使者として…(前編)★画像あり
『間もなく着水致します。安全のため座席にしっかりとお座りの上、シートベルトをもう一度ご確認ください』
体感でも降下しつつある事が判る機内にと。操縦席に座る機長からの、軍用機らしからぬそんな放送が流れた。
まるで民間の旅客機であるかの様な、異例とも言える丁寧な物言いであるわけだったが。
もちろんそれは、フィオナ候女とそのお付きの騎士ターニャ嬢と言う、二人のお客人を乗せて飛んでいるからに他ならない。
とは言っても、座席にしっかりと座ってと言うのはともかく。
シートベルトの確認の方に関しては、無論勝手の判らない事であろうから。
同行している海自特殊部隊「海援隊」結城小隊の女性隊員たち――フィオナは岩瀬二曹、ターニャには下館三曹がそれぞれ分担をして。
手早く彼女らへのシートベルトの装着状態、その他の確認を行い。問題が無い事を確認して、サムズアップを出す。
既に新たな任務への変更が正式に下令されて。
騎士主従の本隊と言う事になる、マズダ連合の軍船〔ファルカン号〕に対しての。三カ国側からの接触を試みる使者としての任務と共に。
その仮泊地への案内役兼通信使として。
賓客と位置付けつつも、使いだてると言う、ある意味〝矛盾する様な格好〟を依頼している女騎士たちの。
その護衛と、接待役をも兼務する立場になっているわけなので。
彼女たちの身の安全を守ると言う意味合い上からしても、当然の作業であった。
そうして準備の整った乗客たち――2人の女騎士と、結城小隊10名を乗せた機体は。
眼下に広がる三日月湖の水面の上へと、滑るように舞い降りて行く。
さながら鏡の様に静かだった湖面へと、激しい波を生じさせながら巨大な艇体が乗り入れ。突如として生じたそんな〝異変〟に驚いた、岸辺の野生動物たちが一斉に逃げ出した。
もっとも機内の者達にとっては、それを眺めているどころではない。
接地時に生ずる衝撃の多くは、降着装置が吸収してくれる陸上機とは異なり。飛行艇は着水の衝撃を、その艇体全体でもってダイレクトに受け止める格好となる為に。
身体を座席にしっかりと固定していなければ、大惨事は必至な衝撃と振動にしばしの間、その身を翻弄される。
「うっ……くっ……!」
「にゃにゃ……にゃあ……!」
それぞれに呻き声を漏らすフィオナとターニャ。
まるで大嵐に遭った船内と、地震が起こった時の大地の揺れ。その両方を掛け合わせて、更に増幅したかの様な未知の衝撃を体験させられている様なものだけに。
まさに翻弄されると言う格好、そのものだった。
それでも彼女たちが、じっとそれに耐えていると。やがて振動も収まり出すのと共に、機体の行き足も急速に低下して静かになって来る。
そしてそのまま湖面を行くフネへとその姿を変じた機内に、再び操縦席の機長からの放送が入った。
『無事に着水を完了。当機はこのまま前方の岸辺に向かいます。結城小隊は降機の用意を』
「了解! 総員、直ちに降機準備。かかれ!」
機長からのアナウンスを聴くや、即座に号令をかける副小隊長の声に。
各小隊員たちは一斉にシートベルトを外して立ち上がり、各自の担当に分かれて降機の用意へ動き始めた。
そんな彼らを乗せた、海自の戦術輸送飛行艇CS-2は。
そのまま湖面を滑るように眼前の岸辺を目指して前進を続けて行くと、岸辺の浅瀬に艇首部分を乗り上げさせる所まで近付いて、ようやくその行き足を停める。
そして停止したそのままの状態で、艇首の乗降扉がゆっくりと展開し始めた。
傑作救難哨戒飛行艇としてつとに知られている、US-2の兄弟機で。その戦術輸送機仕様である、本機CS-2は。
原型機同様の水陸両用機として、陸上の拠点から。滑走路のみならず、その眼前の水面も活用して飛翔し。
そして湖沼や環礁の礁湖内、大河の河口部と言った水面上にと直接降りる事が可能であると言う、飛行艇ならではの特性を活かして。
柔軟に、そして縦横無尽に活用されている機材であった。
もちろん、その搭載量自体で見るならば。
更に純陸上機化されたタイプの系列機となるC-102や、同クラスの戦術輸送機では一大ベストセラーであるC-130〔ハーキュリーズ〕などと比べて、当然見劣りはするのだが。
とは言ってもそれは、水陸両用飛行艇としての運用可能領域上でのユーティリティ性を備える事との二者択一であるのだから。
