仮泊地到着(後編)
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
今年最初の投稿です。
本年も『「真秀ろばの国」導く、異世界新秩序』を宜しくお願い致します。
(承前)
その様なイベントが、思いがけずも舞い込んで来る格好ともなっていた為に。
フィオナは治癒魔術の行使に伴う逆凪と言う、若干の精神的な疲労を負っての出立をする事にとなっていたわけだ。
もちろん、シルヴィアの負傷そのものについては。
生死の境を超えそうな処を応急処置で、どうにかその境界線上で押し留めていた状態であった昨日のマリオのそれにと比べれば。その度合いとしては、元より遙かに軽いと言えるものであり。
しかもその後に自衛隊による適切な治療も、既に受けていた後での話となる為に。
矢傷を負わされた直後に掛けるのに比べれば、その相対的な難易度と負荷も相当に抑えられるものとなってはいた――
それも、完治させるまでは求めずに。あくまで回復度合いの促進と言うレベルにと留めて頂ければ、それで充分ですと。
そういう風に求められていたわけなので。
フィオナとしても、そうする事による逆凪の消耗が。
本来の主目的である〔ファルカン号〕の下まで帰参した上での、その首脳部への説明と説得と言う行動にと負の影響を及ぼす様な。心身の活動に大きく負荷を残すレベルのそれにまでは至らない筈だと。
自身で見極められる範疇内でもって可能だろうと言う目算は、考えた上での判断でそうしていたわけだったのだけれども。
しかしながら、その場においては大丈夫な様に思えていた事も。
その後で、現にこうして醜態を晒してしまう様にとなってしまったと言う、事実は……。
一言で言うなら、目算を誤ったと、胸中で臍を噬む以外には無い話で。
(情けない……!)と、自身でも思うのはもちろんとして。
それ以上に、またしても恩人である結城二尉にと、失礼な真似でもってお返しする様な格好にとなってしまったと言う事実が。
フィオナをひたすらに、居たたまれない思いにとさせていたわけだったのだけども。
だと言うのに、そんな当の結城二尉からは。
「やはり、もっと強く異議を具申するべきでしたね……」
と言う、申しわけなさを滲ませた反応を逆に返されてしまって。
流石にフィオナとしても、面食らう思いにさせられるよりか他に無くなってしまう。
昨日も、魔術の行使に伴う代償となる消耗と言う要素の実態を。
術後のフィオナ姫が、一瞬よろめく様として目の当たりにしていた筈だと言うのに……。
そうして実状と言うものを知った筈の自分たちが。
「今それを求めると言うのは、適切では無いと考えます!」
と、安易に魔法を使って欲しいと願う声に対しては。
そうする負荷の大きい事なのだと言うのを、もっと声高に訴えるべきだった……と。
そう結城二尉は、逆にこちら側こそが申しわけないと言う態度でもって相対して来てくれている事に。
フィオナはそれまでの居たたまれなさをも思わず置いて、そんな彼にと向かい合う。
「い、いえ! それは私が、自身で願ってした事でもあるのですから。結城二尉たちがお気になさる様な事は、何も!」
フィオナとしては、仮にもし本郷二将からの要請が無かったとしても。
昨日はマリオの為にだけで手一杯で出来なかった分も、シルヴィアへの治癒術も施した上で出立したいと、そう思っていたわけだったので。
自衛隊側からのそんな要請そのものは、むしろ渡りに舟と言うべき話であったとも言えたのだから。
そうしてする事の想定の甘さと言う辺りも含めて、あくまで自身の側の問題に過ぎない事で更に気を遣わさせてしまうなど、二重に恥ずかしい限りであった。
そんな具合に、申しわけなさを覚える要素が微妙にずれた、認識のまま。
互いに「いえいえ!」をしばし交わし合う格好となって――そうして遂には、二人は互いに揃って小さく吹き出すのだった。
何だかおかしくなってしまって。
そうして苦みは残しながらも、ようやく吹っ切れた様な笑顔にと還るフィオナに。
