未知との遭遇③(後編)
(承前)
異なる世界の住人同士が初めての遭遇を迎えた事により、かくして実現に至った暫定的なトップ会談は。
互いに、文字通りの「手探り状態」であると言う条件からの緊張感は伴いつつも。
とりあえずは友好的な雰囲気で、その幕を開けた。
まずは相互に自己紹介を交わした上で、本郷2将はフィオナたちに切り出す。
「簡単なお話は、そちらの結城2尉らが既に伺い、またさせて頂いたと聞いておりますが……」
そんな言い方でもって水を向けたのは、まずは改めての彼女たちへの事情聴取となるのと同時に。
その述べる処に応じての、自分たちの側についてもの事情説明を……と言う話でもあった。
ここでまず、殊に重要だったのは。
〝救助した〟格好となっている彼女たちもまた、あくまでも他の土地からの「漂着者」の立場なのであって――。
元よりこの地の「先住者」だと言うわけでは無い、その点の確認だった。
何しろ、もし仮に彼女らがこの土地の「先住者」であるのだとしたら。
この未知なる大陸が「無主の地だ」と言う、前提でもって入植を検討し。
その為の事前調査を進める為にやって来ている、自分たちの行動そのものが。
実は〝意図せぬ侵略であった〟と言う事にも、なってしまいかねなかったからだ。
もちろんこちらへと向かう、その途上において。
彼女らと結城小隊の面々との間で、互いに交わされていたやり取りにて。
既にざっくりとではあるが、漂着して来た立場である旨は聴き取っており。
それを元に悠斗が、搭乗したV-15J改の機内で取り急ぎ作成した報告文によって。
本郷2将や多岐氏らの間でも、その情報は直前に確認されてはいたのだったが。
やはり「政治的な配慮」と言う意味合い上でも、記録にも残される〝公的なやり取り〟の中において。
改めて可視化をする形で、明確にされておかなければならない事でもあった。
そして、幸いにしてと言うべきか。
フィオナ候女が、改めての救援に対する礼を述べた上で語った彼女らの事情と状況は。
三か国側が「フロンティア大陸」と仮称している、この地へと。
彼女たちはあくまで〝偶然に漂着〟しただけであり。
そもそも的に「この地」の存在自体、把握してなどいなかったと言う事を明確に示しており。
その面での一番の懸念を、払拭するものであった事には。
派遣部隊全体を代表して応対に出て来ている、トップ3人はもちろん。
その様子をモニター越しに見守っている者たちも含めて。合同調査部隊側としては、揃ってひとまず安堵させられる処だった。
逆に、フィオナたちからすれば。
当初に想像していた〝それ〟とは、全くの別物ではあったものの。
自分たちが流れ着いた「この地」の、その主たる存在に対して。
不可抗力的にとは言え、無断で上陸した格好である事を。
咎め立てられる立場かと思っていたのが、実はそうではなく――。
むしろある意味では、お互い似た様な立場の者同士だと。
そんな風にも言えてしまいそうな関係性でさえあったと言う、〝意外過ぎる事実〟に。
驚きは驚きに違いないものの、むしろ諸々と得心がいくと言う思いだった。
「この地」の事は、そもそも的に認知の範疇外であった様に。
遥かに隔てられた〝距離の問題〟は有るとしてもだ。
話に聴くのみな、雲の上の存在である「中央世界の列強国」たち。
それらが有すると言う、懸絶した魔導文明の精華とも見まごう様なこれほどの文明力を以て。
現にこうしてここまでの規模で、その本国から海を渡って進出して来ていると言う「彼ら」が。
元よりエリドゥの住人であったのならば。
どれほど遠くに在ろうと、その〝存在〟を示す何かしらの兆候なりは。
時間を経さえすれば――どんな形であれ、いずれは伝わって来ている筈であろう。
しかし、これまでそうした片鱗の一切すら全く顕われないなどと言う事は。