まあ、やむを得ない話であろう。
実際、未整備の離島や沿岸部へと。文字通りダイレクトに戦力や機材を迅速に送り込む、あるいは回収する事が出来る機体として。
緊急展開で、上陸用の艦船でやって来る本隊に先駆けてまず乗り込む、先遣隊の人員と機材を送り込みする等の用途や、特殊部隊の運搬と言った、ニッチながら確実に一定の需要がある分野においては。
CS-2は「如何にも日本らしい機種だ」と評価され。
少数ながらも同盟国である合衆国や、英国をはじめとした準同盟国への輸出を果たしている機体だったりもするのであった。
前進基地に付属させる飛行場が、まだまだ造成の途上に在る現状下で。
多彩なV-22〔オスプレイ〕ファミリーを始めとして、そこにV-15〔パール〕と、配備が始まったばかりの最新鋭機V-280〔バロー〕も加わるティルトローター機たちに。ティルトウイング機である〔ゼ―アドラー〕も加えた、|転換式航空〔パワード・リフト〕機たちの他には。
唯一運用が可能な固定翼機種であり。
同時に、それらに比べてより大きな搭載量を有している機材だと言う事で。
策源地である日本国本土との間での、現状で唯一の航空輸送路として頻繁に飛来して来ている、水陸両用輸送飛行艇たちの内の1機を。
今回は母国への帰還の前に、大陸のより内奥部側へ迅速に使者役の一行を送り込むその為にと。飛んでもらった恰好なのだった……。
フィオナ候女たちとの間で、彼女らの〝本隊〟と言う事になる〔ファルカン号〕の同胞全員を救援する。と言う提案に対しての同意を得られた事から。
三カ国側では早速、艦載戦闘機たちによるここまでの偵察飛行の成果に準拠する大陸の空撮地図を彼女たちに対して開示し。
そのベースキャンプでもある、〔ファルカン号〕の在処を問うた。
何しろ、海自空母からの戦闘機たちによる日々の偵察飛行を重ねて、空撮地図が形作られて行くその範囲が、徐々に拡大して行く中で。
大陸東岸の海岸線にと沿う様にしての飛行コースも、その中には当然含まれているのにも関わらず。
停泊する船の姿、あるいは浜辺に座礁ないしは打ち上げられている難破船の姿などは。ここまで全く捉えられてはいなかったわけなので。
一体、何処にお隠れなのですか? と言う疑問が浮かぶのは、ごく当然な話だとは言えるわけだったのだが、それも。
「海蝕洞を天然のドックとして、その中に姿を隠しています」
と言う、フィオナ候女たちからの回答によってあっさり霧消する。
「こちらを仮泊地としています」
フィオナたちが、そう指し示してみせたその付近は。
確かに、如何にも海蝕洞が多くても不思議で無さそうな、棚状に隆起した断崖が連なる地形であったので。
「成程、そう言う事なのであれば。見つからないわけですな……」
と、聞かされた三カ国側としても、そう納得は出来る話だった。
相手側の事情を聴いた後なれば、なるたけ迅速に〔ファルカン号〕との接触も果たしたい処ではあるわけだったが――
「魔導双話」の魔導具が健在で、事前に相互の意思疎通が出来ているのであればいざしらず。
それが叶わない現在の状況下で、その直上に〔パール〕やヘリコプターでもって、いきなり乗り付けると言うのは流石に。
事情を知る由も無い先方を無駄に驚かせ、脅威を覚えさせて。
結果、望まぬ衝突を招く様な事にも繋がりかねぬ、〝単なる挑発〟の格好にしかなるまいと言う事で。
次善の手として、そこから比較的ほど近い降着させられる地点へと空から送り込んで。
後は陸路で向かって貰おうかと言う、そんな判断になっていたわけだ。
そして、単に迅速に送り込んで人員を降ろすだけならば。再び〔パール〕を、〔オスプレイ〕や〔バロー〕も随伴させる形にて飛ばすでも良い処を。
わざわざより大型の、戦術輸送飛行艇を駆り出していたのにも。
無論、フィオナ候女たちに実物を見せ、また体感して貰うと言う形でもって。
更に新たな手の内を示すと言う、れっきとした理由があっての事だった……。
そうして展開された、CS-2の艇首扉の中から下る傾斜路を悠斗たちに先導されて、フィオナとターニャも自らの足で歩いて岸辺に降り立つと。
それに続いて機内からは3台の軽両用機動車たちが姿を現し、同様に傾斜路を順に降りて来る。
岸辺に並んだその車上へと、1台辺り4人ずつ分乗の格好でもって。
結城小隊と騎士主従たち合同の一行12名は、陸路で残りの行程を進む準備を整えたのだった。
