29 守護の御使い
パシアンが私を置いて夢中に筆を走らせていたその時、それは起こった。
ゴオォン――
突如外から轟音が響いたのだ。
「何事っ!?」
「これは敵襲だね、大丈夫。何かあれば連絡が来ると思うからそこにいてていいよ」
明らかな異常事態に対してパシアンは平然としていた。轟音は私の知る雷の数倍は大きな音だった。そんな音が鳴っているのにどうして平然としていられるの?
しかも今敵襲って言ったよね。
敵襲ってことは襲われるってことじゃない!
いや、私は誰にも触られないから安全といえば安全なんだけどさ。
「避難だけでもしてょうがいいんじゃない? ほんとに大丈夫?」
「だから大丈夫だって。どうせ野良ゴーレムが暴れているんだろう。割といつものことだよ。その程度だったらパシアンの使役獣が対処できる。強いんだぞ、あいつは」
あまりにも動かないものだから私はしびれを切らして、外の様子を見ることにした。幸い戦闘で使えるスキルもあるので、いざとなったら加勢しよう。
「ちょっと、様子だけ見てくるっ」
「おいおい、気を付けたまえよ。ったく、パシアンの言うことをもうちょっと信じてくれてもいいのに」
何かぶつぶつと言うパシアンを置いて、私は家を飛び出した。
外に出ると、音の発生源がどこかすぐに”目視”できた。街の南東から大量の土煙が上がっていたからだ。
走って向かううちに、何者かが戦っている音が聞こえだした。
固い岩と爪がぶつかり合う音。お世辞にも耳が痛くなると言わざるを得ない音が響く。
戦っていたのは約5メートル程の巨体を持つ石でできた人形――ゴーレム。
それに対するは人型の何か。フードをかぶっているようで後ろからでは顔を見ることができなかった。
しかし私はその姿を見たことがあった。
それはいつかアイリスたちと見た廃墟で、アイリスの撮った念写真に写っていた影――守り神様だった。写真で見たときは細部がぼやけていたが、今ははっきりと私の目に映る。
どちらかと言えば今ぼやけているのは私の方だね、なんて思ったりした。
黄色と緑のレインコートを羽織った守り神は、後ろに立つ私の方をちらりと振り向いた。その容貌はまるで狐。細長い糸目には威圧感もあれば慈愛を抱かせるような雰囲気があった。
どうやら守り神は私のことが見えていないらしく、すぐさま目の前の巨体へ向き直った。後ろにある建物を気にしていたようだった。
振り下ろされる石の拳。その巨体に見合わず動きは速い。一般人なら避けられずに今ので即死だろう。しかし守り神はそれをひらりとかわす。そして長い裾に隠した、凶悪な爪でもってその腕に切りつけた。
ゴーレムの腕はそれにより両断。見事片腕を破壊したかに見えた。だが、その腕はみるみる元の体に戻り、すぐさまに結合してしまった。自動修復というやつだ。なんと鬼畜な。
これではいくら削いでも復活してしまう。
それでも守り神は一切焦ることなく再びその爪を振りかざす。ゴーレムが修復している最中は行動が遅くなる。それを見抜いたのか、次々と爪はゴーレムを切り裂いていった。
最後、もう頭しかない人形を前に守り神は止めの一撃を振り下ろした。人形の赤く灯る目が消えたのを確認した守り神は颯爽とどこかへ跳び立った。脚力をすごいなぁ。
私、なにも出来なかった。見ているだけで十分だった。
正直、今の私が肉体を持っていたとして、あのゴーレムと戦ったらもう少し苦戦していたはずだ。
対人間に対しては強いスキルを持つ私だけど、ああいう無機物や無生物との戦闘ではそういった精神攻撃は使えない。つまりフィジカルオンリーな戦いを強いられることになる。
そうなると使える手段は限られていただろう。そんな強敵相手にあの守り神は臆することなく瞬殺した。恐るべき強さだ。
ふと、この守り神の話をしてくれた御者を思い出す。実は冒険者だった二人は既に亡くなってしまっているけど、この話をしていた時の彼らはとても楽しそうだった。
その伝承が今目の前にいたんだよ。とっても強かったよ。私は届かない思いを天に向けて放った。
そして同時に脳裏に浮かんだアイリスの顔。
ああ、会いたいなぁ。寂しいなあ。
あまりにいろいろありすぎて、自分が今孤独であることを忘れていた。
寂しい、会いたい。
けど、戻る方法が全然思いつかない。
どこかに戻る方法があるはずだ。出なければ私がこうして自我を保っていられる理由がない。
この過去だと思われる世界できっとなにか手だてがあるはずなんだ。私にだけ見える赤い空。そしてこれから始まる四大戦争……。
私は絡まる思考を一旦頭の隅に追いやり、パシアンのいる家へと戻った。




