ステイナイト(後編)
(承前)
そんなこんなの一時を経て、すっかりと夜も更けて。
明かりの落とされた部屋の寝台に身を横たえ、仄暗さにも馴染んだ目で見知らぬ天井を見上げながら。
フィオナたち三人は、あまりにも劇的であり過ぎた本日の出来事を静かに思い返していた。
(今日と言う日の事は、生涯決して忘れる事はないでしょう……)
そう確信させられる、生起し過ぎて行った本日の諸々は――。
(ジェットコースターみたいな……と言うのは、まさにこういう事なのでしょうね……)
物事があまりにも目まぐるし過ぎる様を例えて言う、地球世界におけるそれとも収斂進化的に類似するエリドゥの慣用表現を用いて。
胸中でひとえにそう呟く以外には無い様な、劇的な体験続きであったのだから。
そして想像だにしえなかったそんな体験を、させられ続けたその衝撃は。
こうして主従三人揃っての恰好で、今宵の宿にと提供された一室の寝台へ身を落ち着けた今になって。
ようやくの事で心静かに振り返ってみる事も可能となる程に。
あまりにも鮮烈で、かつ淀みなく次々と現れ出て来る驚きばかりだったのだ……。
進めていた探索行の途上にて。まんまと注意を逸らされたそこを狙われる様な形で、多数の小鬼たちから奇襲を仕掛けられ。
多勢に無勢な格好のまま包囲を受けて。人生で初めて、死と言うものを直に感じさせられ、そしてその覚悟をも余儀なくされる事に陥った。
しかし、そんな処へと不意に現れた結城小隊――異世界から来たと言う国、ニホン国の海兵たちによる介入を受けて。
絶体絶命であった筈の状況は、再び思いもしない方向へと瞬時に覆る。
そしてその結城小隊からの介入のおかげで、そんな苦境から救い出されて後は。
流れのままに〝彼ら〟が築いている最中であった、拠点たるここへと迎え入れられて。
更にはそこで、手傷を負わされたマリオとシルヴィアへの高度な治療を提供されるのみならず。
彼らの代表者だと言う、ニホン国のホンゴウ二将やタキ外交官ら。責任ある立場に就いている相手たちとの会談までもが実現してしまうと言う処までも、とんとん拍子に全ては進んで行った……。
そんな状況の急展開に伴って。
次々と目の前に現われ出て来る、唖然とさせられるよりか他に無い様な「現実」の数々と言う形をもって、〝様々な事実〟が目の前で明らになり始める。
まず、彼らはエリドゥとは異なる、「地球」と言う名の〝別の世界〟から。
つい先日に転移して来たばかりの――謂わば、前代未聞な規模で現れし「稀人」たちである事。
そして異世界らしく(?)――地球とは、〝「魔法」(の力)〟と言うものに一切無縁な世界であったと言う事と。
しかしながら、それを補って余りある程の、「科学」と総称される〝物の理〟を探求する術を極めて。その成果を様々な形で利用するに至っていると言う事。
更には、「魔法」と「魔導」に拠らずとも。そんな彼らの持つ文明力は明らかに、自分たちが逆立ちしても及ばない程の領域に達していると言う現実と。
にも関わらず、その彼らが見せる姿勢は。
あくまでも自分達を〝対等な相手〟と見なしての、そういう前提での関係樹立を希求して来る態度で一貫していると言う、何よりも驚愕すべき事実。
ただ単に、その持てる文明力のみだけを見ても。圧倒される以外にあるまいと言うのは、間違いない話では有ったのだけど。
それ以上にむしろ、そうした力を見せ付けての威圧を考えている様な姿勢を、一切見せるそぶりも無しに向かい合って来ようとする。
彼らの体現している〝その在り様〟にこそ、圧倒されてしまったのだった……。