およそ有り得ない話である。
ましてや、「魔法」も「魔導」も一切〝知らない〟などと言う――。
およそ想像だにさえもしなかった様な事を述べていながら、その一方では。
エンヤ船長やドノヴァン副長の様な、魔導と言う技術に関わる人々が。
未だ夢想に抱くのみな遥かその先を、体現して見せているかの如き信じがたい産物の数々を。
実物で目の当たりにさせて来ると言う、まさに異質な存在と呼ぶしか無いであろう〝彼ら〟は……。
エリドゥとは異なる「別の世界」から。転移して来たばかりなのだと言う、その説明を。
(信じ難い話ではありますが。それでもここまで目にし、体感もさせられ続けて来た諸々を前にすれば――
そうなのだろうと、信じさせられるよりかは他にありませんものね……)
と、流石に現実として受け容れざるを得ない騎士主従としては。
半ば諦めの境地にも似た、そう言う心境だった。
(御伽噺に聞く、稀人たちの事を想い起こせば――その様な事も在るのかもしれないと。そう考えるべきなのでしょうね……)
フィオナたちは、揃ってそんな風に解釈する事で。
懸命に眼前の「現実」を理解し、納得する為の努力を続けていた。
彼女らが言う、「稀人」たちとは――世の巷間に語り継がれている、
ある時唐突にふらりと姿を現す、変わった風体で風変わりな。しかし不思議な知識や、技術を持った存在たちの「言い伝え」の事だ。
それまでは誰も思い付かなかった様な、便利な道具や概念と言った類いの。
今では当たり前となっている様々なものの〝その始まり〟が。
そんな「稀人」たちの介在に拠るものなのだ……と言う民間伝承は、実際に幾つも遺されている。
殊に、現在ではかなり普及するまでになっている、便利な発明品なども含めて。
新奇なる魔導具と言う代物が誕生する、その大元の着想において。
そうした「稀人」からの助言であったり。
あるいは「こういう物が無いだろうか?」と言う様な、彼らから提示された要望が。
そもそものきっかけとして、相当に影響を及ぼしていると言うのは。
為政者や、それに類する側の立場にある者達。
また専門家寄りの魔法能力者たちの間では、密かな常識でもあるのだった。
勿論、フィオナたち自身や、その身近な年長の者たちとて。
実際に自らがそういう存在と、出会った経験があると言うわけではないにせよだ。
そうした一般に馴染んでいる概念に基づけば。
今、こうして目の当たりに実感させられ続けている諸々も――。
(それこそ、無数の「稀人」たちが。その母国もろともに……と言う、
〝想像を絶する程の大規模さ〟でもってやって来た格好であると。そういう事になるでしょうか?)
そんな風に考えを巡らせる事で。
フィオナたちはひとまず目の前に在る現実を咀嚼し、納得して呑み込もうとしていたのだった。
もちろん、そんな風に応ずる事が出来ていたのにも間違いなく。
この地へ辿り着く前夜の洋上――〔ファルカン号〕の甲板上で目の当たりにした、忘れようもないあの例え難い「異様な光景」の。
生々しいその記憶も、確実に加味されていたのだが。
それが、普通ならば「大法螺吹きもいっそ見事だ」と、笑い飛ばすだけで終わりそうな、
一国〝どころか〟一つの領域丸ごとの転移などと言う、彼らの述べる処を大真面目に聞かせるその所以ともなっていたのだった……。
もっとも、逆説的にだとも言えるのだけど。
その語る通りに、異世界からやって来たと言う話が事実であるのならば――。
果たしてそれが、〝どの様なもの〟であるのか? と言う事に関しての想像は、とても尽きないが。
少なくとも彼らの言う様な、魔法の力が一切存在しない「世界」も実在していて。
そしてそんな異世界より、転移して来た者達であるが故に。
