔術を駆使したとしても――なお及ばないであろう領域の戦いぶりを、目の当たりにさせられて。
闘鬼覇者の後背で戦況を見守っている、付き従う小鬼種たち――特にその頭目格と目される、おそらくは邪法神官であろう上位種小鬼からの。
魔術による妨害介入を特に警戒し。即座に対応できる様にと、揃って自身の魔繰の力を整えつつ攻防を注視しているフィオナたち主従の驚嘆も。青天井なものとなっていた。
「結城二尉は、闘鬼覇者の動きを完璧に見切っているのですね……」
何がどうなっているのかを見て取って。もはや驚きを通り越した、畏敬にも近い声音で呟くフィオナ。
出会って、彼らの基地へと迎え入れられたその夜に。
結城小隊の女性隊員たちに尋ねてみて返って来た、彼の技量への評は。
「結城二尉ですか? 端的に言うと、『あれはもう人間じゃない』……って領域ですね」
かく言う彼女たち自身が。訓練された軍人たちから「化け物だ」と見なされる、特殊部隊員であると言うのに。
そんな〝特殊部隊員たちの基準感覚〟に照らしての「人間じゃない」との評は、誇張でも何でもなく。
文字通りに〝事実そのものを述べていただけ〟であったのだと言う事を。騎士主従は今、まざまざと目の当たりにさせられている処だった。
(卓絶した剣技と身体操作、戦闘感覚を極めた〝純粋な技量〟のみでも……。人間はここまでの域に達し得るのですか!)
巨鬼からの怖るべき一撃一撃を悉く、必要最小限の動きで躱しつつ。同時にカウンターの一撃を着実に刻み返して行く、その見事な戦いぶりには。
驚愕と言う領域を振り切った、ある種の達観にも似た心境に至らされるしかない。
無論、誰にでも……と言うわけでは無い話であろう事もまた、自明であるとしてもだ――。
彼女たちが抱かされていた一際な驚愕は、魔術が存在する世界の武人なればこそのものであったのだった。
(奴メ! 間合イヲ制ス術ト言ウモノヲ、ココマデ嫌ラシク徹底シテ来オルカ……!)
そしてそれは当の闘鬼覇者にとっても、否応なしに実感させられざるを得ない事で。
想定とは真逆そのものな、ここまでの闘いの展開に対しての苛立ちは大いに覚えつつも。
しかしその一方ではそんな感情だけに囚われる事無く、ここまでの現実を踏まえての挽回を図ろうともしていた。
怖れるそぶりも無く内懐にまで踏み込んで、こちらが充分な攻撃を繰り出す空間を奪いつつ。
逆に自らは得物である片手弯刀を存分に振るえる距離で闘っている、眼前の常人の小僧。
無論だが、それが出来るだけのクソ度胸と技量の両方を併せ持っていればこそのものである事は、言うまでもない。
ここまでひたすら巧く立ち回られ続けている事に対して、苛立たされているのは事実だが。
同時にその一方では、まこと闘い甲斐のある雄敵と相見えられたと言う〝剛運〟に歓喜し。
そしてそんな戦いを、もっと愉しみたいと言う喜悦を惹起されてもいる辺りが。
まさに闘争を嗜む「闘鬼」と言う種族の本能を、大いに喚起させられるものであった事は確かだった。
それ故に――。
(ッ!?)
