鬼退治は害獣駆除枠で④
お待たせ致しました。
小鬼たちが拠点であった、難破船の船内へ踏み入っての制圧戦。
逆襲の魔術が小鬼邪術士から迫り来る、その顛末は――
未知の攻撃に目を灼かれ、同時に聴覚もおかしくなって床に転倒した小鬼邪術士は。
感覚そのものが遠のく状態の中、敵が踏み入って来た事を悟って。必死の死んだふり作戦で、どうにか状況に対処しようとしていた。
彼がいた船尾側の一角は、もともと影になる場所ではあったので。
結果的にだが床に転がった事で、そこへ紛れ込む様な格好になっていた点も彼には幸いしていた――。
もちろん、頭に血を上らせて迎撃に突進して行く小鬼猛者たちの存在が。必然的に敵の耳目を引いてくれていた事も大きかったわけだが。
とは言え、襲撃をかけてきた敵の勢いは凄まじく。
脳筋だが、腕っ節だけなら間違いないヤツですらもが。蹂躙してやるどころか、逆に翻弄されている様で――。
(アロウ事カ、殺ラレテシマッタダト!?)
ようやく視界も戻って来て、その他の感覚も正常に近付いて来た処で目の当たりにしたのは。
頭に剣が突き立った小鬼猛者が、たたらを踏んで船外へと転がり落ちていく衝撃的な姿であった。
これは拙いぞ……! と、瞬時に理解させられるしかない光景。
襲撃者とは、そこまでの脅威であった事を否応なしで認識させられた小鬼邪術士としては。
その頭脳をフル回転させて、ここから生き延びる為の手立てを探そうとするしかなく。
そうして導き出した答えは――とにかく効果的な一撃をかまして、その隙に逃げると言う。やはり脳筋な結論だった。
床にじっと這いつくばったまま、狙うべき弱所を見定めようとする小鬼邪術士の目に留まったのは。
背をこちらに向けている、獣人種の牝の姿。
うまい事にその連れ合いとおぼしき、蒼斑模様のいでたちをした常人の牡に抱きついているので。
あれなら機敏には避けられまいし、うまくすれば常人の牡の方も一緒に巻き込めるかもしれない――。
そこまで行かずとも、目の前で連れ合いが燃え上がる様を見せつけられて。
常人の牡の方も、こちらを追うどころでは無くなる筈だ!
そう算段を付けるや、小鬼邪術士はふわりとその身を片膝立ちに起こし。
ターニャの背へ向けた魔杖の先端から、転げた際に脱げていた襤褸のフードを覆いにして発動準備を済ませた〈炸裂魔炎〉の魔術を解き放った!
飛来する魔術の火炎弾へ。ボクシングのガードよろしく、両腕を盾にして顔面を守る構えでそれを受ける新治浩輔三曹は。
着弾して弾ける魔術の劫火の熱を感じ――だが、それに炙られる感覚を覚えたのもほんの一瞬だけで。
それ以上、何らの苦痛を覚える事も無しに襲い来た殺意の波動が霧散して行く……そんな流れを感じ取っていた。
意外すぎる現実に対しての、刹那の当惑から我に還らされたのは。
背中越しの〝彼女からの強い意志〟に気付かされたから……。
(新治三曹! させない!)