実在する力としての「魔法」を。そもそも的に〝知らない〟――当然ながら、
それを前提とする「魔導」も……と言う事になるが――無縁の概念だったと述べているのも。
逆に彼らにとっては、〝それが当然の事〟だと言う事になるのは。
確かに話としての辻褄は合っているだろうし。
加えて言えば、森人であるシルヴィアと、獣人であるターニャの。
それぞれの姿形を目にして、やはり同様に驚きの表情を示していたり。
最初に共闘して斃した、小鬼たちの様な「亜人種」と言う存在の事についても。
やはり無縁だったと言うのも同様に、彼らが居たと言う元の「世界」とは――。
常人(彼らのその姿形から察するに、そう見て間違いないだろう)の〝単一種のみ〟が、人間として存在している。
そんな世界だったと述べているのを、裏付けるものだとも思えた。
余りにも予想外な、想像の斜め上を行くものだった……としか言い様の無い〝現実〟ではあるが。
しかし一方ではそのスケールが、「まさに開いた口が塞がらないと言うやつだ」と表現する以外に無い話であるだけで。
起こった事、それ自体は。感覚的にはまだ一応、受け容れられそうな話でもあると。
ひとまずはそう呑み込む事が出来たフィオナたちの示す、そんな〝ものわかりの良さ〟は。
逆に本郷2将たち三か国の側からすれば、些か過ぎるものである様にも思えたのだったが。
しかしそれも、彼女たちが「エリドゥ」と呼んでいる〝今のこの世界〟で。
世の人々の間に在る「稀人」たちの伝承と言う、下地があってのものだと説明されれば。
さながら合わせ鏡を見るかの如しで、こちらも同様に納得をさせられざるを得ないと言うより他に無かった。
何しろ、現に今こうして自分たちが異世界にと転移してしまっているわけだからして。
文字通りの〝摩訶不思議な「現実」〟の下に置かれていると言う話であるのは、その通りだと認める以外にないとしてだ。
ならばまず、最優先に考えねばならないのは――。
そんな状況の下でどうする? と言う事の他には有り得まい。
そんな具合に、双方いずれもの現実認識と受容が。
一先ずは互いに折り合えそうな一致点を、それぞれなりに見出せるなと言う感触が明確に得られた事で。
会談の方も、ここまでの流れをそのままに。維持し続けて行ける格好となっていたのだ。
そしてそれは、本郷2将たちはもちろんの事――ひいては彼らを送り出している、日本国や台湾国らにとっても。
一番の朗報であった事は間違いなかった。
フィオナ候女たちの語る処を信じるならば。
エリドゥの、転移して来た自分たちが出現した地域から見て南方の――現状での既知範囲の外ではあるだろうが、そちらに。
彼女たちの母邦である「マズダ連合」と言う国家が位置する、別の大陸――。
当地の住人たちは「セントロ大陸」の名で呼んでいるそれが存在していると言う事になり。
今後、エリドゥにおける周辺探索の範囲を更に拡大して行く上での。
ひとまずの注力点として焦点を当てるべき、文字通りの指針が見出せそうだと言う話であったからだ。
聞くところでは「マズダ連合」とは、その名の通りに。
都市国家や小領邦が大規模な連合体を構成すると言う政体を採っている、同大陸内でも最大の国家だそうで。
そしてお付きの女騎士たちからは「姫様」と呼ばれている、フィオナ嬢自身は。
その連合体の有力構成邦の一つである、港湾都市国家ナージゥを構成するフジョー候領の領主、ラハミ家の令嬢で。
マズダ連合の国軍たる「統衛軍」などを管轄する、連合政府の機関である「軍務委員会」に。
自邦より選出の連合委員として、出仕しているのだと言う。
つまり、マズダ連合と言う国は――その規模は知らないが、
ヴェネチア共和国に代表される中近世のイタリアに栄えた都市国家群が、
バルト海沿岸に広がっていたハンザ同盟を思わせる連合体を構成している様な感じであろうか? と言う事と。