「でしたらここは、〝お互い気にしない〟と言う事で。……いかがでしょうか?」
(本来、〝等価〟でも無い事を。あたかもそうであるかの様に言って収めるのは、手法だけ見れば詐欺の手口も同然な気はするが……)
内心ではそうも思いながらも、表には出さずに呑み込んだまま。そう言って微笑みかける悠斗に。
「ありがとうございます……結城二尉」
と、感謝の言葉と表情で頷きを返したフィオナは。更に続いた思いがけない言葉に、思わず目を見張る。
「いえ。むしろ、我々を信頼して頂けているからこそだと言う、その証の様なものなのではないか? と、そう思えもしましたので……」
そんな風にまで言われてしまっては、フィオナも流石にその頬を微かに染めつつ、頷くより以外に無かったのだった……。
もちろんその、〝時と場所〟によっては。流石に宜しくない事である場合も当然在りはするのだろうけれども。
自分たちの間にと留めるで、誰も困らない様な些細な事を。いちいち問題にするつもりなど、微塵も無い。
むしろそういう形でもって具現化してくれた、まさに彼我のカルチャーギャップの一つだろうと言えそうな要素でもあるだろう、今回の様な事もまた。
今後の相互の関係性を構築して行く上での、一つの具体例と言うものになる筈であろうから。
決して他人事ではなく。
逆に、自分たちの何気ない振る舞いが――その実、大地雷であった! などと言う様な事になる可能性だとて。
この先にも様々な事で、また形で十二分に有り得る話なのは間違いあるまい……。
故に、逆説的な話ではあるだろうけれども。
そう言った、後に笑い話で済む様な類の〝齟齬〟ならば。むしろ大いに歓迎だと言う事にもなるわけで。
そう言った処までも考えれば尚の事、全くもって気にする様なものではないのだ。
根が生真面目な性格であるが故に、フィオナ候女と言うお人は尚更に――ある種の空回りを演じてしまう様な格好ともなってしまっているのが。
些か気の毒な感を覚えさせられつつも、同時に微苦笑をも誘われてしまう処であるわけだったけれども。
そんな言外な匂わせも含めての、悠斗の裏表の無い態度に。
ほのかに苦みを交えつつも、フィオナもようやく納得の表情で笑顔を浮かべるのだった。
そしてそんな風に微笑ましく、一連のやり取りが穏便に落着した模様である事に。
(よ、良かったにゃ! アタシがこっちに座ってみたいなんて思ったばっかりに、とんでもない事になってしまったと、ヒヤヒヤしたにゃ……!)
前列の助手席から黙って背後の様子を覗っていた、ターニャもまた。
ほっとした表情で、内心で密かにそう安堵の息を吐いていたのだった。
もっとも、内心密かに……と思っている当人の、頭頂部に生えるネコ耳と腰から立ち上がる猫尻尾は、そんな内心を現す様に忙しなく動き回っていたので。
何と言うか、露骨にバレバレではあったのだけど。
元々、UC-2から降り立っての出発時にはそうではなくて。後列に主と彼女で並んで座っていたのだった。
しかしてそこから目にする、流れゆく周囲の情景に。更には操縦をしている新治三曹の、その挙動にも。
すっかり興味津々となっていたターニャは、先程の大休止からの出発しようと言うタイミングで――
「もし良かったら……にゃんですけど、助手席に座らせて貰ってもいいですかにゃ?」
結城二尉にと、そうおねだりをして。
快く席を替わって貰っていたその事が、そもそもの発端と言えば発端でもあったわけなので。
もし、元々の着席位置の通りな配置であれば。
失態であるのには違いないとは言え、直接的には〝主従の間での事〟だけで済んでいたわけだから。こちらが恥を晒すだけで、まだ終わる筈のものが。
なまじ席を替わって貰っていたが為に、礼を尽くすべき相手である結城二尉にと、更なる失礼の上乗せを重ねてしまう結果となってしまった……。
幸いにも、結城二尉はどこまでも鷹揚に。
一切問題にするそぶりも見せずにいてくれるおかげで。笑い話で済んでくれそうな格好に落ち着けて貰えたわけなので。
結果だけを見れば、まだ良かったとは言えだ。