声に出されずともはっきり判る、彼女から送り込まれて来る〝不思議なエネルギー〟の存在――。
それが自身を包み込んで。襲いかかって来る害意の破壊力の。その大半を吸収し、相殺させてくれたのだと。
先日に、〈浄化〉の普及魔術を受ける経験を既にしていた事から。
そうした魔法力と言うものを、新治三曹も自身の肌感覚で認識する事が出来たのだった。
何も無しにそのまま浴びていたならば、ただでは済まなかったであろう〈炸裂魔炎〉の魔術も。
ターニャからの支援によってその威力を大幅に減衰させられた、残滓の炎だけであれば。
鍛え上げられた新治三曹の心身は。難燃化処置の施された戦闘服の補助も併せて、充分に抵抗が間に合い。
真っ正面からの直撃を受けながらも、結果的には無傷で切り抜けられたのだった。
対して、仕掛けた小鬼邪術士の側からすれば。文字通りに想定外であっただろう。
見るからに明らかな、驚愕の様子で棒立ちとなっている小鬼邪術士のその隙を見逃さず。
下館ニーナ三曹が後方より駆け寄る足を停め、射撃モードを三連発砲から単発射へ切り換えた機関拳銃で撃ちかける。
「GAGU!!」
放たれた9ミリ拳銃弾を右の肩口に受けた小鬼邪術士は、彼女の狙い通り手にする魔杖を取り落とす。
――が、敵もさるもの。
先端が床に落ちた反動で跳ね上がって、直立する格好になった魔杖を。小鬼邪術士は必死に伸ばした左手で、再び掴み直した。
被弾の衝撃により、時計回りに捻りながらのけぞる体勢を強いられた結果、反動で左手が伸びる様な形ともなっていた為に。
結果的にはそれが幸いしたと言う格好ではあったが……。
魔術の媒体を手放したら最後とあらば、必死になるのも道理ではあっただろう。
丸ごと死んだ右腕の苦痛に耐えつつ、小鬼邪術士は自らの眼前へ〈障壁〉の魔術を。
今度は警察機動隊の盾を思わせる形状で展開させた。
実に際どいタイミングで出現したその魔盾によって、結城悠斗二尉が抜き撃ちした〔コンバット・パイソン〕からの追撃は阻まれる。
半透明である点では同じでも、流石は魔術で形成されし防盾と言うべきか? こちらは相応に防弾性能も持っていると言う事だ。
状況を見て取り、セレクターを再び三連発砲へ切り換えた〔ベレッタ93R〕で、下館三曹が更なる追撃の連打を叩き込むが。
彼女らにとっては初見となる魔術の防盾は、それにもなお抗堪してみせた。
もちろんそんなせめぎ合いは際どい処で。
襤褸のフードも脱げ落ちて、やはり奇怪な紋様が並んだ禿頭が露わになっている小鬼邪術士の方も。
無数の脂汗を浮かべて、必死な様子であるのは明らかだ。
手傷の苦痛で集中を乱されつつ、更にはここまで連発し続けた魔術による逆凪の蓄積が。
精神的な消耗の領域を振り切った身体へのダメージとしてのしかかり、咳き込んで血を吐かせる。
それでも文字通り最後の生命線として、もはや〈障壁〉に全振りする以外に無い状況なれば、懸命に保持し続けるのもむべなるかなではあった。
とは言え、現にそんな〝不条理の壁〟で阻まれて。流石に攻めあぐねている様子な自衛官たちを前に。
「その盾、砕かせて頂きます!」
彼らの銃を意識し横手から回り込む様にして、フィオナ候女が小鬼邪術士へ肉迫して行く。
「剣よ、その身に湛えし魔素を解き放て! 魔力解放!」
そう意志を込めた力ある言葉を唱えると――。
彼女が手にする愛剣のその刀身が、魔素の淡い輝きに包まれた。
「はあッ!」
速さと剣技をそのまま打撃力に昇華させる、彼女の剣術を体現する鋭さで叩き付けられた一太刀が。
魔力と魔力の衝突による煌めきを生じさせ、次の瞬間――見事に魔術の分厚い大盾を斬り払い、割り砕く!
「DABABA!!」
驚愕の表情で叫ぶ小鬼邪術士は、破砕の余勢で振り抜かれる宝剣の切っ先に魔杖も両断されて。
慌てて身を翻し、なおも逃れようと試みるが――。
「逃すか!」
と、新治三曹の声が上がった次の瞬間。
弩弓の太矢が如く猛速で飛ぶナイフの刃が、その後頭部へ吸い込まれる様に深々と突き立ち。
事切れた小鬼邪術士の身体は、そのまま床に倒れ込んだ。
そんな仕留め方を!? と言う、またしてもとなる驚きに。姫騎士主従は一様に目を瞠らされていた。
新治三曹はハンドガンではなく、変わった形状のナイフを抜き撃ちに小鬼邪術士へ向けて。
次の瞬間、その刀身を弩弓よろしく射ち出したのだ!
(ニホン国には、こんな武器まであるのですか……)
と絶句するほか無い、まさに初見殺しな暗器の類であろう。
ソビエト流となる旧北日本の特殊部隊も装備していた、刀身射出機構内蔵の仕込みナイフは。
細々ながらも今なおこうして、その命脈を保ち続けていたのだったが。
もしかすると、今のエリドゥにおいては。有効な武器とも成り得るとの再評価があるのかもしれない?