その強大さを背景に、そうする方が遙かに楽である筈なのにも関わらず。
そんな容易い途を選ぼうとはせずに、わざわざ手間暇をかけてでもそうしようとする辺り。
それが異なる世界の「常識」なのだと言われれば、理屈でこその納得も行くわけだが。
しかしそれと同時に、おそろしく意外な――ある種の感動にも類する様な想いさえも呼び起こされる、不思議に心地よい〝驚き〟でもあったのだった……。
そうする中で提示されて来た、〔ファルカン号〕へも救援の手を……と言う先方からの打診を。こちらが快諾したからなのだろう。
「おかげで我々も、手の内をより明かす事が出来ます」
まるで、そうとでも言わんばかりに。
更なる興味を搔き立てられる新たな衝撃が、それからも。続々と繰り出されて来る格好となっていた……。
それまで、室内の壁面に埋め込まれた装飾か何かと見ていた、黒い鏡の様な一枚板状の何かが。突然色鮮やかな輝きを放ち始めて。
そして次の瞬間、空の上から地上を俯瞰した光景を。まるでそのまま克明に写し取ったかの様な精密さで描き出した絵図が、そこへと映し出された。
あまりにも精緻に描かれたその絵図面に。
(いったいどうしたら、かくも克明な精密画を描けるのだろうか?)
と、そう思ったのだったが。
しかしそれは、「写真」と呼ばれる目に映る情景をそっくりそのまま写し取る技術であると説明され。驚きはたちどころに別の方向へと変化をさせられる。
そのまま、提示された実際の航空写真上へと。更に様々な注釈の文字や矢印が次々に、浮かび上がっては書き加えられて行き――。
みるみる間に結城小隊との遭遇地点や、そこからの徒歩での移動経路に。そして迎えの飛行機械に乗せられた地点から、この拠点の位置まで。
様々な情報が書き込まれた俯瞰図が、出来上がって行くではないか!
目の当たりにさせられた〝それ〟にまたまた唖然とさせられている処へ、そうした上で尋ねられて来たのが。
「姫様方がこの地へと乗って来られたと言う、そのおフネ――〔ファルカン号〕の姿は。
こうして上空から見た範囲では確認できておりませんが、どの辺りに停泊されておられるのでしょうか?」
と言う、ある意味では当然の問いであった。
もし海蝕洞の中に隠れての仮泊をしていなかったなら、もっと早くに彼らから発見される事となって。
そしてこんな風に接触を持つ事も、早々に出来ていたのかも知れない……と言う、ある意味での結果論的な皮肉をも覚えさせられながら〔ファルカン号〕の仮泊地点を示した。
流石に俯瞰図で見させられたのは、これが初めての事であったのだけど。
それでもその絵図面を見る事で容易に判別が付いたのは、仮泊場所に選ばれた〝その場所〟が。
特徴的な入り江の形状をしていたからでもあったのだったが。
そうして次なる目的地への、接触方法についてを話し合っていると。
壁面のその大きな一枚板に表示されていた〝地図〟が、一瞬でかき消え――代わって二人の常人の男たちの姿が、そこに現れた!
現れた二人の装束から。先程目にした、マリオの手術に当たってくれていた医官たちである事は判ったのだったが。
それが無事に終了した旨の、直々の報告と言う喜ぶべき知らせである筈なのにも関わらず。それへの意識すらも一瞬忘れる程に……またしても絶句させられるより他に無かった。
地球世界の――その「科学」とやらの技術とは。
(「魔導双話」と同様の音声だけでなく。その目で見ている〝画〟までをも、こうして瞬時に伝える事まで出来てしまうと言うのですか……!)