小型軽量ながら、水上浮航機能まで有した全地形対応車として知られる〔ARGO〕をベースに。軍用車両としての様々な強化改修を行った、オフロード用車両を用いて。
徒歩で長距離を歩かせたりはさせずに、短時間で〔ファルカン号〕の元まで辿り着かせようと言う算段である。
ちょうどおあつらえ向きな事に、目指す〔ファルカン号〕の仮泊地からも比較的ほど近い地点にと。
適度な大きさの三日月湖が存在していると言うのもあったので。
そのコンパクトさから森の中の獣道を走破する事が出来、更には途中にある小規模な水面も迂回する事無しに(地形的に見て、流速も大きくはないだろうし)浮航して、自力で越えられる軽両用機動車を。
そちらまで一緒に空輸した上で、その先はそれで進出を……と言う計画にと落ち着いていたのだった。
湖岸に降り立った使者役たちの一行が、それぞれ軽両用機動車の車上の人となり。湖の岸辺に沿って走り出すのを見届けて。
バウドアを戻しつつ、ゆっくりとエンジン出力を上げながらの後退をかけて岸辺から離れ始めるCS-2。
そしてそのままの勢いで回頭すると、湖上をぐんと加速しながら滑走し――そしてふわりと浮き上がった艇体から多量の水飛沫を撒き散らしながら、機首を上げて一直線に飛び去って行く。
「おおー! 圧巻だにゃあ……!」
「綺麗……」
巨大な艇体が水面をかき分けて雄々しく舞い上がる迫力満点な姿と、そこから舞い落ちる水飛沫が生み出す人工の虹の煌めきに。
フィオナとターニャの主従は、思わず感嘆の声を漏らす。
先程、前進基地で見送られたシルヴィアも。こんな風に感じながら見上げていたのかもしれないと。
自分たちが今し方まで乗って来たばかりの、「飛行艇」なる〝船との合いの子な飛行機〟と言う、また新たなその眷属に対しての。
昨日以来、もう何度目になるのか? さえも定かでは無くなってしまっている新たな驚きを。
また一つ、重ねさせられていたフィオナとターニャの二人であった……。
「うーん……、にゃんとも凄い〝車〟が有ったものだにゃ!」
まずいきなり航空機から、搭乗する流れになっていた分も……と言うのも間違いなくあるのだろうけれど。
ようやく自動車――無論、やや特殊な部類だと言える代物ではあるが――への初乗りも体験している最中のターニャが、後席から感嘆の声を上げる。
彼女たち騎士主従を伴った、結城小隊が分乗する3台の8輪バギーは。
森林内の獣道を走破する格好で、順調に想定の行程を消化中だった。
バギーらしく、屋根どころか前面の風防ガラスさえ無い、露天状態のオープンカーであるわけなので。
車上に座して、肌で空気の流れを感じる疾走感と言う意味では。
感覚的にはむしろ、彼女たちが慣れ親しんでいる騎乗時のそれにと近いとも、言えそうな格好ではあったかもしれなかったけれども。
とは言え、悪路をものともせずに結構な速度で。
何にも牽かれる事も無く、自力で疾駆するこの〝自動車〟と言う代物自体もまた。
彼女たちにとっては、大いに驚きであったのは言うまでも無い。
軍馬をはじめとした地を駆ける騎獣たちの背に乗るのとは、全く異質な振動と。そして相当なその速度。
それによる衝撃こそは当然襲い来るものの、走り抜ける獣道の段差や窪み、所々に伸び出ている木の根などをものともせずに乗り越えて。
大してペースを落とす事も無しに、快調に走り続ける軽両用機動車の車上で。
空中だけでなく、陸上の方でも――
すなわち、彼女たちにとって基本的には騎獣や牽引獣のテリトリーだと言う認識であった分野もまた。
例外なくこうして「機械化」してしまっている、地球世界の底知れない文明力をまた一つ、実感させられるものだった。
こちらも実物は知らず、噂に伝え聞くのみと言う領域での話なのだが。
中央世界の列強国においては。魔導騎の眷属であると言う、牽引する存在に依らずに自らの力で車輪を回して自走する「魔導車」なる代物が有るのだとも、仄聞はしていたのだけれど。
もしかすると、魔導車は。
自分たちが今こうして乗っている自動車と似通った、そんな代物なのではあるまいか? と。
ある意味、逆回しの様な格好にて。漠然と想像するしか無かった〝それの姿〟を。
もう具体的なイメージでもって、思い浮かべられる様になっている格好なのかもしれないと、そんな事を思わされるフィオナとターニャの主従。
