26 占星術師パシアン
「ほうほう、つまり君は悪霊なのかね?」
「いや、ちょっと待って。今私が話した経緯で、どうしてその結論に至っちゃうの!? いや、もしかしたら悪霊なのかもだけど、今のところ悪いことしようだなんて思ってないよっ!」
私はここに至るまでの経緯を簡潔に話した。結果こういう返答がなされたのである。
「いやだってしかし君……、死にたくない思いで戦って結果死んで、そしてこうしてまだ現世に留まっているのだろう。傍から聞いたら悪霊っぽい設定ではないか」
「うぐ……」
彼女――パシアンは嬉々とした表情で私を見つめる。正確にはぼやけて見えているそうだからそのその視線はところどころ途切れたりしているのだが、私に対する興味が途絶える様子はない。
このパシアンって子、私どこかで聞いたことのあるような名前だと思うんだよね。この世界って、貴族以外の人は苗字を持たないみたいなんだけど、まだ名前が被った人とは出会っていない。
もしかしてどこかの冒険者ギルドで名前を見たのかもしれないな。
「いやしかしまさかパシアンに霊を見れる力まであるとは思わなかったな。未来と過去を見れる力はあっても、今まで霊は見えてなかったからな。だとすると霊というのは存外多く存在しないのかもしれない。ふふ、これは面白い研究テーマになりそうだ」
パシアンは一人でぶつぶつと喋っている。その表情はまるで前世の映画で見たマッドサイエンティストを彷彿とさせた。そういえば私って死ぬの二度目だし前世っていうより前々世って言った方が正しいのかな。
うん、どうでもいいや。
「ねえそれよりも私ってどうなっちゃうのかな。死にたくはないんだけど死んじゃったみたいだし、このまま霊として生きるほかないのかな」
「まあまあ、ここで話すのもなんだしひとまずパシアンの研究室まで行こうじゃないか」
そういってパシアンはひとりでに歩き出した。この子どこか掴みにくい性格してるな。自分のペースが乱れないというか、一人でどんどん突っ込んでいっちゃうタイプ。
彼女が意気揚々と歩く後ろを私は黙ってついていく。その途中で石造りの建造物を縫って進むのだが、私はどこか違和感を覚えた。
まるで歩いたことがあるような……、いわゆるデジャブというやつだろうか。見たことがあるのに、どこか新鮮な気持ちがそこにはあった。
「着いたぞ。ここがパシアンの研究室だ」
彼女が示したのは、二階建ての石造りの建物だった。私が知る異世界の建物は木造やレンガを主流に建てられていたが、ここら一帯は石がメインだ。どうやらかなり文化圏が違う雰囲気だ。どちらかというとこっちは田舎風といった感じだろう。
前々世を知る私からすればこの世界自体が田舎風景みたいなものなのだけど、それのさらに昔!って感じ。けどこういう世界を見て回ることを夢見ていた私は、どこか満足感を抱いていた。
案内を受け、パシアンの研究室に入った私はその内装に驚く。
「なんかおどろおどろしいね」
「どういう意味だ?」
怒っているというわけではなく、本当にわかっていないといった顔で私に問うパシアン。
彼女、こんなところに住んでるのかな。
まず内壁の四つの面全てに動物の頭蓋が飾られている。それらはどうやら違う動物らしく、どれもが部屋の中央を向く形で出迎えてくれた。
そして中央には同じく動物の毛皮らしきものが敷かれている。四つ敷かれたそれは、おそらく壁に掛けられた頭蓋の物なのだろうと思わせる形で並んでいる。その中央にはテーブルを挟む形で二脚の椅子が置かれていた。テーブルの上には、上質そうなクッションに乗せられた水晶がその輝きを放っていた。
この部屋に窓はない。その代わり中央の吹き抜け部分から光が差し込んでいる。奥には上階へと続く階段が見えた。
「ささ、その椅子に座ってくれたまえ」
「うーん、ごめんなさい。私って物に触れられないから椅子を引けないし座れないんですよね」
「なんと……それは悪いことをした。……霊は物には触れられないっと」
全然悪そうな顔してないパシアンが、どこからか取り出した羊皮紙にメモをしている。部屋の隅に置かれたテーブルの上にはたくさんの羊皮紙が置かれていた。この世界には文字の文化はあるけど、羊皮紙って確かかなり高かったような気がするんだよね。この子、めっちゃお金持ちじゃん。
「まあそれなら立ったままで悪いがもう少し話を聞こうじゃないか。パシアンはこう見えてすごい人だから、もしかしたら何かの役には立つかもしれんぞ。といっても、もうじき意味は無くなるがな」
「意味がなくなる……? どうしてなの?」
「それはだな……」
パシアンが笑顔のまま放つその言葉は、その表情とは正反対の代物だった。
「もうじきこの世界は終わるからな」