などと言う予感を。悠斗たちも思わず抱かされる様な格好ともなりつつの、ひとまずの決着となったのであった。
ともあれ、小鬼邪術士の沈黙をもって船倉内の小鬼たちは残らず殲滅されたので。
際どい処であった新治三曹とターニャの両者をはじめ、こちらの全員が無傷である事を確認し合うと。
悠斗は副小隊長宍戸直樹准尉への無線で、彼に任せていた本隊も船下へ合流する様に指示を送る。
フネの内外それぞれで、あらかたの小鬼たちは片付けたものと思われるが。
このフネの詳細を調べるのとも合わせて、底部の船倉や後鐘楼と言った未踏の区画も確認する必要があるからだ。
斬り込み隊の一行は、再び上甲板へと登って深呼吸をしつつ。今度は舷梯を使って船体下の砂浜へ戻ろうとするが。
その途上で話題に上るのは、やはり先程の――あの恐るべき火炎魔術の直撃を新治三曹が無傷で凌ぎ切れた、その所以であった。
「ターニャさん、先程はありがとうございました」
完全戦闘体勢な状態からは脱した事で、改めて。
先程の覚悟が不発で済んだその理由である、彼女からの〝援護〟に感謝を述べる新治三曹は。
「にゃッ!? それはアタシの方ですにゃあ! 身を挺して庇わせてしまって、ほんとに申しわけにゃい事を……」
左右の猫耳をぺたんと伏せた、本当にシュンとした様子でのお詫びを。
逆に彼女の方から口にされてしまって、些か戸惑った。
「いえ。お三方の安全が、何より優先ですから」
当たり前の事をしただけですよ? と言うつもりで、苦笑気味に応じる新治三曹へ。
「でも、助けに来て下さって本当に嬉しかったですにゃ。だからアタシも、新治三曹の事を絶対に守るのにゃ! って、そう思ってしただけですにゃよ?」
顔を上げ、いつもの屈託のない天真爛漫さに戻って笑いかけて来るターニャに。
そんな笑顔を曇らせずに済んでよかったのだなと。新治三曹は自身も素直な微笑へ誘われるのだった。
「けど……あれってやっぱり、防御の魔術とか何かだったんですか?」
もう聞いても大丈夫そうな様子になったかな? と言うのを見て取った下館三曹が。
気にはなっていた〝その事〟についての尋ねを、そこで切り出した。
彼女たちからは事前に。
攻撃魔術を受けた際には、自らの肉体と精神それぞれの強靱さでもって。その威力を減衰させるべく抵抗するのだとは、聞かされていたわけだけれども。
あの小鬼邪術士が放つ火炎魔術は。
自分たちが耳目に仕立てた小鬼を、一撃で鏖殺する程の威力を秘めた代物であった筈で。
特殊部隊たる自分たちであろうと、爆発の直撃を受けたりすれば助かりようが無いのと同じ理屈で。
あんな強烈な魔術を浴びて――だのに無傷と言うのは、別な干渉要素の介在の以外に有り得ない事だろうとは想像つくが。
純粋な興味としてはもちろん、攻防両面での「魔術」と言うものが加わってくるエリドゥでの戦闘の実際。
その一端を体感してみた後では尚の事、今後への戦訓としても識らねばならない事は様々に在った。
「いえ、〝防御の魔術〟と言うのは。あの邪術士が使っていた〈障壁〉の様な、物理的な盾を生じさせる魔術の事を呼びます」
その問いに対して応えるシルヴィアの声には、明らかな気疲れの色が混じっていた。
おそらくターニャを救おうと小鬼猛者へ強力な光弾を放った、その逆凪によるものであろう。
強力な〝力〟であるのは事実でも、やはり相応にリスクを伴うものでもあると言う辺りは。
(つまるところは「魔法」とて。無欠などとはほど遠い、あくまで人間の技巧の範疇である事を証するものかもしれない……)
そんな思いも脳裏に浮かべながら、シルヴィアの説明に傾聴する悠斗と両三曹は。
そのまま彼女から、殊に実戦の場における「魔法使い」たちの実情と言う、現実の一面を興味深く聴かされる事となった。
「私たちが扱う『神秘魔術』は。扱える術の多寡や種別を問わず、その発動手順は変わらないのですが……」
そう述べたシルヴィアが語る処によれば、エリドゥ世界に普及している「現在の魔術」と言うのは。
さしずめある種のプログラムを想起させられる、なかなかにシステマチックな仕組みの代物であるらしい。
