18 決死の逃亡劇
「なあお前、親父を失うのが怖いのか? その怖さ、オレの持ってる恐怖とどっちが怖いか勝負しようぜぇ?」
そう声を投げかけられたサンは、怪物の方へ向き直りキッと睨んだ。
「おいおい、なんだよその目は。気にくわないなあ、その目は。お前のその目は恐怖じゃない。怒りだ。オレの欲しい目はそんなんじゃない、そんなんじゃないんだよ。それじゃあ、比べられないじゃないか。オレの怖さをわかってくれないじゃないか。なあ……、怖がってくれよぉ!!」
血走った眼をした怪物がその長い剛腕を地に叩きつける。すると、地面を脈打つように影が揺れ動いた。波のようにうねる影は、地面からその鋭さだけを表出させてサンへと飛びかかった。
「恐怖の刃!! まずはその足から切り落とす!」
ギリギリと地面を削りながら高速で黒い刃がサンを襲った。サンは、族長の傍から離れずに怪物を睨み続けている。このままでは、サンが危ない!
私の身体は咄嗟に動いていた。
「土魔法、サンドウォール!!」
私はサンを庇うようにして土の壁を形成していた。
「く……ぐぅぅう! アイリス、今のうちに二人を避難させて!」
「かしこまりましたの! お任せくださいませ!」
思った以上に怪物の攻撃は激しい。中央街で魔族から放たれたドラゴンブレスと同等かそれ以上の威力だ。ガリガリと削られるたびに、魔力で新たな壁を形成していく。しかし着実に私は後退させられていた。
「アイリス……! まだなのっ!?」
「もう少しですの! サン様と協力して族長様を運ぼうとしているのですが、結構重くてっ! この方、サン様の荒縄で引っ張っても重いんですもの!」
やばい、これじゃ先にこっちが削りきられてしまう! 中央街のドラゴンブレスの時は、どうやって対抗したんだっけ。確かあの時は水魔法のアイスウォールを同時展開してもダメだったんだっけ。それでサンクシオンが後からやってきて……。
そう、「大地魔法」のアースウォールだった。あの魔法が使えれば……。
私は必死になってそのスキルを思い起こした。一度見たスキルは習得のヒントになる。サンクシオンの出したスキルを一つ一つ紐解いていって……。
「……見えたっ!」
私は、確かな手ごたえをつかみ取った。
確認する。私のステータスには確かに『大地魔法』の文字が浮かび上がった。
「これなら……いける! 大地魔法、アースウォール!!!」
私は土魔法のサンドウォールの裏から、さらに巨大な土の壁――もとい岩盤の壁を生成した。大地から盛り上がるように出来たその壁は、先ほどまであった衝撃を大幅に軽減してくれた。
しかし、それでもなお敵の攻撃の威力は収まることを知らなかった。
せっかく大地魔法をつかみ取ったのに、それでも足りないって言うのか!
私は歯噛みする思いで耐え続けた。
「ご主人様、二人を避難させましたわ!」
「ありがと、これで逃げれる!」
私はギリギリまで攻撃を引き付けながら、横方向へと回避をした。
土の壁が崩れ落ちる瞬間、私が先ほどまで手にしていた枷が、しまい込んだポーチから零れ落ちて黒い刃に巻き込まれていった。
ああ、これでこの荒縄から脱する方法を失ってしまった。けれどもういいか。人一人の命を救えた。それだけでも価値のある行いだったと私は考えよう。
それにあの枷を使って逃げたところで、サンの手元に冒険者ギルドのブロンズタグがある以上、身寄りがなくなってたしね。全然、悲しくなんかないやい。
私はごろごろと土を転がりながら、怪物の方へと視線を送った。
私の介入によって怪物の標的は、どうやら私に映ってしまったようだった。眼球の無い無表情な白仮面がこちらをじっと睨んでいた。
「おいお前、今オレの邪魔をしたか?」
「そうだと言ったらどうするの?」
「いーや、どうもしないさ。ただ、オレの恐怖を分かち合ってもらうだけさ。どうやら先ほどのガキと違って、お前の目は恐怖に怯えているぅ……」
ニチャアと表情を変えた後、怪物は私に向かって一目散に駆けだしてきた。
四足歩行で走ってくる巨体。めっちゃ怖い。
「ぎゃああ!!!」
思わず柄にもなく叫んでしまった私は怪物とは反対方向へと走り出した。背後からどっどっと地面を蹴る音が響く。その重低音はどこか心臓の音を彷彿とさせ、それがまた私の恐怖を煽ってきた。
どんどんと背後からの音が近づいてくる。まるで直ぐ真横に顔があるかのように鼻息の音が伝わってくる。思わず横を見る。
顔があった。
「ぎゃあああ!!!!!!!!」
私の叫びに喜んだように顔はさらに笑顔を深めた。コイツ、首だけ伸ばしてきやがった!
気持ち悪すぎるっ!!!!
吐きそう!!
アイリス助けて!!
しかし、その当のアイリスたちを私は置き去りにしてしまっている。ここどこなんだよお!
さらに足音が近づく。
私は背後を見ずに、土魔法や水魔法で壁を形成しつつ牽制する。
何回か当たったような感触はするのだけど、スピードはさほど抑えられていない気がする。振り向けばすぐそこにまたあの顔があると思うとぞっとする。だけどもうこれ以上走り続けられないよぉ!
息がそろそろ続かないと思ったその時、目の前に大きな塔が建っているのが見えた。
あれは……もしかして星詠みの塔? 塔は見るからにボロボロになっており、通常の入り口は瓦礫で塞がっている。
だけど、私のスキル「飛翔」ならなんとか登れるかもしれない! 私は塔の中間にあった窓目掛けて飛翔した。怪物は空までは追ってこれないようで、すんでのところで伸びてきた腕を回避した。
ああ、だけど悲しいかな。
私の翼は右側が小さい。ずっと飛べたらよかったものの、飛んだ瞬間ふらふらと宙を舞う。良く例えるなら蝶々のよう、悪く例えるなら酔っ払い。だが、どうにかこうにかして私は塔の窓へとへばりつき、中に入ることに成功した。
「ふぅ、これで一先ず安心……」
だが、私はここから出ることが難しくなってしまったぞ。果たしてどうしようか……。