そして当のフィオナ嬢自身は、(小国なりとは言え)立派に〝お姫様〟なのだと言う事であった。
無論、相手は異世界の存在であるが故に。
自分達が元居た世界の〝既存の概念〟を、安直に当てはめて考えると言うのは。
予断となる事にも繋がりかねない危険性も、普通に秘めている筈であるわけなので。
厳に戒めねばならないものでもあるだろうけれども。
とは言え、この世界の「国家」が複数形で群立している〝別の大陸〟が。
実在すると言う事であるのには間違いない話になるわけであるから。
この異世界においても、国交を結び得る可能性を持つ存在が居ると言う事実だけは確定した。
たとえその相手が、所謂エルフや獣人と言った広汎なヒト型類種たちをも含み――更には「魔法」の力を振るう者たちさえも実在していると言う、
所謂「ファンタジーな世界」を。まさに体現する様な者達であるのだとしてもだ。
こうして言葉を交わし、互いに意思の疎通を図る事の出来る存在がちゃんと居てくれる……。
元地球人は、この世界でも決して〝孤独な存在〟では無かったのだと言う「事実」こそが。
まず何よりも重要だったのだと言えよう。
およそ全てが〝未知なるまま〟であった、不意に迷い込みしこの異世界において。
少なくとも一つの方向に向かう為の、目指すその先への展望が開けた。
まさに歴史的な一里塚となった、この地における双方の最初の遭遇であったのだった。
そうして、当面での最大の懸念であった問題を。
ひとまずは解消する向きにと繋がりそうな、端緒を掴めたからには尚のこと。
それをより確かなものにする為の、働きかけをと言う方向へも。
可能な限り最大限に! と言う加速が乗せられる格好ともなるので。
そんな観点に鑑みれば、基本的には親切心に根ざしての提案ではある事にも。
色気付いた成分が加味されての、より前のめり気味な傾向が出て来る様にもなるのは。
まあ、ご愛敬だとは言えただろう。
「……成程、ここに至ったそちらのご事情については良く判りました。
そしてこの世界――エリドゥについての説明もまた、非常に興味深いです」
半ば的に質疑応答の態ともなっていた、一通りのやり取りを振り返る様に。
謝意を交えてそう述べた上で、多紀は気になってもいた部分へと水を向ける。
「しかし、こうして思いがけない状況となったが故にではありますけれども。
その〔ファルカン号〕の方々は、そんな事は知る由もないまま皆様方のお戻りを待っておられるのではありませんか?」
「確かに、タキ殿の仰る通りかと思います。本来であれば定時連絡を入れている処ではあるのですが……」
フィオナがそう首肯したのを、ターニャが渋い表情で引き取って言う。
「残念にゃ事に、魔導具は壊れてしまったので。お手上げなんですにゃあ……」
「ターニャ、それは言っても仕方がない事でしょう? それにマリオ卿はそのおかげで、
からくも助かった様なものでもあるのだから……」
同僚の言葉には頷きつつも、シルヴィアが更に応じて返す。
そんな風に言い交わし合う彼女らの言葉から。
どうやらエリドゥにも、何かしらの遠隔通話手段が有るのだろうか?
興味を覚えた表情を浮かべる多岐氏と、表情は変えずに反応する様子を見せている両将官に対して。
岩瀬2曹と共に、壁際で直立不動の姿勢で立ったまま黙ってやり取りを見守っていた悠斗がそこで、
(よろしいですか?)と問う様に手を上げる。
本郷2将からの、(うん、聞こう)と言う首肯での許可を受けて。
悠斗は補足する為に述べた。
「先程、お三方より伺ったのですが。この世界では『魔導双話』と呼ばれる、
端末相互間での無線式音声通話を可能とする魔導具――つまり、〝魔法の力を秘めた道具〟が在るそうなのです」
(ッ!?)