「それを正しく使いこなす為の修練として。自身の身に内包される魔素を、自らの意志で操る術法――『魔繰』を学び、身に付けます。
そうする事で初めて、術者は〝真の魔法使い〟たり得るわけです」
「成程……。そうなると、『魔法』だとは言っても〝下術〟の位置付けになるとのお話でした、あの〈浄化〉などは――」
シルヴィアによるそこまでの説明を聴いて、浮かんだ疑問を確かめる様に問う悠斗に。
首肯して応じるフィオナ。
「はい。ああいった『普及魔術』の方は、術を行使するその手順もずっと簡便なものですので。
〝真の魔法使い〟であれば、『魔繰』の介在も不要な術であり。行使する上での逆凪も、心配不要なものだと言えますね」
相手側のそれも含め。
直接的な攻防に関わる力としての「魔法」と言う代物と、実戦の場において接してみて。
彼女たちの言う、下術と上術の区分なるものに関しての実態が――何となく理解できた様な気がして来ている、悠斗たちだった。
「話を戻しますが、そうして身に付けた『魔操』は。『神秘魔術』を発動させる際に役立てるのが基本です。
自身の纏いし魔素を任意に操って、魔術のその威力をより増幅させたり。逆に発動後の逆凪を抑え、打ち消す助けに用いたり――ですね」
説明を再開したシルヴィアは、そこでターニャの方を見やって続ける。
「そして更にもう一つ。他者から受けた魔術への抵抗を試みる際の、その支援として用いる事も出来るのです」
自身に対してはもちろん、他者や対象物に対しても廻す事が可能な代物だと言う、その「魔操」とやらが。
先程、新治三曹を小鬼邪術士の火炎魔術から守ってくれたその〝力〟の、正体なのだと言う事だった。
「上術は、身体強化しか使えにゃいアタシですけど……。だからこそ、敵の上術から姫様や仲間を守る為に、『魔操』を存分に使える事になるわけですにゃ!」
そう言うターニャの表情は。
卑下をするかの様な成分は微塵も見られないどころか、むしろ胸を張る様に堂々としたものだった。
才覚とイコールであると見なしても良さそうな、行使できる術の多寡だけを基準に。ついつい術者としての優劣も考えてしまいそうになる処だが。
こうして聞かされてみれば。殊に実戦の場においては、そう単純な話でも無いらしいと言う事は充分に窺える。
ターニャが使う身体強化の魔術などは、発動さえ出来ればその効果時間中の術式は自動維持で、かつその効果中には逆凪の心配も無く。
そして他に使える術もないからこそ、その身に内包される魔素も――ほとんどの場合、「魔操」による自他への対魔術防護に回す事が可能になるのだと言う話だ。
術者としての才覚が限定的な分、逆に魔術へ抗堪する上での強みを発揮出来る事に転じていたりもする辺り。
現実の力と技術である「魔術」と言う代物の。奥深く、そして興味深いところであるかもしれない。
「そうすると、小鬼邪術士は。端から標的を間違えた……と、そう言う事ですね?」
話を聴いていて覚えた疑問を口にする下館三曹に、揃って苦笑気味に頷く姫騎士主従。
「仰る通りです。攻撃の魔術自体は確かに強力な力ではありますが、同時に術者としてはそれを相殺する術にも習熟する以上。
術者同士が対峙する格好になると、彼我のその力量が著しく懸絶している状況でもなければ、逆に魔術のみでの決着とは行かなくなりがちですね」
――故に、実戦の場においては。
剣や弓矢と言った物理的な武器の力との組み合わせが重要になって来るのだと言う所以を語る、シルヴィアの言葉にも納得感が伴うのは確かだった。
むしろ、逃げる為の目眩ましとしてならば。床や天井と言った船体を狙っての爆砕を起こしてその隙に――としていれば、また結果は違っていたかもしれない。
その辺り、結局の処は他者への嗜虐性と言う本能的な性質がどうしても抑えられない、小鬼と言う種族の宿痾と言う事なのかもしれなかった。
「とは言え、あの邪術士も。戦闘術者として見るならば、相応の使い手であった事は確かですが」
そこまでの含みは踏まえつつも、その様に継がれたフィオナの言葉は。
あの小鬼邪術士も、客観的な評価としては決して侮れぬ術者であった事を認めるものだった。