対峙の状況から、やおら自らが引くと言う、まさかの動きに出る闘鬼覇者の姿に。
その背後に居並ぶ小鬼種たちまでもが、対峙中の騎士主従と同様の驚きを露わにさせられる事となった。
まさに絶対強者と言うべき存在である事に疑問の余地さえ無いと、その場の誰もが等しく認める闘鬼覇者が。
自ら引くなどと言うのは、およそ想像しがたい姿であったからだ。
無論それは、怯みを覚えての無意識の動きなどではなく。
相手の強みを殺しつつ、同時に自らの側はその長所を存分に発揮出来る様にすると言う「闘いの主導権」を握られたままな展開を、いいかげんに断ち切って奪回すべく。
自ら一度、距離を取り直すと言う判断に他ならない。
だが、そんな異例中の異例には違いない闘鬼覇者の試みも、残念ながら上手くは行かない。
悠斗が再び距離を詰める為の援護をすべく。
抜かりなく発っせられる宍戸准尉の号令一下、再び自衛官たちの小銃射撃が闘鬼覇者の上体を襲い。
結果、先程までの状況が見事に再現される格好となったのだった。
「エエイ! 小癪ナ……」
流石に同じ轍は踏まぬとばかりに、闘鬼覇者も蹴りを繰り出して再び迫る悠斗を牽制し、阻止しようとは試みるが。
その間も上体へ交互に銃撃を浴びせられ続け、足下に集中できなくされながらのそれでは到底果たせるものではない。
そうして先程までの攻防の構図が、再び繰り返される格好となるかに思われた処で――。
闘鬼覇者は、また新たな手に打って出る。
「ナラバッ!」
と、いきなりその両膝をグッと沈めるや――彼はその巨体を頭上の空中へ、高々と跳び上がらせたのだ!
これが助走を付けての跳躍であったとしても、およそ有り得ない高さ。
身体能力を更に増幅強化させる魔術は無論として。同時に突風が吹き付けて来た辺り、風の魔術も併用しているのかもしれない。
そんなやり方で間合いを外して、逆に頭上から。
その巨体に重力加速も付けての踏み付けをぶちかまして来ると言う、恐るべき一手!
「ッ!?」
流石にこの予想外な奇襲には打つ手も無く、悠斗は跳び退りを繰り返しつつ迅速にその場から逃れる。
直後、凄まじい勢いで落着する闘鬼覇者の巨体が轟音と共に砂浜をクレーター状に大きく陥没させ、猛烈に砂塵を撒き上げた。
「くっ……!」
人為ならぬ鬼為的に引き起こされし朦朦たる砂煙で、完全に視界を遮られ。
その余波を浴びせかけられる自衛官たちの小銃射撃も、完全に中断を強いられてしまった。
「あんな間合いの外し方をするとはな……!」
「さしずめ、煙幕と言う事ね……?」
自らの身体能力(に魔術も加えてではあろうが)と言う〝力技〟で、こうした状況を強制して来る辺りが。
まさにおそるべきエリドゥの脅威たる所以であるのか……。
宍戸准尉と、WAVEたちの先任である小田林瑤子一曹が漏らした呟きにも。
目の当たりにした現実に対しての、それぞれが覚えさせられた呆れ混じりの驚きが滲んでいた。
そんな一時の戦闘中断、仕切り直しを強制する砂塵の煙幕もやがてうっすら晴れ始め――。
その巨躯が故にいち早く、闘鬼覇者が頭部の影形が視認出来た。
「小隊長!」
小隊内秘匿名での声がけに、悠斗が頷くのを確認した笠間勇利二曹が。
いち早く銃撃の再開を――ではなく、その手に握った手榴弾を闘鬼覇者の頭部めがけて投擲した。
仕切り直しだと言うのなら、こちらも銃弾以外の攻め手で先制を仕掛けてみようとする試みだ。
綺麗な放物線を描いて投げ上げられる手榴弾が、折しも覗いた闘鬼覇者の眼前で炸裂する!
だが、爆発と同時に聴こえたのは有り得べからざる音――衝突物を硬く弾じき返す、甲高い金属音だった……。
経過時間的には1エピソード分ではあるのですが、
流石に前段のファイナルバトルともなると、密度の問題で文字数を要しておりますので(苦笑)
やむを得ずの分割構成とさせて頂きました。
後の展開分も相応に進んではおりますので、ここまで間を置かずにお届け出来るかと思います。
引き続きの激突の顛末にご期待頂ければ幸いです。