眼前に見せ付けられた、唖然とさせられるより他にない現実の、その衝撃度合いは。
エリドゥが、「魔導双話」と言う魔導技術によって。少なくともリアルタイムでの遠隔音声無線通話と言う概念を、当たり前の常識としているからこその。
その凄まじさが、より理解出来てしまう話でもあった。
そうやって、もう何度目であろうか? な驚愕に、一瞬は囚われながらも。
ともあれ直々に聴かされたその朗報には、ただただ感謝の一念であり。
マリオの為に尽力してくれた彼ら医官たちに対しての、心からの感謝の言葉を。
三人それぞれに述べさせて貰った処で、その通話は終わる。
思いがけずも話の腰を折られた様な格好でもあったわけだったが、ちょうどキリも良いと言えそうな処でもあり。
また気が付けばすっかり話し込んで、大分時間も経っていると言う事で「公式な会談」としては、ひとまずそこで区切りとされ。
そのまま相互の親睦を兼ねての夕食の席にと誘われて、座はそのまま食堂へ移動する事となったのだったが。
そうして結城小隊の他の面々によって配膳されていた、夕餉の会食の席の膳も。
そちらもこれまた、相応にたいしたものだと言うべき献立であった。
飴色に美しく照り輝くソースが掛けられた大ぶりな鳥の一枚肉に、ふんだんに盛られた瑞々しい緑の葉野菜と、ミニトマト。
そして縦半分に切り分けられた茹でた卵が丸々一つ添えられると言う構成の主菜がどんと座り。
副菜と漬物がそれぞれ盛られた小鉢に、野菜と豚肉がたっぷり入ったスープまで付いた一揃いが各人それぞれに配されると言う豪儀さは。
ここが、海を越えた先の未踏地へ構築され始めて程ない前進基地であると言う事実に照らせば。
「本日は、何かの祝日であったりするのでしょうか?」
と、真顔でそう聞いてしまうくらいには。
偶然、祝いの膳が供される特別な日に当たったのだろうか? などと自然に考えてしまう程の、豪華な食事に思われたのだったけど。
しかしホンゴウ二将からは、笑顔で即座に。
「いえいえ、ごく普通に全員が喫しています、普段通りの〝今宵の献立〟ですよ」
と言う否定をされてしまって、またまた目を見張らされる。
これだけの充実した献立を。多数の兵卒たちまで含めた全員へ、普通に供してしまえるだけの体制を。
「当たり前の事です」
と、ごく平然に語れてしまうその実力こそが。
彼らのその国力の懸絶ぶりと言うものを、如実に現すものに他ならないからだ。
そして供されたそれらの料理へと、手を付けてみれば。
見た目のみならずその味わいの方もまた、美味と言うしか無い逸品ばかりであった。
おそらくは身体を使う兵卒たち向けを主眼にしているからなのだろう、やや濃い目の味付けで。
同様に探索行でずっと歩き回って来た上で小鬼たちと戦い、更には魔法も使ってと。栄養を欲していた身体にも染み入る様で、自然と喫する手も進んで行く。
「姫様方は、パンでよろしかったでしょうか?」
と尋ねられた上で供されたそのパンも、驚く程柔らかい上質な白パンであり。それだけでも大したご馳走と言えるものだったわけだが。
同様にそれを大勢へ、普通に食べさせているのだと言う辺りで。もう潔く、その辺りを気にするのは止めた。
代わりに美食を堪能させて貰いながら、観察する目を向けてみると。
それぞれが好みの方を選ぶ形にされている様だったが、パンではなくコメを選んで。二本の小ぶりな棒を使って食べているのは。
専らホンゴウ二将やタキ外交官、結城二尉らの黒髪黒瞳の容姿をした者たちであり。
一方、他国人であると言うブラウン少将は当然としても、その彼と同じくパンを選んで。
そして自分たちと同様にカトラリーを使っての食事をしていたのは、岩瀬二曹や下館三曹の様な〝こちらとも似通った容姿をしている〟ニホン人たちであった。
ここまでの間に、ざっくりとではあるがニホン国についての事も聞かされてはおり。
かつての分断の時代に、人種的に異なる他国との混淆が進んだ側との再統合が成ったと言う事情があって、その様になっていると言うのは。
成程と言うべきか、こういった食習慣などの部分にも現れている様だと、そんな風に思われたのだった。