それを直に聞いた三人はもちろん、ひいてはモニター越しに見守っている多くの者たちも一様に。
混じり気無しで、率直な驚きを覚えさせられる話であった。
悠斗たちが先刻、初遭遇の報告がてらの救援要請を基地とやり取りしている様子を。
眼前にしたフィオナたちが、無線機に対しての興味深げな目を向けながらも――
無線通信それ自体に対しては、特段怪訝な顔を見せる事も無いと言う〝意外な反応〟を示していた処から。
ひとまずの交信を終え出発してからの、道すがらに尋ねてみた処。
判明した、驚くべき事実となっていたのだ。
後々になって、そのより詳細な〝実体〟が判明してみると。
流石に現代の地球人が一般的に用いているような通信機器ほどに〝柔軟〟とまでは行かずに。
鍵と鍵穴、阿吽の形、凹と凸――例えるならばその様な形態の、必ず一対で造られる特殊な魔導具の端末であり。
その相互間での通話のみが~と言う、あくまでも限定された格好での代物でこそはあったものの。
とは言え、それでもリアルタイムでの相互間の無線式遠隔音声通話を可能とする手段が(そして概念も)。
異世界では、既に実在していると言う点において。
悠斗たちは先程、眼前で直に目の当たりにするのみならず、その対象ともなって。
また彼らが装備していたウェアラブルカメラによる記録映像を通して他の者達も、これから順次目にする事となる「魔法」と言う〝力〟に続いての――第二の衝撃。
(「魔法」の力、おそるべし……!)
と、唸らされるより他に無い様な代物なのだと。ただただ唖然とさせられるものであったと言えよう。
現代地球世界の、その発達した科学技術の産物を手に出来るまでに至っている、今の自分たちなればこそ。
だとしても揺るぎはしないレベルでの〝相対的にして総体的な優位性〟自体は、保つ事が出来ているだろうと。
そう目される処ではあるものの……。
とは言え、この時空転移があとほんのもう少し――。
宇宙レベルで考えれば〝誤差の範囲内に過ぎない〟処であろう、1世紀ちょっとばかり早くにもし生起していたならば。
情報伝達と言う分野においても、成す術もなく地球人側が。
一方的に不利な立場に立たされる筈であっただろうと言うのは、確実だった。
ましてや、負傷者を短時間で治癒させたりするだけではなく。
実体こそはまだ未見ながらも、炎の塊などを生み出し投射する攻撃術と言ったものも当然在ると言う話で。
そうした「魔術」の力と言う〝代物〟までもが、加わって来るわけなので。
文字通りに、「異世界、侮りがたしだ!」と言う姿勢でもって。
今後の異世界人たちに対しては、相対して行くべきであろうと言う事を、まざまざと実感させられる……。
まさに、そんな衝撃であったわけだ。
まことに残念な話であったのは、彼女たちが言う通りに。
当のその魔導具――魔導双話具が破壊されてしまっていたせいで。
ここで実際に使って見せて貰うと言う、デモンストレーションが不可能であった事だろう。
彼女たち一行が携行して来ていた、その片割れは。
現在も手術を受けている最中の、騎士マリオが懐に携帯していたのだったが。
幸か不幸か、彼が亜人種たちから胸板に受けた弩弓の太矢によって。
その魔導双話具の筐体も、一緒に破壊されてしまっていたからだ。
見方を変えれば、シルヴィアも言う通り。偶々運良く、魔導双話具の筐体が。
同様に射貫かれた胸甲と共に、身代わりの盾となって砕ける格好でもってその威力を幾ばくか減衰させていたおかげで。
騎士マリオも、どうにか即死だけは免れる結果になっていたのだとも言えたわけだけど。
三か国側としては、フィオナ姫一行を捕虜にしたとかそういうつもりは全く無く。
あくまでも救援しただけと言う認識でいたわけなので。
使える状態であるのならば、魔導双話とやらによる状況報告の連絡を。
その〔ファルカン号〕なる母船と交わして貰っても、全く構わなかった辺りからしても。
非常に〝残念な状況〟であった事は間違いないと言えただろう。
期せずしてそんな思いがけない方向にも、話題が脱線する格好となって行ってしまっていたけれども。
そうした〝便利な手段〟が、しかし現状では「有れども使えない状態である」と言う事が判れば。
ならば話は、それが無いのと同じであると考えるだけ――。
すなわちその〝前提〟へと回帰した格好に即せば良いだけだと言う、ある意味単純な結論に繋がる。
素早くそう思考と算段を組み上げて、本郷2将はフィオナたちへの提案を口にする。
「それでは、我が方からのご提案なのですが……」
「はい」
それぞれ頷いて。
果たして何を〝要求〟をされるのだろうか? と、心の内で身構える騎士主従。
しかしそれは、拍子抜けと言うしかない様な体でもって瞬時に解される事となる。
「その〔ファルカン号〕乗組員の方々も、この基地へとお迎え致しましょう。
