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20 守れなかったもの

黒い爆煙が消え去る。

怪物のその視線の先に白い影が写った。


白い、布切れ。


そこに彼女の姿は無かった。

恐怖に歪んだ顔をした彼女も、恐怖に怯えながらも生き残る彼女もいなかった。

ただの、ただの布切れのみ。


「アイツは……どこへ行ったあぁああああ!!!!」





「あっぶねぇぇぇぇ」


窓の向こうで大きな爆発を見た私は、その光景に恐怖を覚えていた。

塔の屋上から逃げられないと考えた私は、窓から逃げた振りをするために、落ちていた白いカーテンを「淫魔魔法」の念動で飛ばしたのだ。


そしてそれを気を取られている怪物の背後を周り、階段を思い切り駆け下りていた。

今思うと大きな賭けだった。

もし飛ばしているのが私でないと気づかれていたら、その部屋に隠れていることがバレて八方塞がりだっただろう。


怪物の攻撃は範囲が広く威力が高いというチートだ。そんなものをこんな小部屋で使われてしまっていたら確実に避けられない。万が一避けられたとしても、私は破壊された塔から落下してしまっていただろう。

いやぁ、怖い怖い。こんなことあいつの前で言ったら喜ばれそうだけど。


「さて、今やるべきは……」


塔の1階に到着した私は屋上から叫ぶ怪物の声を聞いた。


「うげ。早くやらないと」


私は塔の壁に手を付き、スキルを発動した。


「大地魔法、アースウォール!」


壁の隙間から土で出来た壁がせりあがる。

当然、塔の壁の一部が盛り上がるわけだから塔は傾く。現在最上階にいる怪物は、倒れる塔の中で為す術なく瓦礫に押しつぶされるという算段だ。


我ながら恐ろしい策よ……。


塔が傾いていく。1番上の階から怪物の雄叫びが聞こえる。そしてそれは地面に激突した音に掻き消えた。

ガラガラと崩れ落ちる壁の破片から逃れるように、私はその場から下がる。


やがて膨大な土煙は風に流され、後に無惨な姿に成り果てた塔だけが残った。

元より誰もいない塔。しかし罪悪感が私の胸を覆った。

思えば私はこの塔に人間がいるところを見たことがなかったなぁ。


本来はこの世界に存在するスキルについて探求する機関だと聞いている。それなのに何とも間が悪いな、私。


「一応、怪物の死体だけでも確認しておかないと」


冒険者として、ちゃんと倒しているかどうかを確認しなければならない。この大量の瓦礫の中から奴の死体を見つけなければいけないと思うと多少げんなりするが、それは思ったよりも早く見つかった。


黒い眼窩をみせる能面が、胴体より分かたれて埋まっていたのだ。

これなら……、確実に死んでいるだろう。


……よかった。これでもう誰も死なずにすむ。


しかしこれは私が殺したも同然。ハイドに続き、2人目の殺人だ。

だけどこれでいい。これ以上の被害を抑えるにはこうするしか無かった。


私は静かに黙祷を捧げた。

彼はきっと、逃れえぬ恐怖から逃げたかったんだろうな。


「ご主人様〜!!」


遠くから見知った声が響いてきた。

これは、アイリスだ。


「はぁ、はぁ……。ご主人様、お待たせしました! やっと見つけましたの! 大きな音が何度も聞こえたので、もしやと思ったら案の定ご主人様でしたわ! でも、ご主人様が無事でよかったんですの〜」


アイリスが私に抱きついてくる。その後ろにサンも追従してきていた。


「サン……、族長さんは?」

「大丈夫だったよ。辛うじて息があったから仲間に任せてきた。それよりも、あの怪物は……?」

「そこだよ、瓦礫に埋まって死んでる」

「……そう。倒せたのか」


サンは怪物の死体に歩み寄る。その目はよく見えなかったが、何となく想像できた。

父親が瀕死に追い込まれたのだ。一時は私だって族長の死を覚悟していた。

盗賊という常に死と隣り合わせの稼業をしている彼らだが、だからといって肉親を失うことに慣れているはずもないだろう。


「それよりアイリス。そろそろ離してくれない?」

「いえ、ダメですわ! 私は永遠に離れませんの!」


それは困る。

ぐりぐりと彼女の巻角が私の鎖骨にぶつかっているのが地味に痛い。

その角を見て、彼女が私のせいでサキュバスになっている事を思い出した。


私は彼女の子の状態を治さなければいけない。彼女は領主の娘だ。この状態のままだと色々困るだろうし、何より大事な友達をこんな状態になんかしておけない。


そう思っていると、サンが私たちに近づいてきた。


「ほらよ、これ」

「……え、いいの?」


サンは私たちのブロンズタグを手渡してきた。返してくれる……ってこと?


「それに……ほいっと」


サンが突然私たちの首に巻かれた荒縄に触れると、その縄が消滅した。

余りにも不意に行われた事だったので、驚いた私は後ろに転んでしまった。

我ながら情けない。


「荒縄を……解いてくれたの? なんで?」

「アンタら、アタイをあの怪物から守ってくれた。守りきってくれたんだ。アタイらの家族を。そんなヤツらをアタイの力で縛るなんてことはできねぇよ」

「そっか……」


私は自身の首に触れ、先程まであった感触を思い出していた。


これはサンなりの感謝の証なのかもね。


「ありがと――」


私が言葉を発しようとした時、彼女の背後にそそり立つ怪物が見えた。


時間の流れが――遅く感じられた。


目の前でサンが、怪物の太い腕に吹き飛ばされる映像……それが私の網膜に焼き付けられた。

遅くなった体感時間は、しかし残酷にも私がどうにかできる猶予を与えなかった。

スマホで書いたよ!

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