ちなみに、結城二尉たちが食べているコメの方は――自分たちが知るそれとは相異した、丸みを帯びた粘り気のある品種であった。
具材と共に炒めたり煮込んだりするのではなく、それが単体で腕に盛られており、主菜と合わせて食べると言うのは新鮮ではあったが。
試しにと少し頂いてみると、こちらもまたそれはそれで悪くなかったのは意外であったのだけど。
ともあれ自分たちが、供された食事そのものについては大いに満喫させられているのを目の当たり前にして。先方もまた、一様に目を細めていた。
少なくとも先方はずっと、自分たちの事を賓客として見なしていると言う態度でもって接して来てくれてはいるものの。
やはりそこに至るきっかけの経緯から、自分たちの側としては捕虜のつもりでいた為に。どこか身構える想いは消しきれずに居たわけだったのだが。
そうしてごくごく和やかに、「食事を共にする場」を囲むあたたかさの中で。それも自然と解されていた様に思えた。
自分たちの基準で考えるならば、確かにそれ自体は若干豪奢に過ぎる様にも思える内容であるとは言えだ。
上は最高指揮官やタキ殿らから、下は多数の兵卒たちまで、皆が一律に同じ物を食べていると言う事。それ自体は素直に好ましいものであろうと、そう思える。
そして、自分たちが招かれたこの夕餉の席においても。将軍たちに外交官と言う高位の立場に在る者達が。
将校である結城二尉と宍戸准尉の両者のみならず、地位としては下士官であると言う岩瀬二曹どのたち結城小隊の隊員各人とも卓を共にして。
和気あいあいと、対等に近いごく自然な――無論、階級の差自体はきちんとわきまえての、敬意を欠くと言う様な事こそは決して見受けられないものの――気取らないやり取りを、普通に交わしていると言う事実にも。
心中密かに、そして大いに驚かされた。
後で聞いてみた処では。結城小隊は確かにその任務上、要人の――場合によっては大臣の護衛にさえ付いたりする様な事まであるそうで。
「高位の人物の相手をするのには、もう慣れています」
などと述べるくらいでさえあったので、いささか特殊な部類だとは言えるのかもしれなかったわけだけど。
とは言え、ニホン国においては基本的に「身分の違い」は存在しないと言う、こちらもこちらで〝凄まじい話〟を証するかの様な。実に驚くべき光景であったのは確かで。
(つまるところ、ここまでに至る先方の。一貫してブレのない態度も――全ては〝そういう事〟でしたか……)
と、そう納得をさせられざるを得ない、驚くべき――しかして好ましいそんな「現実」を。
奉ずる女神へ感謝すべき僥倖であろうと、その様に思うより他には無かったのだ。
ともあれ、そうして半ば公務外の場と時間を共にしていればこそ。
より胸襟を開いての相互の親睦も深められて行く中で出て来る、〝様々な雑談〟もまた。
より深く、見極めて行かねばならない相手――ニホン国を筆頭とした、異界の外つ国々と言うその「総体」も。そして現状でのその代表者たちである、ホンゴウ二将や結城二尉たちの事もだ――を更に識って行く上での、貴重な一時になって行くわけで。
そうする事で更に判明して行く話も、また様々に有ったのだった……。
例えばニホン国や、その隣国で同盟国だと言う「タイワン国」においては。
自分たちの文化とは異なり、各人の呼び名における〝名字〟と〝名前〟の順序が逆になるのだと言う話――
つまり、結城二尉の事を〝ユウキ卿〟呼びしていたのは間違いで。正しくは〝ハルト卿〟と呼ぶべきだった事にも、初めて気付かされたりなどだ。
これに関しては。むしろ先方の方が。
「いえいえ、こちらもご説明をしておりませんでしたし」
と、却って恐縮気味に苦笑する鷹揚な態度でいてくれたわけだが。
しかしながら、同じ「地球」世界の国々の中でも。
ブラウン少将の母国である合衆国をはじめ、自分たちと同様にその順序は〝名前〟が先になる文化圏の処も……と言う事でもあったので。
ややこしいと言えばややこしい話であるのも、確かに間違いない。
「これから先、こうして互いに交わすやり取りが広がって行くに当たっては。