フネ自体もまだ航行に耐えうる状態であれば、我々の軍艦でこちらまで曳航致します」
穏やかな表情を浮かべたまま、そう言って寄越されたホンゴウ将軍からの〝提案〟は。
フィオナたちにしてみれば、まさに予想外と言うより他に無い代物であった。
彼らからの「提案」とは、本当にそのまま〝字義通り〟に「純粋な提案」でしか無かったのだから……。
そんな事実に、〝違う意味での衝撃〟を受けている彼女らへ。
更に追い撃ちをかけるかの如くに、本郷2将の隣に座る多岐外交官も。
その言葉に頷きつつ、補足する様に引き取って言う。
「そうですね。お話にありました、その〝魔導機関〟とやらに関しては……流石に判りませんが。
船体自体の修理や整備に関してならば、我々にもご協力出来る事は諸々と有ろうかと思われますし」
武官と文官――ニホン国の「政府」を代表して来ている立場であろう筈のいずれもが。
揃って一致したそんな姿勢を見せて寄越しており。
また、その同盟国だと紹介された合衆国を代表していると言うブラウン将軍も。
それに異を唱えるそぶりも見せないでいると言う辺りで。
信じ難い程の〝寛容さ〟でもって一貫している、彼らの姿勢は。
決して上辺だけのポーズなどではなく、偽り無しの本気であるのだと。
フィオナたちとしても悟らされざるを得なかった。
そして、その提案自体も。全乗員を迎え入れると言うだけに留まらず。
フネ自体が動かせるのであれば、それをも一緒にこちらまで曳航すると言う話までをも。
当たり前の様に含めて来ると言う、ぶっ飛んだものであったわけだが――。
(いえ、先程目にしたあの〝浮かべる城砦〟が如き、彼らの「灰船」たちになら。
それすらも、容易い事に過ぎない。と言う話なのかもしれませんね……)
ここまでに見聞きし、また体感もさせられて来ていた諸々を。
文字通りの〝異次元さ〟を体現していると言うしかない、彼らの様を前にすれば。
既に個人としてならば、充分に納得の行く話ではあったので。
後はもう〝公人〟としての立場と観点からの、問い質すべき事が残るのみだった。
「大変ありがたい限りのお言葉なのですが……、これ程の〝御厚意〟をお示し頂いている事に対して。
果たして、どの様にお返しをすれば良いものなのか? 流石に見当も付かずにおります」
フィオナはあえて、礼儀は守りつつも。
公人としての思考の方においては外せない要素へと踏み込んで、そう尋ね返す。
彼女は〔ファルカン号〕の、その実働公試も兼ねての処女航海に。
マズダ連合政府から派遣の検分官として、同乗していた立場であったわけだが。
それには同時に、本来予定していたその〝渡航先〟においての。
外交官としての立場と権限も、任務の内に含まれていたわけなので。
なので彼女としてはこの状況に対してただ無為のまま、流される格好に甘んずると言う事は出来ない。
本来の想定とは〝場所も、その相手も〟全く異なるものとなってしまっている構図だし。
またその難度も文字通り、桁違いに跳ね上がっている格好のそれでもあるわけで――。
半ば予定調和的な、形式的な間柄ではなく。
文字通り「前代未聞な〝未知なる相手〟」と、対等とは言えない立場で向かい合っている状況なのだから。
単に自分たち4人の、そして〔ファルカン号〕とその全乗員たちの運命を……と言うのみならず。
もはや連合の未来そのものすらをも左右する事にもなりそうなやり取りを。
今まさに交わしている、真っ最中なのだと言えたわけだが。
それでも憶さずに、背負って向き合おうとする者の矜恃が伝わって来る、そんな彼女の姿は。
場にいる誰しもが、ある種の感銘を覚えさせられるものであった。
そしてしばしの沈黙は、合衆国軍側を代表する立場として加わっていたブラウン少将が。
苦笑気味に破顔しつつ、並んで座る日本国側の二人に対して掛けた言葉でもって破られた。
「……成程、〝タダ〟ほど高く付くものは無いと言うのも。それはそれで道理でしょうからな」
こちら側が提示して見せている〝好意〟が。
話がうますぎると言おうか、何の見返りも求めずに……と言う体でもって示すものとしては。
あまりにも破格すぎている様に思えてしまうと。
救われた事それ自体については。無論、感謝しているのは当然だとしても。
〝それ〟に付帯して来ている諸々の対応が、手篤いものであり過ぎて。
そこまでしてみせる事で。それで一体、彼らの側にとってはどの様な利が有るのだろうか? と。
逆に身構えてもしまわざるを得なくなると言うのが、率直なフィオナたちの心境であった。
そして、おそらくはそんな処なのではなかろうか? と言うのは。
もちろん本郷二将たちにも推察出来るものでもあったので。
(なればこそ、ここはこちらも率直に。そんな基本的なスタンスの所以も含めて、示すとしましょうか?)
