「始まりの日」――かくて世界は…
その日、唐突に「世界」の底が抜けた。
――無論、それはあくまで比喩ではあったわけだけれども。
しかし「現実に生起した事象」をイメージさせる為に用いる、例えとしての表現を見つくろうならば。
ある意味、端的に的を射たものだったとは言えたかもしれない。
かつて、高度に卓越した文明を築き上げながらも。驕り高ぶったその有り様が、神々の禁忌に触れ。
その結果、一夜にして海へと沈んで滅びたと言う、超古代の大陸の伝説。
誰しもがそんな話を連想させられずにはおられない、文字通り一夜の内に忽然と。
北太平洋の北西側――ユーラシア大陸の東端側に接する、世界的にはフィリピン海と呼ばれる縁海に面した、広範な海域内に点在する大小多数の島々が。
まとめてその姿を消していた。
一夜の内に消えてしまった、その範囲に含まれていた島々を具体的に挙げれば、まずは日本列島であった。
それも、その多くを占める「日本国」の領土外までをも含めた、地学上での括りにおける「広義の日本列島」のその全域が……だ。
その北限となる樺太島――「ソビエト連邦」(新)領である北半分、北サハリン側も含めたその全島から始まって。
つい先日に、名実共にの独立国家「台湾国」として。国際社会のメインストリームへの承認と復帰をようやく果たしたばかりの台湾島が、南西限となる。
つまりは、間宮海峡から台湾海峡まで――オホーツク海より日本海を抜けて、東シナ海側にまで至る、その付属島嶼も含めての。
広義での日本列島が〝まるごと〟の格好であった。
また逆に、太平洋側の方へと目を転じれば。
北東に向かっては、日本領の最北端でもある占守島と阿頼度島まで連なる、千島列島の全島が……となり。
そしてそこから日本領で最東端の南鳥島、更には合衆国領のマリアナ諸島を越えて赤道付近にまで南下し。
ミクロネシア南部の大部分の領域にまで達する、実に広範なエリアの。
その内側に在ったもの〝全て〟が、文字通りの一切合切だった。
時に、西暦2011年12月24日。
当該地域時間のその未明――何らの予兆さえも見られない、本当の文字通り「一瞬の内に」となる格好で。
日本と台湾の両国をはじめ。マリアナ諸島の合衆国軍各基地と言った、その範囲内に〝在るもの〟全てとの間における、およそありとあらゆるネットワークが。
ただ一つの例外さえも無い「完全さ」で寸断され、そしてそれらは二度と復旧する事が無かった。
無論の事、マリアナ諸島地域や日台両国内に構える各拠点との連接が突如として一斉遮断され、途絶したままとなってしまった合衆国の軍と政府を筆頭に。
周辺の健在な関係諸国と地域は即座に、そんな緊急事態への対応と調査に乗り出したのだったけれども。
しかして彼らが見出したのは、本来そこにあるべき筈の大小の島々の姿ではなく。
ただただ茫洋たる太平洋の大海原が広がるのみと言う、およそ信じ難い状況は。
さながら道路や地表が唐突に大きく陥没して崩落し、そしてぽかりと開いたその大口の中へと。
折悪しくもちょうどそこに差し掛かっていた人や車が一瞬の内に、そんなブラックホールへ為す術も無く呑み込まれて消えて行く――。
時折、「世界の衝撃映像100選」などと銘打たれたテレビ番組等の映像で目にする様な、そんな状況が。
想像を絶する規模で起こったのではないか? と、そう解釈する他に無い摩訶不思議な「現実」そのものであった。
無論、その姿を忽然と消したのは。それらの島々と、その地表上に存在していた人々だけではなく。
その圏内の空中や海域に在った〝諸々〟についても、同様であったわけだけれども。
軍や公的機関、民間との別を問わず。
その範囲内に位置していた艦船も、航空機も。およそみな全て――。
どころか不可解な事ながら、当該領域のその上空に当たる宇宙空間にと位置していた人工衛星の類までもが。
揃いも揃って、きれいさっぱり消失しているとくれば。
その「原因」は目下の処、全くの不明であるとは言えども。
従来の人類の知見上ではとうてい説明も出来ない類の〝何か〟が、しかし実際に起こったのだと。
釈然とはせずとも、認めざるを得ないところであったのだ。
そして政治や経済、軍事と言った「現実」の世界に生きる者たちにとっては。
それが起こった原因やメカニズムは? と言った話を論じるよりも、先ずは第一に。
そんな「想定外の事態」によって、およそ未体験の領域にまで混沌化した〝状況変数〟への注視を。絶やす事なしに継続しつつの、差し当たっての対処こそが。
躊躇も停滞も一切許されぬ、喫緊の課題となって来るわけで。
自然発生的にその呼称が使われ始め、やがて定着する「消失地域」の圏内との。
あまりにも突然の別離を強いられる事となった、地球人類の歴史は。
その〝余波〟が。やがては時間差でもたらす事となる、幾つもの大規模な反動や。
徐々に確認され出す様にとなり始めた〝様々な変化事象〟とも。新たに向き合う事になりながら、その歩みを続けて行く事となるのだが。
しかしそれも、「消失地域」の内側に居た同胞たちにとっては。
最早知る由も無い、字義通りに「彼方の世界」の話であった……。
そして、彼方の異世界〔エリドゥ〕にて――。
やがて、「降誕せし国々」と呼ばれる存在となった、そんな元地球人類が。
そこで遺して行く事となる、〝新たな歴史〟についても同様に……。
後に、いずれの「世界」においても。
その「人類史」としてのみならず、〝世界の形〟そのもの自体の有り様として見ても。
ヒトの歴史上における、決定的な「分岐点」の一つとして位置付けられるものとなる事は確実な、大いなる変容は。
そして文字通りの「新たなる時代」は――。
斯くの如くに、その幕開けを迎えたのであった。
なお、本作品世界においてはこの年の3月11日に、そしてそれ以降も未だに。
超巨大地震は〝発生していないまま〟です。