「確かにですにゃ。攻撃と防御の両方でそれぞれ強力な上術を使いこなすと言う時点で、充分やっかいですからにゃあ……!」
窮地に陥れられかけ、また始末にも手こずらされたばかりの記憶から。
ぼやく様なターニャの言葉には、悠斗たちとしても苦笑気味な反応を浮かべるしかない。
実際、邪術士の展開させた〈障壁〉の魔術で銃撃を立て続けに阻まれていたのだ。
あれでは肉迫しての近接攻撃も、同様に封じ込まれた事だろう。
自分たちの基本形である現代の歩兵戦術そのものに対しての、立ちはだかる壁の出現だと言えるかもしれない……。
そんな事を思わされつつ、しかし同時に悠斗たちの関心は。
流麗な剣技でもって、〈障壁〉の魔術をあっさりと斬り払ってみせた、フィオナ候女による先程の一撃に向いていた。
「しかし、あの〝魔術の盾〟を一刀の下に斬り払って見せた剣技はお見事でした……」
「ありがとうございます、結城二尉。……実は、少し反則をしています」
率直に技量を讃えつつ、先程のは何をなさったのでしょうか? を言外に問う悠斗へ。
幾ばくかの冗談を交える様に相好を崩して、フィオナは応じる。
「この愛剣が秘める、〝その力〟を借りました」
目線をやりつつそう言う彼女が手にする、家伝の宝剣――〔月光虹〕の銘を持つのだと言うその細身の長剣は。
周囲に充つる魔素を刀身に吸い集め、溜め込む力を秘めているのだと言う。
そして先程やって見せた様に。〝力ある言葉〟を鍵とし、貯えられたその魔素を解放する事で。
刀身に生の魔力を纏わせ、魔術の効果を断ち割る剣技に昇華させたのだと。
つまりは、生得のそれとは別立てで〝特殊な「魔繰」〟が使える。と言う様なものだろうか?
「解放された魔素の淡い輝き、いつ見ても綺麗ですにゃあ……」
見慣れてはいても、その度に魅力を覚えさせられますと言う様子でしみじみとつぶやくターニャに。
フィオナ候女が奉られていると言う、「銀月姫」なる称名も。
その由来の一つにはそれが在るのだろうか? と、そんな事を思う悠斗たちだった。
そうしたやり取りを交わす事で、実戦における「魔術」と言うものへの理解を深めながら舷梯を降りた一行は。
遮蔽を取りつつ攻撃していた岩場から離れて歩み寄って来る、宍戸准尉以下の結城小隊主力と船体の右舷下で再合流する。
期せずしてのランドマークと言うべきか?
そこにはちょうど、先程その身を船外に転落させた小鬼猛者が。
頭から逆さまに突き刺さる格好で、その上体を砂地に埋めていた。
むろん姫騎士たちには与り知らぬ話ながら、それを目にした結城小隊の面々の脳裏には一様に。
「某一族の物語」の連想が浮かぶ事となっていたのは、言うまでも無い。
とは言え、その頭に突き立ったままの〔骨喰〕は、もちろん回収しなければならなかったので――。
巨体を倒す様にして掘り起こすと言う、思わぬ労苦を強いられる事となったのはご愛敬と言う処であったかもしれない。
そうしてどうにか回収には成功したものの。
当然だが血に濡れ砂まみれと言う大変な状態になっていた〔骨喰〕の、その清めにも。
ターニャによる〈浄化〉の普及魔術が、改めてその威力を見せつける事となったのだった……。
かくして一先ずの態勢を整えてから、船内の未踏区画の探索に入る前の下準備として。
一行はフネの左舷側へ廻り込んで、改めての実地検分に入っていた。
もし船底部の区画内などに残敵が潜んでいたとして、そいつらが逃走を図るとするならば。
現に彼らが攻撃を仕掛けた側である右舷にではなく。ちょうど船体を間に挟んでの盾に出来る格好ともなる、反対側の左舷へ逃げようとする筈だと想定されるが故に。
簡便なものにはなるが、それを狙い撃つ爆発物くらいは仕掛けた上での船内探索に乗り込もうと言う意図だ。
そんな構えでいた一行に対しての――それは、完璧なる奇襲であった。
「下館三曹! 伏せろッ!!」
悠斗から不意に上がった、有無を言わさぬ勢いの指示に。
「ッ!?」
ほとんど脊髄反射な勢いで、咄嗟に身を沈めた下館三曹の背中側から熱風が。
その余波で被っていた戦闘帽をもぎ取りつつ擦過して行く――そして次の瞬間、難破船の舳先が猛烈な爆炎に包まれた!