そう言った部分でも地味に注意が必要であると言う事が、むしろ今の時点で判って良かったのではないでしょうか?」
そう苦笑めかしつつ言ってくれるタキ外交官からの言葉には、大いに頷かされるしか無かった。
また、そこからの派生的な話の流れで。
そんな結城二尉と言う人物の事についても、諸々と知る事が出来る運びになって行ったのだったが――。
既に目の当たりにさせられた如く、ニホン軍ら「地球」世界の軍隊の戦い方とは。
自分たちが破壊の魔導杖と見紛うた、「銃」と呼ばれるその武器を用いる事を主体にして構築されている。
そんな中において、剣を振るうと言う自分たちと同じ様な戦い方を。現に主としていた結城二尉とは。
現代ではとうに廃れて久しい〝旧い時代の戦い方〟を、現在にとなお伝承する、「武道家」と称される家系の出――
謂わば、一種の天然記念物的存在なのだと言う話で。
むしろ逆に、そちらでなければその特性を十全には活かせないと言う意味合いでも、必然的に。
特殊部隊向きの「戦士」だと言う話になってしまうらしい事も。
そして偶然にも、そんな異能者である彼が。
予期せず遭遇せし一隊の指揮官であってくれたと言う、そのおかげで。
自分たちにもまだどうにか理解の出来る戦い方をしている存在だと言う認識を、抱く事も出来て――。
亜人種たちの殲滅後に、向き合って話を試みてみようとは考えられる余地も。それで生じたと言うのは間違いなかったのだから……。
そうして後々になって判った事も含めて、状況を振り返ってみれば。
冷汗が出ると言うか、そうと気付かずかなり際どい綱渡りをしていた様な格好でもあったらしいと言う事を、改めて理解し合う様な格好ともなって。
互いに微苦笑を誘われながらも。
「様々な〝幸運〟にも助けられて、ひとまずの善き出会いが成ってくれた事実にと。大いに感謝すると致しましょう」
と言う締めくくりの言葉と共に、和やかな雰囲気のまま。会食の席はお開きを迎えたのだった。
そんな歓待の後に、設備の整った浴室へと案内されて。そちらにもすっかりと堪能をさせられてしまった……。
そして打ち止めとなったのが、室内こそ殺風景な内装ながらも、寝心地は実に良いこの寝台である。
「あまりにもデカルチャー過ぎて……。未だに頭のどこかで、これは〝夢〟なのではないか? と、そう思ってしまっている自分が居ます……」
余人は交えぬ、姉妹の様な間柄の三人だけ……と言う状況なればこそ。
フィオナも率直に吐露する事の出来る、若干の弱気も交えたそんなつぶやきに対しても、すぐに好対照な言葉が返される。
「全くです……。いっそ本当に〝夢〟であってくれたなら、どれだけ良かった事か……」
「にゃッ!? これがもし〝夢〟だったりしたら、そっちの方が困りますにゃよ……! 姫様、シルヴィ姉も……」
いずれもそれぞれらしく、返って来た言葉は。
どちらの意味合いにおいても、等しく彼女たちが抱いている。今のこの「現実」に対しての、複雑な心情を映したものであった。
フィオナよりも一歳年長で、いわば〝長姉〟の立ち位置になるシルヴィアの言葉は。
彼女自身のその性格も相まって、基本的には「慎重な姿勢」で臨むものにとなる場合が多い。
ここでのその言葉も。助かった(助けられた)事自体には、無論ながら感謝をしてはいつつも。
やはり同時に、それをもたらしてくれた〝その相手〟と言うのが。
従来までの、自分たちの常識や感覚の範疇内ではとても理解をしきれない、文字通りに未知なる「異形かつ異質の強大国」であったと言う現実から。
そんな相手となし崩し的にこうして、否応なしに関わりを持つ事になってしまったと言う事実が。
単に〔ファルカン号〕で待つ仲間達も含めた、自分たちの事のみならず。
母国の未来に対しても、必然的に様々な波紋を投げ掛けるものとなるであろう事だけは、間違いない。
それこそ、最悪の展開を想像すれば――母国の滅亡へと繋がる扉を、姫様が開いてしまったのだ……などと言う〝結果〟に。
もしかしたら繋がってしまう様な事にまで、至ってしまったりするならば?