本来であれば(直接)降ったその相手にと、降った側であった自分たちがして良い事では無い……。
そうやって、まさに「好奇心は猫を殺す」と言う言葉を地で行ってしまいかけた状況は。
流石にターニャとしても、反省しきりな事であったのだった。
左隣の運転席からそんな彼女の姿を、横目で笑いをかみ殺しながら眺めていて。
(彼女って、きっと化かし合いの類は全く駄目な人なんだろうなあ……)
内心でそう思いつつ、黙って車を走らせていた新治三曹は。
流石に些か彼女が気の毒にもなったので、宥める様に小声でそっと声を掛ける。
「ま、大丈夫ですって」
「にゃッ!?」
不意に横合いから掛けられた言葉に、ターニャは思わず声を上げて彼の方にと振り向いた。
そんな彼女にと一瞬だけ顔を向けて笑いかけると、新治三曹は更に続ける。
「結城二尉も、我々も。それくらいの事は、そもそも的に気にする様なものでもなんでも無いですからね」
「そ、そうなんだにゃ……?」
「ええ、そうですよ」
まだ半信半疑な気分を浮かべているターニャを安心させる様に、新治三曹はおおらかに笑って見せる。
「それに、寝られる時に少しでも。しっかり寝とく! って言うのは、結構大事なスキルだったりすると思いますよ?」
冗談めかしつつ、実際の経験上からも。確信を持って言う新治三曹だった。
「にゃ、にゃるほど……それは確かに、そうかもしれないにゃ!」
おそらくは新治三曹が言う処の、その意味合いの全てを理解したわけではないだろうが。
であったとしても、表層だけで受け取ってもその言葉は通ずる事であるには違いなく。
そういうものかと、ようやく安堵出来た様子で頷き返すターニャを和ませようと、新治三曹は更に言葉を重ねるのだった。
「それこそ、日本の街中で朝晩の電車とかに乗っていれば。普通に目にする光景ですからねぇ……」
「にゃあ……その〝デンシャ〟と言うのは、ちょっと判らにゃいけど……。大勢が乗り合う、駅馬車みたいなものかにゃ?」
もっとも、そんな風に不思議そうな声で返されてしまって。
(そうだった……!)と言う、こちらはこちらで、しまったと言うやらかしに気付かされる新治三曹。
なまじっか言葉での意思疎通が出来てしまうばっかりに。
無意識についつい錯覚もしてしまう、異世界の存在を相手にしているのだと言う事実を。改めて意識し直させられるわけだが。
当のターニャの方はと言えば。
「うん、そんにゃ様なものであれば……確かに、思い当たる事はないでもないかにゃ」
と、自分たちの社会における、類似する代物として。
マズダ連合を構成する各領邦間を結ぶ街道を行き来する、大型の乗り合い馬車を思い浮かべた事で。相手の言わんとする事を、何となくでもイメージしていた。
実際、現代地球の社会で言うところの都市間バスにと相当するような存在である事を考えれば、当たらずとも遠からじと言う処ではあるのは間違いなかったし。
そしてそんな駅馬車の車中で目にした事のある、幼子が母親にもたれて寝入ってしまっている姿などを思い浮かべる事で。彼女も、一応の納得感を覚えられたと言うわけだ。
とは言え、昨日からの直に見聞して来た諸々にと照らし合わせて考えれば。
そんな一応の〝納得〟も、その実体を正しく理解出来ていると言う事はあるまい。
ターニャとて、もちろんそう思うからこそ。
そんな未知への好奇心は、率直な想いを吐露する言葉となって口から出て行く。
「うーん、本当にニホン国には。不思議なものが沢山あるのですにゃあ……! 叶うなら、いろいろと見て回りたいものだ……って、そう思いますにゃ」
そうした文物の相異と言う部分でのギャップは、当然ながら数多有るであろうにしても。
それでもその中におけるヒトとしての有り様そのものに、そうそう違いがあると言うわけではないのだろうと言う辺りを素直に受け容れて。
そんなギャップの部分を識る事をこそ、むしろ楽しみにしたいものだと言う純粋な好奇心が。
彼女の中では首をもたげている一方なのだと言う様子であった。
