21 命を刈り取る死神
崩壊する塔の中、怪物は叫んでいた。
先程まで追い詰めていたはずの少女に出し抜かれ、こうして命の危険に晒されている。
どうしてこうなった、怪物は必死に考えを巡らせるが答えは出ない。
このままでは死ぬ。
怪物の最も忌避している死が間近に迫ってきている。
崩れた塔の破片が怪物の四肢を穿つ。全身に物凄い重力がかかり、自由落下よりも早い速度で地面が近づく。
必死に藻掻くが、手に取るもの全てが均等に重力が掛かっている。
絶対に助からないと悟った怪物の頭の中は、かつての生を思い浮かべていた。
現実逃避から見る走馬灯。
しかし怪物の見る走馬灯こそが、かつての逃げ出したい現実であった。逃れようのない死を2度。
転生してもなお怪物を襲う死という概念に、さらに恐怖を抱く。
どこへ逃げても結局はあの死に捕まってしまう。
逃げたくてきたのに、奴はそれ以上の速度で追いついてくる。
遂に地面に激突した。
加速する思考の中で、怪物の体は万力のような力で潰れた。
▽
「(ここはどこだ……)」
男は不思議な空間にいた。
そこは暗闇だった。しかし男の視線の先には大きな光の柱がそびえ立っているのが見えた。
1歩、踏み出した時波紋がその場に広がった。
どうやらこの世界の大地全てが水を張った鏡のようであった。
足元を見れば、男の姿が写った。
その男の姿はゆらりと揺れ、恐ろしい形相をした怪物の姿へ変貌した。
「(これはオレだ……)」
かつての自身は、今の自身と対面した。
「ああ、その顔。その顔だよ……。オレが見たかった顔」
お互いを覗くその表情は、くしゃくしゃに歪んだ恐怖を体現していた。
自身以外でこの恐怖を分かち合うものはいないと思っていた。しかし、今此処に自身という一番の理解者に出会えたのだ。
男は鏡面に触れる。鏡面の怪物もどうように接地面へと触れる。
その瞬間、世界が反転する。
それと同時に男の意識は怪物の体に戻っていた。
「そうか、オレはまだ生きていられるのか」
穏やかな表情を見せる怪物。しかしその顔も直ぐに先程の面へと戻った。
全身に痛みが走る。五感が返ってくる。
やがて暗闇は晴れ、視界いっぱいが白く染め上げられた。
気づけば目の前に、少女たちが見えた。
▽
「サンっ!!!」
怪物の腕に吹き飛ばされたサン。
「なん……で……」
「なんでオレが生きているかって?」
目の前に倒したはずの怪物がいる。
その怪物の眼窩は真っ直ぐ私を睨めつけていた。
先程までの表情とは何だか違う様であったけれど、間違いなく私の命を刈り取るつもりだ。
「……っ!」
咄嗟に後方へジャンプする私。怪物の太い腕が私を薙ぎ払おうとしてきたのだ。
直撃は免れたが、その振るった風圧は私をさらに大きく後ろへ吹き飛ばした。
「ご主人様!」
「こっちへ来ないで!」
近くへよろうとしてきたアイリスに叫ぶ。一緒にいてはアイリスが危険だ。
「アイリスはサンの様子を見て! まだ息があるかもしれない!」
「わかりましたの!」
怪物から視線を外さず指示する。
無防備な背中を見せているアイリスを、しかし怪物は見過ごした。
「お前1人でどうにかなるのか? オレは1度死んだ。そして先程また死んだ。だがこうしてオレはここに立っている。オレは死を超越したんだ。このオレを、お前は殺してみせると豪語するのか?」
「…………」
「それとも何か? またオレと鬼ごっこでもするか? それもいいだろう。オレはお前を追い詰め殺す。オレに死を与えたお前は、オレという死によって殺されるのだ。死ぬまで永遠に追い続けてやろう」
「……そんな簡単に殺せると思わないで。私だってもう二度と殺されてなんかやらない」
そう、私だって一度殺されているのだ。見知らぬ誰かにお腹をナイフで貫かれて……。
痛かった、寒かった、辛かった。
そんな思いはもう嫌なんだ。そんな思いは私の周りにだってして欲しくないんだ。
「だから……、私はあなたを倒す!」
「ならば直ぐ死ねぇぇ!」
怪物の影が揺らめく。これは別荘の時にも見た技だ。
影が地面からせりあがり、形を為して私を攻撃する。
「アイスウォール、サンドウォール!」
私は水魔法と土魔法の壁を、適度に出しながら間合いを取る。
怪物の攻撃範囲は広い。
近距離なら太い腕と影からの刃。
近〜中距離なら黒い霧。
遠距離なら黒い球。
塔から撃たれたあの黒い球を、今この場で出されてしまってはアイリス達にも被害が行ってしまう。
私が取れる策は、適度に距離を保ちながら攻撃し、黒い霧が出た時に後退するしかない。
これ、難易度高いなぁ。
だけどみんなを守るため、私は全集中力を怪物へ向けた。