(そんな可能性さえも、決して荒唐無稽では無い。現実味を帯びている話になるでしょうから……)
そうした危惧が、どうしても脳裏に浮かばざるを得ないが故に。
シルヴィアの物言いはネガティブな杞憂を滲ませるそれにと、成ってしまうのだった。
対してターニャの反応は、実に好対照な。
楽観的さが前面に浮かんだ、素直な見方に根ざしているものであった。
フィオナよりも一歳年下の、三人の中では末妹的な立場にとなる分も。
ターニャはターニャで、長姉格とはまた違った意味において。本人の性格的な部分も相まっての、良くも悪くも直感的で、かつ好意的な物事の見方をするのが基本となっているのだったが。
ターニャとしては、文字通り九死に一生を得た格好となった師父のマリオ卿の事はもちろんの話。
もしこれが、亜人種共の虜囚となって食い物にされ続けながらの、緩慢に死へと向かうだけの身が。
せめてもの逃避にと見せている白日夢などであったりしたならば――逆の意味で堪ったものではないと、本気でそう思っているからでもある。
そんな事にはならずに、こうして夢にも思わなかった程の〝もの凄い相手〟と出逢えて、助けて貰う事が出来て。
更にはそんな相手からの、多大な好意までをも得られたと言う僥倖は――
「姫様は、やっぱり持ってるお人だって言う事なのにゃ!」
と、そんな具合に。
エリドゥにも在る、「運も実力の内」だと言うそんな概念を体現するものであろうと。
そう考えていればこその、ターニャの言葉でもあったのだ。
互いの性格的な特性の面も合わせて。
プライベートにおいては良き友人ともなる近侍として、身近に寄り添いながら。
姫様が物事を見聞きし、考えるに当たっての助言や、参考とすべき異見を提示すると言う意味合いも含めた補佐をする。
そんな構図が作り上げられている彼女たちの間柄は、立派な〝1チーム〟な格好だと。
その様に言えるものであったかもしれない。
もはや阿吽の呼吸な如しで、姉と妹がそれぞれに。示してみせて来てくれる「声」を聞いて。
いつもの様に、フィオナはふっと微笑みを浮かべて。そして結論となる言葉を返す。
「そうですね……。〝夢でさえも、なお遠く及ばない様な現実〟と。
思いがけずも出会う事の出来た幸運に、感謝すると致しましょうか――」
どこか達観めかしたそんな言葉を。自身に対しても言い聞かせる様に呟く事で、自身の弱気も吹っ切る。
「明日は、更に大事になるのですから……。皆で、微力を尽くしましょう……」
そう鼓舞する様に呟きながら。明朝、目が覚めた後に待っている「現実」のその続きへと思いを馳せる女騎士たち。
心身ともに疲労の限界をとっくに超えていた意識は、もうそれ以上は考える事も出来ずに、ただ心地よい眠りの底へと一直線に沈み込んで行く……。
激動を極め尽くした、そんな一日の。静かな幕切れだった。
今話(前後編)のサブタイトル「ステイナイト」ですが、
日本語のカタカナ表記にする事でもって、〝night〟と〝knight〟の
ダブルミーニング的なものに出来るかな? と言うのを企図しております。