「ぐっ……!」
爆発の余波が熱風となって周囲に広がり、それに飲まれた結城小隊と姫騎士主従は身を炙られる感覚に呻いた。
先程見た小鬼邪術士のそれを、遙かに増幅強化させた(おそらくは)火炎魔術による攻撃?
(だが、一体どこから?)
射角からすると……と、体感的に見当を付け、目を向けた彼方には――。
壁上に広がる、揺らいで見える空間が生じていた。
「あれは……魔素の揺らぎ!? 結界が解けようとしています!」
見て取った事象が示すものを、悠斗たちにも伝える為に叫ぶフィオナ。
「結界!?」
「魔術的な儀式など、規模の大きな術を行使する為に構築される〝特殊な力場〟の事です! 隠蔽の力も加えて、こちらの目から隠れていたのでしょう!」
ごく簡便に説明を叫ぶ彼女たちの、表情と声音には。
そうまで入念に、〝場〟を覆い隠そうとしていた存在とは? と言う緊張が満ちていた。
詳細は判らずとも、肌感覚で覚える尋常ならざる気配に。同じく結城小隊も身構える。
そうしている間にも、徐々に静まって行きつつある空間の揺らぎの中へ。収束するかの様に巨大な人型の影が浮かび上がって――。
そして正常に戻ったその場に。
従卒の如く複数の小鬼たちを従えて仁王立ちする、巨鬼がいた。
「我ガ留守ヲ襲ッテ、勝手狼藉ヲ働イテクレタ鼠賊ガ居ッタカ……」
額から生える一対の角に、下顎の両端から屹立する牙、そして血の色に爛々と輝く眼と言う、まさに〝鬼〟のイメージを体現するその姿。
かの小鬼猛者が子供に思える程の、見上げんばかりの巨体から。
一目で状況を察したらしい、不快を露わにした嗄れ声が。猛烈な威圧感と共に轟いた。
これまで目にして来た小鬼種たちとは異なり、人間の言葉として聞こえるその声。
見た目と様子からしても、明らかな格の違いを漂わせるその姿は――。
(あれが、聞いていた闘鬼種と言うやつか?)
そう推測する結城小隊のそれは、大きな括りとしてならば当たっていた。
ただし、事実としてはより悪い方向に……であったのだけど。
「あの巨体! そして人語を使う……!? まさか、闘鬼驍将!?」
驚愕の表情で声を上げるシルヴィアに。
その闘鬼は不快げな様子も露わに、無慈悲な訂正の言葉を告げる。
「否! コノ身ハ既ニ、闘鬼覇者ト成レリ!」
この世界の深奥より姿を現せし脅威が。一行の前へと今まさに、その牙を剥かんとしていた!
終盤で悠斗が咄嗟に、下館三曹の事を〔イリス〕と呼んでいるのは。
小隊内で各員が、所謂フォネティックコードになぞらえる格好で相互に割り当てられている、個人識別の為の呼称です。
若き小隊長である悠斗なら、A始まりの〔エース〕
いぶし銀のベテラン隊員な副小隊長である宍戸准尉には、B始まりで〔ボス〕と言った具合に。
士官《幹部》の二人へ奉る分も含めて、稲田海曹長(C始まりな〔クール〕)以下の小隊員たちが考えて取り決めています。
名を伏せて、個人識別が出来る様に~と言うのがメインですが。
長くとも4音節以内で呼べるものとする事で、今回の様な緊急時の警告を発する際にも有効なものとなっています。