と、苦笑を浮かべたままにそう促すブラウン少将に応じる様に。
本郷2将も一つ頷いて、そうしてフィオナたちに答えた。
「いえ、我が方としては別段なにか〝見返り〟などを求めているわけではありませんので。
……そうですな、さしずめ我々は。迷い込んだ未知なる海域を、当ても無きままに彷徨っている船乗りたちの様なものでしょうか?」
陸自の自分が、船乗りに例えて言うのも何ですが……。と苦笑めかして、本郷2将は続ける。
「そしてそんな途行きの途上で、偶然にも同じ様に漂流している人間たちを発見して。
自分たちの船に収容した格好ですが、そうやって救助した相手から事情を伺ってみた処――
付近にもまだ他のお仲間も居ると言うお話であったので。ならばその人々も……と言う流れになるだけだと、まあそういう事ですね」
そこまでの例え話になぞらえたその上で。
本郷2将は、本質でもある結論を口にする事でもって、逆に問い返す。
「さて、ここでのそんな行動に。何か特段の『理由』が必要でしょうか?」
あくまでも穏やかに、人好きのする笑顔を浮かべて言う本郷2将のそんな言葉は。
何とも率直に、フィオナたちの胸に響いた。
それは同時に、彼女らが父祖から受け継ぎ大切にして来た価値観とも合致するものでもあったからだ。
フィオナたちがそうして心動かされる様子を見せた処へ、更に切り込む様に。
再び多紀外交官が、引き取る形で言葉を継ぐ。
「そうやって保護した漂流者たちは、いずれその故国へと送り届けさせて頂くのが基本なのですが……。この場合は、
それが我々の側にとっても。ある意味、ひとまず目指すべきその先となるものが定まった格好でもあると言う話になっているわけですので」
それもまた、〝当然の事〟である以上。
「果たして、どこまでが〝好意〟で、どこからが〝思惑〟か? などと問われても。
一体的過ぎる、区分し難い話でもあるのは事実ですから」
多紀は、そんな「大前提」を踏まえた上での。
見返りだと言うなら見返りであろう、自方としての〝希望する処〟を率直に提示する。
「お話させて頂きました様に、突如転移して来てしまった未知なるこの世界で生きて行く、その為に。
我々は共存相手となってくれる存在を求めていました。そしてその中で、思いがけずもこうして。
マズダ連合と言うお国の方であるフィオナ姫ご一行と、出会う事が叶いましたわけです。
従いまして、我々としてはこの出会いを契機として。願わくば、貴国マズダ連合との外交関係を持ちたいと考えております」
眼前で危難にあるヒトを助けるのは、まず〝当たり前の事〟として。
その上で、それを通じての関係樹立の為の「端緒」を、希望させて頂くに当たっての。
こちら側がまず示すべき、誠意でもあるだろうと言う事ですね。
そう説明する多紀の言葉は。
フィオナたちにとっては、別の意味合いでの衝撃も伴いつつも、率直に納得の行くものだった。
送り届ける事までもが可能なその範囲においては、当然限りがあるとは言えども。
基本的な行動原理、価値観においては。異世界人であると言う彼らとも、大して違いはないのだと言う事が示されて来たからだ。
目の前に困っているヒトがいたなら、助ける。
そして助けたからには、責任をもって以後の事にも、出来る限りの助力はする。
そんな「馴染んでいる価値観」との、親和性を見出させられたその上に。
ある意味での〝新鮮な衝撃〟であった、彼らのその物言い――外交関係樹立の為の「交渉」を希望すると言う、謙虚に過ぎる様な言葉を自ら述べたのだから。