その用途や目的が近い代物同士は、自ずと似通って行くものであると言うのは。
自然な摂理に照らして見てと言う、経験則に基づいた知識感覚の部分で。彼女たちとて、おぼろげながらも得心が行くものではあったし。
「魔導」と「科学」と言う、そもそもの原理においてからして全く異なる存在同士ではあれども。
そんな摂理から外れるものでは無いだろうと言う事は、自ずと納得は出来るものであるのは確かだった。
ましてや、技術体系としての「魔導」の大家であるエンヤ船長とドノヴァン副長を筆頭に、それぞれの分野の専門家も多い〔ファルカン号〕乗り組みの乗員たちであれば。
確実にその大多数が。こういう未知なる代物を伴っての接触を図れば、きっとそれだけで。
黙っていても向こうの方から、大いに興味を持って食い付いて来てくれる事だろう。
流石に、あまりにも未知なる代物で有り過ぎて。それ以前にまず、身構えさせてしまう様な形にはさせないと言う点への配慮さえ出来ていれば。
現物と言う、一目でたちどころに説得出来る証拠の品が目の前に在ると言う、それだけで。
「むしろ、〝話が早い!〟 と言う事に出来るものと思われます」
との、フィオナたちからの意見も踏まえた上で。
接触の仕方までも検討したその〝結果〟が、現在なのだと言うわけだった。
「結構飛ばして来ていますが、ご気分が悪くなったりされてはおられませんか?」
明らかに好奇心も刺激されながら、乗車しての移動の途行きを満喫している様子のターニャの声を聴いて。
片や静かに座っているフィオナ候女の方は、車酔い等の症状は大丈夫であろうかと。助手席から後席を振り返って問う悠斗。
そんな彼の気遣いに、フィオナは微笑み返して謝意を示す。
「お気遣いありがとうございます、結城二尉。私も大丈夫です」
そう応じる表情にも、無理をしている様な翳りが特には見受けられない事を確かめて。
「それは良かった。ひとまずここまで行程は順調に推移していますので。もう少し先での渡河を終えたら、大休止の予定です」
そう伝える悠斗に頷き返しつつ、フィオナは若干の申しわけなさを浮かべた様子で言う。
「あの……、結城二尉。もし私たちの事を気遣われての休止なのでしたら、どうかお気になさらず先へとお進み頂きたいのですが……」
同行している自分たちに配慮して、その道行きの足を鈍らせているのだとしたら、申しわけないと言いたげな表情のフィオナに。
悠斗は安心させる様に笑って応じる。
「いえ、本当に〝予定通り〟ですのでご心配なく。騎馬と違って水は要りませんが、問題なく走らせて行く為にはこれにも。やはり手当てが必要な事には変わりありませんので」
そう言われて、フィオナも納得した表情で頷いた。
「ああ……、やはりそうなのですね?」
「はい。もちろん人間についても、ですが……」
冗談めかした言葉で、更に和ませようとする悠斗の意図にと。脇からすぐに乗って来たターニャが呟く。
「にゃっ!? 基地ではあれだけのものを食べている、ニホン国軍の携帯食……。いったいどんな代物にゃのか? 楽しみですにゃ!」
まんざら冗談だけでは無しに、ターニャの声音は明らかに期待していると言う様子がありありと覗えるもので。
その点に関しては、フィオナもまた同様ではあった。
何しろ彼女たちにとっての、野外行動用の携帯食と言えば。
堅く焼いた乾パンに、塩漬け肉とチーズと言った、かさばらず簡便に最低限の栄養補給が出来ると言うだけの。
とにかく実用性一点張りの代物なのが常識であり。そもそも的に、味などには期待するものでは無いわけだったが。
ところが、これがニホン国のものともなれば。
昨日に結城二尉から分けて貰った、あのA羊羹一つを取っても。
その手軽さからしても信じられない程であった上に、それ以上に驚く程の上等なその味わいはまさに驚愕の一言であり。
更にその後に、昨夜と今朝方の二度。彼らの基地にて供された、驚く程に〝贅沢な〟その兵食を基準にするならば。
むしろ、行軍中の携帯食などと言う代物でさえも。
自分たちの常識を遙かに超えた、驚くべき代物が。またまた何かしら、出て来るのではないか?
と言う、ここまでの流れに即しての期待感が。否応なしにかき立てられるものとなっていたと言うわけだ。
そしてもちろん、彼女たちのそんな予想は。裏切られる事は無かったのだった……。
(後編に続く)