故に、新治三曹としても。リップサービス混じりにではあるけれど。その想い自体には嘘偽りの無い素直な好意でもって応ずる。
「ええ、それはもう。その暁には是非いろいろと、見て行って頂きたいですね。もし叶うのであれば、あちこちご案内したいくらいです」
「それはいいですにゃあ! その時はぜひお願いしますにゃよ、新治三曹」
嬉しそうに応じたターニャが浮かべる、屈託のない天真爛漫な笑顔に。
(騎士様なんだから、つまりは貴族のお嬢さんだってわけだろうし、こんな事言ったら失礼に当たるんだろうけど……。なんか、かわいい人だよな……)
密かにそんな事を思う、新治三曹だった。
――後になって振り返って見れば。「そっちはそっちで、きっちりフラグ立ててたんじゃんか!?」などと、言われてしまいそうなやり取りであったのかもしれないが。
神ならぬ身の当人には、無論そこまで意識していたわけでない事ではありながらも。
そうした形でも、相互の距離が近付いて行く下地はしっかりと。根を伸ばしてもいる様な……と言う格好であった。
そしてそんな具合な珍道中が、何気に繰り広げられながらのものとなっていた彼らの途行きは。
「新治三曹」
「はい!」
不意に後席から悠斗が掛けた声と、ほぼ同時に三曹自身もやはり気付いた変化――前を走る1号車が不意にハンドルを左に切ってよける構えでその行き足を停め、先頭車の位置を譲る動きを見せた事で。
いよいよその終盤を迎える事となるのであった……。
「お、おい!? ありゃ……何だ?」
「ん? なッ!? こっちに向かって来てるぞ!」
不意に視界の端にと姿を現して。そして結構な速さでもって、みるみる内にこちらへと近付いて来つつある何かに。
歩哨の当直に付いていた〔ファルカン号〕の船員達は、一気に騒然とさせられていた。
遠目に見るその全体形状からすると……図体の大きな陸亀か、はたまた化け物サイズの甲虫か何かの様にも思えたが。
自分たちの方にと真っ直ぐ向かってくるその速さは、尋常なものではない。
すわ、これまで姿を現す事の無かった、地を這う魔導騎の類のお出ましか!? と色めき立った彼らはそこで。
更に距離が近付きつつあるその〝得体の知れない何か〟の背に、複数の人が乗っている事にも気が付いた。
「な!? ひ、人が乗っている?」
「しかも、こっちに向かって……手を振っている!?」
当然だが、仮泊地の陸側の外縁部に当たる位置で。陸地側の見張り所として仮設している詰め所であるからには。
岩棚と木陰に隠れる様にと配慮した上で設営しているわけで。
にも関わらず、ああして自ら手を振って見せて寄越して来ると言う事は――こっちの存在を知っている者の行動だと言う事に他なるまい。
(どういう事だ!?)
と言う当然の訝しみを覚えながら、それでもおのおの武器を構えて警戒の体勢を取った彼らは。
次の瞬間、瞬時にそれを吹き飛ばされる様な驚きに襲われる事になったのだった。
「あれは、ターニャ卿じゃないか?」
「その後ろに見える銀の髪は……姫様だぞ!」
なんと、近付いて来る得体の知れないモノの背上には、彼らが良く見知った騎士二人の姿があったのだ。
それも、昨日の午後から「魔導双話」による定時連絡が途絶えたままとなり、またこちら側からの呼びかけにも同様に反応が返って来る事はなく。
そして今日になっても、誰一人戻って来る事も無いままとなっていたフィオナ姫一行が。そんな形でようやくその姿を現した!
しかし、そこにマリオ卿とシルヴィア卿の二人の姿は無く。
代わりに、揃って濃淡複数の蒼系色を斑模様に散りばめた装束と、目元も何やらそこだけの仮面を付けた様な格好をした、何とも奇抜ないでたちで統一された一団が同行していると言う、些か理解しがたい判断に困る眼前の状況に。
班長役の船員は、自身もむろん当惑したまま。それでも脊髄反射的に〔ファルカン号〕への、「魔導双話」の端末を起動させるのだった……。
悠斗がターニャにと前席を快く譲っていたのは、
単純に純粋な好意と言うだけではなく、こういう事も念頭に置いての事でした。