ここまでに実際に見聞きし、また実感もさせられて来た諸々からすれば。
「魔法」と「魔導」を用いずとも、既に列強国並の〝相手〟だろうと見るべき以外にはあるまいと目される、そんな彼らが。
上辺だけでは無しに、あくまでもこちらを「対等な存在」として尊重しながら接する姿勢を見せ続けていると言う、
自分たちの〝感覚〟からすれば、逆の意味合いで驚嘆させられるしか無かったそんな事実は。
何とも清々しい感慨をも覚えさせられる、まさに良い意味での斬新な衝撃そのものであったのだ。
「いささか先走った話にはなってしまいましたが。ひとまずの処は、フィオナ姫ご一行には一度〔ファルカン号〕の元へとお戻り頂いたその上で。
当方からの「提案」をお伝え頂く為の御手間をお願い出来ないでしょうか? と言うのが、我が方からの〝ご提案〟となります」
そして多岐外交官から「ひとまずの提案」のその本丸となる、続けられたその言葉が。
最終的な決定打であった。
魔導双話が使えなくなっている以上、直接に戻る以外には。
〔ファルカン号〕で待つ同胞たちに自分たちの無事も、そして今のこの現状についても伝える術は無いわけで。
籠の鳥を解き放つと言う事の諾否はさておくにしても、物事の筋としてはそうする以外には無い話である事を。
こちらに対してわざわざ「お願い出来ますか?」と、あくまでも丁重に要請して来ると言うそんな態度こそが。
彼らが奉ずると言う、〝その有り様〟の。何よりも雄弁な証明であろうと思えた。
「無論、我が方からの使者としての任も兼ねてとなりますが。
その間の警護兼案内役として、結城2尉の隊を付けさせて頂こうかと思います」
本郷2将としても、自方から依頼をさせて頂く格好である以上は。
フィオナたちの身の安全には、特に配慮する姿勢を示す。
そこまでの〝丁重な姿勢〟を示されては。
フィオナたちとしても首肯すると言う以外の選択肢は、もはや有り得なかった。
どのみち彼我の立場は、そもそも的に対等では無いのだ。
そして、元より漂着したこの地から帰還する術を探る為にと始めた探索行の、希望でもあったこの地の「文明」との遭遇は――
余りにも予想とはかけ離れた〝それ〟であったとは言えども、兎にも角にも実現はしていたのだから。
しかも、まず第一にそういう相手が実在しているのか? と言う事があり。
そして仮に、実在はしていたとしても。それが〝友好的〟な相手である保証など、何処にも無かったと言う事まで考えれば。
現在の状況は、十二分以上に幸運であると。そう思うよりか他にはあるまい。
そう納得をする事が出来たフィオナとターニャは、立ち上がっての騎士礼を――
車椅子のシルヴィアは、代わりに上体を折って同意を示しながら。
主従は揃って「よしなにお願い致します」と唱和する。
かくして初めての遭遇を果たす事となった、元地球人たちとマズダ連合の人々の双方――。
異なる世界の住人たち同士による「国と国同士としての関係」の、その始まりは。
互いにとって最も幸運な、ひとまず良好な形でもって。そのスタートが切られる運びとなったのだった。
互いに未知なる存在同士が、初めての接触を果たしたその時に。
まがりなりにも意志の疎通が出来るかどうか? に関しては。
「異質な相手」を、それでもその言葉にと虚心坦懐に耳を傾け、まず理解をし合おうと模索する。
そんな意志と意識が双方ともに有るか否か? で決まるのでは無いかと思います。





